390話
この時期になるとジェノサイドの巻物が欲しくなりますね
「……」
太郎’sと戯れる中村の姿はとても幸せそうに見えた。
手に持った5本のリードはこれから散歩にでも行くつもりなのだろうか。
なんていうか、あまり他人には見せちゃいけない表情をしている。
……俺は居た堪れなくなってそっと扉を閉めた。
「ふう」
扉を閉めて俺は足元にいたクロを撫で繰り回して心を落ち着かせた。
よく考えてみれば太郎が5匹もいるのはおかしい。太郎は1匹だけなのだ……だとすれば俺が見たのは何だったんだろうか?
「……見間違いかな」
……いや、それは無いな。一瞬だけならともかく、結構な時間はっきり見てしまった訳だし。
そうなると……中村に対する勝手なイメージから幻覚を見てしまった?
それか□□権現の副作用。何ていやな副作用なんだろう。
「しゃーねえ。確かめるか……扉開けるの嫌だなあ」
中村が散歩にでも行った後に隊員さん達に聞けば真相はわかるんだろうけど、それまでずっと扉の外でまっている訳にもいかない。
現にクロがはよ行けとばかりに膝裏に頭突きをかましてくるのだ。
徐々に威力が上がっているので、そのうち扉ごと押し込まれてしまうだろう……そんな訳で俺はそっと扉に手を添えた。
ぎぃ……と音を立てて開いた扉の先の光景をみて、俺は扉を開いたことを後悔した。
初めに視界にはいったのは体を大の字にし、宙に浮かんだ中村の姿である。
両手首、足首だけではなく首に巻き付いたリードが今にも切れそうなぐらい張っている……周囲に散った太郎’sにより、中村は八つ裂きの刑に処されようとしていた。
「そうはならんやろ」
「なっとるやろがい!!」
平気そうだな。
「大体にしてなんでそんなハードなプレイすることになったの? 趣味?」
しかも相手が太郎’sとか中々に高度なプレイだな。
俺にはとても真似できないし、したくもないよ。
「ちげえよ散歩しようとしただけだよ!」
「両手でリード持つならともかく、なんで足首どころか首にもかけてるの……」
「ノリだよ!」
さいですか。
「それはさておき」
「さておかないで??」
5匹に分裂した太郎のことだけど、冷静になって改めて見ると……それは勘違いであることが分かった。
とりあえず一番近くに居て、しっぽをぶんぶん勢いよく振っているのが太郎だ。餌でも貰えると思っているんだろうかね?
そして若干遠巻きで、それでも尻尾を振っている4匹は太郎ではない。
模様も違うし、顔や体格もちょっと違う。
「新たに配属になったわんこかな」
「らしいぜ」
「なんでみんなハスキーなん……?」
「さあ?」
熊犬の秋田犬とか北海道犬とかじゃないのは何か理由があるのだろうか。
……天然記念物だからか?
「太郎の実績があったから、だな」
「あ、都丸さんお久しぶりです」
「昨日ぶりです」
太郎にジャーキーあげながらだべっていると、背後から都丸さんが現れた。
というか最初から居た気がしなくもない。
中村が大の字になっていた時まわりの隊員さん笑い転げてたし、その中に居たんじゃないかなー。
眉間に皺が寄っているのは、笑いをこらえているんだろう。
「太郎頑張ってるもんなあ……名前はなんていうんです?」
最初が太郎だから次は次郎、三郎、四郎……いや、まさかね? いくらなんでもそんな単純な名前にはしないだろう。しないよな。
「ふむ」
俺が4匹のわんこの名前をたずねると、都丸さんが顎に手を当てなにやら思案気な様子。
まさか決まってないとかじゃなかろうな。
「そっちの子から次郎、三郎、フランソワーズ、五郎だ」
「どうして」
決まってたのは良かったけど、1匹だけおかしいな???
太郎次郎三郎と続いて最後が五郎なのに、なんで4匹目だけフランソワーズ?? 決まってないほうが良かったまであるんじゃなかろうか。
どこの誰だよ1匹だけ変な名前にしたやつは……中村でもそんな名前にはせんぞ!
「俺がつけた」
「いい名前っすね!!」
「だな!!」
いやあ、やっぱあれだよ! あれ!
次郎三郎五郎とかありふれた名前より個性あったほうがいいよね!!!
これからの時代は個性だよ個性が光る!
「まったくお前らは……」
ころっと態度変えた俺と中村をみて、さすがに苦笑いを浮かべる都丸さん。
さっきから後頭部にぺしぺしと尻尾があたってるし、クロからも突っ込みいれらてる……ああ、クロはさすがに5匹の太郎を相手にするのは嫌だったらしくて、もそもそと俺の服に潜り込んでたりする。おかげでもふもふと爪のぐさぐさ刺さる感触を同時に味わうことになってるぜ! いいだろう?
「んじゃ散歩行ってくるわ」
「あ、まじで行くのね……」
よっこいせと立ち上がった中村が、再びリードを手にとる。
あんな目にあっても散歩に行こうとするとか、律儀というか何というとか……また首にかけるつもりじゃねえよな? 天丼っていいよね。
「もう首には掛けねえよ」
若干の期待をこめて中村の首をみていたが、中村はそういうと持っていたリードを腹に巻き付けだした…………ん?
「そんじゃ行ってぐひゅっ」
四足×5匹でそれやると大変なことになるんじゃ? と伝える暇もなく、中村は残像を残してダンジョンの奥へと消えていった。
楽しそうだからよし!




