「369話」
-⁽ -´꒳`⁾-ペショ
いつの間にか近寄ってきて口を開け食わせろアピールしている生首の口に、机上にあった適当なお菓子を放り込み……すっとクロの口の前に飴玉を持っていく。
「……」
クロは警戒しているのか、ふんふんとしきりに匂いを嗅いでなかなか食べようとしなかった。
俺の惨事を見ていたからだろう……それかなんか臭いかだ。
この飴玉の材料もアマツの干物だろうし、しょうがないよね……と思っていたら、ぱくりとクロが飴玉を口にする。
匂いを嗅いでとりあえず大丈夫だと判断……いや、すっごい嫌そうな顔してるな!
がりっがりりと音だけは美味しそうではあるけど……まあ不味いんだろうなあ。
さて……俺はこのざまだが、果たしてクロはどうなるのか。
変なことになったらアマツの頭をアフロにしてくれよう。
「……そうきたか」
俺の前でむすっと膨れているクロをみて、ほっとしたような何とも言えない気持ちになった。
ちなみに膨れているというのは決して比喩表現ではない、文字通り膨れているのだ。
……まあ正確にはでかくなっただけではあるのだが。
アマツの飴玉を食べてもクロの外見は大きく変わらなかった。
変わったのはそのサイズだ。
元の大きさから一回り……いや二回りだろうか? 明らかに大きくなっている。
ソファーに戻ろうと歩くその姿も、のしのしと効果音が付きそうな程である……まるでボス猫のような貫禄だあ。
「うんうん! これで二人ともばっちり強化されたね!!」
「あ、はい……ありがとうございます」
くそ、怒るに怒れねえ……クロの場合は知らない人が見てもただのでかい猫ってだけだからなあ。
知ってる人がみたら三度見ぐらいしそうだけど。
「ところでどんな効果があるんです? これ」
ネタバレになるから言わないってことだけど、あれはあの顔色悪いおっさんの素材のことだからアマツの素材ならワンチャン教えてくれるかも? やっぱ効果気になるよね。てか効果知らずに使いたくねえですわ。
「って、いねえし!?」
クロから視線をアマツさんに戻したら、さっきまで居たはずのアマツさんの姿がなかった。
まあ、部屋の中に生首が二つ。
そんな空間からはさっさとおさらばしたいって気持ちは分らんでもないが……。
「せめて秘密かどうかぐらい教えてくれてもいいじゃん」
アマツさんのけちんぼめ。
あとでダンジョン内で聞きに行くからいいけどさー。
……問題はこの姿がいつ戻るかだ。
ダンジョンは行けるとして、外がなあ……腕をどうにかごまかせば外に出られるだろうか。
……裏返った目どうなってんかな。
「瞳孔が縦に……」
爬虫類系……というよりは猫に近いかな。
モロ爬虫類系にしなかったあたり、アマツさんが考慮でもしてくれたんだろうか。
目は隠せば良いかなグラサンつければ誤魔化せれるか……誤魔化せれるかあ?
グラサンかけた、妙に腕が太くて長い筋肉質な男。
無理だな。通報される未来しか見えない。
クロは惨事回避できているというのに……まったく困ったもんだ。
あのサイズならメインクーンです! とかで誤魔化せそうだし……と、ちらりと視線を向けたら、こちらを半目で見つめるクロと目があった。
もう諦めたら? と言いたげなその視線がこう……ぐっとくるものがある。
……ん?
「あ、クロとお揃いだね」
よくみたら細いときのクロの目とほぼ同じ瞳孔の形しとるのな。
「すっごい嫌そう!!」
そしていまだかつて見たことないような顔してる。
猫ってこんな変顔みたいのできたんだ……写真とっとくか。
「……なんだよ」
写真の隅に変なの写ったと思ったら、いつの間にか生首が近くにいた。
気配を消して転がるんじゃないよ。無駄に器用な奴め。
「効果なら私が教えてあげても良いんだがねえ?」
「別にあとでアマツさんに……」
シッシッと手で追い払う真似をすると、ニマニマしながらそんなことを言い出した。
別に逃げたアマツさんを捕まえればお前に聞かなくても……と、ボーリングの球よろしく生首を転がそうとしたところでふと思いついた。
「これいつ元に戻るん?」
アマツさん割とポンコツだしあてにならんところあるし、そんなら仮にも神様枠ならこいつでも分かるんじゃなかろうか?
と思い聞いてみたのだが……。
「……」
「だっから、真顔で黙るのやめようぜっ!?」
不安になるやつ!!
アマツさんといい生首といい、普段から黙ってるようなキャラじゃないから余計怖いわ。
慣れたら切り替えられるって言ってたけど、まさか年単位で掛かりますとかそんなんじゃないだろうな……とりあえず頑張ってはみるけどさあ。
「やっと制御出来るようになってきた……」
丸々1週間かかったんですが。
コツを掴んでしまえばどうにかなるけど……つかむまでがまじで大変だった。
腕とか眼球なのに、人には本来存在しない何かを動かすとかそんな感じ。
一応アマツさんにコツとか聞いてはみたけど、余計分からんくなったからな……1週間かかったのはアマツさんに聞いたせいなのかも知れない。
クロは次の日、朝起きたら元のサイズに戻っていたし下手に先入観? そんなの無いほうがよかったかもだ。
「さて……訓練しにいくか」
あの腕と瞳じゃ人前に出られんし、スペック自体も元の生身と比べて段違いだったもんで仮に行けたとしても訓練にならんかったからなあ。
……ああ、そうそう。
この体の効果だけど、惨事に見合うだけのものだったよ。
まず生き物としての基本スペックの差からくる大幅な身体能力の向上と変なのがみえるようになったこと。
メインの効果は着けているカードの効果がすべて5割増しだって。
今後どこかでカード入手したら、それら全てに効果乗るから……大分やべえ効果だ。
ちなみにデメリットも5割増しだよ! そっちは消して欲しかったな!!
トロールカードとか、腹の減り具合すごいことになりそう。
「……? 何かあったのかな」
クロを抱えて訓練施設に入っていくと、どうもいつもと空気が違った。
こう……浮ついているというか、なんだろな? 人だかりもできているし……あ、あそこに突っ立ってるの中村じゃん。
「そわそわしているような……あ、バレンタイン?」
黙って突っ立ってるわけじゃ無く、しきりに辺りを見渡している理由……ぱっと思ついたのはそれだった。
だって中村だし。
「挙動不審すぎない??」
「はぁ!? べ、べべっべべつにそんなことねーしっ!」
「どんだけ動揺してんのよ」
俺のつぶやきが聞こえたのか、すっごい勢いでこちらへ振り返った中村に突っ込みを入れるが……いや噛みすぎでしょあんた。
「まあ、心配せんでもチャンネル登録してる人から届いたりするんじゃない? たぶん」
登録者、万は余裕で越えてたし……たぶんもらえるでしょ。
あの動画みているやべえ人らだけど、さ。
「そ、そうかな……?」
「そうだよ」
「……そうだよなっ!!」
俺の言葉に納得したのだろう。
中村はぱっと表情を明るくし……スキップしながら出口に向かうと……Uターンして戻ってきた。
どっちにしろ挙動不審である。
他人の振りしちゃうぞ。




