「352話」
風邪うつされましたワー(´・ω・`)
「……落ち着きましたか?」
「ああ、すまない……私としたことが不覚を取ったよ」
椅子に背中を預け、まだ痛むのか腹を手で押さえるアマツさんの顔にいつもの笑みは浮かんでいない。
俺の問いかけにこたえる苦し気な声が、アマツさんの余裕のなさを表していた。
なんてシリアスっぽい雰囲気を出しているが、笑いすぎて腹をつっただけだったりする。
「いやあ、まさかねえ。上から格好つけて登場したのに……『よくぞ』ってブフォッ」
どうやら出合い頭にブレスぶっぱしたのがアマツさんのツボにはいったようで、噴き出すとそのまま腹をかかえだす。
笑ってええんか。やっぱお仲間と違うんかね?
「あっ、い、いたたっ……お、お腹がまた、つった」
どんだけうけてんのよ。
「……落ち着きましたか?」
「勿論さ! さすがに収まったよ!!」
心配する口調とは裏腹に白い眼をアマツに向けると、鼓膜へのダメージとしてかえってきた。
どうやらもう大丈夫のようである。
アマツさんのもとへ来てからもう10分ぐらい経つ。
そろそろ本題に入りたいところだ……クロなんかもう呆れて寝ちゃったし。
「じゃあ、落ち着いたところで聞きたいことがありまして。あの人? って攻撃しても大丈夫なんです?」
「出会い頭にブレス撃ってなかったかい!??」
「してないです」
見間違いか何かじゃないですかねえ。
「ま、またおなかが……っ、い、息ができ、な」
再び笑い転げるアマツさん。
こんな笑いまくる人だったっけ……?
とりあえず落ち着くまで待つとしようか。
治してあげないのって? 足ならともかく腹筋をつった時の対象方法なんてわからんがな。
まあ単純につった筋肉伸ばせばいいんだろうけど……逆エビ固めするわけにもいかんしさ。
待つしかないのだ。なむ。
「あー……久しぶりに死ぬかと思ったね!」
「はぁ」
待つことおよそ10分。
アマツさんはどうにか生還を果たすことができたようだ。
笑いすぎで腹つって呼吸できなくてお亡くなりになるとか、さすがにちょっとあれだもんね。
よかったよかった。
まあ、それはさておきそろそろ本題に入ってほしいところである。
視線でうながすと、アマツさんは顎に手をあて少し考え込むと……何の話をしていたのか思い出したようで、手をポンと叩く。
「ええと……そうそう攻撃しても大丈夫かだったね。勿論問題ないよ! ちゃんと倒せば次の階層に進めるよ!!」
やっぱあの顔色の悪いおっちゃんは敵でよかったようである。
味方ポジの人とかだったらやばかったね!
それに先に進む扉とかなかったぽいし、仮に味方ポジだとしても殺してないならぎりセーフと言えるのではないか?
「と言うことはやっぱ倒せてなかったんですね」
「いや、ちゃんと消し飛んでたよ!」
やっちゃってたらしい。
そっかー、あれは俺の見間違いじゃなかったかー。
そっかー……まあ、いいか。敵だし。
「ただまあさすがにイベント中にあれはブフゥッ」
倒したんなら扉が見あたらないのはどういうこっちゃ? と頭に疑問符を浮かべていると、アマツさんがそれに気づいたようで理由を話そうとし……再び笑い転げた。
いや、ほんとどんだけツボに入ったのよ……。
「……ちょっと想定外ってことで、島津くん達には申し訳ないが復活させておいたよ!」
どうにか再び生還したアマツさんの言葉をまとめると。
上から登場してセリフを言うのは、一種の演出のつもりだったらしい。
かなり深い階層まできて、初の完全な人型の敵ということもあって準備をしたそうなのだが……その演出の中に、ゲームとかでボスキャラ登場した時にHPバーが徐々に増えていく演出ってたまに見かけるでしょ? あれを組み込もうとしたそうなんだ。
もちろんそんな演出組み込んだとしても、俺たちにはHPバーなんて見えないわけでただのアマツさんの自己満足にしかならんのだけど……俺たちがセリフガン無視でブレスぶっぱしたおかげで、HPバーがちょびっと増えたあたりでもろ攻撃を食らうことになり、結果として消し飛んでしまったんだそうな。
可哀そう。
んで、アマツさんとしてもせっかく用意した演出なので……ってことで、もっかい初めからよろしく! ってことらしい。
まあ、こっちとしてもちょっと申し訳ない気持ちがあったので、別に問題はない。
クロにいたっては聞き流している。
「ところであの人? って、アマツさんの知り合いなんですか? それとも生首の一種です?」
「彼は……うん、そうだね。直接彼に聞いてみるといいよ。きっと答えてくれるはずさ!」
最後に気になっていたことを聞いてみたが、そこは教えてはくれなかった。
俺との会話も演出の一種ということなのだろうか?
倒したあとでなら教えてくれる可能性はあるが、直接聞かない限りは教えてくれないかも知れない。
なので次に相対した時に聞いてみようと思う。
……教えてくれるかなあ?
「とりあえず今日は一旦休んでおこか」
アマツさんに別れを告げて、いったんセーフルームに戻ったけれど……ちょっと気が抜けてしまった。
このままボス戦という気持ちにはなれないので、がっつり休んで英気を養うとしよう。
あとは事前の準備を……そういやそろそろダンジョン産の野菜? が出回ってくる頃じゃなかろうか?
「……念には念をいれとくか」
食えばステータスなんぞに補正かかるはずだよな。
わざわざ特別に準備した初の人型が相手なんだ、より入念に準備しておくべきだろう。
「おっし、落とせた」
まだ出回ってなかったらどうしようと思っていたが、無事ダンジョン産の野菜を入手することができた。
結構なお値段ではあったが、まあ必要経費である。
あとは料理して食うだけであるが、クロのことも考えると……いやでもただ茹でただけとかだと悲しいよな? 料理にカウントされるかも怪しいし。
「お待たせしました」
「おー。うまそう」
そんなわけで困ったときのマーシー!
野菜と飛竜のお肉を渡してお任せで注文したら、おいしそうなビーフシチューぽい何かが出てきた。
もちろんクロ用のもある。
「全ステ5%上がるって結構でかいよな」
おいしく頂いたあと、久しぶりにステータスを眺めてみたら軒並み上昇していた。
ただ食事しただけでこれだけ上がるのは結構でかいと思う。
味も勿論おいしいし、次の階層からは毎回食べていくのもありかな。
効果時間は24時間持つそうだし、次のカードが出るまでは苦戦するだろうからなあ。
買占めとこ。
そして色んなことがあった翌日。
「んっし、体調ばっちりっと」
準備運動がてら素振りしてみたけれど、料理の効果もあってか体のキレがとても良い。
初の完全な人型ということで、へんに意識してしまうかと思ったが……お義父さん、お義兄さんたちのおかげで特に何もない。
相手がいつもと違ったとしても、いつものように自然に止めをさせるだろう。
それが良いことかどうかはおいといて。
「さて……龍化にポーション飲んでっと」
念のため盾を構えて、そっと扉に手をかける。
クロは前回と同じように俺の斜め後ろでいつでも動ける体勢だ。
軋んだ音を立て、扉が開き……視界に飛び込んできたのは、城や教会を彷彿とさせる恐ろしく広い一面の壁や天井。
そして―――
前回と同じ位置に浮かぶ、妙に顔色の悪い男の姿。
気のせいでなければこめかみに血管が浮いているように見える。
「―――ここまで」
男はこちらに視線を向けると、おもむろに口を開き……俺とクロが同時に放ったブレスに再び飲み込まれていった。




