1
軽自動車は、雪帽子をかぶった山間の道路を抜け、いつ崩落してもおかしくなさそうなトンネルを越え、祖父母の家で停車した。
家の前庭には、家庭菜園という名称に似つかわしくない、いささか広すぎる畑があった。叔母は、車を畑の横にある、ジャリ道に駐車する。
「はい、お疲れさん」
エンジンを止め、叔母は、僕に笑顔をむけた。
「送迎、ありがとうございます」
僕は、着替えやお泊りセット用品を詰め込んだバッグを、後部座席から引っ張り出し、祖父母宅に歩きだした。
家の引き戸を開けると、奥の居間から、女の子達の喚き声が聞こえてきた。
僕の後ろから、引き戸を閉める音が聞こえる。叔母が、玄関で靴を脱ぎながら声をあげた。
「ひーちゃん。あっちゃん。蓮お兄ちゃんが帰ってきたよ!」
途端に、バタバタと床を走る音が響き、二人の女の子が玄関までやってくる。
「あ、蓮にいちゃんだ。おかえりンゴスター!」
ヒマリが、甲高い声をあげて、僕を歓迎する。
隣にいるアカネが、もじもじしながら小声で「おかえりなさい」と言った。
いとこである、ヒマリは十六歳の高校一年。アカネは、二つ下の中学二年生だ。歳の近い、この姉妹には、明確に違いがあった。
ヒマリは、いかにも気の強そうなつり目に、黒髪ロングヘアー。対する、アカネは穏やかそうなタレ目に、女の子としては短めのショートヘアだ。
彼女達とは、去年の盆にあったばかりだった。
「あっちゃん、ひーちゃん。元気そうだね。会えて嬉しいよ」
僕は、にこやかに微笑しながら、いとことの再会を素直に喜んだ。
「アカネなんか、蓮にいが帰ってくるって知った時、飛び上がってたよ。ね、あーちゃん」
ヒマリが、意味深な笑みを浮かべて、アカネをチラ見する。
「ちょっと、お姉ちゃん!言わない約束したでしょ!」
先ほどとは、打って変わって、大声をあげるアカネ。頬はリンゴのように、真っ赤に染まっている。
「ちょっと、あんた達。蓮お兄さんは長旅で疲れてるんだよ。暖かいお茶の一つでも、だしてあげなさい」
叔母が、ヒマリとアカネを、叱りつける。居間に通された、僕は部屋の中央に据え付けられた、コタツに足を突っ込んだ。
居間の広さは、僕と両親が住む家の、二倍以上は広い。というか、そもそも、敷地面積自体が違いすぎる。
今、僕らがいる本邸と別に、別邸が東側にあり、裏手には井戸やら、畑やら昔ながらの蔵が、立ち並んでいる。
こういった点は、地方の田舎には、ありがちなのか定かではないが、
いずれにせよ、広々とした空間に居るだけで、無条件に開放感を味わえた。
「ねぇねぇ、蓮にいは彼女いるの?」
真向かいに座っていたヒマリが、テーブルに置かれたミカンの皮を剥きながら、僕に訊いてきた。
首を横に振りながら、僕は苦笑を浮かべ「いないよ」と答える。
「そーなの!?めっちゃ居そうなのに」
心底、驚いた顔をするヒマリ。その時、アカネが木製のトレーに載った、湯呑みを僕の眼前に置いた。
「どうぞ」
アカネの、声色からは気恥ずかしいが、如実に感じ取れた。
「ありがとう」と僕が、お礼を言うと、彼女は慌てて目を逸らし、うつむき気味にコタツへ滑り込んだ。
「蓮にい。良いこと教えてあげよっか」ヒマリが、そう言うと、アカネがまたも慌て出した。
ヒマリは面倒くさそうに「あっちゃんのことじゃないよ」とアカネに
釘を刺す。
「良いことって?」
僕の催促に、ヒマリは得意げな表情を浮かべた。
「恋愛の話だよ。女子と話しててね、もし『彼氏居そう』って言われた
その子、脈ありだよ」
「そうなの?」と僕は、首を傾げながら、尋ね返す。
「彼氏居そうって言った言葉の裏側には、『あなたに彼女が居なかったら良いな!』って気持ちが潜んでるからね」
「へぇー」僕は、初めて聞く恋愛術に、相槌を打つ。




