終わり
僕は慌てて、彼女を抱きとめる。リエは、惚けたようにしばし、ボーと視線を泳がせて居たが、やがて焦点を合わせ、僕を見た。
「あれ……。私、なんでこんなとこに居るんだろ」
彼女は、姿勢を戻すと、心配そうな僕を不思議そうに見つめた。
「ありがとうございます。あの……ところで、あなたはどちら様でしょうか?」
事実は小説よりも奇なり、というが世の中には不思議なこともあるものだ。
祖母が言うように、人形やぬいぐるみにも魂が宿るのならば、人に憑依して想いを伝えようとしても、奇天烈ではないのだろうか?
本当のところは、僕にも解らない。解らないけれど、一つだけ確信に満ちていることがある。
それは、目の前にいる内島リエという女性のことが、好きなんだということ。
彼女の問いに、僕は深呼吸したあと、微笑みながら言った。
「僕は——」
◆◇◆終わり
ベランダを開けると、春を感じさせる心地よい風が、鼻先をくすぐった。長く続いた寒さも、すっかり身を潜め、庭の花壇からタンポポが、活き活きと首を伸ばしている。
机に置かれた、携帯の着信が鳴った。画面を見ると、理恵からのメールが届いている。
メールの内容を読んだ僕は、微かに笑みを浮かべた。
「わかった……。わかったよ」
僕はそう呟くと、クローゼットにかかった、薄手の春コートを手に取った。部屋を出る時、ふと視線を感じ、僕は振り返る。本棚の天板に、写真たてと、犬のぬいぐるみが飾ってある。
「行ってきます」
誰に語るでもなく、虚空に向かって、呟いた。家主が去った部屋の窓から、麗かな太陽の光が差し込み、ぬいぐるみの黒くつぶらな瞳を輝かせる。犬のぬいぐるみは、動かない。ただ、じっと彼の出て行ったドアを見つめている。
——蓮くん。行ってらっしゃい。あのね、ワタシ。
今、とっても幸せだよ。ずっと離れ離れだったけど、
これからは、あなたのそばに、居られるから。
もう二度と離さないで。ずっと一緒だよ。
だってワタシは、とっても、とっても——『あなたの事が好きだから』