4月10日(水)☽⇒☀:いつもの朝
【京一】
…………。
目の前の光景に、僕は言葉も出せずただ呆然としていた。
凛が魔法少女となって、巨大なタコの怪物と戦った……。
『マジカル☆リンちゃん』。
古典的というか、どこか懐かしいような響き。
あまりにも非現実的な一連の展開に僕は戸惑った。夢だから何でも起こり得る、と納得できる範疇を優に超えている。
殲滅されたタコを前に子供たちは歓喜にあふれていた。
飛び去った、マジカル☆リンちゃん、とやらを賛美している。
先生が手を叩き、興奮してやまない子供たちに着席を促す。
騒然としながら席に戻る子供たち。その騒がしさの中に紛れて、こっそりと教室内に入ってくる一人の少女が見えた。
他の子供たちには気付かれていない様子だ。彼女は目立たないように息をひそめて僕の隣の席に座った。
「あ、きょーいち。こわかったねえ。だ、大丈夫だった?」
急いで来たのか少し息を切らしながら、いかにも平然を装う様子で凛が僕に言った。
その手のアニメでありがちな場面。
さも自分が先ほどの魔法少女とは無関係であると言わんばかりのくさい芝居だ。
定石に乗っかって僕も気付かない振りをした方が良いのだろうか。
そこでふと、視界がぼやけだした。
焦点が定まらずに輪郭線が曖昧になってゆき、ものの形がなくなってゆく。
色味が混ざり合い、そしてそのまま景色が一色になった。
……辺りは一面薄紅色のもやになった。
顎を引いて自分の体を見ると、高校二年生の肉体へと戻っていた。
ゆっくりと縮んだり伸びたりするものではなく、瞬間的に切り替わるものらしい。
「いかがでしたカ、京一サン」
ずい、と小さな顔を近づけてきてキューピーが言った。
「あ、お前、急にいなくなったと思ったら。どこにいたんだよ」
「ワタシは案内人ですからネ。案内するまでがお仕事なのデス」
「…………」
なんだろう、こいつの喋り方は無性に腹が立つ。
「さっきのは一体なんだったんだ……?」
「だから言ったデショウ。不健全な夢を見ていた京一サンに健全な夢を見ていただくよう夢世界を案内してあげたのデス。
今のはネ、夢の表層部分とは違う、深い深い夢の世界。無垢たる夢世界デス」
何言っているんだかわからない。
「もうすぐ朝デスネ。ではでは、今晩はこの辺でサヨナラ」
キューピーはそう言って手をひらひらとなびかせ、もやの中を上昇してゆく。
「え、あ、ちょ、ちょっと待て、まだ……」
「ふふ、早く起きないと、お寝坊しちゃいマスヨ」
僕は飛び立つ小人を追いかけようとした。
夢の中なのだから、なんとか飛べないものか。僕は必死に跳びはねた。
すると、僕の体は飛び上がった。
そしてそのまま、僕の体は上昇しはじめる。
すごい速度で昇ってゆく。
まるで空に向かって落ちていくような感覚。
……いやまて、これは本当に落ちているんじゃ……、
と思った次の瞬間、
後頭部に衝撃が走った。
そこで目が覚めた。
僕はベッドから落ちて床に頭をぶつけていたのだ。
とんでもなく恥ずかしい夢を見てしまった。
はあ、と溜め息をしてずり落ちている体を起こした。
寝起きのため非常に体が重い。
なんて夢を見ているんだ僕は。
自分に呆れつつ、緩慢な動作で立ち上がってだらしなくあくびをした。