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後日談:5月10日(金)



 【京一】



 連休が明け、さらに数日が経過した。


 凛の父親は無事に退院した。

 大きな病などはなく、少し体を休めてから仕事に復帰するそうである。

 もし今後彼が無理をすることがあっても、きっと凛が黙っていないだろう。



 とりあえず連休に入る前と終えた後とで、劇的な変化が二つある。


 一つは、隣の家に住む幼馴染、あるいは隣の席に座る学級委員長が、僕の交際相手となったこと。

 もう一つは、不思議な夢を見なくなったこと。


 連休に入る前の夜。

 凛の夢世界で、魔法少女に代わって僕が怪物を倒したあの夢……、あれ以降、夢の中で『案内人』が現れなくなったのだ。

 もやの空間に行くこともないし、もちろん凛の夢世界へ行くこともなくなった。


 一か月前から毎晩のように見ていた夢、そして会っていた小人。

 それがここへ来て急に途絶えてしまった。

 あまりに日常と化していたものだから、さすがに虚しさは拭えない。

 まあ、過ぎ去ってしまえば、ある意味、『夢のような出来事だった』と思えるのだ。


 正直、あの小人のうざったい声を聞かなくて済むのなら、それに越したことはない。


 ・・・


「へいへい小智君、ちょっといいですか?」

 放課後、廊下を歩いていると背後から妙なテンションで声をかけられた。もちろん遊免である。


「もしかして手芸部に行くところでしたか?」

「違うよ。図書室。今日は図書委員の当番なんだ」


「ほほお、図書委員。それって狭いカウンターの中で有紗と二人っきりですよね」

 遊免が、にやにやとしながら言う。

「あんまり有紗と仲良くすると、凛に嫉妬されちゃいますよ」


「え」


「いやあ、小智君が高槻さんと付き合うことになるとはねえ」

「な、なんで知ってんだ……」


 そのことは晃たちにしか明かしていない。



 彼らにそのことを話したとき、それはもう大層騒がれたものだ。

 どういう経緯なのか根掘り葉掘り底なしに聞いて来ようとするのを往なすのは大変な労力だった。


 特にイブだ。

 一旦説明を終えた後も、イブだけ他のみんなに隠れて僕にこっそりと話を聞きに来た。


「幼馴染の女の子相手に、どういうところにドキドキするの?」

 とか、

「それまで意識してなかったんでしょ? 急に気になり出すってどんな感じなの?」

 とか、

「なになに、幼馴染だからこそ、一旦意識しだすと付き合うまでは早いものなの?」

 とか、

 まるで何かの参考にしたいと言わんばかりにやたら具体的な質問をしてきた。大変だった。



 とにかく、僕と凛の関係については彼らしか知り得ないはずなのだが。


「ふふん、新聞部の情報力をなめないでいただきたいですね。

 ……と言いたいですが、情報力というよりは観察力というか。ぶっちゃけ見てれば分かるんですよね。

 有紗のことを好きだったのも見てるだけで分かりましたもの。小智君って、分かりやすいですから」


「まじかよ……」


 間違っても、凛と恋人らしいやり取りなどしていない。

 学校でも外でも、彼女との距離感は以前とさほど変わりはないのだ。

 ……と、思っているのだが、彼女にしてみればその変化は目で見て分かると言うのか……。


「べっつに照れることはないですよ、幼馴染同士で付き合うなんてなにも恥ずかしいことじゃないんですから。私と耕太郎も、同じようなものですし」


 そういえば、以前山本がそう言っていた。

 僕と凛のように家が近所というわけではないが、遊免とは幼い頃からの知り合いだという。


「というか、小智君には教えておいてあげますよ。私たちは、実は従兄妹なんですよね」


「……えぇっ?」

 さすがに驚きを隠せない。


「いやいや別に、従兄妹同士で付き合ってもなにも悪いことないんですけど、なんなら結婚だってできるんですから。でもま、一応内緒なんで、誰にも言わないでくださいね。

 私、幼馴染同士の付き合いということで、小智君たちには親近感湧くんですよ。

 ま、あれだけ有紗との仲を応援しといて虫が良すぎかもですけど。

 ……だからお詫びじゃないですけど、小智君には私たちの馴れ初めを話しておいてあげますよ」


「え? いや、いいよそんなの」


 僕は拒否したものの、彼女はお構いなしで、語り始める。


「実はね、もともと耕太郎は有紗のことが好きだったんですよ」


「……えっ」

 遊免は何食わぬ顔で言うが、初めて聞く事実に僕は驚きを隠せない。


「いえ、まあ、彼から直接聞いたわけじゃないんですけど、でもそうだと思うんです。

 あれは中三のときです。

 文化祭のクラス発表で演劇をしたんですよ。『ロミオとジュリエット』。有紗がジュリエット役で、耕太郎がロミオ役だったんですよね。

 主役の二人だから、放課後に残って二人きりで練習とかするでしょ、そしたらもう、あの天使の笑顔に思春期男子が耐えられるわけないでしょ、そりゃ」


 それはもう深く同意する。


「それでですね、私の方も、ぶっちゃけそのときは耕太郎のこと意識してなかったんですよね。

 でも、ある日を境にして急に気になり出したんです。


 というのもね、ある朝突然、昔のとある思い出が頭に蘇って、離れなくなっちゃって。

 とっても昔、まだまだ小さい頃、耕太郎が私に求婚とかしちゃってきたんですよ。

 まあ子供の遊びですよね。でも、私ってば、そのとき本気でときめいてたんですよ、コレが。


 そのことを不意に思い出して、そしたらもうどうしても耕太郎のことを意識しだしちゃって。気になり出したら、もう、止まれないですから。私、ガンガンにアタックしましたよ、ええ。

 そしたら、なんと耕太郎もちょうど私のことが気になって来ちゃったらしくて。そして見事くっついたと。ふふん。


 これってもう、私、運命だったと思うんですよね。

 私があのときアタックしなかったら、耕太郎は本気で有紗への想いを実らせて、あの子と付き合うか、まあ玉砕するか、どっちかだったわけですよ。

 私が不意に昔のこと……初恋の気持ちを思い出したことがきっかけで、こうして耕太郎と結ばれたのですから」


 遊免はそうして散弾銃のごとく勢いで『馴れ初め』を語った。

 果たしてそれが馴れ初めと言えるのかよくわからない話だが、それが嘘でないことは僕にはよくわかった。


 ・・・


 遠くの方で、運動部の血気盛んな掛け声が聞こえる。

 その声は、静寂な室内で薄く響きわたっている。心地よいBGMのようだ。


 図書室の狭いカウンターの中で、僕は宮本有紗と並んで座っていた。

 図書室の利用者は相変わらず少なく、しん、と静まり返っている。


「小智くんさ、」

 僕にだけ聞こえるような小さな声で、彼女は話しかけてきた。

「凛ちゃんから聞いたよ、おめでとう」


「お、おお。ありがとう」


「でも、凛ちゃんは恥ずかしがって詳しい話は教えてくれないんだ。ね、どんな感じで付き合うことになったの? なにかきっかけとかあったのかな? 気になるなあ」

 そう言って、無邪気な笑みを見せる宮本。


「どんな感じって……」


 晃たちにも聞かれたことだが、ここが難しい。

 具体的なきっかけ、というのがはっきりとはわからない。


 あの一連の、夢のことが原因の一旦となっているのは察せられるが、そんなことを説明するわけにはいかない。

 あのことは結局、凛にも言っていないのだ。


「まあ成り行きというか、なんというか……。これといった決定的なきっかけはないんだ」

「えー、そうなの? ……ま、お付き合いの馴れ初めなんて聞かれたら恥ずかしいよね」


 そう言って潔く身を引く宮本。察しが良い上に気遣いが出来る、さすがだ。


 ……そう、彼女はそういう人間なのだ。



「宮本、」

 僕は前を向いたまま、彼女に声をかけた。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 僕は一息、間を置いた。

 別に緊張しているわけでも、動揺しているわけでもない。

 気持ちは落ち着いていたが、ただ、理由もなく動悸が逸っていたのだ。


「……宮本のお父さんって、何してる人?」


 あまりに突然の質問に、きょとん、とした顔でこちらを見る宮本。

 訝しみつつも、彼女は答える。


「お父さんは大学教授だけど。それがどうかしたの?」


「…………」

 やっぱり、そうか。

「いや、あのさ。えっと……」

 どうかしたの、と聞かれると、なんと答えよう。

 僕の考えていた通りだったわけだが、しかしこの場合、彼女にどう確認したらよいのだ……、

 と、僕が逡巡していると、宮本はふと気づいたように口を開く。



「あ、もしかして小智くん、私がキューピーだっていうことに気付いたんだ?」


「…………」


 宮本はあっけらかんと言うものだから、僕の方が呆気に取られてしまった。


 ――やっぱり、そうか。


 そのとき、チャイムが鳴る。

 図書館の閉館時間である。

 宮本はすっくと立ちあがり、読書をする数名の生徒に退室を促していった。



 読書家たちが退室し終えたのち、僕らは室内に二人きりとなる。


「私のお父さんのこと、どうして知ってたの?」

 閑散な本の森の中。彼女は僕に尋ねる。


「ああ、それは……」


 先日の、兄との通話を思い出す。

 あのとき、兄は自らの所属するゼミの教授が夢について研究をしているのだと言っていた。

 いつぞや、真田先生も同じことを言っていた。


 すなわち、担任教師がかつて教わっていた教授と、現在兄が教わっている教授は偶然にも同じ人物であるということ。

 そして、僕はその教授の名前を兄から聞いた。


 その大学教授は、宮本というそうである。


「へえ。小智くんのお兄さんが、今、お父さんのゼミにいるんだ。それは知らなかったな」

 落ち着いた様子で、宮本はそう言う。


 しかし、それだけではまだすべては繋がらない。

 実際、兄からゼミの教授の名前を聞いたときは、どういうことなのだろうとただ不思議に思っていた。


 決定的に察したのは、さきほど遊免に『馴れ初め』を聞いたとき。


「宮本は……、中学のとき、山本と遊免の間を取り持ったんだな。その、夢の中で」


 僕がそう言うと、彼女は意外そうな顔をする。

 僕がそれを知っているのは、予想外なのだろう。

 ……宮本は少しだけ沈黙する。


 それから、ゆっくりと口を開いた。

 どういう順で話せばよいか、じっくり考えてから話し出した様子だった。


「父の影響でね。私は昔から『明晰夢の力』を操れたの。夢の中での姿かたちは自由自在。もちろん夢世界の行き来もね」


 さらり、と言う宮本。


「中三のときにね、耕太郎くんが私のことを好いてくれてたんだ。告白されたわけじゃないけど、まあ、私は分かってたの。

 もちろん嬉しいけど、でも、だめ。耕太郎くんは一佳ちゃんと付き合うべきだったからさ。


 でもその状況で私が二人を応援すると変じゃない、だからね、夢の中で小さな天使に姿を変えて、耕太郎くんを一佳ちゃんの夢世界に連れて行ったの。

 ――つまり、夢の中で二人を引き合わせて、心の奥底に眠っていた、本当の恋心を思い出させるためにね。


 ただ、姿を変えただけだったから、喋り方とかはそのままでさ。その天使が私だってことが耕太郎くんにバレちゃったんだよね。

 それから一佳ちゃんが頑張ってアプローチをかけていってくれて、結果的にうまくいったけど。

 でも遠回しに耕太郎くんを振ったことになるし、危うく余計にこじらせちゃうとこだったよ」


 彼女は淡々と言うが、とんでもない話である。


「だから、小智くんのときは趣向を凝らせてみたの。私だってバレないように、ちゃんとキャラ作りしてね。

 喋り方とかは特徴的なのがいいなと思って、イメージは一佳ちゃんと真田先生を足してみた感じ。どお、似てたでしょ?」


 ふふん、と自慢げな顔をする。

 なるほど、あの二人にどこか小人の面影を感じていたが、そもそもキューピーは二人のモノマネをしていたわけだ。


 キューピー、……おそらく、『恋のキューピッド』からきているのだろう。


「えっと、つまり、僕に凛のことを意識させるために、凛の夢を見せたってこと……?」


「そういうこと。少し遠回りだったかもだけど。でも、うまくいってよかったよ。ただ、他の人たちの夢を介入させたり、凛ちゃんの夢が不調になったり、予想外のことも多かったんだよね。

 ……まあ、何が起こっても、京一くんなら、きっとなんとかしてくれるって信じてたけど」


 そう言って彼女は、ふふ、と笑う。

 思わず見惚れそうになる。

 やはり彼女の笑顔はかわいいのだ。


「でも、勘違いしないでね? 私はあくまできっかけを与えたかっただけだから。

 私が無理やり君たちを巡り合わせたわけじゃなくて、もともと『付き合うべき二人』の背中を、両サイドから軽く押してあげた、みたいなことだから」


 それはやはり山本と遊免のときと同じように、ということだろうか。


 いや、ちょっと待てよ、山本と遊免のときと同じ……?


 山本は宮本のことが好きだった、彼女はその気持ちを知った上で、遊免との仲を取り持ったのだ。

 今回、僕と凛のときもそれと同じだとすると……。


 夢を見始めたばかりの頃、なぜ僕を凛の夢に連れて行くのだと、小人に訊ねたことがあった。

 そのときキューピーは、なんと言っていたか。

 ……そうだ、僕が穢れた夢を見たからどうのこうのと……。


「えっと、宮本。そもそも僕と凛をくっつけようと思ったのってさ……」

「……あ、えっと、……」


 彼女はポリポリと頬を掻く。

 あれは、最初の図書委員の当番の日。

 あの夜見たのは、宮本に告白をする夢。

 告白し、オーケイされ、そしてあまつさえ唇を重ねようとした、あの不埒な夢……。


 つまり、本人がそれを見ていたのだ。


「ようは興味本位で京一くんの夢を覗いちゃったんだよね。そしたら、あんな夢を見ているんだもん、びっくりしちゃった。

 ごめんね。悪いとは思ったんだけど、……えっと、それはホラ、他人が恥ずかしがるトコこそどうしても見たくなっちゃう心理でさ」


 彼女はごまかすように言いつつ、そそくさと歩き出した。


「でも、あんな不埒な夢を見ている方が悪いですからね。……今度からは覗かれないように、ゆめゆめ、気をつけることだねっ」


 くすっと笑ってそう言い、彼女は足早に図書室から出て行った。



 いつの日か魅せた、不敵な笑顔。


 僕の気持ちは彼女に筒抜けだったのだ。

 それを知った彼女は、僕の夢の中に登場し、そして凛の夢へ連れて行った。


 それから僕がその想いを凛に向けるようになったのも、凛と付き合うことになったのも、彼女の思惑通りだったのだ。

 始めから最後まで、宮本有紗の手のひらの上だったということである。



 ――――「やられた」、と思った。


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