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5月4日(土)☀:『ゆめゆめうつつ』



 【凛】



 せっかくの連休なので、家の掃除をしようと思った。

 気合を入れて居間や風呂場やトイレまでピカピカにして、最後に自分の部屋の片づけを行った。


 その最中、押入れの奥から古いおもちゃが出てきた。

 チープな作りのステッキだ。

 柄のところにアニメのロゴがあった。ちゃんと丁寧に扱っていたのか、そのロゴは擦り切れもせずきれいに読める。


 『マジカル☆マリーちゃん』。

 京一の好きだった『忍者ヒーロー・カミカゲマン』と続けて放送されていて、その時間は二人で並んでテレビ画面に食い入るように観ていた。


 もう十年ほど前だが、そのアニメの内容は自然と思い出された。



 小学一年生のマリーちゃんは実は魔女の一族の末裔で、ステッキの力で魔法少女に変身して悪者と日々戦かっている。

 彼女はとにかく強い。生まれながらに最強レベルの魔力を持っていて、ほとんどの怪物は彼女を前に歯が立たない。

 しかし彼女はなにも敵を退治してしまうばかりでなく、悪いことをしないように諭してあげたり、改心する手助けをしたり、心優しい少女なのだ。


 私はそのアニメが好きでたまらなかった。『マリーちゃん』に憧れていた。

 なぜそこまでそのアニメが好きだったのか、そのステッキを眺めていると、ふとその理由を思い出した。



 私はいわゆるお母さんっ子で、心優しい母のことが大好きだった。

 母の内面的な部分は言うまでもないことだが、ことさら、母の握るおにぎりが好きだった。

 今でも思い出される、ただ白米に塩味を利かせて握っただけだとは思えないほどおいしかった。


 それはもう、言うなれば魔法的においしかったのだ。

 私は、母に訊ねたことがある。


『どうしてお母さんがにぎると、こんなにおいしいおにぎりになるの?』


『それはねー、母さんの手は魔法の手だからだよ。だあい好きな凛ちゃんのことを想っておにぎりを握ると、魔法の力でおにぎりがおいしくなっちゃうの』


 くす、と笑って母はそう返した。


 当然、私のことをからかったのだ。

 ただ、その言葉は幼い私にとっては冗談の類には思えなかった。

 母は魔法が使えるのだと本気で思った。

 そう信じてしまうくらい、やはり母のおにぎりはおいしかったから。


 母が冗談で言った魔法を使えるという言葉。

 『マジカル☆マリーちゃん』を観たときに、母への憧れがそのまま変換されたのだと思う。


 思い返せばくだらないきっかけだが、そうして私は『マジカル☆マリーちゃん』にハマっていた。



 私はステッキを握りしめる。次第に色々な思いが溢れてきた。


 私は今まで、優等生たるべしとして頑張ってきた。

 それは、もともとは和哉への憧れからきている。和哉のようになりたいと思って努力した。

 そして、成果を出せたことで母が褒めてくれた。

 母に褒められるのが嬉しくなって、もっと頑張った。


 そんな母は、亡くなる直前に『凛は強い人になってね』と私に言った。

 私はもっともっと頑張った。


 でも、和哉は幼い頃に相手にしてもらっていただけだし、母はもうこの世にいない。


 私は所詮、過去にすがっていたに過ぎない。

 現実にないものを心の拠り所にして、意味のないものに意義を見立てて、頑張ってさえいれば自らが強かであれると思って、しかし実際はただ虚構を見つめていただけだった。

 私はやっぱり弱かった。


 このままではいけない、と思った。


 いつまでも夢見る少女ではいられない。

 現実を頑張なければならない。

 私は手に持ったそのステッキを、そのままゴミ袋に入れた。


 ・・・


 片付けが済むと、もう夕方になっていた。

 ふう、と一息ついていると、ちょうど家のチャイムが鳴った。


 訪問者は京一だった。

 母に遣わされて、今日も夕飯を共にしようというお誘いをしに来たのだ。


 京一は自然な顔をしているが、私はなぜか彼の顔を見た途端、どきりとしてしまった。


 どうしてだろう。おかしい。なんだろう。

 自分の胸の内に沸く感情に戸惑うが、彼にそれを悟られまいと気を張った。

 逸る動悸を抑え、あくまで冷静を装う。


 焦ると共に、しかしこれはもう今更、誤魔化すようなものじゃないとも思った。


 はっきりと、確信できた。

 なぜその想いが今になって形になったのかわからないが、理由なんてなんでもいい。

 とにかく、その感情がはっきりと自覚された以上、その現実から目を背けてはいけないのだ。



 つまり今私の目の前にあるのは夢でも虚構でもなく、頑張るべき現実だということだ。


努々、現、これにて完。

夜の投稿は、後日談です。最後までどうかお楽しみください。


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