5月3日(金)☀⇒☽:どぎまぎする夜
【凛】
父は検査入院することになった。
父の入院に際して、京一のお母さんが色々と手伝ってくれた。とても助かった。
病院に、京一も一緒に来てくれていた。
手続きなどをしている間、待合室で彼と二人になる。
私はつい、彼に対して、どうしても胸の内に沸く不安を吐露してしまった。
私が、もっと早く父に言っていれば、入院まですることにはならなかったはずだ。私がもっとしっかりしていればよかったのに。
でも彼は言う。
「凛は正しいよ」
私が思わず安心してしまうような言葉を言ってくれる。
「というか別に大ごとでもないだろ、ただの検査入院だしさ。
そりゃもっと早く言ってれば入院までしなくても良かったかもしれないけど、でも凛が最後まで何も言わなかったらおじさんはあのまま無理を続けて倒れてたかもしれない。
『もしも』の話をするんなら、わざわざ悪い方だけ考えなくてもいいんじゃないか」
慰めとかそういうのではなく、もっと自然な言葉だ。
「…………ありがと」
ただ感謝の言葉だけを絞り出して言った。
しかし私は言った途端に恥ずかしくなって、つい顔を背けてしまう。
……だめだな、私はまだ弱い。
・・・
その日は小智家で夕食をごちそうになった。
私が家で一人なのを気遣って、京一のお母さんが誘ってくれたのだ。
といっても、いつも父は帰りが遅いので一人での夕食なんて文字通り日常茶飯事なのだけど。
私は遠慮したけど、あまりの強引さに負けてしまった。
あの京一の母親とは思えない。
でも、来てよかった。とても楽しい食事だった。
夕食後、家に帰って、ふう、と一息ついたところで、朝からどうしても気になっていたことが改めて大きな違和感として湧き上がる。
今朝、目が覚めてから、ずっと妙な感覚があった。
なぜかは分からないが、子供の頃の記憶が不意に蘇って、それが頭から離れない。
いつ頃のことだったか。
ある日、京一と、その兄の和哉と散歩をしていたときだ。
突然、野良犬に遭遇した。
私はすっかり怯えてしまったけど、そんな私を、和哉が庇ってくれたのだ。壁際で私を覆い隠すようにして。
私はそのとき、和哉の勇敢な姿に見惚れてしまったものだ。まあ、幼い頃の話だけど。
彼の背中越しに見える背景が、キラキラと輝いて見えたのを覚えている。
でも、そんなのはとても古い記憶だ。どうして急にそんなことを想いだしたのだろう。
さらに妙なことに、脳裏に張り付いているその画が、ゆっくりと変わっていくのだ。
その和哉の姿が、なぜか次第に京一にすり替わっていく。
あのとき、京一は何をしていただろう。
和哉に夢中になってしまっていて、詳しく覚えていない。
でも、気がついた時には野良犬はいなくなっていた。
もしかしたら、和哉の背後で、京一が追い返してくれていたのだろうか。
私を庇う和哉が、京一に変わる。
あの頃の姿で、京一が私に、「大丈夫か」と問う。
その背中越しの背景には、キラキラと光の粒が舞っているのだ……。
不思議な心地のまま、私はベッドに横になり、眠りについた。




