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5月2日(木)☽:明晰夢の活用法(実戦編)



 【京一】



 てっきり、あの三人を呼んで来ればそれでもう何とかなるだろうと、高をくくっていた。


 しかし、まさか敵も援軍を呼ぼうとは。

 しかも三体。

 晃たちがそれぞれ立ち向かっていって、そして残されたのは僕と凛、眼前に立つダイヤモンドの大男。


「さて、邪魔者は消えた。仕切り直しだ。魔法少女と、小僧」


 低い声でそう言って、ダイヤ男は一歩、一歩と近づいて来る。


 僕は完全に素の人間なのだ。

 しかも、体格は幼い頃のもの。

 いや、今の高校生の体格であれ、あんな怪物相手には何も抵抗できない。

 なにせ迫って来る敵は、全身がダイヤモンドで構築された身長二メートルの大男。為すすべはない。


「きょ、きょーいち……」

 凛が、僕の服をぎゅっと握りしめた。


 彼女は、徐々に迫りくる怪物にすっかりおびえている。

 幼いとはいえ、その顔は普段の凛からはおよそ想像できないような、とても弱々しいものだった。

 ……そうだ。

 これが今の凛なのだ。

 なにか悩み事があって、その心はもうすっかり弱り切っているのではないか。


「どこを見ている?」

 おぞましい声がして、はっと我に返る。凛のことを見ているうちに、ダイヤモンド伯爵がすぐそこまで近づいてきていた。

 そして彼は、怪しい輝きを放つその右手を、ぐっと後ろに引いていた。


「これでもう終わりだ! くらえ、ダイヤモンドパンチ!」

 またもださい技名を叫び、男はその右手を思いっきり振りぬく。


 どうすればよいか。

 もはや思考は追いつかない。


 僕は咄嗟に、凛を後ろに突き飛ばしてしまった。

 小さな女の子には少々乱暴だったかもしれないが、そうするしかなかった。


 迫りくる硬い拳。

 僕はびびって、目を瞑る。


 瞬間、兄の後ろ姿が脳裏に浮かんだ。


 なぜ唐突にそんなことが頭に浮かんだのかは、わからない。


 幼い頃、僕は兄の背中の陰に隠れてばかりだった。

 完璧超人のヒーローのような兄に対して、僕はとてもちっぽけな存在だった。


 陰、……『影』……。


 どぷん、と体が沈み込む感覚があった。


 ダイヤ男に殴られたかと思ったが、痛みはない。

 いや夢の中なのでもともと痛みは感じないんだったか。

 でもとにかくダイヤの拳が僕の顔面にはヒットした様子はない。


 目を開けるも、辺りは一面、暗闇だった。

 なんだこれ。

 不思議だ、暗闇の中で体が浮いている。

 まるで水中にいるような感覚だ。


 頭上を見る。

 殴りかかろうとしていた相手が視界から消え、慌てて辺りをきょろきょろと見回すダイヤ男が確認できた。

 それは仰ぎ見る形でだ。

 僕はなぜか地中から地上の様子を見ている。


 泳ぐようにして体を浮上させ、そして水中から上がるような格好で地上へと抜け出た。


「お前、一体……?」


 僕は足元を確認した。

 僕が体を沈めていたのは、地面に空いた黒い穴のようなもの。

 よく見ると、その黒いものは人の形をしている。


 そこで気づいた、それは太陽光を受けて地面に投影された僕の『影』だ。


 さきほどの暗闇の空間とは、地面に張り付けられたこの『影』の中だったのだ。

 つまり僕は体を自らの影の中に沈め込み、またその中から地上へと這いずり出たのだ。

 ……状況から考えてそうだとは分かるが、頭の中では、僕の現実観念がそれを事実と認めたがらなかった。


 いやでも、ここは夢の中なのだ。

 そう思うと、僕の現実観念は次第に薄らいでいく。

 冷静になり、自分の体を見る。


「きょ、きょーいち……?」


 凛が困惑したような顔で僕を見ている。

 僕が突き飛ばしてしまったせいで、しりもちをついている状態だった。


 彼女が困惑するのも分かる。

 なにせ僕は、『忍者』の格好になっていたのだ。

 全身紺色で顔も大部分を隠した忍び装束……。

 唐突に自分が奇妙な服装になっていて、戸惑うとかよりもまず恥ずかしかった。



「くそ、ならばもう一発だ!」


 ダイヤ男がまた拳を振りかぶって来た。

 僕はびびって後ずさる。

 すると、いきなり足元から黒い壁が勢い良くせりあがって来た。

 その壁が男のパンチを防ぐ。

 よく見ると、足元の『影』が浮き上がって壁を造ったのだと確認できた。



 なんか、こんなのを昔見たことがある。

 そのとき、頭の中にバチンと電気が走った。

 脳みその片隅に追いやられていた記憶が鮮烈に蘇る。


 ……そうだ、これは、『カミカゲマン』だ。


 昔、夢中になって観ていた。

 凛の好きな『マジカル☆マリーちゃん』と続けて放送されていたアニメ、『忍者ヒーロー・カミカゲマン』。


 今の僕の姿はまさに幼き頃に憧れたそのアニメの主人公そのものじゃないか。

 幼き頃にテレビ画面に食い入るようにして観ていた『カミカゲマン』。

 僕は今、その憧れのヒーローそのものになっているのだ。


 凛が魔法少女のアニメキャラに憧れてその姿をしているのだから、僕もまた同じく、アニメのヒーローの姿になってもおかしくはないのだ。

 なにせここは夢の中だから。

 もはやそれを否定しようとする現実観念は、僕の脳内にない。



「貴様ァ、一体何者だ!」


 明らかに苛立ちを露にしながら、ダイヤモンド伯爵が言ってくる。何者だと問われても困る。『カミカゲマン』は、陰のヒーローなのだ。

 記憶にある限りでは、アニメの中で彼が敵に対して堂々と名乗りを上げるようなことはしていなかったと思う。


 僕が答えないままでいると、伯爵は怒りのままにこちらに向かってきた。

 またださい名前のパンチを繰り出す気だろうか。


 僕は足元の自らの影をじっと見た。

 動け、と念じる。

 すると地面に張り付いていた影は途端に浮き上がり、僕とダイヤ男との間に壁を造る。


 突然、目の前に壁が出現したため、思わず踏みとどまる男。

 僕はさらに念じる。

 すると壁からにゅるりと黒い棘が突きだし、ダイヤ男めがけて突撃する。

 さすがに彼の硬い体を貫くことはできなかったが、その勢いでダイヤモンド伯爵は後方へ弾き飛んだ。


 思った通りだ。


 はっきりと思い出した、『カミカゲマン』は、自らの影を自在に操って戦うヒーローなのだ。

 影の中に潜ったり、壁を造って防御をしたり。

 自由自在、意のままに影を操るのだ。


 僕はいま、現実にはあり得ない超常の力を扱えている。いやもう、快感だった。


「きょーいち、すごい……!」

 少し離れたところから、凛が興奮した目で僕を見る。


 そんな彼女を、きっ、と伯爵が睨んだ。

「小僧が変身したからと言って、何を安心しているんだ。俺はまだピンピンしているぞ!」


 そう言って、ダイヤモンド伯爵は突然地面を強く蹴りつけ、大きく空へ飛んだ。

 そして、彼の体はメキメキと音を立てて、徐々に大きくなっていく。


 もともと二メートルほどもあったが、それよりもさらに三倍ほどの大きさ。

 もはや人型ではなく、とにかく巨大なダイヤの塊に姿を変えていったのである。

 ……太陽を受け、眩く輝く巨大な宝石。

 見ただけでは美しいが、状況を考えればそれは恐ろしい存在である。


「ふはははは、このまま潰してやる! ダイヤモンドアタックをくらえっ!」


 相変わらずださい技名を叫びながら、もうただのダイヤの塊が、重力を受けて、ぐんと落ちてくる。


 その方向には、凛。

 間違いなく彼は幼気な魔法少女をその体で潰してしまおうとしている。


 僕がこの夢に介入する直前のピンチの場面でも同じような状況だったが、あのときの彼の技よりも、いま空から落ちてきているあのダイヤの塊は、俄然大きい。


「きゃあっ」

 凛は思わず身を屈める。


「凛!」

 彼女のもとにあわてて駆け寄った。

 そして、彼女を庇うようにして目の前に立つ。

 凛は安堵の表情をするが、同時に疑問そうな目で僕を見る。

 僕が敵に背を向けていて、彼女とは対面になる向きに立っているからだ。


「この状況で私に背を向けるとは、おろかな! 潔く潰れる気か? 小僧!」


 ダイヤの塊が吠える。

 潰れる気はない。

 僕は、自らの足元から伸びる黒い影を操る。

 今や完全に思った通りに動かせる。


 そして、背後の様子も完全に察知できる。

 なぜか、の理由はほかでもない、今の僕は『カミカゲマン』だからだ。


 影を大きく膨らませ、トンカチの形状に仕上げる。

 そして思いっきり、振りかぶる。


 あいつが間近まで迫って来たところで、影のトンカチを振りぬいた。


 重い打撃音と、耳をつんざくような甲高い音が同時に鳴る。

 そして、また同時にダイヤモンド伯爵の断末魔も。


「ぐわああああああ、な、なんだとっ、この私の硬い石の体を砕いただとっ?」



 これは豆知識だが、ダイヤモンドはトンカチで叩くと砕けるのである。



 巨大なダイヤモンドが粉々になり、その粒がキラキラと光を反射させて宙を舞う。

 僕の背後に、ぱらぱらと落ちてくる。


「大丈夫か、凛」

「う、うん……。へーき」


 凛はきょとんとした顔で、僕を見上げる。

 僕は、ふう、と息をつく。

 すると、背後からさわがしい声が聞こえた。

 あの三人が僕らのもとへ駆け寄って来る。一様に、凛のことを心配しているのだ。


「みんな……」


 その想いを察してか、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 子供の姿のはずなのに、その落ち着いた笑顔は、不思議と少しばかり大人びて見えた。

 …………

 ……




 もやの中。


「やるじゃないデスカ、京一サン。すごいデス、かっこよかったデスヨ」


 なぜか、やたら嬉しそうに言う小人。


「いや、お前があの三人を連れて来てくれたおかげで助かったよ。ありがとう」


「……ふふん、まァね。ワタシのおかげカナ。……なんて。やっぱり京一サンはすごいデスヨ。いやァ、見直しましたネ」


「なにを偉そうに」

 僕がそう言うと、へへ、と少年のように笑うキューピー。


「ふむ。そろそろ夜が明けます。

 では京一サン。今晩はこれにて。……サヨウナラ!」


 そう言って、小人は高く、もやの中を上昇していった。


 そこで、夢は終わった。


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