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5月2日(木)☽:京一の作戦



 【京一】



 間一髪だった。


 ダイヤモンドの塊が空から落ちてくる。

 凛は腰を抜かせてしまったようで動けない。

 僕はそこに向かって走りこんで、凛を抱き上げ、そのまま駆け抜けた。

 この世界では、足の速さも腕力も子供のそれなので危険だったが、なんとか逃げ切れた。


「大丈夫か、凛」

「きょーいち?」


 僕の顔を見つめ、しばし固まっていた凛だが、突然、はっとして言う。


「あ、ああっ、あの、わたしはリンじゃなくって、『マジカル☆リンちゃん』だからっ! きょーいち君のおともだちのリンちゃんじゃないよ?」


「…………。ああ、うん」


 そうか、魔法少女の正体が高槻凛であることはバレてはいけないという設定なのだ。

 いやまあ、別に顔も隠してないし、普通にバレないはずはないのだけど。

 でもここはそういうお決まりに則って形成された夢世界なのである。


「小僧、なにものだ貴様!」


 迫力のある大きな声で言われる。

 見ると、そこには全身がダイヤモンドで構築された、二メートルほどの大男が立っている。

 ダイヤモンド伯爵である。ちゃんとした怪物。間近で見ると、怖い。


「なにものだ、って言われてもなあ……」


 この場合、なんと言うべきなのか。

 たぶん今の僕の立場はというと、『マジカル☆リンちゃん』の活躍劇に置いて、いきなり茶々を入れたモブキャラみたいなものだろう。

 『リンちゃん』の幼馴染だということにはなっているようだが。


「ええい、なにものでも容赦はしねえ! 覚悟しろ」


 そう言って、ばっ、と拳法の構えのような姿勢を取って威嚇をする伯爵。

 安っぽいフリだが、彼の強靭さを目の当たりにしている以上、割と恐怖心は湧く。


「きょ、きょーいち! だめだよ、あぶないから逃げて!」


 腕の中で、凛が慌てて言う。彼女は魔法少女であり、僕は守られるべき一般市民である。


 しかし。

 退くわけにはいかない。

 小人が昨日、言っていた言葉。



 ――――夢と現実は表裏一体。

 互いに影響し合うもの。現実での調子は夢に影響を及ぼすし、その逆もまた然り。


 現実での彼女になにか悩みがあって、その精神的な不調がそのまま夢に形となって現れている。

 こういった魔法少女モノでヒロインが敵に完全敗北することなんてあり得ない。

 それは夢としての異変である。


 つまりこのダイヤモンドの男、『勝てない敵』こそが、

 凛の抱えている心の不調の具現化であると言える。


 夢と現実は表裏一体、

 互いに影響し合うもの。現実での調子は夢に影響を及ぼすし、『その逆もまた然り』。



 要するに、だ。

 この硬い石の男が消滅すれば、凛の心の荷が晴れるのではないか。


 小人が先の言葉を、なにか挑発的な言い方で僕に言ってきていたのは、つまり僕がその答えにたどり着くのを試していたのではないのか。

 なんとなくそう思えた。



 僕に逃げる様子がないので、凛は焦りだした。


「ふん。二人まとめて叩き潰してやる」

 ずん、と重い足音を出しつつ、ダイヤモンドの大男がゆっくり近づいて来る。

「……くらえ、ダイヤモンドパンチ!」


 ださい技名を叫びながら、男は荘厳な輝きを放つその右手を僕らに向けて繰り出す。


「きょーいちっ!」

 凛が叫ぶ。僕は彼女をぐっと抱き寄せる。

 男の放った右ストレートは、特に僕の顔面に向けてまっすぐに飛んでくる。

 凛は思わず目を瞑っていた。


 次の瞬間、僕の目の前を何かが遮る。


 そして、もふん、と、気の抜けた音が鳴る。


「…………え?」


 凛がゆっくり目を開く。

 僕らのすぐ目の前に、柔らかい何かが壁となってダイヤ男のパンチを受け止めていた。



「危なかったな我が友人」

 ダイヤ男のパンチを止めながら、こちらに振り返り、きりっとした良い声で言う兵士。



 その兵士の丸みのある体の横を、ばっ、と素早く横切る人影があった。


 過ぎ去る瞬きの内にその姿をはっきりとは見られなかったが、どうやら少年のようである。

 彼はマントをなびかせ、ダイヤ男に向けて剣を振るう。

 鉄の刃がダイヤに触れ、キインと鋭い音が鳴る。



 さらに状況が落ち着く間もなく、ぶおん、と、空を大きく切る音がする。

 風が巻き起こり、地面に大きな影が出来る。

 空を見上げると、翼を持った巨大な生物が僕らの頭上を飛んでいた。


 兵士に拳を防がれ、さらに少年の剣をその身で受けていたダイヤ男は、さすがに踏みつぶされるのを察知して大きく退いた。



 どすん、と、巨大なドラゴンが地面に降り立った。

 その背中から少女が飛び降り、しゅたっと華麗に着地する。

 少女のそのブラウンの髪が、ふわりと舞った。



 敵が距離を取ったのを見て、ぬいぐるみの兵士がいったん後退する。

 彼が退いた許には明らかな『お姫様』の格好をした少女がいる。



 そして振るった剣を腰に差した鞘に納める少年。

 しゅりん、と心地よい音が鳴り、彼は陶酔するようにキザな表情をする。



 三人が、僕と凛の前に歩み寄る。


「大丈夫? 凛」

「よかったあ、間に合って……!」

「はっはっは、勇者様が来たからもう安心しろよなっ!」


 イブ、クララ、晃。少年少女が凛に向けて、口々に言う。


「み、みんな……!」


 凛の表情が、安堵のためか、ぱあっと晴れる。



 魔法少女が勝てない敵、ダイヤモンド伯爵。

 あの硬い大男を消滅させられれば、凛の悩みの解消につながるかもしれない……、とはいっても、僕一人であんなファンタジーな敵を相手にできるわけもない。

 そこで、この三人を凛の夢世界に連れてきてほしいと、あの小人に頼んだのである。


 なんといっても、ファンタジーにはファンタジーをぶつけるしかない。

 そこへこの三人は打ってつけである。


「くそ、新手が三人も……」


 さすがのダイヤ男もたじろいでいる。

 勇者にぬいぐるみの騎士にドラゴン。世界観もめちゃくちゃである。

 どれほどダイヤが硬かろうが一人では勝ち目はないだろう。


 ……よし。正直不安だったが、なんとかなりそうである。


「仕方がない。ではこちらも、援軍を呼ばせてもらう」

「え?」


 伯爵はにやりと笑ってから、指を鳴らした。

 ダイヤなので、カチン、という綺麗な音が鳴った。

 その音が鳴るや否や、彼の後ろに三つの大きな影が浮かぶ。



 そして、空から開いてきたそれらが一斉に着地し、地面が大きく揺れる。


「魔界の帝王オクトバーン、参上である」

「ふん、俺様は悪魔のヒキガエル、ベルゼブブフォーだ」

「うふふふ、あたしはチョコの魔人、ブルーム!」



 …………、なんと、見たことのある三体の怪物が、突如として空から飛来してきたのである。

 思いもよらない急な展開に、僕は動揺してしまう。


「くそう、敵が増えやがったぜ……! よし、あの三人は俺たちに任せろ! お前は凛を守るんだ京一!」


 晃が、とても格好つけて、僕に言う。

 彼の言葉に同意するように、イブとクララもこくんと頷く。


 ……いや、なんだって?


 晃たちが、ダイヤ男の後ろに控える三体の怪物に向かっていく。


 頼もしいが、いや、それだとあのダイヤモンド伯爵は、どうすれば……?


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