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○凛について


 高槻凛は幼い頃、よく笑う明るい子供だった。


 好きなものを好き、嫌いなものを嫌いとはっきりと言う。

 とても素直で、そして元気な子供だったのだ。


 母がパートでいない間、兄弟のいない彼女は隣人である小智家によく世話になっており、京一と、そしてその兄の和哉と一緒に遊んでいた。


 和哉はとても面倒見のいい兄であり、実の弟の京一だけでなく凛にも妹のように接し、二人の相手をしていた。

 彼は成績も良ければ運動もできる、おまけに人当たりも良くて周囲からの人望も厚い。


 そんな男に少女が恋をしなかったとすれば不自然である。


 和哉に惹かれた決定的なきっかけがあった。

 ある日、和哉と京一と散歩をしていたとき、野良犬に遭遇したのである。

 その獣は子供たちに敵意をむき出していた。

 そんな状況の中、怯える凛を、和哉はいち早く壁際まで連れてその身で覆い隠した。

 犬に対して背中を向ける形で、身を挺して凛を庇ったのである。

 自らの犠牲を厭わぬその勇敢さに、少女は自然と惹かれた。


 彼の背中越しに見える背景が、キラキラと輝いて見えていた。


 ただ、それは恋心というよりは本質的には憧れに近かった。

 自分も和哉のように他人を助けられる人間になりたいと思ったのだ。



 小学校のうち、学級委員長や児童会の会長などに率先して立候補をした。

 そうした役割を務めあげることで同級生や先生からよく頼られるようになった。

 勉強も頑張り、成績表には常に堂々と二重丸が並んでいた。

 そんな姿を見て、母がとても喜んでくれた。母は優秀な娘を、すごい、すごいと目一杯褒めてくれた。


 それがたまらなく嬉しかった。


 和哉のようになりたくて、頑張った。

 そうすると母が褒めてくれた。この経験から、少女の心には優等生たるべしという精神が根として張った。



 小学校6年の頃。ある転機が訪れる。


 母が入院したのだ。


 凛には察せられていなかったが、もともと病弱だったらしく、その頃に急に体調が悪化して入院することになった。

 ただ、その病の詳しい話は凛には伝えられなかった。

 娘に心配をかけさせたくないという母の『硬い意思』だった。

 むしろ凛は、じきに退院できるので大丈夫だと、そう言い聞かされていたのだ。


『大丈夫。母さんは強いからね』


 娘が父に連れられて見舞いに来ると、決まって母はそう言った。

 笑顔でそう言う母を見て、凛は安心した。しかし病状は明らかに悪化していたのだ。

 言葉では「大丈夫」と言う。しかし見る度に少しずつ衰弱していく母の体。


『凛は、強い人になってね』


 母は最後にはそう言っていた。

 母が死んだのは、凛が中学に上がる直前、春休みの最中だった。


 凛は以前のように明るく笑わなくなった。

 代わりに、以前にも増して何事も努力を惜しまぬようになった。

 勉学も家事も、委員長としての働きも、自分のできることをひたむきに努力した。


 高校へ進学してもその思いは衰えはせず、むしろ一層熱を帯びた。

 誰かに助けられていてはいけない。助ける側でなければならない。

 何事も一人でできるように。

 母が言った、強くなれという言葉通りに。


 凛は、自分がより強い人間になることで天国の母が喜んでくれると思っている。

 その想いこそが、彼女を優等生せしめる原動力となっているのである。


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