5月1日(水)☀⇒☽:山本と遊免
【京一】
いよいよゴールデンウィークが間近に控える。
黄金週間、とはよく言ったもので、まさしく僕のように惰眠をむさぼるのを好む者にとっては、こういった連休は黄金のごとく価値がある。
ただし、そうやすやすと怠けることはできない。連休を前にして、数学教師によって大量の課題が提示されたのだ。
連休明けを提出期限として、それはもう僕らに安息など与えまいという確固たる悪意が感じられた。
内心うなだれつつ隣の席の凛をちらと見ると、彼女は涼しい顔をしている。
特に、調子が悪いようには見えない。
そもそもあの小人の言うことが真実である保証などどこにもないし、むしろその発言どころか、仮にあいつの存在を丸ごと含めてすべてがやっぱり虚構でしたというオチでもなんら不思議ではない。
夢が不調であるからといって現実にもそうであるなどと、やはりただの思い過ごしだったのだ。
現に、こうして数学教師から大量の課題が提示されて、みなが絶望に打ち震える中、彼女は平然としているのだ。まったくいつも通りの凛である。
凛は今まで課題提出を遅らせてしまったことはない、遅刻などもしたことがない、彼女は真面目なのだ。
家事をこなしつつも勉強もしっかりとやっている。
最近手芸部へも参加するようになって、より忙しくなったのではないかと思うが、辟易している様子はない。
そんな凛に比べて晃などはもうすでに、提出が間に合わなかった際に如何に謝罪の弁を述べようかと考えている始末だった。
・・・
「手芸部、盛り上がってるみたいでよかったっすね、小智君!」
ハイテンション不思議眼鏡っ娘、遊免一佳がその眼鏡をくいっと釣り上げて言った。
放課後、廊下で唐突に彼女に声をかけられたのだ。遊免の後ろには痩せ型長身の山本がいた。
「新聞部は手芸部さんのお隣ですからね、よく楽しそうな声が聞こえてきますよ」
「悪かったな、うるさくして……」
「イエイエ、賑やかなのは良いことですよー」
そう言って遊免はにこにこと笑う。
なんというか、この女は能天気というか、むしろ脳みその中が良いお天気というか。
「アラ、もうこんな時間じゃないですか!」
時計を見て、急に遊免が慌てだした。
「まずいです、お料理研究会に取材をする約束してたのに。遅れては新聞部の名誉が!」
忙しない様子でそう言い、彼女は僕をちらと見た。
「お料理研。有紗もいますよ」
だからなんだよ。
「ではでは、小智君。また明日!」
遊免はぱたぱたと廊下を駆けて行った。
なぜかその場に残る山本。
「なんでお前は行かないんだ」
「今日は一佳が単独で取材するって言うんだ。お料理研はみんな女子だから男が行くのは無粋だ、とか言ってな。俺がいない方が取材しやすいんだと」
「ふうん……」
すると、なにやら山本が僕のことをまじまじと見てきて、言った。
「京一、お前って宮本のこと好きなのか?」
「え……。なんで知ってんだ」
「いや、一佳がそんな感じのこと言ってたから……」
……あの女、自分は口が堅いですとか言っておきながら、あっさり男にばらしてやがる。
「俺ずっと、京一は、委員長のことが好きなんだと思ってたよ」
「はあ?」
委員長……、つまり凛のことだ。「いやいや、なんでだよ」
「なんでって、幼馴染なんだろ? 委員長と付き合えばいいじゃん」
「だからなんでだよ。別に幼馴染とか関係ないだろ」
「んなことねえよ。俺と一佳も幼馴染だしさ」
「え、そうなのか?」
「うーん、まあ、幼馴染っていうか、小さい頃からの知り合いみたいな。お前らみたいに家が近所同士とかではないけどさ」
知らなかった。
「……こんなこと言っちゃ悪いけどさ、お前、よくあんなに騒がしい女の子と付き合ってられるよなあ。大変だろ」
僕はぶっちゃけて彼に言ってみた。
「いやまあ、大変だけどさ。でも、あいつがいてくれるだけで俺は幸せだしな。それに、ああ見えてかわいいとこもあるんだぜ」
僕から聞いといてなんだが、こうもナチュラルにのろけられるとさすがに憎たらしくなる。
まあ、しかし山本がそうしてのろけるのも無理はないと言える。
遊免一佳はそのハイテンションな弾丸トークと奇抜な眼鏡のせいで霞みがちだが、実際は、静かにしてさえいれば目鼻立ちの整った美人顔ではある。静かにしてさえいれば。
「……中学から付き合ってるんだよな。どうやってあの子と恋仲に発展するんだ。なにかきっかけとかあったのか?」
「きっかけ、ねえ……。中三の頃かな。俺、実は、一佳以外に好きなやつがいたんだよ。本当はそいつに告白しようとしてたんだけど」
ポリポリと後ろ頭を掻く山本。
「でも、その頃に変な夢を見てさ」
「は?」
「夢の中に、なんか天使と妖精を足して二で割ったような小人が出て来てさ。
そいつがさ、その子はやめときなさい的なことを言って、しかも遊免一佳がいかに素晴らしい子かと、真に迫る勢いで説いてくるんだよ。
そしたら計ったようなタイミングで一佳からアプローチかけてくるようになって。
それまであいつを意識したことなんてなかったんだけど、急に気になってきてよ、そっからは早かった。気がつけばもう一佳と付き合ってたなあ」
「…………」
僕が沈黙していると、山本がぷっ、と噴き出した。
「はははは、なーんてな。冗談だよ。なに真面目な顔で聞いてんだよ、そんなわけねえだろ。真面目に馴れ初め説明するのなんて恥ずいから適当に言っただけだよ」
山本は笑っているが、僕にはどうしても笑って流せない単語が出てきたのだ。
「なあ、その小人って、もしかしてやたらとテンションが高くて変な喋り方するようなやつじゃないか……?」
「テンション? 喋り方? いや別に、いたって普通だったけど……。ていうか、なんでそんなこと聞くんだよ」
「僕も夢にそいつが出てくるんだ。最近」
「え? ……そっかー……、あいつ、お前の夢に出て行ってるのか」
山本は考え込むように難しい顔をした。そして、うーん、そっかー、なるほどなー、とか呟いて、なにやら一人で勝手に納得している様子である。
「なんだよ、意味わからん。どういうことだよ」
僕が詰め寄ると、彼はにやりと笑って、僕の肩にポンと手を置いた。
「ま、がんばれよ」
「はあ?」
意味が分からず混乱する僕を尻目に、山本は「じゃあな」と言って、そそくさと廊下の奥へと去っていった。
・・・
その日の晩。いつも通りのもやの中。
「じゃあーーーーん」
やはり小人は派手に飛び出してきた。
「ドモドモ、京一サン!」
山本の言っていたことが気になる。こいつは一体なんなのだ。
「なんデスカ、そんなにまじまじと見られるとワタシ、照れちゃいマスヨ」
「…………」
わざとらしく腰をくねくねと揺らせてオーバーなリアクションをする小人。
昔、山本の夢にこいつが出てきたことがあるというのか?
まあ、もしそうなら、やはり僕の妄想の中だけの存在じゃないという証明になり、僕の頭は正常だと安心できるわけだが。
にしても、山本はこいつの喋り方を普通と言っていた。
いやどう見ても変だろ。
……と思ったが、そういえば山本はあの遊免と付き合っているのだ、むしろ『変な喋り方』には慣れているのだろう、この小人とあの眼鏡女の喋り方はどこか似ているし。
いつも通り、小人に付いてもやの中を進んでいき、抜けた先は凛の夢。
昨日、『マジカル☆リンちゃん』は不自然な内容だった。
敵に攻撃が一切効かず、追い詰められて、もうやられる寸前のところまでいって、そしてそこで急に夢が終了した。
小人曰く、あれは夢の不調だという。
現実の凛が何かしら調子を崩しているのが、夢にも影響したのだと。
昨日は、夢の不調は一時的なもので、次の日からまた元に戻るかもしれないと小人は言っていたが……。
本日の夢も、昨日の夢と全く同じ内容だった。
始まり方から終わり方まで。
宝石店に強盗が現れて、それがダイヤの怪物に変身して、魔法少女がじり貧に追い詰められて、そして寸でのところで強制終了。
もやの中に戻ってから、僕は小人に詰め寄った。
「おい、今日も昨日と同じだったぞ、どういうことだ?」
「ウゥ~ム……、やっぱり、凛チャンが不調を来しているのデスヨ」
「いや、でも、普通に学校来てたし、別に調子が悪そうには見えなかったけど……」
「別に、体の不調だとは限りませんヨ。心の方かもしれまセン。つまり、凛チャンはきっと、なにか悩み事があるのデスヨ。それも、夢世界にダイレクトに影響するようなネ」
「悩み……?」
「凛チャンの夢世界は、子供の頃に好きだったアニメを基にして形成されていマス。
そういう魔法少女は普通、完全に敗北するなんてあり得ないデスヨネ。
だから、負けるギリギリのところで夢がシャットアウトされるのはある種の自己防衛なわけデス。
あれが負けちゃうシーンまで、つまり最後まで進んでしまうとまずいデスネ」
最後のシーン。
あのまま終了せずに状況が進んだ場合、『マジカル☆リンちゃん』が死んでしまう。ということは、まさか……、
「まさか、精神的な死だとか、なんかそういうこと……?」
「イエ。そんな大仰なコトじゃないデス」
ぷらぷら、と手を振る小人。
「でも、決して安全でもないデスネ。
夢が崩壊するというのは、凛チャンの心の根幹部分、信念やポリシーみたいなものが、ポキっと折れちゃうってコトになりマス。要は自信を失うって感じデスか」
「自信を失う……」
真面目で強かな、あの凛が? あまり想像できないが。
「ど、どうすればいいんだ? このまま放っておくのはまずいんだろ?」
「まずいデス」
「じゃあ、どうにかしないといけないだろ。なにか、できることはないのか?」
「フム……」
腕を組み、考えるように間を置いてから、小人は口を開く。
「言った筈デスヨ。夢と現実は表裏一体。互いに影響し合うものだト。現実での調子は夢に影響を及ぼしマスし、その逆もまた然り、なんデスヨ」
それだけ言って、小人はもやの上空へと消えていった。
なんだそれ。
こんな状況なのに、具体的な方法は開示してくれないのか。
役に立たない小人である。
キューピーが去り際に言ったのは、昨日も聞いた言葉である。
ただ昨日と違って、どこか僕を試すような、挑発的な言い方に聞こえた。




