●京一について
京一には三つ年上の兄がいる。
名前は和哉。
現在は、下宿をしつつ県内の国立大学に通っている。
彼の兄は、とても優秀な人間である。
子供の頃から成績が良く、さらに運動神経も良く、ついでに人当たりも良くて近所の大人たちや同級生たちからの評判がすこぶる高かった。
端的に言えば、大衆に好かれる人間である。
そんな兄は、昔から京一にとって憧れだった。
兄のように輝かしい人間になりたいと、ずっと思って来たのだ。幼い頃などはずっと、兄の背中に隠れるように、影のように付いて回った。
兄は本当に出来た人間で、そんな弟のことを煩わしがることもなかった。
当時の京一について言うならば、今以上に非常に内気で、積極性のない人間だった。
こと対人コミュニケーションに関しては絶望的に下手で、身近な遊び相手と言えば、兄の和哉を除けば、隣人である凛だけだった。
彼女とは物心がついた頃からの仲で、物おじせずに接せられた。
京一は、幼子心ながらに凛のことが好きだった。
初恋である。
幼馴染の女の子を好きになるなんてよくある自然なことであろう。
小学校に上がるより少し前、京一と凛が6歳の頃。
二人でテレビを観ていた。
夕方のアニメ枠で女児向けの魔法少女モノのアニメと男児向けのヒーローモノのアニメが続けて放送されていた。
『マジカル☆マリーちゃん』と、『忍者ヒーロー・カミカゲマン』というアニメだ。
二つは、それぞれ二人のお気に入りだった。
毎週、それらを二人で一緒に観るのが恒例になっていた。
とある日。京一と凛は放送時間前からテレビの前に鎮座して例のアニメが始まるのを待ち構えていた。
アニメの前番組は、恋愛ドラマの再放送だった。
今か今かと気を逸らせながらそのドラマを観ていたのだが、そこで不意に大々的な告白シーンが流れ出した。
幼いながらも、その行為の意味は十分に理解できる。
男性が、女性に対して好意を伝え、交際を申し入れる。
テレビ画面に映し出されたその場面を観て、京一は妙に触発された。
いくら子供でも、思い立ったまますぐにそんなことを言うのは躊躇われるべきであろう。
しかし京一は、画面の向こうの俳優を真似て、隣に座る凛に向かって言った。
『あの、ぼく、前からりんのこと好きだったんだ』
捻りも何もない拙い告白。
ただ、突発的に口を出たとはいえ、当時の気弱な彼にとってあくまでそれは一大決心の言葉であった。
しかし、幼馴染の返答は残酷だ。
『えー。私、かずやくんのほうがいいなあ』
純粋な幼子に悪気はない。
しかしその言葉は京一にとって生まれて初めての絶望感を味わわせた。
和哉は、影のようにくっついて回る弟と、その唯一の遊び相手である凛とをまとめて面倒を見てくれていた。
凛にとって和哉は、隣に住む面倒見の良い年上のお兄さん。
彼女が兄のことを羨望のまなざしで見ていたことに、気がつくべきだったのだ。
そうすれば京一は、あのような思いをすることもなかったろう。
そうして淡い初恋は心の奥底に沈下し、
京一は、優秀で気の良い兄と自分との決定的な格差を思い知ったのだった。




