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4月17日(水)☀:あたしはハーフ



 【美代】



 高校に入学して一か月もしないのに、あたしは風邪を引いて学校を休んでしまった。


 学校を休めるのは良いけど、でもヒマなのは苦痛だ。

 ベッドで一日大人しくしているよう母に言いつけられたので、仕方ない、あたしの愛するトカゲのドラコちゃんを眺めながらぼうっとしていた。


 風邪を引いたときはお風呂に入れないのがとてもつらい。

 あたしは風呂好きなタチなのである。

 せめて体を拭こうと思い、母に用意してもらっていた濡れタオルを手に取ったところ、ドアがノックされた。


「美代ちゃん、えっと、具合はどうかな」

 扉の向こうから蘭子の声がした。お見舞いに来てくれたのだろう。


「あ、蘭子ー? うん、もう熱も引いたし平気ー。入ってきなよ」

 蘭子なら構わない。なんなら体を拭くのを手伝ってもらおうと思い、パジャマのボタンに指をかけて一つずつ開けていく。

「え、それはちょっと……、あの、京一君と晃君に来てもらってるんだけど……」

「うーい、大丈夫かイブよ」

 乱暴なノックの音と、晃の声がした。


「はっ? ……え、ちょ、待って、なんで晃が」

「入るぞー」

 あたしの返事を待たずに、晃は部屋に入って来た。


「な、なに勝手に入ってきてんのよおーっ」


 信じられない。咄嗟に枕を投げて追い出した。


 くそう。大丈夫だよね、一瞬だったし、見られてないよね。


 あたしは、あまり発育の良い方ではないのがコンプレックスなのだ。

 見られるわけにはいかない。

 よく、「ハーフなのにあんまり大きくないんだね」だとか言われる。

 いやそんなことハーフとか関係ないし。

 いやまあ、とかいって別にもし大きかったら晃に見られても良かったとか、そういうことじゃ決してないんだけど。



 まったく、女の子の部屋にいきなり入ろうとするなんて、この男は頭がおかしい。

 それとも、こいつにとってあたしは女として意識するまでもないってことなのかな。


 ――ドイツ人の父と日本人の母のもとに生まれたあたしは、髪の色や瞳の色といった顔立ちははっきりとハーフのそれだ。

 でも日本生まれの日本育ち、外見上はどうあれ中身は歴とした日本人なのだ。


 小学校に入学したすぐ、その見た目のせいですっかりクラスメイトから注目の的になった。

 好奇心旺盛な子供たちから質問攻めにされて、幼ながらにあたしは辟易した。

 あたしとしては彼らと何ら変わりないつもりなのに好奇の目で見られるというのは、とても居心地が悪かった。


 そのときあたしは大倉蘭子という気弱そうなクラスメイトに積極的に話しかけるようにした。

 もともと近所に住む同い年。

 入学以前にはそれほど関わりはなかったけど、彼女はあたしに対してあれこれ問い質してきたりはしなかったからだ(今になって思えば、好奇心があっても気が弱いせいであれこれ聞けなかった、ってことかもしれないけど)。


 それ以外の、あたしの見た目に興味を持って近寄ってきた子たちと親しくなるのは癪だったのだ。ひねくれた子供だと、自分でも思う。


 入学して間もないある日、放課後になった途端、あたしの噂を聞き付けたらしい二年生のとある男子が教室にやってきて、ずいずいと近づいてきた。


「友達になろうぜ!」


 開口一番、言葉はそれだけだった。


 彼はあたしを強引に連れ出した。

 そばにいた蘭子も、あたしの友達ならばとついでのように一緒に連れ去られた。


 破天荒なその男の名前は、遠野晃といった。


 彼と同じ年の京一と凛を紹介され、五人で遊ぶことになった。

 特に説明もなく、わけの分からないまま色んなところに連れまわされた。

 でも、意外と居心地は悪くなかった。


 彼があたしを誘った理由は、ハーフであるあたしが物珍しいからに違いなかったはずだけど、かといってやたらと質問してきたり特別扱いをしたりはしなかった。

 他の子はあたしを中心にしてくるけど、彼はいつでも彼自身が中心なのだ。


 『イブ』というあだ名は晃がつけたものだ。

 苗字の頭二文字を取っただけのあだ名だったけど、

 他のクラスメイト達に「ハーフなのに名前は普通なんだね」だとか言われるのがたまらなく腹が立ったから、親しみやすいあだ名をつけられたことがとても嬉しかった。


 京一や凛も私のことを同じくそう呼ぶので、仲良しになれたと自覚できたようでそれまた嬉しかった。

 でも、それが学年中に定着してしまったのは少々癪だった。

 私のことをそう呼ぶのは、私にとって親しい仲の証明だからだ。



 ある日、学校近くの森へ虫とりが敢行された。晃がやりたいと言い出したからだ。

 森に入ったらいけないと先生たちに言われていたが、普段から何度も入っていた。

 あたしは女の子だったけど虫なんかは特に苦手意識はなく、次々に捕まえていた。

 晃はそんなあたしを褒めてくれた。


 特に、あたしが小さなトカゲを捕まえて見せたとき、晃は、あたしとトカゲのツーショットがたまらなく似合っていると言ってもうやたらと、かっこいい、すげえ、を連発してこの上なく興奮しだした。


 あたしは、それが嬉しかった。


 今になって思うとなぜそんなことで喜んだのか。

 そもそもトカゲが似合うなんて普通は女の子に対する褒め言葉じゃない。

 晃は、あたしとトカゲのツーショットがまるでRPGの世界観を想起させるようだったことに興奮していたのだろうけど、

 当時のあたしはそんなくだらない理由だとは知らず、晃に褒められるのが嬉しくてとにかくトカゲをたくさん捕まえた。その度に、晃がすげえな、すげえなと言ってくれた。

 …………。



「おー、相変わらずすげえよなあ、こいつ」


 晃がケースの中を覗き込んで言う。

 そうやって褒められると、弱い。さっきのデリカシーのない行動もつい許してしまう。


「でっしょー? かわいいよね、ねっ」

 彼とトカゲについて話し出すと、途端に楽しくなって思わずテンションが上がる。


 元はといえばあの頃、晃が喜んでくれるからとにかくトカゲばかりを捕まえるようになって、

 トカゲに執拗にこだわっているうちに段々と可愛く見えてきて、気がつけばあたしはもうトカゲがすごく好きになっていた。


 いや、トカゲを好きになるよりも前に、晃のことを好きになっていたんだとは思う。


 しかし後悔だらけだ。

 だらしないしデリカシーもないし。

 あたしのことをただの友達、よくても妹のような存在ぐらいにしか思っていないんだ、この男は。


 ・・・


 あたしや蘭子にとって、高槻凛はとても頼りがいのあるお姉さんのような存在だった。

 小学校の頃、五人で遊ぶときも気弱な蘭子をよく庇ったり暴走する晃を制止したり、小学校では児童会の会長をしたり、子供ながらにしっかり者だった。


 小学校の頃は五人でずっと一緒にいたけど、晃たちが中学に上がってからは当然、会う機会は減った。

 中でも、凛とはまるきり会わなくなった。


 ただ一度だけ、凛が中学に進学した後、偶然彼女を見かけて話しかけたことがあった。

 しばらく会えていなかったので久しぶりに話ができると思い、そのときあたしはとても嬉しかった。


 でも、話しかけても、彼女はとても素っ気ない態度だった。

 小学校の頃は明るかったのに、なんだか元気がなかった。会話が盛り上がらない。


 そこであたしは満を持して、ペットの話題を出したのである。

 そう、そのときちょうど、親に頼み込んでトカゲを買ってもらえたばかりの頃だったのだ。

 もちろんそれは、今なおあたしの部屋でいる愛しいペット、ドラコちゃんのことだ。


 しかし凛はなおも、素っ気ない態度だった。

 むしろドラコちゃんの話を聞いて、一層テンションが下がったようだったのだ。

 おかしい、とあたしは思って、元気を出してもらえるよう、持っていたドラコちゃんの写真を見せてあげた。


 『とっておき』まで見せてあげたというのに、凛は笑顔を見せなかった。


 あたしはついムッとしちゃって、そのまま強引に分かれてしまった。

 あたしはショックだった。

 あの優しかった凛に冷たくされたことが、たまらなくショックだったのだ。

 あたしのことを嫌いになったかもしれないと感じた。



 この春高校に進学して、また同じ学校の生徒になれたわけだけど、凛とは話せていない。

 たまに電車で見かけても、とても話しかけられない。

 どうしても距離を取られているように感じてしまうし、実際に、あたしも距離を取ってしまっている。



 京一から、入部申請書を受け取った。

 そして、手芸部のもう一人の部員に、凛を誘うつもりだと聞いた。


「なるほど……、凛ね」

 納得した。蘭子が言ったらしい。

 もう一人は、やっぱり四人の共通の友人を入誘うのが良い。そうなると凛しかいない。


 蘭子は、凛に対してあんまり気まずさとかは感じていないと思う。

 晃もそうだし、京一なんかは元々あたしたちよりもずっと前からの幼馴染だし。


 凛に対してこんなに気まずいと感じているのは、多分あたしだけだ。


 ……嫌だ、というわけじゃない。


 できれば、あたしも、また凛と以前のように戻れればそのほうが良い。

 でも、やっぱり気まずさが先行する。どうしても、乗り気にはなれなかった。



 申請書の締め切りは、二十二日の月曜日。

 それまでにもう一人の部員を誰にするかはっきり決めてしまわないと、手芸部が廃部になってしまう。

 ……この場合、凛を誘うことにあたしが肯定的でないと、うまく話が進まないかもしれない。


 でも、どうしても気後れしてしまう。

 だって、いっそ凛の方が、あたしのことを嫌っているかもしれないし。


 あたしは、複雑な気持ちだった。


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