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4月17日(水)☀⇒☽:イブの部屋へ、お見舞いに



 【京一】



 放課後。

 僕は、晃とクララと共にイブの自宅に向かった。


 クララは欠席したイブにプリントを持っていくよう担任に指示されていた。

 イブと家が近いため、担任がクララにプリント配達を指示するのは自然な判断だと思う。

 しかしその担任には知る由もなかったのだろう、彼女が『ある理由』でイブの部屋の中に入れないということを。

 一人ではとても行けないので、僕らに付き添いを頼んだのだ。



 僕らは駅からバスに乗り、指宿家へとやってきた。

 凛も含めて、同じ小学校出身の僕ら五人だが、自宅から最寄り駅までの距離はかなりバラつきがあり、

 僕と凛は徒歩、晃は自転車、イブとクララはバスで駅までの道中を通っている。


 クララが慣れた手つきでインターホンを押す。

 スピーカーから女性の声が聞こえた。おそらくイブの母親だ。

 クララが「大倉ですぅ」と言う。大倉って誰だと一瞬思ったが、そういえばクララの苗字が大倉だったと思い出した。

 あだ名が定着しすぎるのも考え物かもしれない。


 イブの母親に案内され、二階へ上がる。

 ちなみに母親は日本人だ。父親がドイツ人。

 二階へ上がってすぐの右の部屋、その扉に『美代のへや』とかわいらしい自体で書かれたプレートがかけられている。


 クララがノックした。

「美代ちゃん、えっと、具合はどうかな」

「あ、蘭子ー? うん、もう熱も引いたし平気ー。入ってきなよ」

「え、それはちょっと……、あの、京一君と晃君に来てもらってるんだけど……」


「うーい、大丈夫かイブよ」

 ゴンゴンと乱暴にノックしつつ、のんきな声で言う晃。


「はっ? ……え、ちょ、待って、なんで晃が」

「入るぞー」

 動揺するイブをしり目に、晃は遠慮の欠片もなく扉を開けて部屋の中に侵入した。


「な、なに勝手に入ってきてんのよおーっ」

「いやだって、入ってこいって言ったろ」

「お前に言ったんじゃないわ!」


 イブは濡れタオルで体を拭いている最中だったのである。


 枕を顔面に投げつけられ、追い出される晃。

 廊下でその様子を見ていた僕とクララは、肩をすくめて顔を見合わせた。

 ……あいつ、まるでラノベの主人公だな。



 しばらくしてから晃と僕に入室の許可が出た。


「もお、来るなら先に言っといてよ」

「いやだって、クララがメールとかで伝えてくれてると思うじゃん?」

「あの子、そういうとこ抜けてるんだから」


 閉められた扉の向こうを見てイブが言う。

 クララは部屋の外で静かに待機している。


 晃は何度か来たことがあるようだが、僕はイブの部屋に入るのは初めてだった。

 どのような部屋かはあらかじめ晃から話を聞いていた。

 といっても、全体的にきれいに整理されていて、おしゃれな小物やカラフルな衣装棚など、基本的には当たり障りのない女の子の部屋だ。


 ただし、ある一点を除けば、である。


 窓辺に置かれた机の上に、大きな飼育ケースが鎮座している。

 一メートルほどの大きさで、透明なので中がうかがえる。


「おー、相変わらずすげえよなあ、こいつ」

 晃がケースの中を覗き込んで言う。


「でっしょー? かわいいよね、ねっ」

 先ほどまでの苛立ちが一瞬で吹き飛んだかのように、でれっと笑うイブ。



 その大きなケースの中にいるのは、二十センチほどはあろうかという大きなトカゲである。


 指宿美代は爬虫類が好きで、とりわけトカゲが大好きなのだそうだ。

 子供の頃から晃と一緒になって虫捕りではしゃぐような女の子だったが、いつの間にかトカゲを偏愛するようになっていて、小学六年のときに両親に頼み込んで買ってもらったらしい。

 生物部があればいいのに、と彼女が言っていたのもこの趣味のためである。


 クララがイブの部屋に入りたがらない理由もまた、このためだ。

 間近ではとてもじゃないが見られないらしい。


 僕は晃からイブの趣味については詳しく聞いていたが、実際に目の当たりにするのは初めてだ。

 トカゲなら、たぶん触るぐらいできると思うが、

 ……ただしその横に別に置いてある小さな飼育カゴの中で生餌用に繁殖させられている虫なんかは、さすがにちょっと間近で拝見しようとは思えない。 


「京一に見せるの初めてだよね、ほら、うちのドラコちゃん。かわいーでしょ!」

 嬉々として言うイブ。

 風邪を引いて学校を欠席した人間のテンションとは思えない。


「フトアゴヒゲトカゲっていう種類でね、ほら、あごのところのおヒゲとかドラゴンみたいでかっこよくない?

 ホントはもっといっぱい飼いたいんだけど、さすがに難しいんだよねえ。いやもう、アルマジロトカゲなんか飼えれば最高なんだけどなあ」

 恋する乙女が王子様を思い浮かべるように、うっとりとした表情で語るイブ。


「わかるぞー。アルマジロはもうほぼドラゴンだよな。まじかっけーよ」

「だよね! いやでもうちのドラコちゃんも、めっちゃかわいーしかっこいーけどね」

「おう、なかなかだよ。ヒゲとかマジ男前だわ」

「ふふん、でっしょー。蘭子も変わってるよ、こんなにかわいーのに怖がって部屋にすら入ってこないなんて。むしろあの子の部屋の方がムリだわ、少女趣味過ぎて堪えらんない」


 晃とイブが二人で盛り上がる。僕もクララと一緒に廊下で待っていればと後悔した。

 …………



「げほげほ、うう……。しまった、テンション上げすぎた」

 晃とトカゲトークで盛り上がった末に、熱をぶり返してしまったイブ。


「バカと一緒になってはしゃぐからだよ。……そもそもトカゲを見に来たんじゃなくてこれを渡しに来たんだ」


 僕は半ば呆れつつ、ベッドに横になったイブに、クララから託されたプリントを手渡した。

 すなわちクララがイブへ渡すようにとクラス担任に言われたものである。


「あ、これって……」

 そのプリントは、部活動の入部申請書である。


「週明けに提出だってさ」

 今日が水曜日。

 次の月曜日が入部申請の締め切り日なのである。

 ……つまりあと五日。


「それで、昨日言ってた宮本さんって人は結局どうだったの?」

「そのことなんだけど……。宮本を誘うのは、ちょっと保留。代わりにもう一人の部員には、凛を誘おうかという話になってるんだ」


「え。凛を誘うの?」

 意外そうに、イブが言う。


「……クララに聞いたんだよ。他に誘いたい人はいないか、って。そしたら、やっぱり誘うなら四人の共通の友達のほうが良い、って」

「なるほど……、凛ね」


 納得したようでいて、どこか複雑な心情を思わせる面持ちのイブ。



 僕と凛と晃とイブとクララ。

 小学校の頃は五人でよく遊んでいたものだが、中学になってからは、凛とは疎遠になってしまっている。


 晃とクララに関しては、以前のように凛と親しい関係性に戻れることを願っているように見える。


 晃は、曲がりなりにも凛とクラスメイト。

 凛から晃に話しかけることは皆無と言えるが、その逆はまあ、なくもない。

 というかそもそも晃は、中学以来疎遠になってしまっているから今更気まずいとか、そういうことはあまり気にしていないかもしれない。


 クララは、現に手芸部に凛を誘いたいと言っているくらいだし、論ずるまでもない。


 対してイブはどうか。

 凛といま再び話すのは、気まずい。前にもそう言っていた。


 クララが昼食の席に凛を交えたいと言ったときも微妙な反応だったし、今、手芸部に凛を入れたいという話をしても、同じく微妙な反応である。


 曰く、凛が中学に上がったばかりの頃に彼女に話しかけたことがあったが、そのときに素っ気ない態度を取られてしまって、それ以来話しもしていない……、

 と、いつかの朝に駅で会った際、言っていた。


『美代には多分、嫌われている気がするし』


 凛が言っていた言葉が思い出される。

 凛の方もまた、イブと話すのは気まずいと感じているのだ。



 ただ、本当のところ、イブの気持ちは僕には計りかねる。

 凛と話すのが気まずいとは言うも、だからといって、今、凛を手芸部に誘うことに対してはっきりと拒絶の意思を示しているわけではない。


 それは、凛に入部してもらいたいというクララの希望を無下にするのが忍びないという気遣いのためか?

 イブの気持ちは、僕にはよくわからない。


 言葉にはしないだけで、イブもまた、凛と昔のように親しく話しをしたいと思っているのだろうか。

 あるいは明確な言葉にしないだけで、凛が懸念する通り、イブの彼女に対する心象ははっきり嫌いということなのか。



 入部申請書を見つめる彼女の表情からは、具体的な心情は察せられなかった。


 結局、手芸部のもう一人の部員をどうするかについては、なんとなく宙ぶらりんのまま、僕らは解散した。


 ・・・


 夜、自室にいながら僕はあることに気づく。


 手芸部の件についてである。

 イブが受け入れ態勢があるかどうかは置いておいたとしても、まず凛に部への勧誘をしなければ始まらない。

 ではその役目は誰が担うべきか、決めていない。

 だが、三人とも、その適任は僕であると考えているのではないだろうか。

 特に名指しなどはされていないが、いっそ彼らはわざわざ名指しをするまでもなく自然として僕が凛を誘うと思っているに違いない。


 凛は隣の家に住んでいるのだ。話しをしようと思えばすぐにでもできる。

 だが、夜にいきなり呼び出すなんてさすがに気が引けるし、凛も引くと思う。


 携帯電話を取り出す。

 ……一応、彼女の連絡先は知っている。

 お互いケータイを持ち出したタイミングで、連絡先の交換はしている。

 しかし、普段から彼女となにか連絡のやり取りをすることなど皆無である。


 ……電話、するか?


「…………」

 しばし考えて、いや何も今でなければならないわけじゃない、たった一日の差なのだから明日でも問題ないだろう、と思い至った。



 凛を誘ってみるのはまた明日にしよう。

 そう割り切って、僕はベッドに横になった。

 …………

 ……


 僕はまた薄紅色のもやの中でゆったりと浮遊していた。


「ヘイヘイ、どーも京一サン、毎度おなじみ『夢の案内人』キューピーデっス!」

 煩わしいハイテンションボイスで小人がぱっと眼前に現れる。


「おやおやっ、どうしマシタ? 京一サン、本日はお顔色が優れないデスネ?」

 そう言って一丁前に心配げな顔で僕のことを見てくるキューピー。


「……いつもこのもやの中で僕の顔色が優れていたわけではないはずだけど」

「でもでも、いつにも増して浮かない顔デス。体はもやに浮いているのにネ」

 したり顔が腹立たしい。


「……さては、なにか悩みの種でもできたのデショウ? とりわけ人間関係についての悩みデスカ? ワタシでよければご相談に乗りましょうカ、きっとお役に立てマスヨ」


「…………」

 なんだこいつ、いやに勘が鋭い。

「別にお前には関係ないだろ」


「エエー、そんなア。ここ最近、夜を共にし続けている仲じゃないデスカ」

 いっそ一思いにこの小さな生物を握り潰してしまおうかと思った。


「お前は『夢の案内人』なんだろ、いいから『案内』をしてくれ」

「ぶう。まったく京一サンはせっかちサンなのデスネ」

 小さな頬を精一杯膨らませて言うキューピー。

 いちいち表現が大袈裟で鼻につく。


「ふふん、そんなに求められては仕方がありませんネ、では今宵もアナタを夢世界にご案内致しまショウ!」


 そうして今夜も又、僕は『マジカル☆リンちゃん』の世界へと誘われた。


 ちなみにその日は、花火大会が舞台だった。

 「きたねえ花火なんぞ打ち上げてんじゃねえ!」と怒鳴りつけながら野菜星人たちがやってきた。そいつらを、魔法少女に変身した幼い凛があっさり返り討ちにしたのだった。


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