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4月15日(月)☀:甘いチョコと苦い記憶



 【京一】



 本日、午後の授業で調理実習があった。

 高校生にもなって調理実習なんてやるものなのかと驚いたが、眠気と戦う座学に比べれば楽なので良い。


 お題は、グループに別れてそれぞれ好きなようにお菓子作りをするとかいうもの。

 僕は、晃と山本で三人のグループを組んだ。組んでしまった。

 そんな三人でちゃんとしたお菓子など作れるはずもない。

 というわけで僕らが行ったのは、板チョコを刻んで溶かして板チョコ型枠に流し込んで固めるとかいう、もう悪ふざけとしか言いようがないものだった。


 下手に凝ったものに挑戦してもこのメンツでは失敗するに決まっている。

 しかしこれなら、一度溶かして元に戻しただけだから美味しさは保障されている。

 それに固まるまでの待機時間、駄弁っていればよいし。まあ、もともと三人とも授業成績にこだわっていないので、先生に呆れられても構わなかった。


 この案を出したのは僕なのだが、

 何を隠そう、僕は固形のチョコレートが好きなのである。

 板であれば尚良し。パキっという歯ごたえや口の中で溶けゆく舌触りなどが良い。

 子供の頃から一番好きな食べ物が『ただの板チョコ』だったのである。


「……なにそれ」

 僕らのテーブルのそばを通りかかった凛が、苦笑気味に言う。


「板チョコだよ」

「……ああ。あんた、そういえば昔からチョコ好きだったよね」

 半ば呆れたように言って、そのまま彼女は自らのグループの方へ戻って言った。


「なんだ京一、お前、チョコが好きだったのか」

「似合わないな」

 晃と山本が僕に言ってくる。ほっとけ。


「俺は知らんかったけどな。でも凛はちゃんと知ってんだな。さすが幼馴染だよ」

 ふっふっふ、と、感心したように晃が言う。なにか無性に腹が立つ言い方である。



 数十分が経って、冷凍庫から取り出したチョコを型枠から外すのに苦戦していた僕らのもとに、凛と宮本がやって来たのだ。


「これ、うちのグループで作ったやつ」

 そう言って凛が、すとん、とテーブルに置いた皿の上には、小さなチョコレートケーキが載っていた。

 しっとりした生チョコ。これはパウンドケーキというやつだ。


「ふふ、君たちのところはすごく寂しそうだったから、持ってきてあげたよ。でも余った分はこれだけだから、仲良く分けて食べてね」

 宮本が笑顔で言う。

「チョコ好きにはちょうどいいでしょ」

 凛が顔色を変えずに言う。


 そのまま二人は自分たちのグループのテーブルに戻っていった。

 どうやら凛と宮本と、そのほか数名の女子で一つのグループを組んでいるらしい。

 宮本は、確かお料理研究会に所属している。凛は、毎日台所に立っているはず。

 この二人が作ったものなのだから、クオリティが高いことは食べるまでもなく分かる。


「……おい京一」

「なに?」

「これはお前に全部くれてやるよ」

「えっ」

「凛と宮本がここに持ってきたのは、悔しいけど、これはほぼお前に渡しに来たようなもんだろ。……それにお前チョコ好きなんだろ。これを食べたいというモチベーションもお前の方が格段に上だよ」

「え、あ、いや……」

「いいんだ気にするな。ほれ食えよ」

 晃が、なにか漢気を感じさせるように僕にチョコケーキを薦めてくる。山本もそれで異議なさそうに頷いている。


 いや、でも……。


 僕は確かにチョコ好きだが、それは固められたチョコに限った話なのである。

 パキっという歯ごたえや口の中で溶けゆく舌触りなどが良いのであって、正直、味などはどうでもいい。

 だから、食感が柔らかくて濃い後味が残る、こういった生チョコとかケーキとかのものは好きではない。というか、むしろ苦手なのだ。


 しかしこの空気では、それは言い出せなかった。

 ここは逆に僕が漢気を見せなければならない。

 ……僕は譲ってくれた二人の友人にお礼を言いつつ、凛と宮本が作ったチョコレートケーキにかじりついた。


 ・・・


「ふう……」

 帰宅し、自室で制服から部屋着に着替える。


 今でも、なんとなく甘ったるい味が残っているような錯覚になる。

 なんとか、苦手だということを悟られずにチョコケーキを食べることが出来た。

 ただの調理実習に、まさかあんな関門が待っていようとは。


 さすがに吐くなんてことはしないが、でもあの一切れを全部食べるのは、少し気分が悪くなってしまった。

 どうしても嫌いだという認識を持ってしまっている以上、もう体が受け付けないのである。いや、僕が苦手でなければ絶対に美味しいケーキなのだと思うが。


 凛が宮本と共に僕らのテーブルへあれを渡しに来たということは、彼女は僕が昔からチョコ好きであることは知っていたものの、生っぽいのは苦手というのは知らなかったということだろう。

 あのときの凛は、お前の苦手なものをくれてやるぞなどという態度ではなかったし、そもそも彼女はそういう悪ふざけはしない。


 ただし思い返せば、僕が生系のチョコが嫌いになった場面に、凛はいたような気がする。


 あれは小学校に上がったばかりの頃だったか。

 二月十四日に、凛がチョコをくれた。それは、ふわふわの生チョコケーキだった。

 しかも、今日のように余りの一切れ分などではなく、しっかり一個分。

 母親と一緒に作ったのだという(今になって察するにおそらくほとんどは母親が作ったのであって、凛は手伝い程度だったのだろうが)。

 凛がくれたチョコケーキ。もらったのはすごくうれしかったのだが、食べると、申し訳ないが気持ち悪くなってしまったのだ。

 今日と同じで、僕が苦手でなければ美味しい出来だったに違いないのだが。


 やっぱり固形チョコと違って、しっとりしていて濃い味が口に残る感じが、どうしても苦手なのだ。

 そのときにはっきりと自覚した。

 頑張って食べたが、しかしどうしても気持ち悪いのが顔にでてしまって、凛にものすごく謝られたし、逆に僕もものすごく謝ったし、

 ……せっかくチョコをくれたのに、気まずい空気になってしまった。


 あれは苦い思い出である。



 そんな記憶を思い返しつつ、夜、僕はベッドに入り、静かに目を閉じた。

 …………

 ……


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