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4月12日(金)☽:深い、夢の世界



 【京一】



 その晩。

 僕は薄紅色のもやの中にいた。

 三度目ともなるともはや動じることもない。


「じゃっじゃーーん! またまた登場、『夢の案内人』キューピーでございマース!」


 昨晩までと同じく、やはりもやの中から飛び出してくる小人。

 そのド派手なテンションに一抹の苛立ちは覚えるも、小人が出てきたこと自体にはさすがにもう動揺はない。


「アララ。リアクションはナシですカ。頑張ってるのになァ。なんだか残念デス」



 三日続けて、この奇妙な夢を見ている。

 夢というのは、通常、寝ながら頭の中で思い浮かべている映像なのではないだろうか。

 したがって、このもやの世界も、あの『マジカル☆リンちゃん』だとかいうのも、目の前の小人も、すべては僕の妄想なのだと考えれば話は早い。


 しかし、引っかかる点がある。


 凛は子供の頃のトラウマで、今でもカエルが大の苦手だ。

 僕は、彼女がカエルを苦手だということを今日まで忘れていたし、トラウマの件も晃に話しを聞いて初めて思い出した。

 しかし、凛はカエルが苦手である、という事実が昨晩の夢の内容に表れていた。

 僕自身は覚えていなかったのに、それが夢に反映するというのは不可解である。


 ……小人は自らを、『夢の案内人』と名乗る。

 夢世界を案内する役目なのだと。

 彼女の言うことを信じるなら、これは僕の頭の中で思い描いている内々のものではなく、外的なものだということになる。

 ……とにかく、確認するほかない。



「なあキューピー、聞きたいことがあるんだよ」

「……フム、なんでしょうカ」

「昨日も、一昨日も、お前は『案内』だと言って僕を魔法少女モノの変な夢に連れていったけど、……言ってたよな、あれは凛の見ている夢だって」


「そうデスヨ。あれは京一サン自身が見ている夢ではないし、ワタシがあの映像をアナタに見せているわけでもないのデス。凛チャンの夢世界へとアナタを案内したにすぎまセン」

「でも、今日、本人から聞いたんだ。凛は昨日夢を見ていないし、そもそも普段からあまり夢を見ることはない、って」


 もちろん本人の申告を信じるのみで、それが事実かどうか判断する根拠はない。

 だが確かに凛があんな夢を見ているとは思い難いのだ。


「ふむ。ワタシが言っているのが嘘だと言いたいのデスカ」

 むう、とわざとらしく頬を膨らませる小人。

「あれは紛れもなく凛チャンの夢世界デスヨ。

 しかし、彼女自身はあの夢を覚えていませんでしょうネ。あれは、いわゆるノンレム睡眠のときに見ている夢であって、すなわち夢の深層部……、深層意識の世界だからデス」


「ノンレム……夢の深層部……」


 ちょうど今日、真田先生が言っていたことを思い出す。

 唐突に語ってきた夢うんちくだ。確か、大学のときのゼミの教授が夢に関する研究をしていて、色々と聞いたのだとか。



 曰く、睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があって、前者は浅く後者は深い睡眠。

 目覚めた後も覚えているのはレム睡眠の時に見る夢の方であり、深い睡眠時に見る夢(彼が言うに夢の深層部)は、目覚めた後には覚えていないものだということ。


「眠りが浅いときは若干なれ表層意識が働いているわけデスから、そのときの夢というのは、要は『寝ながら想像している映像』なわけデス。

 しかし眠りが深いときは、意識がその深層部へと沈下しますデス。深層意識、つまり無意識デス。

 その夢というのは無意識の世界なのデス。

 無意識は意識の奥底にある源泉デスから、

 例えばその人の行動理念だったり、

 普段は見せない秘めた本心だったり、

 幼少期に感じた強い心象だったり。

 そういうものが詰まった『心の原風景』なのデスネ」


「……お、おう」

 思いの外難解な話に思わず戸惑ってしまった。


「まァ、京一サンにもわかりやすく今の状況を踏まえて言うと、

 つまり凛ちゃんは子供の頃に『魔法少女』に強い思い入れがあって、それは無意識の中に強く刻まれているので、眠りが深いときの夢の中ではそれがそのまま表れているのデスネ」


「『魔法少女』に強い思い入れ? ……あ、そういえば」


 小人の言葉を受けて、僕はふと、あることを思い出した。


「そうだ、子供の頃にそんな感じのアニメを凛と一緒に観てた気がする……。えっと、確か、『マジカル☆マリーちゃん』とかいう……。あの頃、凛がすごいハマってたな」


「フム。ズバリそれでしょうネ。その子供の頃の強い印象が、無意識の中で再生されて、あの夢世界が作られているのデス」

「な、なるほど?」


 何にせよ、あれは本当に凛がみている夢なのか。

 目が覚めた後、本人は自分の見ていた夢を覚えていない。

 それはあの夢が深層意識による夢だから。


 キューピーは本当に『夢の案内人』で、

 僕の夢の中に登場して、

 そして夢の中の僕を凛の夢へと連れていっている。


 ……突拍子もない話だが、小人の話は一応の理屈が通っている。



「……でもじゃあ、なんで僕は今こうして深い夢の中で意識があって、それを目が覚めた後も忘れないんだ?」


「それはホラ、ワタシが覚醒させてあげてるからデスヨ。ちょこっと明晰夢みたいな状態デスネ。

 完全に明晰夢の力を手に入れれば、それはもう夢の中でどんなことでもできちゃいマスヨ。

 思った物をなんでも出現させられるし、

 自分の姿かたちも自由自在、

 性別を超えることだって出来ますシ。

 例えば好きな人になり切ることだって簡単なのデス。

 ……京一サンにとっての、宮本サン、とかネ?」


 にやり、と笑みを浮かべる小人。


「……な、なんで知って……」


「そもそもワタシがどうして京一サンをこの夢世界に連れてきたか、お忘れデスカ?

 好きな娘に告白して勝手にオーケイさせてあまつさえキスまで迫ろうとするなんて不埒な夢を見ていたアナタに、健全な夢世界をご案内してあげるのが『夢の案内人』たるワタシの使命なのデスヨ?

 『マジカル☆リンちゃん』ワールドは、純粋で無垢なる夢世界デスヨ」


「……そういえばそんなこと言っていたな。

 僕に『健全な夢』を見せるのがお前の目的なのか。……でも、それがどうして凛の夢なんだよ」


「別にワタシが意図して凛チャンの夢を案内先として選んだわけじゃあありませんヨ。

 あなたの夢世界から一番近かったからデス。

 まァ、凛チャンがあなたにとって深層意識でのつながりが強い相手だったのデショウ」

「…………」



 深層意識は子供の頃の記憶が強く影響しているということだから、

 幼い頃から近くにいる存在――凛が夢世界においても近い存在であるということなのか?


 しかし、僕と彼女の心理的な距離が近いというのは腑に落ち難いが。



 とにかく、夢の世界の話はなんとなく分かった気がするが、しかしこの小人の存在は依然として不可解極まりない。何なのだこいつは。


 夢の力を使えば姿かたちは自由自在だとか言っていたが、

 すなわちこいつも姿を変えているのではないのか。

 性別さえ超えられるとか……、

 もしこの少女趣味な見た目と癖のある喋り方で、実は中身はおっさんだとかだったらもう容赦なく握り潰す。



「いかがデスカ、京一サン。この夢の世界について、ご不明な点はもうありませんかネ?

 ……ふふん、それでは、今晩もご案内いたしましょうカ。

 穢れて邪な京一サンを、清く可憐な凛チャンの夢へとネ!」


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