君の話。(1)
昔、読んだ本はいくつもある。
図書館で読み切るしかなかった身分にしては、同級生を遥かに上回る冒険の数々に身を投じることができたと思う。当時の年齢にそぐわない速読術を身につけながら読んだそれらは、積み上げれば当時の背を優に超えることだろう。
現実から離れていればどんな冒険でも飛び込んだ。時には海賊に襲われ、魔法使いと敵対し、自分自身が動物と話せるようになり、世界を救うキーマンとなった。何日も何日も冒険に出ていたはずだ。だのに、内容や題は大して覚えていない。何故そんな勿体ない読み方を、と問われれば欠乏した愛情を埋めるため、見て見ぬ振りをするためと答えよう。内容の良し悪しに関係なく、鮮やかで優しく時に厳しい世界を映すことだけが目的だったのだ。
そんな私ですら……否、そんな私だからこそ心に留まっている絵本がある。
題名は忘れた。作者の名前も、外人という以外覚えていない。ただ、内容は鮮明に覚えている。
小太りの王様が、国民から得た黄金色の硬貨を浪費する話だ。パンが大好きな王様はパンを大量に作らせそのプールを泳いだ。魚が大好きな王様は、民家10軒は余裕で沈むほどの大きな池を作らせ、多種類の魚を泳がせた。空が大好きな王様は、国中の空を自分のものにして国民が仰ぎ見ることを禁じた。
そうして硬貨を使い好きなものを容易く手に入れた王様だったが、何時も必ず寂しい思いを抱いている。それはどんなに硬貨を使っても埋められない。そんな王様の話は、お金では買えない何かが必ずあるという教訓めいた結末で閉められた。
今思い出しても、愛の大切さを説いていた、そう思う。が、愛をまともに受け取っていない私には、ひたすらその王様が羨ましかった。愛がなくても、お金の自由があればそこで好きなようにできるのにと。
何度も何度も読み返した。その度にそう思った。王様が大切そうに抱きしめる、黄金色の硬貨の山が、私にとっては羨ましくて羨ましくて。
感情が募った日の夜、珍しく機嫌の良かった母の手から、痛みではなく希望を貰った。それは五百円玉だった。その鈍色の硬貨が、黄金色の硬貨に見えた私は、そっと学校の工作で作った牛乳パックの貯金箱に潜めさせる。
これがいっぱいになれば、私は自由を選ぶ権利ができると。そう言い聞かせて、日々を重ねて生きるしかなかった。
そうして生きるしかなかった。
そうして生きるしかなかった私は、奇跡的に十何年を生き延びて。
十何年後の未来でも、愛情の穴を埋められないまま生きていた。
氷水あすな『黄金色の硬貨』より一部抜粋






