終いたがった話。(1)
スタッフルームに突然現れたスタッフ二名と初めましての眠り人。そこにいた先客、黒髪の長身は眉間に寄ってしまう皺をいじると
「楓さん……今回は何したんですか……」
「虹を描いてきた」ブイサインを出しそうなほど生きのいい返事に
「あー、ホース事件」もう一人の先客である茶髪が苦笑いを返せば
「ねえ、なんで今のでわかるの?」と、前例のある事実にゆきの動揺は計り知れないものとなってしまう。
もしや何の説明もいらないのでは、という後ろ向きな察しの良さを期待したが先客二名はそこまで予想はつかないらしい。かくかくしかじかと一連の流れを伝えられた、黒髪の隙間から空より海を思わせる青目のウェイターは
「……っていうことは」
背後にいる男性を見やり、びしょ濡れという現実を受け止めて
「……成る程成る程。そういう訳で今この人眠ってるんですね。大変でしたねぇ。……なんて納得できる訳ないでしょう!?」
そんな最もな言葉がスタッフルームを包み込んだ時、ようやく自分の感覚が正しいことに自信を持てた。そんな気がした。
怒号が飛ぶ中、元凶の楓は粗雑と言われても仕方ないような動作で眠り人を床に下ろす。
「何なんですかもう! 唐突に! こちとら出勤したてですよ、フォローしきれないことすんのやめてもらえません!?」
「うん、そこはごめんって思ってる。ほんとだよ、ほんとに悪いなぁって思ってる」
「だったら同じく出勤したての湊とゆきがやってるみたいに介抱くらいしたらどうですか!? ゆきの話聞く限り、楓さんが全面的に悪いんでしょう! 何で体調悪そうな人に水意図的にぶっかけるんですか!!」
「そうやってひとりの意見から全部判断するの、いっけないんだぁ」
「うるっせえ! ちょっとは黙っててください二三歳問題児!!」
晶が畳み掛けるように楓に言葉を叫ぶ中、全てを見ていたゆきと名前に違う赤目の湊は意識を手放した青年の髪や顔などに浮かぶ水滴を共用タオルで拭っている。
普段は明るく影さえ見せない湊の表情が珍しく少しの不安に染まっていた。そういえば眉間に皺が寄ってるの初めて見たな、と思ったのはきっとまだ現実逃避をしたいからなのだろう。
落ち着かない手で拭われた頬に軽く触れる。少し動いた件の青年の瞼は気づいていないふりをした。もし自分が彼の立場なら、きっと外の声で目を覚ましたくないだろうから。
「……それにしても、ねぇ?」
湊の声が耳朶を打つ。視線を向けると、いつの間にか皺が消えた表情で笑い
「随分と綺麗な人だよねぇ。同じ男でも困っちゃう」
「あー、それ僕も思ってた」
釣られるように視線を青年の外見に移す。改めて見ても、綺麗という感想しか浮かんでこない人だった。
髪や肌の手入れに特別気を使っている様子はないものの、不潔などの乱れが認められない姿。最低限の気の使いのような白いTシャツにズボンという姿でさえ格好良く見えるのが皮肉だった。元がいいとここまで格差が生まれてしまうのかと、この青年と同じような服装をした自分を想像し、落胆してから羨望する。
自分ではきっとこれだけで外を出歩く勇気はない。
「せめてTシャツは色つきにしちゃう……」
「わかるよ。僕なんて上着羽織りたくなる」
思わず口をついた言葉への同意に更に同意見と頷いていると
「心木」
名を呼ばれ顔を上げる。この場で自分を苗字で呼ぶ人は一人しかいないせいで、顔を見ずとも「礼さん」と名が口をついた。
視線を向けると、予想と違うことのない人物がドアの先から顔を覗かせている。この青年と外見でハンデなしで対立できるのは彼だけなのではないだろうか。そう考える中、礼はマスクを顎まで下げながら彼なりの大きな声で
「そろそろ厨房入ってくれないか? ひとりじゃ回せなくなってきた」
「はい! えっと、楓さんは」
「その」顎で青年を示しながら「粗相は楓が原因なんだろう? 原因に全て任せればいい」
気絶した姿を粗相と比喩したり、乱雑に扱ったり、ここの店員はどうなっているんだと身内であっても思わざるを得ない。しかもその行為をした二名が直属の先輩なのだからどうしようもない。
そんな感想は胸の中に隠しながら、返事よりも先に立ち上がって己のロッカーを開き眠っていた厨房服を手に取る。ようやく現実逃避ができるような、それ以上に現実に帰ってきたような相反する感覚に苦笑しながら「すぐに」と小さく返事をした。




