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短編

おそいかえり

作者: 近江 仙

 先輩が会社を休んだせいで仕事が長引き、珍しく帰りが遅くなった。


 課長があいつも何考えているんだとぼやいていたな。連絡が取れないようで、何度も電話していた。

 よくあることだから慣れているが、管理者としては苦しいのだろうな。


 会社の下っ端は給料が安いが、楽だ。恩恵がない分義務の少ない。つくづくそう思う。



 パンプスが擦れて足の小指の薄皮が痛い。おそらくもう剥けてしまっているだろう。


 薬局に行ってジェル状のクッションでも買おうかと思った、ちょうどゴミ袋を切らしていたのもあったからついでに買おうかと思ったが諦めた。今の時間にやっている薬局などない。


 コンビニでも行こうかと思ったが、コンビニの前に若い高校生が集まっているのを見て止めた。彼らの持つスクールバックには可愛らしいぬいぐるみのキーホルダーや、キラキラしたビーズの、きっと彼氏とお揃いのものなのだろう。ハートマークのイニシャルが色違いのビーズで強調されたキーホルダーがあった。


 そういえば、先輩も同じようなものを付けていた。

 同じようなものと言ってもあんな若い、幼稚なものではない。


 イニシャルが入ったスマホのストラップだ。シルバーの洗練されたデザイン。

 スマートな雰囲気がピッタリで、ストラップにも人に合うものがあるのだなと思った。



 高校生は楽しそうに騒いでいる。

 自分にない若さと瑞々しさが羨ましくて仕方ない。



 そういえば、先輩に言われた。

「カオルちゃんって若くて瑞々しくていいね。」

 爽やかに先輩は笑っていた。


 こちらから言わせてもらうと、先輩より若くあっても、魅力は先輩の方が上だ。あの人の笑った時の唇が反射する光のうねり、頬に出来るえくぼの幼さとの調和が素晴らしい人だった。



 ああ、履きなれないパンプスで足が痛い。


 別のことを考えよう。


 そうだ、明日はゴミを出さないといけない。思いがけない生ゴミの処分をしなくはいけなかったのだ。


 だが、今日遅くなるだろうと思って昨日のうちにまとめていた。準備の良さに自分を褒めてあげたい。

 ああ、でも、ゴミ袋買えばよかった。



 やっぱり足が痛い。

 足を止めて一旦靴を脱いで、解放感を味わう。幸い皮は剥けていなかった。あと少しで着くのに、あと少しが長くて、慣れない痛みで変な汗をかいている。



 汗で後ろ髪が首に纏わりつく。こんな時は結束力があるのに毎朝纏まらなくて苦戦する髪を恨めしく思った。



 そういえば、職場の先輩も汗っかきだった。

「汗臭くない?大丈夫?私汗っかきだからさ。」

 毎日サラサラの汗を流していた先輩は、同じことを聞いてきた。


 朝はシャンプーの残り香がして、汗をかいているのに臭くない。甘い香水のような匂いを漂わせていた。



 ああ、履きなれないパンプスで足が痛い。


 これはもう水ぶくれができるだろう。薄皮が擦れて体との間に隙間ができるように。


 再び靴を脱いでそっと足を見た。水ぶくれの有無は分からなかったが、赤くなっていた。

 せっかくペディキュアしたのにこんな足だと出せない。


 そういえば、職場の人たちと海に行った時、先輩の足の爪は綺麗だった。


 白い足に派手な爪の装飾が映えて、履いていた高いヒールの靴が更に爪の鋭さと足の細さを演出していた。あんなに高いヒールの靴をいつも履いているのに、足は綺麗だった。



 ああ、履きなれないパンプスで足が痛い。


 でも、あと少しで家に着く。



 やっと着いたアパートの部屋は真っ暗だった。


 カギをかけてチェーンをかける。物騒だから防犯意識はしっかりしないといけない。課長にも気を付けるように言われた。最近女性社員がなにやら騒いでいた様だ。


 ああ、これでやっとパンプスが脱げる。


 部屋に戻ったらすぐにスマホをチェックする。現代人の性は時代遅れの人間にも根付いているのだなと変な関心をする。スマホを掴むのではなく、ストラップを引っ張って持ち上げるのは随分ズボラだろう。引っ張った時にストラップのアルファベット部分がちぎれた。


 電池を入れて、電源を入れる。


 やっぱり沢山着信が来ている。私が会社を休んだ時は1回だけだったのにな。


 見たくないモノを見たら、夜遅くまでスマホをいじるのは良くないと電源を切って電池を抜く。


 ストッキングを脱いで足をいたわる。

 水ぶくれはしっかりとした形を作っていて、次にパンプスを履いたら割れると思った。

 やっぱり先輩の靴は高い。


 部屋に置いてある生ゴミを見て溜息をついた。

 

 ああ、明日ゴミを出さないと。

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