帰り途
帰り途
ほぉと息を吐き出して、水蒸気が凝結していく様をみていた。小さな粒が光を反射し、白い雲のようになる。それは、少し螺旋を描くように蠢き、ふぅと無へと帰っていった。
ふと、視線をあげると、建物と、建物の間を、この隙間に溜まってしまった、様々な思いを掃き去って行く様に風が吹き抜けていることに気付く。
街からひとつ、ひとつと灯りが消えていく。空気を大きく震わせていた音も、だんだんとその振動を小さくしていっている。
道路や、線路の上に、忙しなく光の線が走っている。
街中の、音や、あかりや、匂いや、温度が、静かに闇に消えて行く。
何かに取り憑かれるのを恐れるかのように、歩みを速めた。
コートのポケットに手を突っ込んで、マフラーに顔を埋め、視線は下に、何も考えずに歩く。
指の先がひどく冷たい。熱を得ようとするように、手のなかのスマホを強く握りしめる。
見計らったようなタイミングで、それが震えた。
液晶の、本来冷たいであろう光があたたかく顔を照らし、そこに並べてある文字を目が捉える。
「いつ帰るの?」
いつもの、一言だけの、絵文字もないメッセージ。
「もうすぐ着く」
こちらも一言だけ返信する。
街灯と、星と月の光だけが照らす道を通り抜け、その端にあたたかな明かりを見つける。
インターホンを鳴らし、間も無くガチャリと戸が開く。
「おかえりなさい。」
と君は言う。
その瞬間、いろんな音と、あかりと、匂いと、温度が、部屋の中から流れ込んで来た。
あぁ街の、音も、あかりも、匂いも、温度も、全部ここに帰って来ていたんだなと、ふと思い、ほろりと笑みをこぼす。
「いきなり何?」
「いや、なんでもない」
君は少し困ったような顔をして、ふわりと笑った。
「まぁとりあえずおかえり」
「ただいま」
戸がゆっくりと閉まり、音も、あかりも、匂いも、温度も、この小さくて、あたたかで、不完全で、完璧な世界に、そっと、そっと、閉じ込めた。




