第六話 思惑。
☆☆☆
「アマゴリア卿、其方は先ほどの『聖式』で一体何をした。詳細をこの場で明かしなさい」
フライガル卿とのハッピータイムは終わってしまった。寂しいけど、手はまだ少しほんのりと温かい。
エファーラス聖祈士長の部屋の前で繋がってた手を離して、フライガル卿を先頭に私たちは真面目な雰囲気が漂う部屋の中へと入って行く。その時なんか少しだけ校長室ぽいの匂いがした。
ちょっとだけキョロキョロしながら入った聖祈士長のお部屋は、大きめの机が一つ置いてあるだけで他には何もないお部屋だった。ちょうど大掃除でもしていたのだろうか?それとも元々こんなに何もないの?……もしかしたら顔は恐いけど結構綺麗好きな人なのかもしれない。
私の中では、綺麗好きな人は『お菓子作りも上手』と言う理論があるから、エファーラス聖祈士長がどこか外国のパティシエさんにちょっとだけ見えてきた。好感度が少し上昇。『強面なパティシエさん』と心の中であだ名を付けておく。
そしてやっぱり、エファーラス聖祈士長にはヌイグルミが必須に思えてきた。甘いお菓子とヌイグルミ、この二つが揃ったら完璧じゃないかッ!なんてことだ、私の妄想の中で段々とエファーラス聖祈士長が可愛くなっている。だが、もっとだ!もっと可愛くなれる筈だ!!
……ここからじゃ見えないけど、きっとあの大きな机の引き出しの中には多種多様なキッチン用品と裁縫道具が詰まっているに違いない!家庭の事情で小さい頃はフリフリのスカートを着用していたが、その姿はきっと良く似合っていたに違いない!!etc、えとせとら、エトセトラ……。
……本当は真面目な話をしにきたのに、この時の私は何故か『エファーラス聖祈士長を可愛くする』という謎妄想に真顔で熱中してしまった。
幸い、他の人からはただ真剣な表情をしているだけにしか見えないので本当に良かった良かった。
「「…………」」
だが、私がそんな下らない妄想を現在進行形で抱いているとは夢にも思っていないエファーラス聖祈士長とフライガル卿は、聖祈士長の質問に対して黙したまま一向に返答しようとしない私を見て、それぞれ異なった思惑を抱くことになる。
「(アマゴリア卿、やはり記憶が無い事は答えづらいか。……だが、君は私にはそれでも話してくれた。君の信頼に応える為にも、私は君の味方として、同じく黙して居よう。もしエファーラス卿が詰問してくるような事でもあれば、その時こそ私が盾となって君を守る)」
「(秘中の秘……と言う事か。語る気は全くないと見える。……それに、その歳で良くそこまで頭が働くものだ。おそらくはこの部屋の仕掛け――『虚言破りの祈』――にも気づいているのだろう。もしくはフライガル卿から既に聞き及んでいたか?……だが、そのどちらにしてもさすがと言うべきか。私をまるで食い殺さんばかりに見詰めてくるその瞳の奥で、いったいどれだけの策謀を巡らしている事か分からぬ。
……末恐ろしいものだが、この調子ならば他の聖祈士達のやっかみも容易く蹴散らす事が出来るだろう。私もわざわざ竜の逆鱗に触れる事はしない方が今は得策。戦力だけではなく権謀できるだけの頭脳がアマゴリア卿にはあると、それを確認できただけで良しとしておくべきだな……)
……其方の答えは良く分かった。二人には別命があるまで都市の軽巡回と待機任務を与える。戦場帰りのその身体を今しばらくは休息に充てるといいだろう。話は以上だ。下がりなさい」
「――了解しました。トラスト・フライガル並びにリルゴ・アマゴリア、これより都市軽巡回と待機任務へと移行いたします。……さあアマゴリア卿。戻るよ」
「――うへっ!?あ、あれっ、もう?あっはい」
私が妄想している間に、お話が終わってしまっていた件。正直、私ここに来た意味ってあった?私まだ何も喋ってないよね?それとも、私が気づかない間にフライガル卿と二人で話してたとか!?ま、まさか異世界のイケメンさん達は目だけで会話が出来る能力とかあるのかもしれない。なんて高性能なんだ。
私はフライガル卿の真似をして胸に手を当て軽くエファーラス聖祈士長へとお辞儀をすると、部屋の出口で待っててくれているフライガル卿の元へ急いだ。
――だが、いざ部屋から出るとなった時、私は何もお話しできなかったエファーラス聖祈士長へと一つだけ聞きたかったことを質問してみる。
「あ、あのっ。エファーラス聖祈士長、最後に一つだけ質問があるのですが、良いですか?」
「……何かね?」
「聖祈士長は、"甘いお菓子に興味はありますか?"」
私の妄想の中では、御自身のお孫さんの結婚式の為に巨大なウエディングケーキを嬉々として作っているエファーラス聖祈士長の光景がくっきりと焼き付いてしまっていたので、我慢できずに聞いてしまった。
もしかしたら、巨大ケーキとまではいかないまでも、リアルでお菓子作りとか、甘いものを食べる事に興味があるかもしれない。そしてもし興味があるなら、次回お話する機会があった時にその話題で盛り上がれるかもしれないのだ!
うへへへ、私は思ったよりも策士かもしれないね。強面の聖祈士長様と仲良くなるきっかけを掴んでしまったよ。……あっ、お菓子の話題が上手くいったら、その次は絶対に裁縫の話題もしなきゃいけないね。ふふふ、ギャップ萌が見れるぞ。
そんなワクワクドキドキの私の質問を聞いたエファーラス聖祈士長は、少しだけ間を置くと私の目を真っ直ぐに見つめ、ギリギリ私だけに聞こえる音量で答えた。
「……ああ、興味は、ある」
もしかして秘密だったのかも?声がとっても小さかった。
おやおやまあまあ。そんな恥ずかしがることはないのにー。
……あっでも、もしかしたらこの世界だと男の人が"甘いもの好き"ってあまり公言できない嗜好なのかもしれないね。エファーラス聖祈士長って特に顔が怖いし。周りの人達にバレると外聞がマズかったりしたらどうしよう……。私が元居た世界じゃ強面の俳優さんとか超甘い物が好きって人がいたし、私には全く違和感ないんだけどなー。周りの人達には一応黙ったままの方が良いかもしれないね。
「……あっ、じゃあこの事は"みんなには秘密"と言う事で。――それでは失礼します」
ふふふ、聖祈士長。私はあなたの味方です。今度お話する時はみんなに内緒で美味しいお菓子でも食べながら楽しく語り合って仲良くなりましょ。――と言うそんな思いを込めて、私は一度だけニヤリと微笑んでから部屋を軽快な足取りで出て行った。
きっと聖祈士長も、今頃は同士が出来たと喜んでるかもしれないぞー。最初は顔が恐くてどうなる事かと思ったけど、仲良くなれそうで一安心した。
「(あ、時間があれば美味しいお菓子が売ってるお店とかリサーチしときたいな。私はモンブランが食べたい気分だなー。フライガル卿にはティラミスとか似合いそう。聖祈士長は妄想の中のイメージ的にきっとおっきいイチゴの乗ったショートケーキが一番好きな筈だッ!)」
今度お話する時が楽しみだね。
☆☆☆
またのお越しをお待ちしております。