第五話 幸せな瞬間。
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「まさか、覚えてないのか?」
フライガル卿は驚愕の表情で私の肩をぐっと強く握りしめた。
「痛ッ、あはんっ」
「あっ、すまん。思わず手に力が入ってしまった」
「(ダメ、反応ミスった。良い感じに肩をぎゅってされて思わず喜んじゃったよ……)。
……いえ、私は大丈夫なので、ありがとうございます(一応、ご褒美に対する感謝は常に忘れずに)。
それで、えっとその戦場って、私こんなに小さい体してますけど本当に戦ってたんですか?黒くて小さくてカサカサ動く虫とかならば、家で何度か激戦を繰り広げた経験がありますので戦えるとは思うんですけど……」
私は未だに下半身がスース―している貫頭衣状態の身体を見下ろす。そろそろパンツは穿きたいな。
この体の子、中学生くらいの年齢だったのかな。背も低めだし、筋肉ないし、二の腕とか太ももとか超ほっそいよ?こんな体でも格闘技経験とかあったのかな?
って、私自分の事で精一杯だったけど、一番最初に気にしなきゃいけない事に今更ながら気が付いたよ。
元々の、この体の子の意識って、どうなったの?
私が乗り移っちゃったから、この子はもう死んじゃってるとか嫌だよ?
某元祖遊戯の王みたいに、『もう一人の僕』的な存在になってたりしないかな。金アクセ付けないとダメ?金は肌が痒くなるから絶対に身につけるの嫌だけどね。
そんな感じで自分の身体をペタペタ調べてたら、目の前のフライガル卿が『なんてことだ……』って呟きながら呆然としているのに気が付いた。
そして、私と目が合ったフライガル卿は段々と泣きそうな表情になってる。
えっ!なんで!?どうしたの!?泣かないで!!
ど、どどどドウスル私!こういう時どうすればいいの!?全く分かんない!!人生経験が皆無過ぎる!!!
どなたか"異世界の泣きそうなイケメン男性を一発で笑顔にする為のハウツー本"を今直ぐ私に下さい!!
――えっ?そんなものは無いですって!?
なんてことだ。異世界にグー〇ル先生か知恵袋様さえ居てくれれば……。
し、仕方がないここは一つ、『痛いの痛いの飛んでけー作戦』で、……いやダメか。こっちの世界でも通じるか分かんない。こんな時、可愛い女の子だったらイケメンを抱きしめて癒してあげるみたいな事をしても良いのかもしれないが、今の私は『だが男だ』。
だから、今の私に出来る精一杯は、精々フライガル卿の手を……いきなり握るのはハードルが高いから、指でツンツンしてみた。
――えっ?そうじゃないだろって?
しょ、しょうがないでしょ!テンパってるけどこれでも頑張って慰めてるつもりなんだよ!!
「フ、フライガル卿だいじょうぶですか!わ、私はどうしたら――」
「――すまない。君の方が辛い目にばかりあっているというのに……」
「い、いえ、私は本当に平気なんです。戦場とかは分かりませんけど、ほら見てください。どこもケガしてません。元気そのものです。だから、フライガル卿も泣かないで、元気出してください。もし私に出来る事があるなら、何でもしちゃいますから(……んっ?なんでもはマズいかな)」
後々フライガル卿から聞くところによると、その時の私はまるで『天使の様な微笑み』をしていたらしく、フライガル卿の心は感銘に震えていたらしい。
「(君は自分がそんな状態になってまで、他人の心配を……)」
けど、一方私の方はこの時、フライガル卿に『なんでもする』と言ってしまった直後だったので、この後に一体どんな無茶要求をされちゃうのだろうかと少しだけ妄想をしていまして、実はそんなフライガル卿の状態に事に全く気が付いてなかったんだな。てへぺろ。とりあえず結果的に私は励ましツンツンによってフライガル卿の涙を食い止めたのだと思った。
「"アマゴリア卿"……君は……」
「『ついへいじです』――あっ、癖でつい。す、すみません。お話の途中で遮ってしまってごめんなさい」
うわぁ、私の馬鹿!やってしまった。つい条件反射的に名前の訂正をしてしまったよ。ちょっと良い雰囲気だったのに、この一言でぶち壊しじゃないか。きっと空気読めない子だと思われたよ。……もしかしたら、叱られるかもしれない。ドキドキ。
「いや、いいんだ。……それよりも、君の『聖句』は本当に素晴らしい。先ほども感じたが……以前より随分と、あたたかくそして清らかになったように感じる。傍にいるだけで力強さと君の優しさが心に満ちる様だ」
そう言ったフライガル卿は、私の事を叱るどころか私の『聖句』?を褒めてくれた。やっぱ優しい。
因みに私の身体は今、さっきの式の時と同様に白銀のオーラに包まれた状態である。
フライガル卿はこのオーラが傍にあるだけで何かを感じているらしいけど、私には何が変わったのかさっぱり分からない。
このオーラって人によって違いなんてあるのかな?
感触も無いし匂いもなんもない。みんな一緒にしか思えないよね。
「あの『聖句』って一体何なんです?今フライガル卿がおっしゃったように、他の人に影響があるものなんですか?」
「……そうか。そこまで、記憶を失っているのか。分かった、私が知る限りで良ければ全て教えてあげるよ。思い出話を聞く事で記憶が戻る可能性もあると聞く。私は君の指導聖祈士として、何でもするつもりだ。君に助けられた者の一人として、今度は私が君の支えとなろう」
「…………」
「あっだが、その前にそろそろエファーラス聖祈士長の所へ赴かなければいけない時刻だ。話は終わってから沢山しよう。さあアマゴリア卿、手を。聖祈士長の部屋までは私がエスコートしよう」
そうして私はなんとフライガル卿に手を繋がれて、エファーラス聖祈士長が待つ部屋へと向かうことになった。
人は楽しかったり、幸せだったりすると体感時間が短くなるって聞いたことがあるけど、イケメンさんから目の前で『君の支えになる』とか言われて、さらに手まで繋いでしまったら、もう気分的にはプロポーズされた様なものだと脳が勝手に変換してしまって、脳内物質が過剰にプッシャーしてお祭りワッショイ状態になってしまった。
もしかしたら私は、転生したばっかりなのにまた死んでしまうのではないだろうか……。
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