第一話 プロローグ:前半
新年あけましておめでとうございます。
お目出たかったので新作を一本急遽書き始めましたー(^^)
ストック無しの不定期更新になるとは思いますが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
プロローグは少し暗い感じですけど、本編からはほのぼのとした感じで書いていく予定です。
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それは命の灯火が尽きる間際のお話。
その少女は暗い闇の中にいた。
そこは暗い部屋の中だった。
その少女は鎖に繋がれていた。
光の入らないその場所で、地に伏したまま、手足と首に掛かる枷が彼女の自由を奪っていた。
少女は罪人だ。
夜が明ければ、街の広場にある処刑台の上で、首を刎ねられて死ぬだけの儚い命。
だがそんな結末を、その少女はもう受け入れていた。
自分の人生も運命もこの先の未来もなにもかもを諦めていた。
もう何も生きる理由を見いだせない。
何の為に生きるの?
何をすればいいの?
もうどうでもいいよ……。
少女の心の中にはもう何も残っていなかった。
自分にとって大切だと思える者はもういない。
自分にとって大切だった物はもう何もない。
終われるならば、望むところだ。
だが、唯一今、願うとしたら、もう痛くなければいいなと思った。
この苦しみがこれ以上続かない事を願った。
もう疲れた。
もう疲れたよ。
その少女の瞳から零れた涙は冷たい石の地面を人知れず濡らしていく……。
☆☆☆
――魔女。
魔法を使う女。魔に魅入られた女。邪を愛し、人を呪うとされる者達。
街の広場に建てられた処刑場の上には、そんな魔女達が並べられていた。
ある者は嘆き、ある者は祈り、ある者は呪詛を喚き散らしていた。
その少女もその中の一人だった。
人の世はいつだって理不尽だ。
人は理解の及ばないものを恐怖し、遠ざけるか排除する事でしかその解決を見出す事が出来ない。
曰く、魔法とは世界に破滅を齎すモノである。
曰く、魔法を扱うもの、又はその適正が見られるものは呪いを振り撒く者、つまりは災禍である。
魔女達は存在するだけで、悪、と見なされた。
処刑台の上では、魔女達の傍に純白の衣を纏う者達と、聖銀の光を放つ騎士達がいた。
彼らは、魔法に対抗するために、神より聖なる御業を齎された存在達。
"聖なる祈"を扱う者達――"聖祈士"と呼ばれる者達であった。
曰く、聖祈士は神より認められ、人を導く存在である。
曰く、聖祈士は魔女を裁き、災禍を滅する存在である。
神より選ばれたそんな聖祈士達は、一人前の証として特別な儀式を必要とし、その儀式によって聖なる力を得ることが出来る。
――それが、今の状況の根幹である。
破滅と生誕の儀式。
魔女にとっては最も忌々しく、聖祈士にとっては最も輝かしい日。
台上にいる5人の聖祈士と5人の魔女の表情の差は比べるべくもない。
そして、血気逸る一人目の若い聖祈士は、嫌がる一人目の女性を処刑台の前へと引き摺っていくと、広場に詰めかけた民衆へと向かって声高らかに紡いだ。
「この者は、悪しき呪術を用いて東の村にて疫病を流行らせようと画策し――」
若い聖祈士が告げるのは罪の証。
この女性がいかに邪悪であるか、その行いによってどんな被害が出たのか――そして、彼女は魔女であるのかどうかの裁判である。
だが、彼女がここに居る事がもう既に罪の証明であり、この裁判の結果は決まりきった出来レースであった。
それは聖祈士達は勿論の事、民衆達にも理解の及ぶところであり、この後の結末に期待した眼差しをただ送っている。
「チガウッ!!!ワタシはそんなことはしてないッ!!!」
ただ一人だけが、これから訪れる残酷な未来に抗おうと必死に声を張り上げていた。
「――よって、今日この日この時をもって神の裁きを与える!!!異論のある者はおるかっ!!!!」
「「「「「「……………………」」」」」
広場に詰めかけた民衆の中からは反論の声は全く起こらず、処刑台の上でその女だけが独りで自分の無実を必死に訴え続ける。
しかし、民衆からその女に送られるのは侮蔑と嘲笑のみであった。
「ワタシはッ!!!くすりを、くすりをみんなの為にッ!薬草を集めてッ!ただそれだけなのに――」
女は精一杯の声を響かせた。
その目には堪えきれない程の涙が溢れる。
それでも自分と言う存在の精一杯を、叫び続けた。
だが、それによって変わるものは何一つない。
言葉なんかでは言い表せないほどの恐怖と孤独。
その一音一音は彼女の残された命の火そのものであるかの様に激しかった。
「――よって、この者には、神の裁きを与えるっ!!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
最後まで女の声が誰かに届く事はない……。
ギリギリリ、ギギ、ギギギギギギギ……。
処刑台の禍々しさとは裏腹に純白の光を放つギロチンの刃が不気味な音を立てていく。
――そして……。
「いやぁああああああああああああああああああああああーーーーーー!!!!ァッ…………」
その奪われる命の灯に、赤き飛沫が夥しく煌いた。
虚しく転がり落ちる頭を見据えて、その聖祈士は自分の腰にあった聖銀の剣を天高く掲げ吼える。
そして、それと同時に聖祈士の体には今までにない力が宿っていき、若い聖祈士はニヤリとした笑みを浮かべた。
「ここにまた一つ、神の裁きはなされたっ!!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
民衆は魔女と言う邪悪がまた一つ滅された事と、新たな聖祈士の誕生を祝って歓声をあげる。
そんな民衆の声にかき消されてはいるが、処刑台に残る女性達の悲鳴は儚くも響き、彼女たちは震えるように祈り、残された時間を嘆く事しか出来なかった。
――ただ一人を除いて……。
☆☆☆
その少女の担当である聖祈士は、少女とまだ殆ど変わらない年頃の男子であった。
まだ幼さの残る顔つきだが、その瞳には既に一人前と成るべく使命感を宿しており、その手は五人目の魔女であるその少女を力いっぱいに引き摺っていく。
「……うっ」
引き摺る途中で、少年は一度ドフッと少女の腹を蹴りつけた。
どうやら少女が完全に脱力した時の重さが、まだ幼き少年聖祈士の腕力で引くには少々困難だったらしい。
お腹を蹴られた少女は痛ましく呻き声をあげると、ハイトーンを失った瞳のまま、赤くむせ返るギロチンの元へと自分の足で歩んでいく。
――もうすぐ私は、首を刎ねられる。
自分の前にいた四人の女性がそうであったように、自分もあんな酷い表情で最後を迎えるのだろう。
様々な暴力に曝され、数多の苦しみを感じて、その果てにただただ惨めに死ぬだけなのだろう。
いっそ、ほんとうに魔女だったなら、こんな時にどんな表情をするのだろう……。
こんな状況も、痛みも、苦しみも、全て笑って楽しめる程に、強く在るのだろうか……。
魔女だったら……。
「この者は――」
首を固定された後に、傍にいる少年聖祈士がこれまでの聖祈士達と同様にお決まりの口上を告げる。
少女を見詰めている民衆は、魔女と言う"悪"の死を、祭りの演劇を見るかの如くただ見詰めるだけ。
彼らにとっては、本当に魔女かどうかなんてものは些細な問題でしかない。
自分より不幸な者、劣っている者、魔女と言う生贄達が醜く泣き叫ぶ様を見ることを、ちょっとした娯楽の代わりにしているような感覚なのだから……。
民衆たちは思う。
これまでの四人は、自分達にとって期待通りの終わり様を見せてくれた。
ここまでは最高のショーであると言っても過言ではない。
だが、最後の締め括りであるその少女の顔を見た時に、民衆達は声を失った。
先ほどまで煩いくらいに喚き散っていたはずの歓声は、段々とその鳴りを潜めていく。
少女が纏う雰囲気が、それほどまでに異質であった。
「……魔女だ」
誰が言ったかは分からないが、民衆の一人が発したその呟きが彼らの心を物語っていた……。
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またのお越しをお待ちしております。