独身
「独身って、なんだ……?」
「なんだよ、急に……」
俺は明るくなった朝の道路を歩きながら、全てが終わった世界で、隣のやつに話し掛けていた。
俺と、こいつだけが、道路の真ん中を歩いている。
「俺は時々むなしくなることがある……どうして結婚していないのかと……」
「へえ……だからなに?」
「だが、こうも考える。俺が誰かを好きになったとして、結婚後の姿を想像出来るか、とな……。だが、結婚ってなんだ……? 結婚は、本当に良い物なのか……?」
「どうでもいいから、バナナ早く探せよ……」
隣のゴリラはぶっきらぼうに答えた。
「でもやっぱり、独身の方が、自由でいいんじゃないかと思うんだが……? お前は、どう思う……?」
「俺に、聞くな……」
ゴリラはやれやれと肩を竦めて答えた。
「ゴリラ、お前は、結婚してるのか……?」
俺は気になり、聞いた。
「してねえよ……」
ゴリラは素っ気なく答えた。
「どうしてしないんだ……」
「知らねえよ……! 俺は、生まれた時から、動物園というなあ、檻にひとり閉じ込められていたんだよ……」
「そうか……すまない……」
「ああ……」
俺が申し訳なさそうに謝ると、ゴリラは気まずく思ったのか、顎を人差し指でかき、口を開いた。
「だがな……好きな子ならいたぜ」
「本当か……? それはどんなやつだったんだ……?」
「ゴリ子ちゃんというな、隣の檻に閉じ込められていたゴリラだ……」
「やはり、ゴリラか……」
「うるせえな……ゴリ子ちゃんはな、100万年に1度の美少女ゴリラだったんだぞ……」
「今時の宣伝文句みたいな言い方するんじゃねえよ……」
「いや、真実さ……あの鼻の穴のでかさ、そしてたまりに溜まった鼻くそ、目くそ、耳くそ……ありゃあ、絶品だったぜ……」
「そうか……」
「ああ、俺はあのゴリ子ちゃんにメロメロだったんだが、ある日、清掃員がゾンビに食われてな……」
「まさか……」
「そのまさかさ……ゴリ子ちゃんは……死んだ」
「マジか……ゾンビにはならなかったのか……?」
「なったが……もうその話はいいだろう……」
俺がゴリラを見ると、ゴリラの目には、目くそが溜まっていた。そして、鼻からは茶色い鼻水が滴り、鼻くそと混じっていた。ゴリラはペロリと滴った茶色い鼻水を舐めくさった。
「汚えな……舐めるなよ……」
「俺の勝手だろうが……」
「そうだな……」
歩いていると、道路の向こう側から、誰かがのろのろと肩を揺らしながら歩いてくるのが見えた。
ウォーカーだ。
歩く死人、こいつに噛まれたり引っかかれると、された人間はゾンビ化してしまう。
だからこいつらにはなるべく気付かれてはならない。
「おい……隠れるぞ……」
「ああ……」
俺はゴリラの後に続いて道路を逸れ、脇にある家の影に身を伏せた。
しばらくすると、そいつは道路を真っ直ぐに歩き、俺たちの隠れる家を通り過ぎていった。
「行ったか……」
ゴリラは安堵のため息をついた。
だが次の瞬間、ゴリラの後ろからゾンビが襲いかかってきた。
「おい! ゴリラ後ろ!」
「キシャァァ……ッ!」
「ん? ……ウホオ!!!」
俺は手に持っていたバールのようなものでそいつの脳天めがけて振り落とした。
「ギャアアアァ……ッ!」
ゾンビは断末魔をあげゴリラに覆い被さった。ゴリラは間一髪噛まれずに済んだ。
「危なかったな……」
「ああ、助かったぜ……ありがとよ、相棒……」
「へへ……いいってもんよ……」
こうして、俺とゴリラの友情が深まったのだった。