バナナ
「なぁ……金の使い道って、人によって異なるよな……?」
「ああ……だからなに?」
夕暮れ時の学校。
学校には、俺と、隣のこいつしかいない。
日が沈み、辺りが暗くなる。
窓の外を眺めながら、そんな世界の終わりのような光景を、俺は机にぐだっとしながら見つめていた。
「金があっても、やりたいことがない場合……そういう時って、どうすればいいと思う……?」
「知らねえよ……」
隣のこいつは、呆れたように肩を竦めた。
「汗水流して、嫌な人間関係のしがらみに我慢して、やっと手に入れた金だ。俺は、全くといっていいほどその金を使わなかった。そうして貯まっていく金に、何の意味があると思う……?」
「意味なんかねえよ……どうせもう、この世界じゃ、金なんて使うことないだろ……」
「そうなんだが……」
俺はズボンのポケットから幾らかの小銭と万札を無造作に取り出すと、机上にじゃらじゃらと落とした。
「俺の苦労はなんだったんだ……何のために、俺は働いていたんだ……? そもそも、何のために、俺は生きてるんだ……」
「何か見つけろよ……」
隣のゴリラはハァとため息をついた。
「というか、なんでお前はゴリラなんだ……? なんでゴリラが喋ってるんだ……?」
「ゴリラですがなにか……? ウホッ……」
「ツッコミどころゼロかよ……」
「いやあるだろ……乳首のホクロとかよ……」
「お前の身体、黒すぎて区別つかねえよ……」
そうこうしている内に、日が完全に沈み、辺りは真っ暗になるかと思われたが、代わりに月が薄らぼんやりとこの世界を青白く照らした。
校庭では、肌を爛れさせた元生徒が、人肉を求めてそこら中を徘徊している。
いわゆる歩く死人、ウォーカーだ。
俺はアマプラでウォーキングデッドシーズン6まで見た猛者だが(シーズン7は初回の娯楽皆無でリタイアした)、まさか俺がこんな世界に放り込まれることになるとは、夢にも思わなかった。
「思えば、お前がいなければ、俺はこの世界に生きていなかったな……」
「そうだな……」
「お前が動物園から逃げ出してくれたおかげで、ウォーカーに襲われかけていた俺が、ちょうどお前と出くわし、お前は助けてくれた……」
「そうだな……」
「お前のその拳が、空に消えたと思ったら、次の瞬間には、ゾンビの頭がひしゃげていたよな……」
「あの時、お前がたまたまバナナを持っていたことに、感謝するんだな……」
「ありがとう……あの時のことは、感謝してる」
「ああ……バナナ食いてえ」
「食えよ……」
「ねえよ……」
「なら物資調達でも行くか……と言いたいところだが、あいにく、すでに日が暮れている。夜外を出歩くのは危険だ。残念だが、バナナを探すのは明日だな」
「仕方ねえな……」
「今日はこの、残ってるにんじんスティックで我慢してくれ」
俺はそう言って、机の引き出しから今日調達したにんじんスティックを取り出した。
「ベジタリアンかよ……ゴリラなのに野菜食べさせるのかよ……(※ゴリラ野菜食べます)」
「仕方ねえだろ……これしかねえんだから……じゃがりこみたいにサクサクサクってかじれよ」
「嫌だよ……俺はバナナが食いてえんだ……んなベジタブル食えるかよ……」
「ベジタブルベジタブルうるせえんだよ……こんな世界なんだから、出されたモン有り難く食えよ……」
「なんでだよ……なんて日ダッ!」
「うるせえよ……ゾンビに気付かれるだろうが……」
「いいだろうが……俺が救った命だ……お前の命を俺がどうしようと、勝手だろうが……」
「俺を殺す気かよ……ふざけんなよ……」
こうして、今日も夜が更けていく……。