郊外の遊園地
夢を見ている。
起きると忘れてしまう夢。
見慣れぬボックス席、腰にはシートベルト、隣に座る仲の良いあの子と一緒にバーを握る。
少しがたつくバーは心許ない。
楽しくお喋りをしながらガタゴトと音を立ててコースターが進む。
ふと目の前を見ると視界いっぱいに広がった青空。
ガクンと急に浮遊感を受けて凄い速度で景色が変わる。
キャーキャーと騒ぐ声が聞こえる。
右へ左へ、上へ下へと目が回りそうな勢いで流れて行く景色。
両手を挙げてみたりしながら更にキャーキャーと二人は騒ぐ。
…ちょっとした悪戯心だった。
『腰のベルトをしっかり止めて、バーはカチャンと言うまで下ろしてから握って下さい』
食後でお腹への圧迫が辛かったのも手伝い、少しだけ、ほんの少しだけバーを上げていた。
少しがたつくくらいは大丈夫だろうと。
何度か回転する景色を眺め、ふと静かになったので隣を見ると誰も居ない。
目の前には少しがたつくバー、隣には揺れるシートベルトが見える。
…隣には誰も居なかった。
「おはようございまーす」
聞こえた声に慌てて洗面台から玄関へダッシュ!靴を履いて扉を開けると幼馴染の瑠美ちゃんが居た。
「おっはよぉ」
ヤバイ、もう自転車に乗って待ってる。
「早く出ないと遅刻するよー?」
続く瑠美ちゃんの声に返事をしつつ、急いで自転車を引っ張ってくる。
今日は待ちに待った夏休みを控えた終業式の日。
中学校の生活で最後の夏休み、受験に向けて塾に勉強、宿題などなどもあり、
去年のようには楽しめないかな?と思いつつも、それでも楽しみな夏休み。
若干浮ついた気分で自転車を引っ張り出して、ヘルメットを被ったところで瑠美ちゃんから声がかかる。
「ねえ鞄は?」
籠の中には何も入ってない。
「ごめーん!先に行ってて!」
例年の如く長い注意事項のお話と共に終業式も終わり、
教室では受験生としてのうんたらかんたらなお話も頂戴し、やっと自由な時間が来る!
大荷物を持って自転車に積み上げる子、普段から準備良く大した荷物も無く普段通りな子、家族に車で来てもらい荷物だけ任せて気楽な子。
私は勿論大荷物を抱えてる。
自転車に荷物を積み込み、パズルのような気分に浸ってると、すぐ隣で瑠美ちゃんも頑張ってた。
「今年は車のお迎えなしなの?」
ふと去年までの事を思い出し尋ねてみる。
「うん、今日はお母さん忙しいみたいで来れないってー」
「そっか、今年は一緒だねぇ」
二人でえっちらおっちらと転ばないように帰り始める。
「そういえば裏野ドリームランド、行ってみたー?」
瑠美ちゃんが訪ねてくる。
今年の5月に郊外にできたばかりのちっちゃな遊園地、TVでも宣伝が流れてるし、ネットでも極一部の界隈で話題になってる。
勿論学校でもすでに行った子から自慢交じりの寸評を聞いたりしていた。
「あーまだ行ってなーい、パパの休みは土日で塾と被ってばっかりだし…」
「そっかー、うちもお母さん忙しくて中々連れてってもらえなくってー」
お互い似たような環境みたいで、少しの遠出すら行けてない。
「実は今朝のチラシに割引券付いてたんだよー?」
「ええっ!本当!?」
空っぽの鞄すら忘れそうになったので、私はチラシどころか新聞すらも見てなかった。
「今朝のって事は、もしかして夏休みに合わせた割引券?」
「うんうん、中学生はワンデイフリーパスが4000円のところ3000円だってー」
「いいねいいね、それだったら連れってってもらえそうだねっ」
「でしょでしょー?」
二人して帰り道で盛り上がる、明日からは中学生活最後の夏休みですから!
その日の夜、緊急家族会議勃発。
「ねえパパぁ」
ここはひたすら甘え声でおねだりしてみる、普段は出さないとっておきと言う奴。
「しかし子供だけとなるとなぁ…」
しかしパパは渋りながら中々頷いてくれない。
「危なくない?」
お財布を預かるママは手強そう、味方が居ない。
「でもでも、夏休みの間だけの特別割引だよぉ?」
チラシに付いてたいた割引券はケチ臭く1名様だけだった。
「うーん…交通手段は考えてるのか?」
パパが少し靡いてる、ここは押せ押せだ!
「うん自転車で行く予定、ちゃんとヘルメットも被って行くよ」
バスか電車で行きたかったけど、ママのお財布の紐へ援護射撃の為に我慢、良い子ちゃんアピールも忘れない。
「そうねぇ、成績も悪くは無かったし…」
ヤマが当たったお陰とは言いませんが、少し緩んできたここでさらに追撃!
「最近はあまり何処にも連れてってもらってないし…、ねぇお願い良いでしょ?パパぁ?」
上目遣いで一撃必殺。
「うーん、たしかにそうだなぁ…」
良し、パパは折れた!残るはお財布の紐だけだ!
「ママぁ瑠美ちゃんと一緒だから、大丈夫でしょ?お願い!!」
「そうねぇ、確かに瑠美ちゃんとなら…」
ちょっと心が痛い……けどここで勝手に確定させる。
「ありがとうパパ!ママ!」
二人とも渋々ながら、頷いてくれた。ミッションコンプリート。
連日猛暑が続く夏休み、図書館で涼みながら勉強したり、塾に通ったり、
こそっと夜中にコンビニへ行ってみたりしつつ、ついに裏野ドリームランドへ行く日が来た。
瑠美ちゃんと示し合わせて郊外へ向けて自転車を漕ぐ。
お昼代にお小遣いもバッチリ、割引券もちゃんと持った。
二人で最近のアレコレを話しつつのんびり向かう。
「やっと着いたぁ!裏野ドリームランド!」
「自転車だときっついねー」
海越え山越え空越えてやってきました郊外の遊園地!いいえ越えたのは林だけ。
少し坂道が辛かったりしたけれど、大きな道を走り林に向けて片道およそ1時間。
目の前に広がるのは小さいながらもしっかりとした遊園地。
夏休み&割引券の効果か人も沢山居ますね。
「それじゃ行こっか」
「うんうんっ楽しみだねー」
駐輪場に自転車を預けて、入園ゲートへ向かいルンルン気分。
二人とも割引券を出してお金を支払い、ワンデイフリーパスをゲット!
ゲートを潜るとその先は凄い数の人の波、そして魅惑のアトラクション達!
「うわぁー、すごーい」
「すっごいねー、ど、どれから乗ろうか?」
珍しく瑠美ちゃんの気が逸ってる、まずは小手調べにミラーハウスで迷子かなぁなんて思ってると
「あっ川下りみたいなのがあるっ!」
瑠璃ちゃんが走って行くので、私も追いかけていった。
「いやー濡れたねー、楽しかったねー、水飛沫がこんなにかかるなんて思ってなかったよー」
「もう瑠璃ちゃん、いきなり最初っから飛ばし過ぎだよぉ」
「でも最初なら濡れてもすぐ乾くし良いでしょー?」
「たしかにそうだけどぉ…」
パンツまで冷たいのはちょっとヤダなぁとか思いつつ、次こそミラーハウ
「じゃあ次は…」
「あっゴーカートがあるっアレ!アレで対戦しよっ!」
もう走ってるし、仕方ないなぁと思いつつ私も追いかける。
そんなこんなであちこちを回ってるとすぐお昼になり、ご飯はちょっと高台の景色が良い場所だった。
「色々あって楽しいねー」
「うんうんっミラーハウスも面白かったし」
「そうだねー、思ったよりも道の見分けが付かなくて手探りでドキドキしたー、それにあの3Dタイプのお化け屋敷、すごかったよねー」
「うんっ足元見ると普通に足首掴まれてて、心臓止まるかと思ったよぉ」
一時期流行った3D眼鏡を付けてみる映画を全方向で体験するような凄い造りで、
音も色んな所から聞こえてちびっちゃうかと思ったよ。
普段は気が利いておっとりしてるのに頼りになる瑠璃ちゃんも、今日はちょっと違う感じが見れるなぁ。
「ご飯終わったらジェットコースターに乗ってから観覧車にも乗ろうよー」
「そだねぇ、でもその前にアイスも食べよぉ」
「美味しそうだったもんねー」
なんて話をしながらご飯のお会計を済ませ、ジェットコースターに向かう途中、二人で屋台でアイス、私はついでにジュースも購入。
二人で並んでベンチに座ってデザート気分を満喫。
そこから少し歩くと凄いのが見えてきた。
「うっわーすごーい!!」
「うひゃぁ、これは強烈そうだねぇ」
凄い高さからレールがぐねぐねしててもう…何て言うか凄い、お昼過ぎにも関わらず、人の列も凄い事になってる。
これこそ遊園地って感じがヒシヒシと伝わってくる。
「それじゃさっさと並んじゃおう」
「うんっ」
2列で並ぶ行列に二人で一緒に並んで待つ事15分程、目の前の組が出発したみたい。
すっっっごい叫び声が聞こえた後、5分くらいで戻って来た時のガタンゴトンと電車みたいな音とわいわいがやがや聞こえる声。
色々な音を聞きながらどきどきなのかわくわくなのかが分からないくらいに心臓が高鳴る。
「次が私達って事は…」
「先頭かも知れないねー!!」
次の組では予想通り私達が先頭のボックスだった。
「うっわーどきどきするー」
「うんうんっもう心臓バクバクしてるよぉ」
二人で並んでボックスに座ってレールの先を見ていると、先が見えない事からなんとも言えない感覚になる。
『腰のベルトをしっかり止めて、バーはカチャンと言うまで下ろしてから握って下さい』
案内してくれたお兄さんのアナウンスが聞こえてきて、二人してキャーキャーと騒ぎながら準備する。
そのうちに『ビーーー』っと合図の音のような物が聞こえてきてガタンゴトンと動き出した。
「ねぇねぇ瑠美ちゃん、このバーちょっとがたつかなーい?」
「少しくらい大丈夫だよー」
二人でアレコレ言ってる間も頂上へ向けて進んで行く。
気を紛らわす為に楽しくお喋りをしながらもガタゴトと音を立ててコースターは進む。
ふと目の前を見ると視界いっぱいに広がった青空。
次の瞬間ガクンと急に浮遊感を受けて凄い速度で景色が変わる。
「きゃーーー!!!」
「きゃーーーー!!!!!」
お…落ちる落ちる!!!これは…し…死ぬぅぅぅぅ!!目…目が開けてられない助けてぇぇぇぇ!!!!
体は右へ左へ、上へ下へと振り回されて行く、少し…な…慣れてきたかも?
恐る恐る目を開けてみると目が回りそうな勢いで流れて行く景色、でもたしかに綺麗な景色。
隣をチラ見すると凄い笑顔で両手を挙げてる瑠美ちゃんがいる。
わ…私も真似してみようかな?大きなループで景色が移り変わる中、ちょっと手を挙げてみた。
…ちょっとした油断だった。
デザートついでのジュースの為かお腹への圧迫が辛かったのも手伝い、少しだけ、ほんの少しだけベルトを緩めていた。
ぐるぐる回転する景色を眺め、ふと目に入ったのは次に乗る予定だった観覧車。
目の前には青い空や黒いアスファルトや看板が凄い勢いで見える、バーはない。
もちろん隣には誰も居ない、隣には誰も居なかった。
そして私は………。
「…ねえねえ知ってる?」
「え?何々?」
「昔、ほらあそこの林の奥の裏野ドリームランドなんだけど、ジェットコースターで人が死んだって話で、今は廃園になってるじゃん?」
「う…うん」
「出るって噂とかあるじゃない?林の奥に寂れた遊園地って何かマジで出そうだよねー昼間でも怪しいもん、それでねこれは友達の友達に聞いた話なんだけど…」
「…うん」
「壊れた入口の門を抜けてジェットコースター目指して奥に行くとね、古びたベンチが置いてあって…」
「うん」
「そこに座って飲みかけのジュースを置いてから、ジェットコースターに向かって進んで行くと階段があるのよ」
「…」
「その階段を上って行くとね、動かないジェットコースターが置いてあるんだけど」
「…」
「先頭の座席の片側にさっきベンチに置いたはずの飲みかけのジュースが置いてあって…」
「…」
「それでねそのジュース、怖いからって片付けずに放って帰るとね」
「うん…」
「何か凄い怖い夢、見るらしいよ」
「……その話…知ってる…」
「あ、そうなんだ」
「うん……だって…私見たもん…先輩に聞いて夏休みに肝試しに行って…」
「え?」
「えっとね…夢の内容は…」
廃墟の遊園地で見た古びたボックス席の中、自分の腰には千切れそうなシートベルト、隣に座る仲の良いあの子と一緒に錆びたバーを握る。
少しがたつくバーは今にも折れそうで心許ない。
逃げ出そうとしてもベルトは外れずガタゴトと音を立ててコースターは進む。
ふと目の前を見ると視界いっぱいに広がった黒い空。
ガクンと急に浮遊感を受けて凄い速度で景色が変わる。
ギャーギャーと泣き叫ぶ声が聞こえる。
右へ左へ、上へ下へと目が回りそうな勢いで流れて行く恐ろしい景色。
バーを握り締めなんとか耐えようとしながら更に「っ……………」と二人は声にならない声で叫ぶ。
何度か回転する地獄のような景色を眺め、ふと静かになったので隣を見ると誰も居ない。
目の前には転がっている錆び折れたバー、隣には千切れたシートベルトが見える。
…隣には誰も居なかった。そして私は………。
「こんな夢でね」
「う……うん」
「最後に私は、地面に投げ出されて潰れたトマトみたいになってる貴方を見てるの」
「……」
「私も首だけになって転がっててね、体はあちこちに引っかかってるの」
「………」
「毎日毎日同じ夢ばかり見るの……ねえ」
「な…何よ?」
「後から先輩に聞いた話だと、続きがあって…」
「つ…続き?」
「うん…その夢を見た人と夢で見た仲の良い人は、近いうちに必ず死ぬって…どうしよう…もし本当なら……」
「ほら…噂でしょ?都市伝説って奴でしょ?」
「でも毎日…」
「こ…この話は終わりにしよっ?ねっ!?」
「うん……」
もう夢は見なかった。けど目を覚ます事もなくなった。