彼女は後ろで薄ら笑う
「だから、わざとじゃないんだって、そう怒んなよ」
俺の前を早歩きで進んでいくリーナにそう言った。
「タクトのことなんて知らない。せっかく迎えに来てあげたのに寝てるし、挙句の果てにあ、あんなことまで――ほんと、救いようがないね」
リーナは顔も振り向かずに、足を早めながら悪態を吐く。
ひどい言われようだ、俺は何をしてしまったのだろうか。
そう思いながらも、黙々と彼女との距離を詰める俺。
俺は物心つかないときに流行病で母親を失い、挙句の果てに親父までもが魔族との戦争で先にこの世を旅立ってしまった。
母さんのことは正直あまり覚えていないんだが、親父のことは今も懐かしき記憶として鮮明に覚えている。
その後、俺はリーナの親御さんに面倒を見てもらうことになり、家は違えど家族ぐるみの付き合いをしてくれている。
彼女は見た目こそ小柄だが、運動神経はピカイチで愛嬌に溢れ、そのくりくりした黄色い目と、眉毛の上で一直線に揃った前髪。肩に掛かるくらいの後ろ髪で、てっぺんには可愛らしいアホ毛。
しかし、彼女は小動物のような見た目に反し、屈強なドラゴンのような内面を持ち合わせているのだ。
当然、俺は到底逆らえない。
「ちょっと、あんた聞いてんの?」
足取りを止めて、こちらに振り向き仁王立ち。眉間にはシワを寄せている。
今朝のことは本当に覚えてないし、むしろ叩き起こされて頭痛がするのはこっちなんだが。と思ったが、僕は少し距離を取って手を前に突き出し
「い、いや。――リーナ迎えに来てくれてありがとう。危うく寝坊するとこだったよ」
適当に言葉を繕い、その場をしずめようとする。
「ほんと信じらんない!今日から遠征訓練だよ!?遅刻するなんて考えられないし、ましてやあんたが私を迎えに来るはずだったじゃない! 」
「ご、ごめん。ほら、明日からしばらくこの町を離れるのかと思うと緊張して寝むれなくってさ。」
そういえば、そんな話もしていたかな。っていうかリーナが一緒に行こうって最初に言ったんじゃないか。
俺は理不尽さを少し感じながらも言い訳をしてその場を濁す。
「もういいわ――早く行きましょ。遅刻しちゃったら査定に響くもの」
そう吐き散らしてリーナはまたもや僕を置き去りにさっさと進んでいってしまった。
やれやれと肩を落としながら僕も少し早歩きでその後ろを再度ついていく。
「これは運命なのかしら」
仲睦まじい?彼らの後ろ姿を遠目で見ながら、彼らと同じマントを羽織っている女性は、少し唖然とした表情からニヤリと薄ら笑いを浮かべていた。
――僕たちはこの時、まさかあんな面倒事に巻き込まれてしまうとは思ってもいなかった。






