悪役令嬢のとても地味な復讐劇
「キャスリーン・ラナ・ベイリアル、お前との婚約は今日をもって破棄する」
王太子のアドルファスは学園の卒業パーティの会場で声も高らかにそう叫んだ。
「何故ですの?わたくしが至らない事がありましたでしょうか」
キャスリーンは才色兼備の才媛と呼ばれ、王太子妃に是非にと乞われ婚約者となった。特に王太子に好意を持ってなど居なかったが、十八歳の今まで王妃教育に取られた三年間の努力は返して貰いたいと思ってしまった。
「ベイリアル様、私が悪いのです!アドルファス様をどうか許して差し上げて下さいませ!」
キャスリーンはベイリアル公爵家の三女だったが、この娘は記憶をたどれば、昨年男爵家に引き取られたマリカ・ミナ・バルコンだった。
王太子とキャスリーンの話に割り込んで込んで来るとは、余程の事情が有るのだろうとキャスリーンは「貴女は?」とマリカ嬢に声を掛けた。
「アド様は、わたしの為を考えて下さっているのです。私が分不相応にも王太子であらせられるアド様をお慕いしてしまったから______」
「それは別に良いのではないでしょうか。アドルファス様、彼女を側妃の御一人にされれば如何ですか」
「そ、そんな…」
マリカ嬢が言葉を無くすのをキャスリーンは聞きながら、「まさか王太子妃になるおつもりでしたの?」と驚いた。
アドルファスが「そなたのその様なところが嫌なのだ。マリカの十分の一でも可愛げがあれば、そなたとの結婚も我慢出来たというのに」と言うのをキャスリーンは不思議な気持ちで聞いた。
「確認させて頂きますが、アドルファス様はこの三年間、私と一度も交流を持とうとなさいませんでしたわ。私の方からはお誘い出来ない立場な事は勿論ご存じの上でですよね?」
「……ぐっ…そ、そうやって理屈ばかり言う女は好かぬ。つべこべ言わずに婚約破棄に応じろ!」
キャスリーンはそれは国王陛下の許可が下りれば、別に良いと言うと周囲に居た王太子の側近達が騒ぎ出した。
「でしたら我が宰相家にお輿入れ頂けませんか!?父がどれ程喜びます事か!」
「いいえ。うちの公爵家の方が宰相家よりも家格が合います。是非うちに!」
「いや、国防の事を考えたらキャスリーン嬢は、国防軍を率いている我が家の参謀に是非迎え入れたい」
他にもキャスリーンを嫁にと望む声で溢れかえり、王太子とマリカはすっかり蚊帳の外になってしまった。
王太子は面白く無くなってしまい叫んだ。
「まだキャスリーンは私のものだ!!」
皆がその言葉に軽蔑の眼差しを向けたが、王太子はマリカをその場に置き去りにして、キャスリーンを王宮に連れ去った。泣きながらマリカが走って馬車を追ったが、当然間に合わなかった。
「他人が欲しいと思われれば惜しいと思われるお気持ちは分かりますが、これから国王陛下と王妃陛下に今日の事はお話させて頂いて婚約は無かった事にいたしましょう」
アドルファスは「駄目だ!」と高飛車に言い放つ。「元々、そなたが俺を慕う態度を見せないから近付かなかったのだ。そなたが悔い改めれば済む話だ」
勝手な事を言い出す王太子にキャスリーンは子供を見る様な目で「仕方ありませんわね」と呟いた。
その後王太子に男爵令嬢のマリカはあっさりと捨てられた。
キャスリーンが「側妃にしてあげては?」と言ってもアドルファスは「もう要らない」とあっさりと言った。皆がもの珍しい異色のマリカ嬢に言い寄っていたうちは価値ある女性に見えたのだろうが、重鎮家の子息達がこぞって優秀なキャスリーンを取り込もうとした事でキャスリーンに興味が移ってしまった様だった。
マリカ嬢が「何故!?みんな昨日まであんなに優しくしてくれていたのに」と咽び泣くのを学園中が冷たい目で見つめた。「それは当たり前だろうが!キャスリーン様を王太子妃から引き摺り下ろそうとしたのだから」と。
キャスリーンは聡明さで貴族家からは、馬鹿な王太子の手綱役を期待されていたし、民衆からは政策に携わり平民でも受け入れてくれる病院を設立した事で絶大な人気があった。それを邪魔しようとした無知な男爵令嬢には貴族からも平民からも侮蔑の目が向けられた。
キャスリーンは、マリカ嬢にしてもアドルファスにしても「隣の芝は青く見えると言いますものね」と言って溜息を吐いた。
尚、この後アドルファスは王となっても王妃に見捨てられないように、一生頭が上がらなかったという事であった。一度愛想をつかされているのが大きく傷となって残り、キャスリーンを繋ぎ止める為に必死になったらしい。マリカ嬢がその後どういう人生を歩んだのかは知る者は居ない。隣国の豪商に嫁いだという噂も有れば、人間不信になってしまって田舎で誰にも会わずに暮らしたとも言われている。
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ムーン様で「王様に求婚されていますがどんなことをしても逃げ切ります!」を連載中です。十八歳以上の方は良かったら来て見て下さい。