表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

生きて欲しいから

作者: 月影柊

恋をした。

でもきっとかなわない恋だ。

世界はいつも残酷で、誰にも微笑むことはない。

「先生はさ、いつも休日とか、何して過ごしてるの?」

私がしたそんな他愛のない質問、残酷な世界とは違って先生はいつも私に微笑んでくれる。

「休日か…やることないし、寝てることが多いな」

笑顔で答えてくれる先生、私はその笑顔を見て居るだけで胸が苦しくなるのだ。

「先生、彼女とか居なそうだもんね」

茶化す様に私も笑う、でも、何処かぎこちない。

「余計なお世話だ」

それでも先生は私に優しい、でもそれは私が先生の生徒だから。

さらに切なくなる。

この胸のうちの想いを、先生に打ち明けられないもどかしさを、私はつい、知らず知らずのうちに、表情に出してしまっていた。

「大丈夫か?さっきからペンが全然進んでないように見えるけど…具合が悪いなら言えよ?」

私はまた嘘をつく、本音は言えないから。

言ってしまったら、この二人きりで過ごすことの出来る僅かな放課後の時間すら、なくなってしまうのだから。

「大丈夫だよ、先生、私は大丈夫」

大丈夫じゃないよ、全然、私は大丈夫じゃない。

胸が張り裂けそうだ、高鳴る鼓動が止まることを知らないんです。

先生と一緒に居ると、愛しさと切なさで、死んでしまいそうなんです。

そんなこと、口に出して言えるわけがない。

今も、そしてこれからも。




2人学校を辞めたらしい、駆け落ちとかなんとかって話を聞いた。

俺にはそんなことする度胸すらないうえ、目の前の少女に思いも告げられないのだ、すごいな、なんて思っていたりもした。

放課後の時間になるといつもの2人っきりでの補習。

俺は恋をしていた。

目の前の儚げな少女に。

でもそれはいけない事だと理解している。

理解しているけどどうにもできない。

目の前の少女を抱き寄せて、愛していると囁きたい。

倫理なんて無ければいいのに、世間体なんて無ければいいのに。

先生と生徒という立場が、それを邪魔する壁になる。

「別に毎日補習しなくてもいいんだぞ?」

俺の理性が持たなくなってしまうから。

これ以上一緒に居るとこの手で彼女を壊してしまいそうだから。

怖くなった。

世間体とかじゃなく、単純に、彼女を傷つけてしまいそうで。

「…先生は私と一緒に居るの、嫌なの?」

心が罪悪で押し潰されそうだ。

今すぐ好きだと叫びたい、彼女に好きだと伝えたい。

しかしそれは叶わない。

そんな勇気、俺にはない。

「嫌じゃないが…毎日補習しなくても……週何日かでいいんじゃないのか?どうせお前頭いいし」

俺は弱いから今日も逃げる、彼女を壊さないために逃げる。

それが彼女の心をひどく傷つけてしまっているとも知らないで。




一緒にいられる時間が減った。

先生の何気ない一言、それがいまの私には突き放す言葉に聞こえた。

悲しかった、でもそれは、何かがあったんじゃないかとも考えた、何がいけなかったのか。

調べたら、私と先生が付き合っているという噂がたっていた。

先生はその事でひどく怒られたらしい。

事実無根な噂でも、世間はカモが釣れたと大騒ぎする。

私も距離が近かったかなと反省はしている。

でも、それでも先生が怒られるなんて間違っていると思う。

その噂が本当かどうか、私に聞けば簡単に確かめられるのに。

なんで、それをしないで先生にひどいことをするのだろう。

「先生、私のせいで…ごめんなさい……」

先生はにこやかな笑顔を浮かべ私に優しく語りかける。

「別に気にすることはないさ、俺もちょっと注意不足だったなって思ってるし…お前が気にすることではないよ」

笑顔が辛い、いっそこのまま、全部言って楽になってしまおうか。

いや、まだダメだ。

先生へ負担をかけてはいけない。

辛くても、耐えて見せろ私。

「先生は、いつも優しいですね」

当たり前だ、優しくない先生なんか、先生じゃない。

「そして、私の我儘で補習まで付き合ってもらって」

「まぁ、俺も暇だしな」

嘘だ、本当はやらなきゃならないことが沢山あるはずなんだ、だけど私の補習に付き合ってくれている。

心使いが痛いほど感じる。

だからこそ、今言ってはいけない。


「私は、先生の事がこの世で一番…大好きなんです」




目の前の少女が言った一言はとてつもなく重たく。

そして俺が一番欲しかった言葉だった。

勘違いではない、彼女の目を見ればそんなものはすぐわかる。

彼女の目は真っ直ぐに俺の目を見ている。

何か、答えなければ。

「俺も…お前のことが…」


「先生…答えなくてもいいです…答えてしまったら……辛い未来が待ってますから…」


俺の言葉を遮るかのように少女はそう言い切った。


「先生には清く正しく生きて欲しいから、だから、返事はいりません」


涙を堪えながら彼女はそういった。

彼女の瞳の奥に映る俺はとても情けない顔をしていた。

馬鹿みたいに口を開けて、唖然と、呆然と。

ただただ時間が過ぎるのをじっと、待っているしか出来ずにいた。

腑抜けだ。









言ってしまった。

言わなくていいのに、言ってしまった。

これで私は、私達は、これまで通りの関係ではいられなくなる。
















「おかーさん、いってきまーす!」

「俺も仕事、行ってくるよ」

「行ってらっしゃい」


何気ない日常、よくあるごく普通の幸せ。

ただそこにあるのは、欲しかったものとは程遠くて。


あの人はいま、どこにいるのだろうか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 切ない……っ!!?
2016/03/24 17:05 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ