夢追う魚
登場動物
A……メダカ
B……フクロウ
A つーいつい、つーいつい。
B やあ、こんばんは。ホッホーゥ。今日は星がきれいな夜ですね。
A どうも、こんばんは。フクロウさん。
B ホッホーゥ、君はこんなところで何をしているのかね、メダカ君。ホッホーゥ。
A この間大雨が降ったでしょう?
B ホッホーゥ。ああ、この森全体が洪水になったときか。あの時は大変だったなあ。わしの家も水没しそうになった。
A そう、その日。その時に思い切って池の外に出てみたんです。でもいつの間にか雨は上がり、水は干上がってしまった。
B 成る程、だからそんな小さな水たまりにいるのだな。
A そういうことです。つーいつい。どうしましょう、このままでは朝日が昇ると同時に水がなくなってしまう。
B 君はそういう危険を考えなかったのかね。
A 考えました。ええ、考えましたとも。
B ホッホーゥ。なら、どうして。
A 僕はいつも外の世界に憧れていました。ずっと池の中にいた僕にとって、外の世界は夢です。水面を通して見る世界は何処までも広がっていて、果てがないように見えました。きっと、この世界のどこかに僕たちの理想郷があるに違いない。そう思ったんです。
メダカは鰓を開いて、精一杯呼吸した。
A ですが一方でちゃんと、理想郷を見つけるには大きな代償と類まれなる勇気が必要なこともわかっていました。僕はその危険を承知で飛び出しました。でも、こんなに早いなんて。僕はまだ理想郷を発見していない。何も残せていない!
B ホッホーゥ。これは古の人間の名前だが、君はまるでマゼランのようだ。ただひとつ違うのは、君にはその意志を継ぐ仲間がいない、ということだが。
A あなたには、僕を救う意思がないということですか?
B この羽に、掬う手はない。
A 嘴は?嘴の中に水ごと僕を入れて、池まで連れて行ってください。そうしたら、また再出発できます。
B わしの嘴は小さすぎて、君を飲み込んでしまうだろう。つーいつい、と。
A じゃあ、どうすれば……。
B 他とは違う、己の夢を追うとはそういうことだ。前も見えず、後には戻れない。危険は承知していたのだろう?
A でも、覚悟がなかった。
B わしにできることは君の意志を掬うことのみだ。池の仲間に君の意志を継がせよう。何か伝えたいことなどはないのかね。
A 他人に叶えてもらう夢はもう、僕の夢などではない。
B ではあとはここで、干からびるその時を待つのみだ。ホッホーゥ。大丈夫、まだ夜は長い。どうか良い夢を。
フクロウは一声なくと、夜闇の中に消えてしまった。
「自分の夢を叶えるためには、それ相応の覚悟を決めるのは当たり前」と、言葉で言うのは簡単ですが、これがどれ程難しい事なのか理解出来るのは、何時だって、覚悟を決めた人間だけなのだと思います。