おとの山のがいこつ
昔話風に書いてみました。
冬の童話祭2016向け作品です。
「“おとの山”にはお化けが出るからね。夕暮れ前には帰っておいで」
そんなおばあさんの忠告を聞いていたのに、小太郎と大次郎の幼い兄弟は、山の中での木の実を集めるのに夢中になっているうちに、陽が傾いているのに気付きました。
おとの山と呼ばれるこの山は、木々が少なく、子供でも山頂まで行けるくらいに低く、山頂あたりに小さくて古ぼけたお社が一つ、ぽつんとあります。
お社の神様が何かはわかりませんが、村の誰かがいつもお供えをしています。
「急いで帰ろう。ばあちゃんに怒られる」
「うん」
慣れた山道でも、夕暮れに赤く染まり始めるとどこか別世界のようで、二人は少しだけ怖い気持ちを抱えて歩き始めました。
その時です、かちゃん、かちゃん、と音が聞こえます。
「なんだろう?」
「お社から聞こえるね」
言葉を交わしたすぐ後に、かちゃん、かちゃんとまた音がします。
二人は怖い気持ちもありましたが、気になって仕方がありません。
「ちょっとだけ、覗いてみよう」
小太郎が言うと、弟の大次郎は頷きました。
すぐそばにある小さなお社を、木の陰からのぞきこみます。
色あせたお社は、小太郎たちより少し背が高く、大人たちより少し低い位です。
そのお社の、ぴったりと閉じられた扉の前で、一人分のがいこつが座り込んでいました。
びっくりした兄弟が目を離せずにいると、かちゃん、かちゃん、とまた音がします。
よくよく見ると、がいこつの胸に刺さった刀が揺れて骨にあたって、音を立てているのがわかります。
刀が刺さったがいこつは座ったまま俯いていて、二人は怖いと思うよりも、寂しそうに見えました。
二人はお互いに手を握って、そっとがいこつに近づきます。
がいこつは近づいて来た兄弟が見ているのかいないのか、顔を上げて、顎をカタカタと揺らしました。
「こたに……」
「こたに?」
「大次郎。お前、がいこつの言葉がわかるのか?」
小太郎には、がいこつの顎が動いた音しかきこえませんでしたが、大次郎には言葉が聞こえたようです。
「兄ちゃんには聞こえない……?」
不安げな顔をする大次郎を見て、小太郎は笑顔を見せました。
「聞こえないけど、お前が言うなら本当だ」
二人は、そのままがいこつの話を聞くことにしました。
小太郎にはわかりませんでしたが、大次郎はがいこつの言葉を聞いて、小太郎に伝えていきます。
「こたにというお侍さんを探しているんだね」
ようやく、がいこつが化けて出る理由がわかりました。
それから日暮れの山道を急いで帰りながら、兄弟は“こたに”というお侍を探す事にしました。
帰ってからお婆さんにこっぴどく叱られましたが、二人は一生懸命がいこつの話をして、おばあさんは危ない事はしないように、とだけ注意しました。
おばあさんが兄弟の話を信じたかどうかはわかりませんが、翌日から二人が“こたに”というお侍を探し始めたのを見て言いました。
「村の外から来た人にお聞きなさい」
村の中には苗字がある人はいません。
それから、兄弟は毎日村を歩いて回りました。
村を出入りする人に話しかけて、こたにというお侍を知らないか聞いて行きます。
「こたに様というお侍さんを知りませんか?」
おばあさんから教わった言葉で、二人は声をかけていきますが、誰もが知らぬと答えます。
何十人にも聞いて、それでも兄弟は諦めません。
ある日、一人のお侍さんが村を通りかかりました。
「こたに様というお侍さんを知りませんか?」
「狐谷の事であれば、知っておる」
お侍さんは、幼い兄弟の質問に頷きました。
「だが、下の名前が分からなければ、狐谷の誰かが分からぬ」
兄弟は困りました。がいこつは“こたに”としか言っていません。
「そこの山で、がいこつがこたに様というお侍を探しています」
小太郎は正直に言いました。
「がいこつが? それは面白い。では、戻ったら狐谷の誰ぞに伝えておこう」
兄弟がきちんと頭を下げてお礼を言ったので、お侍さんは二人を褒めて帰りました。
それから三日が過ぎて、一人の年老いたお侍が村へとやってきました。
「拙者を探している小僧がいると聞いたのだが」
お侍さんが誰を探しているのか、村の人はすぐにわかりました。誰もが兄弟が誰かを探して声をかけている事を知っていたのです。
兄弟を探し当てた狐谷というお侍は鎧を着ていました。刀を腰に提げて、大きな槍も担いでいます。
「小僧どもか。そのがいこつを見たのは」
白いひげを生やしたお侍さんに兄弟はびっくりしましたが、なんとか“おとの山”にいるがいこつが、こたにというお侍を探していると伝えることができました。
がいこつがいる山の場所を知って、狐谷というお侍は大きく頷きます。
「わしの若い頃に、あの山の向こう側でいくさがあった。その時に、家宝の刀で仕留めた敵がおったが、わしを恨んで化けて出たか」
お侍は、化け物退治をするつもりのようです。
「他の敵がいたせいで、刀を敵に持って行かれてしまったが、それを取り返してみせようではないか」
兄弟は、がいこつがお侍と戦いたいと思っているのかわかりませんでしたが、頼まれて案内をすることにしました。
幼い兄弟でも登れるほど、“おとの山”は低い山です。
山道もさほど険しいというわけでもありませんが、お年寄りのお侍さんは、村で走り回っている兄弟よりも早く疲れてしましました。
「ふぅ、ふぅ。拙者もずいぶんと歳をとってしまった」
狐谷というお侍は、疲れても諦めません。
「拙者がいくさの決着をつけるのだ」
ゆっくり歩き始めたお侍を、兄弟は二人で後ろから支えて歩きます。
「小僧たち、ありがとうよ。拙者がちゃあんと化け物を始末してくれよう」
てっぺんをとうに過ぎて傾いた、太陽に照らされた明るい山道をゆっくりと登りながら、お侍は首を傾げて白いひげを撫でました。
「年はとりたくないのう。名乗りをしたはずだが、相手の名前をすっかり忘れてしまった」
憎い敵ながらそこは申し訳ない、とお侍は言いました。
「がいこつに聞けば良いよ。大次郎はがいこつの話がわかるから」
「そうか。聞けば良いのだな。では、頼もうか。化け物と話ができるとは、大した弟だな」
褒められて、大次郎は恥ずかしくなりましたが、小太郎は自慢げに頷きました。
そんな話をしながら山道を上って、山頂に付いた頃には、すっかり夕方の朱い光があたりを染めていました。
「いた。あのがいこつだよ」
小太郎が指差した先には、前に兄弟が見た通りに、がいこつが座っていました。
がいこつの胸には、これもまた同じように刀が刺さっており、刀が揺れるたびにかちゃん、かちゃんと音が響いてきます。
「間違いない、あの刀は我が家に伝わる家宝だ」
お侍は興奮して、のしのしとがいこつへと近付きました。
「やあやあ、化けて出たか何某よ。お前の胸に刺さるその刀の持ち主の狐谷円之助である。忘れては居らぬだろうが、まさか骨になるまで拙者を恨んでおるとは」
がいこつはお侍を見上げて顎をカチカチと鳴らしましたが、お侍はがいこつの言葉がわかりません。
「貴様が何を言うておるか、皆目わからぬ」
困っているお侍の横に、兄弟が追いついてきました。
「このがいこつは、自分が“あきづきかじゅうろう”と言ってます」
大次郎ががいこつの言葉を伝えると、お侍は手を打って「思い出した!」と言いました。
「左様か。秋月嘉十郎と名乗られたな。では……」
お侍が槍を構えようとすると、がいこつは胸の刀を抜きました。
近くにいた兄弟はびっくりしましたが、がいこつは刀を振り回したりはしません。ちゃんと刃を自分に向けて、横にしてお侍に差し出しました。
「なんのつもりであろう?」
お侍が聞くと、がいこつはカタカタと顎を揺らしました。
「長く預かっていた刀をお返しします、と言っています」
大次郎が訳した言葉に、お侍はびっくりしました。
「いくさの混乱で、このように良い刀を持ってきてしまって申し訳ない」
続けて訳されたがいこつの言葉に、お侍は思わず槍を落としました。
お侍の狐谷は、がいこつがいくさの続きをするつもりだと思い込んでいたのです。
震える手で刀をしっかりと受け取ると、がいこつは満足げに頷いて、顎を揺らしました。
「敗けてしまったが、良いいくさだった。こんな立派な刀で死ねたのも本望だったが、返せぬうちには成仏もできぬ」
大次郎が伝えた言葉に、お侍は泣きながら頭を下げました。
とうの昔に終わってしまったはずのいくさを、みっともなく引き摺っていたのは自分の方だったと、がいこつに謝りました。恨んで化けたのだと疑ってしまったと詫びました。
がいこつは、泣いているお侍の肩を一度だけ叩くと、そのまま崩れてただの骨になりました。
「小僧たち。いや、小太郎と大次郎……ありがとう」
お侍は兄弟にお礼を言うと、散らばった骨を拾い集めました。
小太郎と大次郎も、手伝います。
「何十年も、ここで我が家の家宝を大事に守っていてくれたのだな」
お侍は、また泣きました。
今度はお礼を言いながら泣きました。
山を下りて、お侍は兄弟とおばあさんにお礼を言って帰りました。
家宝を取り戻したお侍は、がいこつを恩人として丁寧に弔い、兄弟にも毎年美味しいお菓子を送るようになり、おばあさんもお菓子が来るたびに兄弟に「良い事をしたね」と言って褒めてくれます。
兄弟はもう、がいこつにもお化けにも会う事はありませんでしたが、誰かの為に一生懸命になれる立派な大人に成長しました。
がいこつがいた“おとの山”のお社も、兄弟が交代で通い、しっかりと守っています。そのうちまた困っているお化けが来たら、力になるために。
お読みいただきましてありがとうございます。
お侍の名前「狐谷円之助」は、「狐谷まどか」様より許可をいただいて使わせていただきました。急な打診に快く応じていただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。