ヒロアキ
救世主扱いされてしまった僕は戸惑いながらも、心の底にある何かを変えたいとも思い、行政隊と協力することにした。
落下した時のショックなのか、自分の名前を思い出せない僕だったが……
マンホール国家
3 ヒロアキ
あれからいろいろなことについて説明を受けた。この世界のことも、さっきより詳しく教えてもらった。このあたりの状況や、起きていること。また、この行政隊で行っている活動や決まりなどを教えてもらった。内容は日本の自衛隊みたいな感じだった。
「ここまで理解できますか?」
「ああ、はい。日本の自衛隊に近い感じなので」
「ニホン・・・・・・?」
「僕の住んでいた国です。」
そうか、地下じゃ日本なんて知らないんだよね。着ている軍服も、自衛隊とはまた形が違うし。いろんな国の軍服を見てきたけど似たものが無い。全く斬新なデザインだ。ポケットなんてないし、身体に割とフィットするような形で、すごくかっこいい。未来的な感じだなあ。
実を言うと、僕は……かなりの軍隊オタクだったりする。あちこちの基地とかこっそり見たり、一日自衛隊学校の体験なんかもしたことがあったりして。でも僕は小柄で貧弱だから、……いや、また他の機会にそれは話そう。
行政隊の基地は、こっちに落ちてきた時に見かけた大きなドームみたいな建物を小さくしたようなものだった。内側からだと外が見える。前にテレビで見たミラー型窓ってやつなんだろうか。そこから覗く外の街並みは東京とは違った。東京というより・・・地表とは全く違った。何もかもが地表を超越しているんだ。
何より驚いたのは、ここには空が無いこと。地下だからそりゃ当たり前なはずなんだけども、明るいんだ。太陽みたいな大きな火の玉がこのレドニューの上空に浮いている。聞いた話だと、あれは人工太陽らしく夜の時間になると自然に暗くなるそうだ。日本じゃ人工の太陽光はできても太陽まではつくれていない。こっちの方が文明が発達しているのが街を見てすぐに分かった。
「そういえば、ここって支部なんですよね、行政隊の」
「ええ、そうですよ。ここからギリギリ見えるあれが本部です」
やっぱりあの建物が本部だったんだ。それにしてもかなり離れているはずなのに大きく見える。本部では国会やら行政やらが行われているらしいので、日本でいう国会議事堂みたいなものなのかな。こちらからは鏡になっていて中まで覗くことはできない。
「・・・つい最近まではティネーロも国政が落ち着いていて平和だったんですけどね。」
「最近まで?」
つい最近になって、行政隊のトップが変わったらしい。人間が変わったのではなく、人格が変わってしまったのだそうだ。数年前まではとても国民思いで軍事まで率先して自分から行動していたそうだが、近頃は何もかもなげやりになってしまったらしい。
「日本も総理大臣がころころ変わったりして凄く不安定ですよ」
「ソウリダイジン…ってこっちでいう行政隊長ですか?」
「そうです。行政のトップです…よッ!?」
ドグワシャアアアン!
外から大きな音がした。すると、基地中にサイレンが鳴り響いた。赤く光るサイレンがあちこちで声を上げる。バタバタと足音が聞こえる。
「あ、えっと、どうしよう、緊急出動要請が…」
「一体何が!?」
「多分また暴動だと思います…じゃああなたは基地内で待機していらっしゃってください。まず中まで入っては来ないので。」
そう言って彼女はバタバタと走り去ってしまった。暴動…かあ。この前学校で政治の授業を少しやったけどあれか、革命みたいに暴動が起こってるのだろうか。国のトップが揺らぐと国も揺らいでしまうから。
サイレンが鳴り響く中、僕は一人通路につっ立っていた。僕には何ができるのだろう。救世主、なんて言われたけど結局僕は何をすればいいのかさえ分かってない。多分実戦なんてなったら邪魔になるし…なあ。
ああ、だめだ、そんな風に思ったら。僕だってきっと何か出来る。出来るはずだ。何の役に立てないかもしれないけど、とりあえず行ってみるだけ行ってみよう。
僕は遠ざかる足音を頼りに外へと出た。外に出れば、建物の窓は全てシャッターが閉まっていた。さっき外を見た時は洗濯ものまで干されていたのに全て塞がれている。わあわあと騒ぐ声の先には大きな人の群れができていた。
「暴動はやめなさい!今すぐ退去せよ!!」
「うるせェ!!こんな世の中でやってられっかよ!」
「行政隊なんか潰せ!!」
こういう風景ニュースで見たことあるぞ…デモだ。まだそこまでエスカレートしていない感じだから、もう少し近くまで見に行ってみようかな。ああ、行政隊員が盾を使って抑制してる!本当にあんな風にするんだなあ。デモ集団の人たちを見ると、ごく普通の人達ばかりでやっぱり困るのは国民なのだなあと改めて分かった。女の人も、お年寄りもみんな……
と見ていたら。
「!!!」
僕は目を見張った。おかしい、きっと見間違いに違いない。目をこすってもう一度見た。しかし、見たものは何一つ変わらなかった。
「…ヒロアキくん!?」
そうだ、あれはヒロアキくんだ!何でだ!?ヒロアキくんというのは僕のクラスメイトで、凄く真面目なクラス委員だ。いつも本を読んでいてとても温厚であまり怒ったりしない人なんだ。なのに、このデモの最前線で行政隊と小競り合いをしている。持っているパイプで行政隊員を殴ったりしている…!嘘だろう!?
「ヒロアキくん!!何やってるんだよ!!」
叫んだらヒロアキくんはこっちを向いた。表情がものすごく怖い。目の色は変わり、少し血走っていた。いつもにっこりとしている彼とは全く別人だった。
「お前も行政隊か!!行政隊は消えてしまえ!!」
「な、何でだよヒロアキくん!僕だよ!」
「お前のことなんか知るか!!ぶっ殺してやる!くたばれ!」
ヒロアキくんは僕に向かって何かものを投げてきた。危ない!と叫ばれたが僕は動くことができなくて思い切り頭に衝突した。ぐらりと地面が揺れる。ものが当たった部分に手を当てると……血が。さっきから頭ぶつかってばっかり…だ………なあ…………
情けないことに、僕はまた意識を手放してしまった。暗闇の中でふわふわと体が浮くような、何とも不思議な感覚の夢を見た。正確には夢ではないのかもしれないが。あれは完全に僕の失敗だった。素直に従っていればよかったと今更ながら後悔した。
あれからしばらくふわふわとしていた意識は、だんだんと光の方へと近づいて行った。黒から、白へ変わる……
「…はっ!!?」
ここは…どこだろう。……白い天井。どうやら行政隊基地ではなさそうだった。真っ白いシーツ、消毒液の臭い。最初にレドニューに来た時と同じ感じだ。でも、違っていた。
「…空…だ」
窓から日の光が差し込む。見える景色は、空。あれ?僕は確かにレドニューにいたはずなのに。空が…見える。街並みも、僕の住む街。僕の通う高校まで見える。……戻ってきた、のか?それとも…夢だったのか?
呆けていると、隣のベッドに座っていたおじさんが声をかけてきた。
「おっ、兄ちゃん起きたか!大変だったなあお前さん、マンホールに落ちたんだって?」
「え、」
マンホールに…落ちた。やっぱり現実だったんだ。僕、あの日マンホールに落ちたんだ。あの日は確か…
「7月16日……」
「はあ?」
「おじさん!今何月何日!?」
おじさんはんー…と枕元に置いてあったカレンダーを見た。カレンダーは7月。おじさんは指を指して笑った。
「お前さんが運ばれて3日経ったから…7月19日だな!」
あれから…3日…!?僕がレドニューで眠っていたのも…3日間。すると、ふと頭の中に沢山のことが過った。
レドニューという場所は“地表の僕たちが生活する世界と時間を共有している地下の世界”…レビルさんの「レドニューが崩れることで君の住む世界も大変なことになってしまうかもしれない」という言葉…レドニューにヒロアキくんであってヒロアキくんでない謎の人物がいたこと。
訳が分からなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになった。この僕が住む世界と、レドニューとでは時間が一緒…で、あっちにもこっちの世界と同じ人物がいる…でも、同じじゃない。性格はまるで正反対だった。
とりあえず、学校に行ってみよう。ヒロアキくんに会おう。こっちにもいたならレドニューにいたのはニセモノってことになる。
「あ、ちょ、お前さん何やってんだ!」
「何って、学校に行くんです!!」
「でもお前さん3日間も寝てていきなり学校なんかお医者が許してくれんぜ!」
「だったら抜け出せばいい!そんなことは言っていられないんですよ!」
僕は窓を開けて病室から抜け出した。幸運なことに僕が入院していたのは入院病棟の一階だったらしい。パジャマのままで裸足だったが僕は必死に学校まで走った。病院から学校までそんなに遠くない。今までにないぐらい本気で走った。いつも通りの教室。みんなワイワイ騒いでいるところに僕は飛びこんだ。
「ヒロアキくん……い…るか…!?はあ…はあ…」
「え!?」
「お前、入院してるんじゃ…」
「いいから!ヒロアキくんはどこだよ!!」
いつも大人しい僕が大声を張り上げているためか、みんな困惑の顔で僕を見つめる。肝心のヒロアキくんは、いつも通り本を読んでいたらしく本を持ったままぽかんと僕のことを見ていた。
「ヒロアキくん!」
「ど、どうしたんだよ…タカシ……」
タカシ、……僕の名前だ。タカシ。ずっと忘れていたのを思い出した。ああ、目の前にいるヒロアキくんは何一つ変わらない優しいままだった。やっぱりレドニューで見たのはヒロアキくんではなかったんだ。
少し安堵の気持ちになったらがくん、と膝から崩れた。3日間も寝たままだったし、やっぱりマンホールに落ちた身体でこんなに走り回ったので負担が大きかった。息が上がる、目が回る。だんだんと視界の端が白くなってくる。また、意識が飛ぶ…
ヒロアキくんは僕の様子を見て驚いて本を落とし僕の肩を掴んだ。薄れゆく意識の中、いつもカバーがかかっていて内容なんて知らなかったヒロアキくんの本の中が見えた。挿絵だ―――――
最後に見えたヒロアキくんの挿絵に、僕の目は一瞬大きく見開いて、そしてそのまま瞼は重力に逆らうことなくゆっくりと閉じていったのだった。
ネーミングセンスがないのバレバレですね。