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白雪の桜  作者: 鷹真
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さよなら

 あの場所へ行けば、全てが分かる―――。確信まではいかないが、そう感じる。

 人を拒絶するかのような真っ黒な森、忌の森の立ち入り禁止の柵を越えて進むにつれて、確信していく。

 はぁ。

 まだ日が落ちるには、時間があると思っていたが森の中は真っ暗だな。懐中電灯の明かりでは、少し心もとない。

 俺は、後ろを振り返る。ハルの手を取り、気遣うように歩く雪也と足元に視線を落として、必死に歩くハルを確認してから、気を取り直す。

「気をつけろよ。歩きにくい。」

 大丈夫。と言う雪也の返事が聞こえる。ハルは、歩くのに必死だ。

 何もこんな暗くなってから来るところではないのだけど、もう時間がない―――。

 俺は何を焦っているのだろう?これは、俺の意思なのだろうか?


 トクン・・。

 行きたくない。これ以上、奥に進んでしまうと・・。

 トクン・・。

 失いたくない。・・・けれど。

 トクン。

 終わりが近い。

 心が揺れる。引きとめたい想いと、見届けてやりたい想いと・・・。

 そして、終わりにしなければ、限界が来ている。これが最後の、・・・見守ってやれる最後の。

 トクン。

 心が揺れる。

 それでも、苔に覆われた大地を踏みしめて、一歩一歩進んで行く。森の奥へ、忌の森・・・いや、鬼の森の奥へと。

 背後から、ハルが驚きの声を上げる。

「あ・・。」

 鬱蒼と生い茂る木々の合間にある、開けた空間。斑に生えた雑草と、季節外れの満開のヤマザクラ。

「ココにいるよ。」

 俺の戸惑いを無視して、言葉が勝手に出てくる。俺は、何を言っているのだろうか。何がいるんだ・・・ココに。

「ハル。お前の兄は、お前を裏切ってなんかいないよ。一人ぼっちになんかしたくなかったんだよ。」

 ハルが俺を見てから、ゆっくりと雪也に顔を向ける。

「に・・、兄さん・・・。」

 必死に涙を堪えているが、ハルの声は震えていた。

 ハルが探していた兄は、雪也・・・なのか?雪也に兄弟がいたのか?それなら、なぜ今まで黙っていたんだ?

様々な疑問が頭の中で渦を巻いて、グルグルと廻って混乱する。しかし、一方では理解している。

 俺は、誰だ―――。

 ああ、頭が痛い。体が、痛い。

 目の前が一瞬、暗くなって強い衝撃が体を突き抜ける。体から、何かが引き剥がされる様な、抜け出る様な・・・。

「うっ・・。あ、ああ・・・。」

 刹那、明るく眩しい光が、辺りを包み込んだ。温かく、柔らかい光が。

 そっと目を開けると、朧げに光る大男と着物らしきモノを纏った女がサクラの傍に立っていた。大男の髪の色と眼の色が・・・。


 ヤマザクラが咲いている。満開の花。

「ココにいるよ。」

 蒼がサクラに目を向けながら、背後を振り返らずに言った。

 ソレは、雪也に言ったのだろう。それから、蒼はゆっくりと言葉を続ける。

「ハル。お前の兄は、お前を裏切ってなんかいないよ。一人ぼっちになんかしたくなかったんだよ。」

 僕は、思い出した。僕は、何度目かの兄の生まれ変わりを探していたんだ。それから、兄さんが探していたもの・・・・。

 僕は、両手をギュッと握って、出てこようとする涙を堪えた。とっくに見つけていたんだ、僕は。

「に・・兄さん・・・。」

 我慢しているはずが、声が震えてしまった。それでも、涙は堪えた。

 僕が見上げると、雪也は泣きそうな顔で目を細め、ゆっくりとほほ笑んだ。

 僕が見つけたと言うことは、時間がない。

「うっ・・。ああ・・・。」

 蒼の呻く声が聞こえて、それから眩しい光に思わず、目を閉じた。

 そっと目を開けると、ヤマザクラの傍に二人がいた。

 その大きな体躯、その大きな手、そしてグレーの髪と目。

「ハル・・・。もう十分に苦しんだ。もう、悲しまないでいいよ。」

 大きな手が、僕の頭をやさしく撫でる。知っている。僕は、この手を知っている。兄と僕を見守ってくれた、この大きな手。―――鬼。

 急に視界が悪くなった。・・・折角、我慢していたのに。もう流れてるのを止めることが出来ない。

 うつむく僕の頬に、そっと手が触れて涙を拭ってくれた。顔を上げて、手を辿っていくと雪也が、兄がいた。そして、もう一方の頬を別の手が触れた。

「ハル・・・。」

 見なくても分かる。あの人だ。僕が、殺した。

 見ることが出来ないでいると、その人がそっと僕を抱え込んだ。

「ハル。私は、あなたの姉なのよ。・・・幼いあなたを守ってあげられなかった・・・。私は、あなたと兄様を探して、ココへ来たのよ。」

 ・・・姉さん・・・?僕を抱きしめる手が、ぎゅっと強くなる。

「あなたの傍で、見守りたかったの。」

「僕、・・・姉さんを殺して・・・・隠した・・・」

 ごめんなさい。兄さんを取られると思ってた・・・。一人ぼっちになりたくなかった、怖かった。

「ハル。これからは、ずっと一緒よ。」

 兄さんが、僕を抱えた姉さんごと抱きしめてきた。

「やっと揃ったね。生まれ変わりを繰り返しているうちに、見失ってしまっていたんだ。やっと、思い出せたよ。」

 そして、兄は呆然と僕たちを見つめている蒼に向き直って、話し始めた。僕らの事を、遠い昔の事を。


 雪也は、前世の記憶を持ったまま生まれ変わりを繰り返してきた。そして、ハルは、実姉を殺してしまった時のまま、何百年と生き続けている。

 俺は・・・、俺の中にいたのは、雪也達を見守ってくれていた鬼だった。だから、雪也はいつも傍に居てくれたのか・・・。

 誰に嫌われても、疎まれても構わないと思っていた。一人でも生きていける。でも、思い返せば、いつでも雪也が近くにいた。

「蒼、お前の中に鬼がいたから、一緒にいたんじゃないんだ。逆なんだよ。」

「ユキ?逆?」

 雪也は、心を読んだかというようなタイミングで俺にまつわる話を切り出した。

「俺達は、生まれた頃から一緒だったんだ。誕生日も二日違いだし、生まれた病院も一緒だった。しかも元々近所に住んでたんだよ。この森のある、この町で・・。あの頃も今みたいに、いつも一緒にいたんだ。」

 雪也は、懐かしむような表情をして、不意に目を伏せた。

「五才の頃、俺が皆の静止を聞かないで森に入った。そして、迷子になった。気が付くと真っ暗になってたし、木ばっかりで方向も場所もまったくわかんなくて。そん時、俺は父でも母でもなく、お前を呼んだんだ。蒼、助けてって。」

 ―――ソウ・・タスケテ―――

 その時の声が、蘇ったかの様に聞こえた。俺は、雪也の声を確かに聞いた。その声を辿って、助けなきゃって思った。ただソレだけ。

 ―――ユキヲタスケナキャ―――

「わんわん泣いてたら、蒼の声が聞こえたんだよ。ユキって。呼ばれたの。

 お前、俺の手を取って、帰ろう。って言ったんだ。」

 その場所が、ココ、今居るこの場所だった。そして、サクラから声が聞こえた。

「蒼、今までありがとう。」

 なんだ?その最後の別れのような言葉は・・・。何言って・・。

 俺が言うのを雪也の言葉が遮る。

「俺、何度も生まれ変わって、十八で死ぬんだ。そういう運命?っての。

 でも、今回でその運命も終わり。ハルも一緒に。」

 そう言って、ハルと妹の肩を抱き寄せる。

 突然、強い風が吹いて来て、俺の視界を塞いでしまった。最後に聞こえたのは、

 ―――蒼、次に出会ったら老後まで一緒に居ような・・・。

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