ヤンデレな彼氏
精神的に病んでいる時の洸祈は、かなりめんどくさい。
それはもう、色々と。
「陽季、女の子になって」
「は?」
「大丈夫。準備なら俺がしてきた」
でかいボストンバックから黒のロングヘアーを取り出す様は猟奇殺人のあとみたいだ。
「大丈夫じゃなくて、何で俺が女装しなくちゃいけないの?」
「ハルコちゃんになって」
答えになってない。
俺の借りている部屋に連れてきた伊予柑の尻尾を腰に巻いた洸祈は、伊予柑の背中を撫でながらコロコロと喉を鳴らしている。
部屋はペット禁止だが、伊予柑は魔獣だから「平気平気、大丈夫だって」などと軽かった。まぁ、伊予柑が気配もなく消えたり出たりしてるとこは見たことがあるから多目に考えておく。
にしても、どっちが犬だか。
「純白ワンピも用意したし」
「ワンピ?……って、純白ハッピ?」
祭りのアレか?
「違う!」
益々むっつりして飛び起きると、バックから純白のワンピースを……ワンピース?……ワンピ?
「ワンピースの略?」
「そうに決まってんじゃん!」
とか言われても……。
洸祈は俺に“ワンピ”を押し付け、伊予柑の腹の毛を掻き分けて潜っていった。くわりと大きく欠伸をした伊予柑は下半身をもぞもぞさせて自分の腹の下に入ろうとする洸祈を見ると、一度高く前肢を上げてから、洸祈の体に被さる。
「ぐえっ」
色気のない喘ぎだ。
「い、伊予……くる……くるじいぃぃ」
ぱたぱたと両手が伊予柑の下からはみ出ている。
あーあ。
「洸祈、俺の手に掴まって」
手を差し出せば、直ぐ様洸祈は俺の手を掴む。それと同時に伊予柑に睨まれる俺。
デリケートな女性に破廉恥なことをする洸祈が悪いが、洸祈を窒息死させるわけにもいかない。
頭を下げて謝ってから、洸祈を引っ張り出した。
「伊予の馬鹿ぁああ!」
洸祈は喚きながら俺に抱き着く。
「陽季、陽季、伊予の代わりに抱っこぉおお!!」
反省の色のない洸祈をべちっと頭をはたいてから、煩くなりそうな彼の背中を擦って抱き締めておいた。
「うう……陽季ぃ」
あ……寝そうだ。
「眠い?」
「眠くないし……ハルコちゃん……」
俺の首筋に鼻を付け、前歯が肩口に触れる。
はむはむ。
「陽季……明日、買い物したい」
「何買いたいの?」
「陽季のたんじょーび。何がいいかな。だから、ハルコちゃんになって」
「は?」
意味分からん。
「ハルコちゃんとなら買い物してても変じゃないし……」
バカップルごっこ?
はむはむはむはむ。
洸祈は俺の肩から腕を唇に挟む。一通り食んだ後、伊予柑に凭れた。
また潰されたいのかと思えば、洸祈が伊予柑の下顎を掻いているので、彼女は気持ち良さそうにしている。
「榎楠の駅前ビルの最上階にあるカフェ、恋人同士専用の個室あるんだよね……景色良さそうなんだ」
「だから男女で行きたいわけ?」
「うん」
男男だと恋人同士とは到底思われないし、無理矢理認めさせても、あとが気まずい。
だけどさ、“ハルコちゃん”はもう封印したんだけど。
見知らぬ男に靡く浮気者にお色気胸作戦を実行するためとは言え、俺は恥もなく女装を……黒歴史だ。
ハルコだったとは言え、洸祈に脱がされそうになったのも黒歴史だ。
「……俺は女装はもう……」
「もう……駄目なの?カフェも……手繋いでデートも……駄目なの?」
うるうるした瞳。
「…………だけど…………」
男女にならないと恋人同士にはなれないのか。
「俺、陽季と一緒に行きたいよ……でも、陽季とは行けないし、ダメだよ。皆に迷惑掛けたくない」
「そうだね……」
ごめんね、洸祈。俺が男で。
いや、特に女にトラウマがある洸祈は……それでも、洸祈にはまだ別の人生を歩む機会が会ったのかも知れない。
「あ……陽季、気ぃ悪くした?」
うるうるを止めて、俺を窺うように見上げてくる洸祈。
「ううん。洸祈、ハルコになるよ」
もう戻れない。戻りたくない。
なかったことにはしない。
もしもは考えない。
「一緒に行きたいとこ行こう。だから、行きたいとこは俺に遠慮せずに言えよ」
「本当に?」
手を床に付き、上体を起こした洸祈は顔を近付けて来る。
肩から背中がしなやかに歪んでいる。
「洸祈、最近……」
エロい。艶かしい。
「最近?」
「っと……いや、他にも行きたいとこあるか?」
「榎楠通りのカフェ!榎楠ウエディング!」
「カフェとウエディングか…………………………ウエディング?」
ウエディングってあのウエディングだよな?
「ウエディングドレス着て!」
「……………………………………却下」
「陽季の馬鹿野郎!!!!」
「げふっ!」
滑稽だが、何故か俺が洸祈に平手打ちされた。
洸祈は頬を膨らませて伊予柑の注意を彼女の背を叩いて俺に向ける。
「伊予!嘘つき野郎を食べるんだ!!」
がぶりと、
洸祈の腕が食われた。
「ホントにいい景色だな」
「いい眺め……」
「偽だぞ、馬鹿」
「うわ、馬鹿馬鹿言うな!」
大窓を目の前に、俺達は肩を並べていた。
俺は東京の夜景を。
洸祈は俺の胸元を。
「はいはい。てか、本当に綺麗な夜景だな」
洸祈の言うカフェは夜景が評判らしく、実際に夜の7時から予約を入れれば、榎楠の街が美しく光っていた。
4時頃に駅前広場で待ち合わせをし、俺達は駅前ビルや地下街でショッピングを楽しんだ。そして、洸祈が普段入りづらい女心擽る店に、俺が引き連れるようにして入った。殆ど琉雨ちゃん用に大量買いし、万札を惜し気もなく豪快に使っていた。
洸祈のところは依頼1回の収入が俺達より桁から違ったり。
マル秘事項だ。
「うん。…………キス……したい」
いいよ。と返す前に洸祈が口付けしてくる。
ウェイターがチーズケーキとコーヒーを運んでくるまで俺達は触れるだけのキスをしていた。
「でもさ、ワンピースに女物のファー付きコートも着て、化粧もして、リップとかアイラインとか……」
「案外詳しいんだね、洸祈は私のこと」
「私!?酔ってるよね!?酔ってる!」
「コーヒーに酔うわけないじゃん」
ばしっとハルコちゃんが俺を叩く。
「ははは、ははハルコ……ちゃん……」
「ん?何?私の胸?いいよ。触る?」
「…………偽じゃん」
「何かムカつくこと言った?あ、洸祈は女子に最低なこと言わない紳士だよね?」
その前に、ハルコちゃんは男子でしょ。
とはハルコちゃんには言わない方がいいみたいだ。
「紳士紳士。紳士は女性の胸にはむやみやたらには触らないよ」
「えー、洸祈って超紳士じゃん」
「あ……ありがと」
「どーいたしまして」
唇、首、手。
ハルコは俺に口紅色のキスマークを残して満足げ。俺の肩に頭を乗せて絶景を見詰めている。
「今日はありがと…………ハッピーバースデー、陽季」
ハルコちゃんもハッピーバースデー。
「ありがとうな、洸祈。愛してる」
ハルコちゃんの――陽季の手が俺の頭をごしごしと掻き回した。
ホントに最高だな。
やっぱり俺は陽季の腕の中が好きだ。
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