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信長飛翔伝その2

 不動丸と金剛丸の2隻のガレオン船は、海岸に近づいてくる。

 遠浅の海岸である。船から身軽な兵装の者たちが海に飛び込んでいき、そのまま海岸線を目指した。

 上陸しようとしているのか? スルタン・クダラットは遠眼鏡で上陸部隊を観察した。

 スペイン兵ではない? 東洋人だ。明国人? ブルネイ?

 倭寇か? この地に攻め寄せてきたか?

 小早船を出してきた。これに武器を載せているようだ。上陸に際して手際が良い。

 何者だ?

 おかしなこともある。

 攻撃に際して、この宮殿に対して大砲を射掛けて来ない。積極的に攻めこむ気が無いようにもみえる。

 彼らは見る間に、海岸線にたどり着き、小早船の中から武器を取り出して備える。

 鉄砲? 奴らは鉄砲を持っている。

 鉄砲の放たれる大きな音がする。こわごわと取り囲んでいたトンドの人々は思わず後ずさりを始めた。上陸したのは100名ほどのようだ。

「スルタン・クダラット。いかがなさる?」

 大臣のシャリフがスルタンの命令を聞きに来た。

「軍隊を出せ。みずから検分する」


 足軽兵の上陸を確認した不動丸と金剛丸は、船首に白い旗を掲げて遊弋に戻った。

 もう、砲撃はない。

 上陸した足軽兵は、蜂須賀正勝を総大将として海岸線に橋頭堡を築いた。

 トンドの兵がこわごわと近づいてきた。

「蜂須賀様、ここが肝心でござります。彼らを傷つけぬように足元を狙って、彼らを下がらせて下さい」

 助佐は、蜂須賀正勝に段取りを伝える。

「承知。誰も、傷つけてはならぬぞ。足元を狙え」

 槍しか持たないトンド兵はへっぴり腰で近づいてくる。

「放て!」

 30丁の種子島が鉛玉を撃ち出す。鉛玉はトンド兵の足元をかすめて砂浜に突き刺さった。

「放て!」

 次の列の鉄砲足軽が前に出て構えていた。また30丁の種子島が火を噴く。

 その間に、最初の列の鉄砲隊は弾を入れ替える。

 30丁づつの鉄砲の3段撃ちである。

 トンド兵は遠巻きに包囲する以外に無くなった。

 しばらく、睨み合いが続く。

 スルタン・クダラットの一行がやって来た。

「お前たちは、何者だ。明国人か? 倭寇か?」

「長定様、あれがこのトンドの王。スルタン・クダラット様でございまする」

「スルタン・クダラットとな」

「はい。彼を味方につけることこそ今回の目的……」

「あいわかった」

 森長定と助佐は、橋頭堡から出て大きな声で名乗りを上げる。

「我らは、明国人でも、倭寇でもあらず。我らは、日本の侍にござる」

 助佐が長定の口上を、翻訳する。

「日本の侍とな?」

 スルタン・クダラットは、日本の侍が上陸したことに衝撃を受けた。

 侍ということは、日本の正規軍だ。

 そして、性能の良い火縄銃を持っているようである。

 スルタン・クダラットは、慎重になった。双方怪我人でも出せば大変なことになる。

「シャリフ。兵を引くのだ」

「スルタン・クダラット。大丈夫か?」

「ともかく、兵を引け」

「はい」

 トンド兵は、橋頭堡の囲みを解いた。


 一方、信長艦隊の本隊。

 既に澳門の沖合3kmに迫っていた。

 光悦らの乱波部隊が小早を漕ぎだしていく。

 仏狼機砲の射撃点を指示するためだ。

 フェルディナンド・フェレイラらのポルトガル船は先行して澳門の港に入っていった。

 かねてからの打ち合わせ通り、緑色の布の着用を現地のポルトガル人たちに徹底させる為だった。

 フェレイラが見る限り、日本の侍たちの攻撃は凄まじい。敵と認識された場合は確実に殺されてしまう。

 殺されないためにも、敵味方識別は確実に行う必要がある。

 敵に回した時、日本の侍ほど恐ろしい者はいない。

 秀吉は、鄭和の巨船『弥勒』に移っている。ここからさきは黒田官兵衛と共同で指揮を取っていく。

 ワン・ローらは、澳門の側面に遠浅の浜が広がっているのを発見した。そこから上陸すれば、水に濡れずに済む。

 上陸した光悦らは、一目散に『ギア』の要塞を目指す。ここでは、東洋系の顔はあまり珍しくない。明国人たちも多く居住しているからである。

 しかし、日本人のまげは少し目立った。

 光悦らが『ギア』に急いでいると、スペイン人のパトロール隊と鉢合わせしてしまった。

「怪しき奴、何者じゃ」

 隊長とおぼしき者がスペイン語で誰何すいかしてくる。

 光悦が部下に目配せすると、部下たちは一斉にスペイン兵に襲いかかった。

 乱波の武具は、小刀だけである。重い武器を担いでいると乱波としての素早さが消えてしまう。

 素早くスペイン兵の後ろへ回り込み小刀で首を切り裂く。

 確実な殺害方法だ。

 10名ほどのスペイン兵が地面に転がった。

「いくぞ」

 光悦らは、先を急ぐ。

 『弥勒』、『普賢』、『文殊』らの鄭和の巨船からは、秀吉率いる足軽兵が上陸を始めた。

 最初に、槍足軽が上陸し橋頭堡を築く。

 3隻から1600名の足軽を降ろすだけでも結構時間がかかる。

 久々の土の感触。とはいえ、ここにいたるまでにだいぶ戦ってきている。

 足軽たちの気力は十分だった。

 『ギア』の要塞から、オレンジ色の狼煙が昇り始めた。

「始まりおるぞ」

 秀吉は、黒田官兵衛に話しかけた。

 九鬼のガレオン船艦隊の最上甲板に上げられている仏狼機砲が、照準をあわせている。

「上様。この間に少しでも進みましょうぞ」

「うむ」

 上陸部隊は、槍足軽を先頭に丘を登り始める。

 オレンジ色狼煙に気付いたか、沖合の信長艦隊に気付いたか、『ギア』の要塞より大砲が放たれる。

「始まりおったか」

 秀吉は、独りごちた。

 『ギア』からの大砲は射程が届かない。はるか手前に落ちて大きな水柱を上げた。

 やがて、信長艦隊から仏狼機砲の一斉射撃が始まった。

 こちらは、焙烙弾(焼夷弾)である。射程も長い。

 たちまち、『ギア』の要塞を火の海に包んだ。

 『ギア』からも撃ち返すが、相変わらず射程が短い。

 信長艦隊のの1隻が5~6発も撃つと『ギア』付近に大火災が発生した。

 『モンテ』の要塞も同様なことになっている。

 やがて、信長艦隊は、澳門の港に対して突進を始めた。

「それ、我々も右府様たちに負けるな」

 秀吉は、足軽たちを鼓舞しながら、丘を昇る。

「秀吉様!」

 先行していたフェレイラたちである。

「ご案内申しあげます」

「かたじけない。して、『ギア』の敵はいかほどか?」

「大した数ではござらぬかった。300ほどもいようか」

「300とな。張りあいがないの」

「火縄銃をもってござる」

「それも、憂いじゃ。こちらの方が優秀」

 日本兵は狭い路地を駆け上がっていく。途中に南蛮人たちが遠巻きに様子を眺めているがそれぞれに緑色の布を肩から掛けている。

 彼らはポルトガル人だ。かねてからの打ち合わせ通り無視して走り抜ける。

 港へ突っ込んできた信長艦隊は、今度は一斉に横に展開した。

「上様、爆裂弾が参りますぞ」

「うむ、皆の者。伏せよ。首を上げるでないぞ」

 横に展開した、信長艦隊は140門のカルバリン砲をずらりと並べる。

 丘から見ている秀吉はゴクリと喉を鳴らした。

 『ギア』『モンテ』の要塞とも既に業火に包まれている。

 そこへ、カルバリン砲の一斉射撃が始まった。

 爆裂弾の威力は凄まじい。要塞の石垣が次々に飛ばされていく。

 このままでは、カルバリン砲だけで要塞が跡形もなくなりそうだ。

「右府様。我々にも獲物を残してもらわねば困りまするぞ」

 誰ともなしに秀吉がつぶやく。

 長い時間、斉射が続いたような気がした。そしてやっと終わった。

「鉄砲隊。ここで3段撃ちを組め」

 黒田官兵衛が命じる。

 スペイン兵は、要塞の銃眼から、散発的に火縄銃を撃ちこんでくる。

 散発的なので効果がない。竹束で十分防いでいた。

「槍隊は隊列を組み直せ」

 秀吉が、侍大将に命じた。

「よし、1番隊撃ち方始め」

 鉄砲隊の一斉射撃だ。しかも鉄砲の3段撃ち。スペイン人たちに鉄砲の使い方を教えてやろうという勢いだった。

「よし、こちらも突っ込むぞ」

 秀吉は、先にたって『モンテ』の要塞に突っ込んでいった。5列縦隊の槍隊が続く。

 爆裂弾により、要塞の門はほとんどが破壊されていた。無人の野を往く如くである。

 ところどころに隠れているスペイン兵がいた。西洋甲冑を着込んでいる。槍では突き通らない。秀吉は、弱点に気付いた。

 足だ。腰から下は甲冑の補強がされていない。

「腰から下を狙え!」

 スペイン人たちは、次々に降服した。

「なんじゃ。もう終わりじゃのう。つまらんのう。

 左馬助さめすけ。これを屋根のてっぺんに掛けてこい」

 秀吉は、従っている小姓の1人に織田木瓜もっこうの旗印を渡した。

 左馬助さめすけは後の加藤嘉明よしあきらである。

 後に、秀吉子飼いの武将の一人で、信長亡き後、織田軍団の支配権を巡る柴田勝家との決戦。賤ヶ岳の戦いで七本槍の一人となるが……

 この物語においては、そのような展開となるであろうか。

 信長は、くたばりそうにない。

 なにせ、この物語では信長が元気で聡明すぎるのである。まだまだ、死にそうにない。

 ともかく、澳門の戦いは勝利である。

 『モンテ』と『ギア』の要塞に織田木瓜の旗が掲げられていた。

 織田木瓜の横には、各ガレオン船の3の帆に描かれていた図柄の旗が翻っていた。

 そうか、あれは澳門の旗だったのか。秀吉はマカオのポルトガル人がこだわっていたものがわかったような気がした。

 スペインの旗は、除かれ燃やされている。

 スペイン兵を掃討する段階に入っていた。

 澳門の港では、船で逃げようとするスペイン人たちにポルトガル人たちがサーベルを翳していた。

 スペイン人たちの船はすべて拿捕する。

 『エイエイオー』

 どこからか、鬨のときのこえが響き始める。それに呼応してあちらこちらで鬨の声が轟く。

 澳門マカオは陥ちた。


 桟橋に停泊した大九鬼より、信長が降りてきた。

 西洋甲冑に黒マントの姿だった。まったく、この場に相応しい。見事な演出だ。

 ポルトガル人たちは、自分たちを解放したこの日本の王をひと目みようと集まってきていた。そして、西洋甲冑を身にまとった堂々たる姿に感動した。

 彼らは、我々をスペイン人の苛斂誅求かれんちゅうきゅうから助けるため遥か日本からやって来てくれたのだ。

 桟橋の一画にテントが設えてあった。

 その床几しょうぎにどっかりと腰を下ろす。

 前には、マカオの市長や、教会の司祭などがいるようだったが、信長はフェルディナンド・フェレイラに声を掛ける。

「『ふぇれいら』、約定通りマカオは返すぞ。後の事はおぬしらで決めるが良かろう」

 まただ。秀吉は思っていた。これでは、ポルトガル人の為に戦ったようなもの。

 そう言おうものなら『猿はこの地が欲しいのか』と来る。

 右府様の動きは奥が深い。組み合わさって全体として動くのだ。マカオもそのひとつなのだ。

 そう理解するしか無い。

 フェレイラから信長は税も取らぬ。マカオの独立を認めると聞いて、マカオの有力者たちはびっくりした。

 信長は支配者になるつもりは無いのだ。そんな欲のない王は聞いたことが無い。。

 しかし、これでマカオが救われたことは事実だった。

 あとは、大宴会となった。


 トンドに上陸した、助佐以下のマニラ攻略部隊は、無事にスルタン・クダラットと会見の場を設けるまでにこぎつけることが出来た。

 場所は、上陸した砂浜である。

 やはり、スルタン・クダラットは警戒している。王宮での会見という段取りにはならなかった。

 煌々と照らす篝火の中で会見が行われる。

「何。そうすると日本の侍は、スペイン人を追い出すためにこの地にやって来たと申されるのか?」

「そうです。われらの目的は、この地よりスペイン人を駆逐することです」

「しかし、スペイン人の力は強大じゃ。わしらも何度も追い出そうとしたが、きゃつらの火縄銃で追い返されてしもうた。それに、きゃつらは、海の向こうから兵隊をたくさん送り込んでくる」

「今のイントロムロスの中に兵隊は何名くらい、いるのですか?」

 納屋の助佐は、森長定の言葉を翻訳しているふりをしてさり気なくスルタン・クダラットに質問している。長定もそのあたりは心得たものである。

「もう、7000~8000になっておろう」

「7000~8000か。多いな」

 蜂須賀正勝がつぶやく。自分は120名の足軽しか率いてないのだ。まともならば勝負にならない。

 7000~8000という数は日本の戦国大名が率いる数に匹敵している。

 やはりこれは一筋縄ではいかぬ。右府様の本隊を待つしかない。

 しかし、右府様が率いる足軽を合わせても2000名足らず。

 数の比較では1対4。

 いくさは、数ではないと云うが……

「火縄銃に関しては、心配ござりません。スペインの火縄銃より優秀な火縄銃を我々は持っておりまする」

「しかし、数がのう」

 阿知が、飛ぶようにやって来た。

「助佐殿。手頃な者共がやって参ります。火縄銃を持ったスペイン兵がおよそ20名」

「おう、それはほんに手頃。今どのあたりか」

「もうすぐ、あの森を抜ける頃と存じます」

「蜂須賀様、お願い出来ますか?」

「任せられよ。あの樹の下で迎え撃つ。皆の者仕度じゃ」

 蜂須賀正勝は、大きな椰子の木を指定した。

 鉄砲足軽が椰子の下へ向かう。それを守る竹束たけたば隊も同行した。

「クダラット様は、ここより見ていて下さりませ」

「危険はないのか!」

 大臣のシャリフが厳しい声を掛ける。

「危険はございませぬ。我らの鉄砲隊が鎧袖一触がいしゅういっしょくするはずでございますれば」


「弾込め。用意。いつもの様に3段撃ちだ。なるべく早く終わらせろ」

「心得てござる」

 鉄砲足軽の侍大将が慣れた様子で返す。やはりこいつらはいくさに慣れている。

 日本の兵は強いのだ。

 スペイン兵が、森から現れた。様子を探っている。

 篝火が焚かれトンドの王が臨席しているようだ。海に……

 海にガレオン船が2隻いる。こんな報告は聞いてない。

 何者だ。もう一つ椰子の木の下に兵隊がかたまっている。皆、鉄砲を持っているようだ。これは油断ならん。

「樹の下の兵隊を撃て」

 スペイン人の指揮官は命令した。

 スペイン兵は発砲した。

「蜂須賀様」

「大丈夫じゃ。まず撃たせよ。我らと比較させるのじゃ」

 スペイン兵の発砲はまず距離が足らなかった。

 約100m。100m届く火縄銃が西洋には無い。

 流れ弾が、時々来るが、竹束で防ぐ事が出来た。

「さて、始めるか」

「はっ。まず一番隊。狙え」

 片足立ちで狙う。

「放て!」

 激しい轟音とともに新式種子島が火を噴く。30尺届くという新式種子島だ。

 敵のスペイン兵はバタバタと倒れた。

「2番隊、狙え」

「放て!」

 また、スペイン兵が倒れる。

「3番隊」

 この頃になると、立っているスペイン兵はほとんど居なかった。

 この様にして、日本の鉄砲隊は5斉射まで行なった。

 動いているスペイン兵は居なかった。

 蜂須賀正勝が検分に出る。

 スペイン兵たちは甲冑を着込んでいた。新式種子島の銃弾はそれを貫通している。

 まさに完膚なきまでに叩き伏せた感じだった。

 ここまでしたくなかったが、スルタン・クダラットに見せるため派手に演出したのだった。

 可哀想だが、捕虜も取らず全滅させた。

 そのスルタン・クダラットも検分にやって来た。穴の開いた西洋兜を拾い上げる。

「すごい威力じゃ。この火縄銃を売ってくれぬかのう」

 助佐と長定は顔を見合わせる。


「スルタン・クダラット。トンドの兵力はいかほどですか?」

「正規軍で1500名ほどだ。しかし、スペイン人に恨みを持っているものは多い。

 それらを合わせるとあと1500人くらいは動員出来る」

「合わせて3000人ですね。イントラムロスのスペイン人は7000~8000。

 数だけからするとまだ足りませんね」

「海の向こうに『スールー王国』がある。スペイン人を追い出すとなれば手を貸してくれるはずだ」

「海の向こうから援軍を出すとなると時間がかかる」

「そうだが。しかし、力にはなってくれよう」

 乱波の阿知が、一人のスペイン兵を連れてきた。

「スペイン人たちも一枚岩では無いらしいですぞ」

 スペイン兵が入ってきたので、長定が刀を抜いて、スルタン・クダラットとの間に入った。長年、信長の母衣衆として仕えていたためこの様の仕草が自然に身に着いているのだ。

「んっ。このスペイン兵は南蛮人ではないのう」

「そのようです。助佐殿。彼が何者か聞いてもらえませぬか」

 そのスペイン兵は、目が黒く髪の毛も黒かった。

 どちらかと言えば、日本人に似ている。

「あなたは、スペインの方ですか」

「私、スペインと違う。私の生まれたところ、メシーカ」

「メシーカ?」

「この海のずっと東にある大陸から連れてこられた」

 メシーカは、アステカ人のことである。アステカ人たちの話すナワトル語では自分たちのことをメシーカと呼ぶ。

 アステカは中央アメリカ、メキシコにあったインディオの国である。

 エルナン・コルテスというコンキスタドール(征服者の意)が1521年にメキシコ中央盆地にあったアステカの首都テノチティトランを陥落させ王のクアウテモックは捕らえられた。

 アステカの広大な領土は、スペインが支配するところとなりそこをメキシコ副王領とした。

 要するに、スペイン人は自分たちの征服した中央アメリカの住民たちを無理やり兵士として徴収し、そのメシーカを今度は太平洋の島であるマニラを守るために大量に兵士として派遣していたのである。

「あなたの名前は?」

「私は、コアトルです。へびという意味です。私たちの国ではへびは神様の使い……

 私たち。本当は早く帰りたい」

「あなた達は、どのくらいの人数がいるのですか?」

「2000人です」

「2000か、イントラムロスの約1/4ですね。この人達を味方に付けることが出来れば……」

「皆、帰りたがっています。ここは故郷とあまりに違う。でもスペイン人。鉄砲持ってる。脱走できない。それに海の彼方に帰る方法もない。

 私たち、どうすることも出来ない」

「鉄砲は、我々も持っています。しかもスペイン人のものより性能が良い。

 スルタン・クダラット。我々のガレオン船の中に火縄銃が500丁あります。

 今、我々が持っている新式種子島ではありませんが、それでもスペイン人が持っているものよりは長く飛び、威力があります。

 それをスルタン・クダラットに譲りましょう」

「おおっ。それはありがたい」

「ただし、条件があります。我々と一緒にイントラムロスのスペイン人と戦うことです」

「それは、わかっているのだが、勝てるのか? もし負けるようなことになれば、トンドの国はスペインにより滅ぼされてしまう。

 王としては、そこまで考えていなくてはならぬ」

「勝つのです。是が非でも勝つのです。そこまで決断するのもまた王ではありませぬか!」

「そうは、言うがのう。スペイン人たちの力は強力なのだ。

 今まで、何度も抵抗はしてきたのだ。しかし、敵わなかった」

「わかりました。その話はまた後でいたしましょう。ここは一旦お戻りいただいてトンドの国の内部で話し合っていただきとうございます」

「わかった。そのようにいたそう。明日の朝、王宮に来てくれ。それまでにトンドとしてどう動くか決めておく」

「お願い申し上げまする」

 スルタン・クダラットと大臣のシャリフは、王宮に戻っていく。

 実は、このメシーカのコアトルと話を詰めておきたかったのだ。トンド側に聞かれたくないことも出てくるかもしれない。

 メシーカは強力な助っ人になるかもしれない。助佐はそう考えた。

「コアトルさん。メシーカでスペイン人はどのようなことをしたのでしょう」

「我々、メシーカには白い肌を持つケツァルコアトルが戻ってきて、我々メシーカを導くちいう伝説がありました。ケツァルコアトルとは翼のあるへびという意味です。

 『コルテス』というスペインの無法者がやって来たのはちょうどその年だったのです。鉄砲と馬という獣を見たことがなかったメシーカ人は、混乱し王を人質に取られて為す術もなくコルテスに降伏してしまったのです。

 その後、スペイン人の総督のもとにスペインの副王国となってしまったのです。

 私たちは、悔しい。必ずスペイン人をメシーカの大地から追い出します」

「長定様。コアトルさんらを、仲間に引き入れましょう。

 コアトルさん。私たちに協力してくれればメシーカへお送りします」

「本当ですか?」

「本当です。銀をお土産につけましょう」

「銀! 私たち国に帰っても貧乏です。だから、兵隊にならなければ仕方がなかった。

 でも銀があれば、仲間を集めてスペイン人と戦う事ができます」

 スペイン人たちは、世界中で憎まれているな。森蘭丸長定はつくづく思った。

 力で、ねじ伏せても恨みを買うばかりだ。協力を取り付けるという方向で考えなければ力があっても役に立たない。

 信長のこれまで優柔不断に見えていた行動が、本当は深い考えの元に行動していることが見えてきた。

「ナガサダ様。メシーカへ帰してもらえること。銀をいただけること。間違いございませぬな」

「日本の武士は、間違った事を言うと腹を切って謝らなければならぬ。武士は嘘は申さぬ」

 長定は自分が日本の侍の代表になったような気がして、背中がくすぐかった。

「コアトルさん。お仲間の方を一人ひとりここに連れてきて下さい。その時に銀をお渡しします。それともう一つ。イントラムロスの内部の詳しい見取り図を書いてください」

「わかりました」

 コアトルというアステカ人は、阿知に伴われて夜陰に紛れ仲間のところへ帰っていった。

「助佐殿。メシーカへ帰すのも問題じゃが、銀はもっと問題でござるぞ。我らは銀は持っておらぬ故」

「長定様。銀はお任せくだされ。きっと手前が何とかいたしまする」

「あてがあるのか?」

「ござりまする」

「では、任せる」

 長定は、この16歳のわっぱが心底怖くなった。

「メシーカへ渡るのも、ガレオン船さえあれば何とかなると思いまする。これは右府様に相談しなくてはなりませぬが」

「その、メシーカとか申すところ、東の海の彼方のようじゃがどのくらいかかるのじゃ?」

 森長定が興味半分で聞く。

「船で半年と聞いておりまする」

「!……そのように遠きところなのか。もうこの世の端じゃな」

「長定様。この世は丸いものでございまするぞ。このことはもう明らかになっておりまする」

「じゃが、何故そこまで行く間に海の水が落ちぬのじゃ。う~む。わたくしには理解できぬな」

「そんなことは、どうでも良い」

 しびれを切らした蜂須賀正勝が話を戻す。

「数勘定じゃ。

 先ほどの『コアトル』の仲間が2000人。彼らが要塞の中から蜂起する。

 イントラムロスの内部ではまだ5000~6000のスペイン人がいることになる。

 スルタン・クダラットのトンド兵は3000人だと聞く。『コアトル』の仲間の2000人と合わせると5000人。数としては五分五分か少ないくらいじゃ。

 しかし、士気がのう」

 正勝の心配は、そこにある。いくさは数の過多だけではない。しかし、腰の座らぬ烏合の衆では、確実に負ける。

 確かに、スルタン・クダラットの腰がまだ座っていない。また、トンド兵の士気が問題だ。今までスペイン兵に勝ったことがない。負け癖が付いているのだ。

 いくさは負けると思ったほうが負けることになっている。

 スペイン人は世界の至る所で戦っている。いくさ慣れしているのだ。

 これでは、まともにぶつかると負けてしまうだろう。

「右府様の本隊は?」

「足軽隊が1600人。これが主力部隊だな」

「そういたすと、数としては5分と5分になるのう。しかし、いくさでの戦い方を知っているのは右府様が連れてくる足軽隊の1600人のみじゃ」

「装備を考えてみるか。 新式種子島は、蜂須賀様の隊に行き渡っておりまするな」

「うむ。予備にあと120丁持ってきておる」

「それは、あくまでもこちらで使いましょう」

「スルタン・クダラットに旧式種子島を渡すとして500丁」

「3000人全部というわけにはいかぬな」

「それに、彼らは種子島の効果的な使い方を知らぬ。ただ放つばかりじゃ」

「組織だって動けるように鍛錬出来ませぬか」

「どうかのう、そこまでの時間があるか」

「いや、時間は全く無い。右府様の軍は既に澳門マカオを陥としておろう。

 そろそろ、この呂宋へ向かっているはず。澳門から呂宋までは4日もかからぬというではないか。兵を鍛えると云うのは諦めねばならぬ」

「そうでございますな。それにしても、トンドの兵は弱兵。なんとかなり申さぬかのう」

「そうそう、ないものねだりをしてもいたし方なかろう」

「右府様の軍は、今日にでも澳門を出港する。弱兵は弱兵なりに仕儀を決めておかねばならぬ。それに、スルタン・クダラットに必ず勝てるという保証を与えておかねば動かぬであろう」


「スペイン兵が持っている火縄銃が3000丁。しかし、これは日の本の種子島には距離や精度において、遠く及ばん。我らの方が優れておる」

「しかし、数が足り申さぬ」

「いいや、今回は広い野中の会戦にはならぬであろう。要塞の中での乱戦となるのではないか?」

「そう、なりましょうぞ」

「なれば、乱戦に慣れている我らが有利。それに、コアトルの仲間がこれに蜂起いたしましょう」

「鉄砲に対する対策は、それで良しといたしましょう。

 問題は、大砲にござります。スペイン人はガレオン船を木っ端微塵に出来る十貫砲を持っておりまする」

「十貫砲か。これは難敵」

「コアトル殿に是が非でも探ってもらわねばならぬな……」

「助佐殿」

「はっ」

「その、コアトル殿と仲間に与えると約束した『銀』じゃが……

 いかがいたすのじゃ。空約定からやくじょうは拙いぞ」

「それは、心配ござりませぬ。もうそろそろ届くはずでございまする」

「助佐様」

 コアトルを送っていった、阿知がまた人を案内して戻ってきた。20名ほどの人数である。肩にそれぞれ荷を背負っている。

 それを、それぞれ、助佐の前にドサリと置いていく。

「助佐殿、それはもしかしたら……」

 納屋の助佐は、荷の一つを解いて見せた。

「そうです。『銀』です」

「これは、どういう事じゃ。何故こんなに大量の『銀』がある?」

「『納屋』の名前を使わせていただきました。呂宋の『銀』は堺の納屋宗久なや そうきゅうが保証することにいたしました」

「そうすると、これは、日本人の商人どもが集めたものか?」

「『明』の商人どもの分も入っておりまする」

「なんという事じゃ」

「呂宋の貿易の形態を調べましたるところ。物の売り買いに使う貨幣は、スペイン人たちが決済しておりました。その出どころというのが、面白いことに、コアトル殿の国『メシーカ』でございます。

 スペイン人どもは、ここ呂宋で売り買いしたものを遠き『メシーカ』より取り寄せた『銀』で決済しておったのでございまする」

「そうすると、その『銀』でコアトルたちを雇うことになるのじゃな」

「そういうことになりますか」

「これは、傑作じゃわい」

 蜂須賀正勝は、笑い始めた。

「遠き、東の端より運んできた『銀』を自分たちを倒すために『コアトル』らに返すのじゃからな。『コアトル』殿は、これらを使って、スペイン人どもを倒すために使おうと云うんじゃからこれほど痛快なことはござらん」

 客は、それだけでは無かった。

 正勝と、長定が、刀を引きぬく。

「何者じゃ?」

「我らにもその話を一枚載せてもらえぬかと参上いたした」

「おぬしら……」

 蜂須賀正勝には、彼らの正体がすぐにわかった。

 遠い昔。自分も纏っていた匂いと同じだった。

「おぬしら、野武士崩れか。食い詰めて呂宋の地までやって来たのか?」

「恥ずかしながら、その通りにござる」

「何人おる?」

「200名ほど」

「200名。なかなかの数じゃが、いくさとなると……」

「じゃが、我らはスペイン人に雇われておる」

「ええっ!」

「日本の侍は、いくさ働きは信用されておるからのう」

「それは、聞いたことがある。南蛮のいくさは、ある程度のところまで決着すると終わりにするという不文律があるらしいが、日本の侍はどこまでも敵を追い詰めようとする。

 つまり、殺し尽くそうとする」

「そちの名は?」

「久米の蝉丸」

「変わった名じゃ」

「正直言うと、本名は忘れた。名があったかさえわからぬ」

 笑いが湧いた。名前を忘れた侍がいるのである。いや、野武士である故もともと名など無かったのかもしれない。

「わしは、蜂須賀正勝じゃ。羽柴秀吉様に仕えている。わしで良いか?」

 久米の蝉丸は、片膝を着いた。

「日の本に戻れますかの? 暑いところはもう懲り懲りでしてのう」

「このいくさに勝ったらじゃ」

「では、目一杯暴れてご覧に入れましょう」

「蝉丸殿は、イントラムロスに配置されている十貫砲の位置がわかりますか?」

 見目麗しい美少年だ。しかし、わっぱである。

「納屋の助佐と申します」

「助佐殿は、今回の呂宋攻略の総大将。

 夢々、侮ることは許さぬ。しかと肝に命じよ」

「ははっ、しかし……」

「年若とて、それが右府様のご指示である。逆らうことは許さぬ」

「はっ、この蝉丸。しかと承りました」

「それで、十貫砲の位置は?」

「十貫砲が全部で何基あるのかはわかり申さぬ。我々が知れているのは3基でござる」

「それは……」

 助佐は、イントラムロス内の地図を取り出した。

「助佐殿は、イントラムロスに入ったことがござるのか?」

「はい。一度、納屋宗久に付いてスペイン人とイントラムロスの中でスペイン人と交渉したことがございます。そのとき自由に動き回ることを許されまして、何かの時に役に立つかもしれぬと思い、地図をおこしておいたのでございまする」

 なるほど、油断ならぬわっぱらしい。蝉丸もそれは認めざるを得なかった。

「ここと、ここと、ここでござる」

 助佐は、蝉丸が示した場所の丸印を付ける。イントラムロスは変形の五角形をしている。そのひとで型の頂点にそれぞれ十貫砲が配置されていた。

 しかし、問題もあった。その位置からでは海は狙えても、陸側が狙えないのである。

 では、向きを変えれば良いというかも知れないが、要塞砲は、基本的には固定式だった。陸側の反乱を押さえるために、配置されている砲もあるはずである。

「明日には、もっと詳しい位置を探って参りましょう」

「お願いいたします。それから、それがどちらを向いているのかも」

「どちらを向いているのか?」

「海を狙って、侵入してくる船を狙っているのか、反乱に備えて陸側を狙っているかということでございまする」

「あいわかり申した。明日には必ず」

 蝉丸は、仲間の元へ帰っていった。


「これで、200名、増えましたな」

「そうすると、『コアトル』の仲間が2000人要塞の中から蜂起する。

 スルタン・クダラットのトンド兵は3000人。これに500の種子島を持たせて、イントラムロスの外から攻撃させる。弱兵だが中のスペイン人を外に出さないくらいは出来るはず。

 我々は120人。それに蝉丸の仲間の200名が加わり320名。

 右府様のガレオン船は10隻。その中に仏狼機砲が20。カルバリン砲が400門。これらの火器の威力が凄いのじゃ。仏狼機砲の火炎弾がイントラムロスに着弾すれば、要塞は大火災になる。

 じゃが、スペイン人もそうやすやすと近づかせてはくれぬであろう。

 それから、唐の大船3隻に2000名の足軽兵じゃ。たぶんこれが一番の勢力なのだがどこに上陸させるかが問題じゃ。下手な所に上陸すると、要塞砲に狙われながら上陸せねばならん事になる」

 蜂須賀正勝は、現状を分析した。

「だからこそ、海に向いている十貫砲を探しだして先に潰しておかなければなりません」「うむ」

「蜂須賀様」

「なんでござるか?」

「警戒を厳にしていただきたい」

「それは、もちろんのこと。しかし、どういう事でござるかのう」

「それは、スルタン・クダラットまたは大臣のシャリフの裏切りです。我々を信用できずスペインと内通したかもしれません」

「な、なるほど。考えなかった」

「それから、先ほどの蝉丸様です」

「蝉丸? それはなかろう」

「わたくしも、そうだと思いたいのですが……」

「主君が南蛮人よりもわしのほうが良かろう?」

「ともかく、気を付けることです」

「長定様、ご同行を願います」

「どちらへ?」

「スルタン・クダラットの王宮です。今晩中にもうひと押しして置きましょう」


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