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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第7章 戦時の大和~1943年
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第88話 誅一号作戦(前)

 第88話『誅一号作戦(前)』

 

 

 1943年9月24日

 ソビエト社会主義共和国連邦/沿岸州

 

 2大航空戦と『オホーツク海海戦』で制空・制海権をその支配下に収めた大日本帝国軍だが、ソ連軍の進撃は留まる気配を見せなかった。9月22日、南樺太降伏。9月23日、虎頭要塞陥落。圧倒的兵員と火砲、機甲戦力をもって勝利を収めたソ連軍は1943年10月以降を目途に、予備戦力の6割を追加投入しての大規模攻勢を仕掛けんとしていた。如何に堅牢な縦深陣地と言えど、この開き過ぎた戦力差の前には成す術は無かった。そこで帝国陸海軍は敵の前線拠点であり、補給網の中継地でもある港湾都市ウラジオストクに対し、反攻作戦を展開しようとしていた。そのため連合艦隊、イギリス東洋艦隊、帝国陸海軍航空隊、関東軍の4大戦力がウラジオストクを目指し、北上を開始する。

 作戦の流れは、陸海軍の航空戦力によってウラジオストク内の要塞陣地・航空基地を無力化、続いて連合艦隊の第一航空艦隊が港湾内に停泊するソ連太平洋艦隊の残存艦艇を強襲、撃滅する。そして第3段階として、連合艦隊とイギリス東洋艦隊の戦艦部隊が進出、艦砲射撃と航空支援によって敵に揺さぶりを掛け、そこに中国同盟軍(日国共満4国軍)・英陸軍(インド・マレーから捻出)・オランダ軍(インドネシアから捻出)・オーストラリア軍・ニュージーランド軍のEU陸軍が攻勢を掛ける――というものだった。総兵員数40万名、航空機1200機、参加艦艇は100隻超という途方もない戦力が揃えられ、この大日本帝国軍としては未曾有の作戦は実行に移される事となった。尚、作戦の秘匿名は『誅』。これは悪人や罪人を殺す・成敗する意味を持つ『誅する』という言葉から由来している。名称は先の『日本本土空襲』にも起因していた。

 

 

 1943年9月24日0500時。ウラジオストク近郊。

 第零特別海軍航空隊第一攻撃隊飛行長の野中五郎海軍大尉は、帝国海軍の新型陸上攻撃機である三式陸攻『銀河』の操縦桿を握ったまま、痙攣した両脚を伸ばした。彼は数時間前に奉天の飛行場を発ったばかりで、第一攻撃隊の先頭に立ち、12機の銀河を率いていた。黎明攻撃による奇襲作戦だが、敵の電探の性能が何処までのもので、どれだけの数の邀撃機がいるのかが定かでは無かったため、黎明攻撃の是非を野中は疑っていた。英空軍が持つ4発爆撃機と銀河を一斉に出して、力押しした方が手っ取り早いし、この部隊の戦死率も減る筈なのだが……と。しかし任務は任務、私意は私意として彼は割り切っていた。

 「駒井、針鼠の調子はどうだ?」

 火星エンジンが奏でる轟音に負けじと野中は声を張り上げた。

 「上々です。問題ありませんよ。撃ちたくてうずうずしてますぁ」

 遠隔制御装置を抱える駒井飛行兵曹長は言った。実はこの銀河、そして第一攻撃隊の全12機の銀河には、“特別”な改修がなされている。爆弾倉に計20挺の下向き20mm機関砲を装備しているのだ。これは史実にもあったもので、いわゆる『襲撃機型』。今風に言えば、『ガンシップ』に近い。と言っても、米空軍が現在就役しているAC-130のような長期滞空による近接航空支援機というよりは、基地等といった一拠点を短期に撃滅する“一撃離脱機”の色が強い。元々、この襲撃機型銀河が開発されたのも、B-29を配備する航空基地に対する対地攻撃のためだった。その高速性を活かして駐機場のB-29を一掃し、一目散に退散する――というのが、この襲撃機型の運用スタイルであった。

 “B-29キラー”として期待された銀河襲撃機型だったが、その実戦投入は結局行われなかった。実験機が空襲によって破壊されたからだ。しかし今物語では、対B-29兵器開発の過程で早期に誕生、この第零特別海軍航空隊に12機の試作機が配備されている。そして、今作戦におけるこの12機の銀河の主任務は、ソ連空軍第147飛行駆逐師団が駐在するウラジオストク飛行場を標的にした対地攻撃である。


 野中大尉と3名の搭乗員を乗せた銀河がウラジオストクの稜線を望む空域まで到達すると、野中大尉は膝の上に置いた地図に視線を向け、赤丸で囲んだ部分を見据えた。そこが目的地である。

 「情報によると、敵の防空兵力である第11防空軍団は、1個駆逐飛行師団と3個高射砲師団を備えているらしい。海軍航空隊を含めれば、もっといるだろう」野中は言った。

 「作戦空域に参加する爆撃機の数は確か……」

 「260機だ。護衛戦闘機は274機」野中は答えた。

 「この『誅一号作戦』、上手くいくと思いますか?」

 「ああ、そう思うさ」野中は言った。「先の2大航空戦で、敵爆撃機の数は減少している。だから狙うは戦闘機なわけだが、一航過で勝負を決められれば、足の遅いソ連の戦闘機なんて目じゃねぇ。それに、準備砲撃も行われてる訳だし、ここは陸軍さんに全てを託すしかあるまい」

 そう言う野中の顔は浮かなかった。不安要素の多いこの『誅一号作戦』では、一刻も早い反撃をと急ぐばかりに作戦計画の裏付けが不十分だったのだ。刻一刻と戦況が悪化しているこの状況下では仕方がないことだが、敵の都市――それも海軍の中枢拠点を叩くとならば、それ相応の準備期間が必要となる所だろう。だからこそ、野中の私意はこの『誅一号作戦』には反対していた。

 「大尉、電探に感ありッ!!」

 通信員兼後方機銃手の池澤飛曹は叫んだ。機首部に搭載された対空電探が、6機の未確認機の存在は静かに伝えていたのだ。

 「我々の任務は対地襲撃である。このまま回避す――」

 刹那、前方に2つの閃光が迸り、左翼を航行していた銀河が爆発した。真っ赤な火を噴き、黒煙を曳きながら、その銀河は滑るようにして堕ちてゆく。

 「くそッ!! 何があった!?」

 「敵機の攻撃です」

 それにしては距離が開き過ぎている。ソ連軍の戦闘機が備える20mm機銃では、ここまでの命中精度は望めない筈だ。曙光を受け、鮮明に朝空に焼き付いていた6機の機影は、戦闘機とは思えない大きさに膨れ上がっていた。

 「戦闘機じゃない、奴は爆撃機だ!」

 野中の言う通り、銀河を撃墜したのはソ連空軍の双発爆撃機SB-2だった。1936年から生産が始まり、1941年6月までにソ連空軍の爆撃機の94%がこのSB爆撃機になっていたという。そんなSB-2爆撃機を複座重戦闘機に改造したのが、ANT-46であり、銀河を撃墜したSB-2の正体だった。ANT-46は機首部に7.62mmShKAS機銃4門、旋回機銃1門、そして翼外に102mm無反動砲2門を装備している。この102mm砲は加農砲を改良した航空機関砲であり、その威力は絶大だった。史実では試作機1機の完成を残して計画はストップしたが、今物語ではこのANT-46が制式採用化されており、この満州戦線にも跳梁跋扈していた。

 「ANT-46、“空飛ぶ駆逐艦”か……」野中は呟いた。「もっとも、図体ばかりで速力が伴わないノロマな駆逐艦だが」

 「どうしますか?」

 「護衛の戦闘機が片してくれる。このまま前進だ」

 それから数秒掛かったが、近くにいた第零特別航空隊の護衛戦闘機部隊は到着し、ANT-46に対して攻撃を仕掛けた。同部隊の主力は、零式艦上戦闘機の最新型である五二型だ。それも第零特別航空隊の精鋭パイロット達が搭乗している。そしてその中には、『最強の零戦パイロット』と謳われる男、岩本徹三少尉の姿もあった。彼は本来、新型機である『紫電』一一型を優先的に受領できる立場にあったが、一撃離脱に特化し過ぎた紫電を嫌い、愛着のある零戦を未だ愛機として乗り回し続けていた。

 紫電に比べれば速度性能・防弾性能・火力性能に劣る零戦だが、『最強の零戦パイロット』たる彼の手に掛かれば、無敵の戦闘機に早変わりした。そしてその零戦の真価たるは、胴体下に吊るされた『三号爆弾』である。

 「三号爆弾、射ぇぇぇぇッ!!」

 岩本の搭乗する零戦五二型は雄叫びを上げながら飛翔し、ANT-46の上方を疾駆する。そしてその駆け抜けざま、零戦胴体下から吊るされていた三号爆弾が解き放たれ、ANT-46編隊の頭上で炸裂した。鋼鉄のシャワーをもろに浴びせ掛けられたANT-46はもうもうと黒煙を上げ始め、次の瞬間には爆砕した。ANT-46が火の玉となって地上に降り注ぐこととなったのは、それから間もなくしてのことだった。

 「うぉっしゃあぁッ! 3機撃墜記録更新ッ!!」

 特零空のエース・パイロット達にとって、如何に多くのソ連機を撃墜したかは単純に数としてだけではなく、そのパイロットの実力を見定める手段として競われていた。何しろ未来のエース達によって固められているのだ。ぐすぐすしていては敵機はすぐに壊滅してしまう。だからこそ、一気に撃破できて時間短縮ができる一撃離脱戦法が主流となっていた。

 三号爆弾の攻撃に怖気付いたANT-46邀撃機編隊は、後退を始めた。そしてANT-46の1機が向きを変えた途端、零戦は猛烈な速度で退却するANT-46に襲い掛かった。20mm機関砲が吼え、三式55mm噴進弾が白煙を上げて飛び立つと、生き残っていた3機のANT-46は呆気無く撃墜された。ある機体はエンジン部から黒煙を噴き出し、ある機体は火達磨となって錐揉み墜落を始め、またある機体は両翼が拉げながら地上めがけて一直線に降下し始めた。しかし零戦側に損害機は1機として見受けられず、また銀河攻撃隊も1機の喪失のみで免れていた。こうして1つの試練を乗り切った銀河攻撃隊は、敵飛行場襲撃に向け、一路北上を始めた。



 「目標飛行場、目視で確認!」

 野中率いる銀河攻撃隊は1機を喪失しながらも、ウラジオストク市内上空に進出した。銀翼が曙光を浴びて眩く煌めき、11機の銀河が朝空を切り裂きながら驀進した。その1機――野中大尉の搭乗する指揮官機が翼を左右に傾け、バンクの合図を送った。背後に展開する10機の銀河は、その後に続いて直進した。そしてついに、飛行場の姿が見えてきた。 

 しかしそれから数秒と経たない内に、四方八方から断続的な爆裂音が響き始めた。高射砲による対空砲火だ。第一攻撃隊は一糸乱れぬ編隊飛行を続けていたが、うち1機がついに撃墜され、飛行場手前に墜落した。さらに護衛の零戦1機も撃墜され、さらに1機が甚大なダメージを受けて帰投した。

 「黎明攻撃で敵飛行場側面から忍び込めば反撃を受けないなんて言ったのは、どこのどいつだ!」野中は苛烈な対空砲火に思わず喚いた。南の空からは増援の友軍爆撃機部隊が接近してはいるが、既に2機が撃墜されている。艦砲射撃は望めず、陸軍の準備砲火は功を奏しなかった。となると、いまや頼れるのは自身の腕と僚友達だけであった。

 「Yak-9確認! 各機、突撃開始ィィィィッッ!!」

 第一攻撃隊の銀河は、掃射アプローチを開始する。高度を下げ、20mm機関砲が動き始めた。この20mm機関砲は遠隔制御装置によって電気的に制御されており、機械1つで一斉掃射を可能としていた。無論、国産の技術ではなく、イギリスからの輸入品だが。

 「こちら野中1番、各機撃ち方始めッ!!」

 飛行場を低空飛行する10機の銀河。その飛行は白鳥のように優雅でいて、且つ、鷲のように力強そうだった。アスファルト舗装の灰色の大地を嘗めるように飛行する第一攻撃隊の銀河のコクピットからは、白い光の帯を曳きながら、一直線に地上のB-17に直撃した三式55mm噴進弾の姿が見えた。先行した零戦が放ったものだ。三式55mm噴進弾によって生み出された膨大な爆炎がYak-9を引き裂き、原形を留めない姿にまで変貌させた。

 「射ぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!」

 開口一番、爆弾倉の20mm機関砲20挺は一斉に咆哮した。耳を聾するような射撃音とともに、無数の空薬莢が宙を舞い、無数の20mm弾が轟然と降り注ぎ、無数の貫通音を轟かせた。空中に金属片とアスファルト片の飛沫が上がり、眼下のYak-9は音を立てて燃え上がった。それが横一列に並べられたYak-9を相手に次々と起こるものだから、野中と銀河の搭乗員達にとって、これほど痛快なことはなかった。



 複数の火柱と土煙が立ち昇るウラジオストク飛行場は騒然と化した。台風一過ならぬ銀河一過、清々しい程の快晴とともに見えてきたのは、穴だらけの滑走路と炎上するYak-9戦闘機の姿であった。しかしそれで攻撃は終わらない。第2波として訪れた銀河は、呆気に取られた高射砲陣地めがけて250kg爆弾を次々と投下し、対空砲火を沈黙させた。そして第3波として訪れた『アブロランカスター』4発爆撃機により、飛行場の航空機・高射砲・施設は根絶やしにされ、辺りは火の海と化したのである。

 

 

 

 


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