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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第1章 戦前の大和~1937年
9/182

第9話 チハ

 第9話『チハ』



 【――人は自分が見たいと欲する現実しか見ようとしない】


 (ガイウス・ユリウス・カエサル)

 

 

 盧溝橋事件から2ヶ月程、瞬く間に戦争へと突入する筈のその動乱は史実とは違い、既に収束していた。米内海軍大臣の働き掛けにより、政府は事態の不拡大化を決定。当問題収拾の責任者として米内等に支持された石原莞爾陸軍少将や今村均陸軍少将は日中合同による調査を開始、政府――そして天皇陛下により、東条等陸軍中枢部は沈黙と協力を仰がれ、何人にも手出しをさせなかった。

 調査開始から2日後、中間的な発表として挙がったのは――「中国共産党による策謀」という見解だった。当日、銃撃を受けたのは清水大尉率いる第八中隊だけではなかった。中国国民軍も同様の発砲を受けていたのだ。無論、双方は戦闘状態に陥る前に米内・今村等の手回しで事態を収束された。実際、それが双方共に事態収拾を図る最善の策に他ならなかった。と同時に、両軍は「一定の間」を取る必要性を覚え、帝国陸軍支那駐屯軍の一部戦力を豊台から通州への移動が必要との見解も表明される。これには、国際条約尊重の念から以前から反対してきた梅津陸軍次官が強く猛抗議する事となる。

 

 結果的に歴史は変わり、日中間全面戦争は回避されるが、それは帝国陸軍にとっては望まざる事であった。史実通りであれば3個師団の投入が決定され、臨時予算が降りる事となるが、無論そういう訳にもいかなくなった。

 そして――次世代の帝国陸軍主力中戦車『チハ』が存亡の危機を迎える。


 

 1937年9月10日

 愛知県

 

 その朝早く、伊藤は鹵獲したM4『シャーマン』中戦車の性能実験に立ち会う為に、伊良湖試験場を訪れた。此処、伊良湖試験場は大日本帝国陸軍の技術機関、『陸軍技術本部』の技術試験場の一つだった。諸外国から輸入した大砲や国産の戦車砲等の弾道データ等を収集する目的の施設で、戦前や戦時中にも数々の重要なデータを生み出した。

 何故、今この時代にM4中戦車があるかというと、それは伊藤とともに時代を逆行してきた『夢幻の艦隊』の艦種の一つ、戦車揚陸艦(LST)や戦車揚陸艇(LCT)の一部に艦載されていたからである。また、他にもM3『スチュワート』軽戦車やM3ハーフトラック、ジープ等もあった。恐らくは放射能汚染等、核実験のデータ収集の一環として艦載されたものである。しかし、それらは戦時の余剰品、廃棄品と思われ、大半は初期型であった。中にはエンジン等が抜かれた車体もあった。ただ、伊藤のすぐ近くに置かれ、射撃試験間近のこのM4は、エンジン・砲弾等が車載された運の良い車両の一つであった。

 伊藤が見学席の中間に位置し、陸軍上層部の人間が列を成していた。作業を行う試験場要員はそれらの人物達に緊張しながらも、事を進めていった。



 ――突然現れた鋼鉄の巨人は、チハの装甲をいとも容易く打ち破った。

 九七式中戦車――『チハ』の焼け焦げた25mm前面装甲板には、大きな貫通痕が開いていた。その結果は、本来の戦闘で想定された仮想敵の兵装には該当しない76.2mmの主砲を持つ戦車を相手としたのだから当然と言えば当然だった。M4は100m地点で通常徹甲弾を発射すれば、130mm程度の貫通力を誇る。一方のチハは改良型でも精々60mmだ。明らかに勝負は見えている。

 問題は、次に行われた鹵獲兵器の射撃試験だった。M4に車載された副兵装による射撃試験が行われた。機関銃手が、手にするブローニングM2重機関銃から12.7mm徹甲弾を九七式中戦車の25mm前面装甲板に叩き込んだ。100m程度では、M2機関銃の威力は20mm前後で左程ダメージは見受けられなかったものの、徐々に距離を縮めていけば、十分に装甲にダメージを与える事が出来た。そして、側面装甲を用いた試験では、M2機関銃の50口径12.7mm徹甲弾は装甲を簡単に貫通した。

 この結果は、九四式37mm戦車砲を使用した試験を経て決定された筈のチハの装甲を根底から否定するものだった。中国軍の37mm速射砲を300m前後で耐久しうる様にと想定され、その際、確かに装甲は150mからの戦車砲の攻撃を防げた筈だった。しかし、事実はその結果とは食い違っている。これに陸軍上層部は震撼した。

 ブローニングM2重機関銃はジョン・M・ブローニングが第一次世界大戦末期に開発し、1933年に制式採用された米軍の重機関銃である。50口径機関銃なので『キャリバー50』や『フィフティーキャル』等と呼ばれる。1933年に制式採用されて以降、今日までM2は米軍内で親しまれ、同時に太平洋戦争では旧日本軍を苦しめ続けた。とはいえ第二次世界大戦時、M2重機関銃は決して米軍の全戦車に搭載されていた訳でもなく、未搭載車両の方が比較的多かった。

 一方、M2重機関銃の攻撃で穿った九七式中戦車『チハ』の装甲は、九四式37mm戦車砲で行われた性能実験ほど、優れた防御力を誇るものではなかった。装甲に用いられた浸炭鋼装甲は、表面の炭素含有量を増やし、表面を焼き入れして鋼板の硬度を高める方法である。しかし、硬度は高くした反面、衝撃に弱く割れ易い欠点もあった。

 それでも、現場からはチハが求められた。本来は30mmの装甲を渇望していたものの、それは叶わなかったものの、とにかくチハは当初は優れていた。ただ、低性能ながら、安価で量産出来る『チニ』中戦車の事を考えると、車体だけでも当時の値段で14万円以上(零戦は7万、九五式軽戦車は7万8600円)のチハは高級過ぎた。結局、陸軍はチニの方に傾倒していくが、1937年7月7日、チハは生き長らえる。

 盧溝橋事件から発展する日中戦争により、陸軍は臨時予算として予算増額がなされた。その結果、1937年度は5億円だった陸軍の予算は、翌年には一気に17億円となった。この3倍以上の予算を手に入れた陸軍は性能面で勝っていたチハを採用、生産を開始していく。確かに登場当初は、諸外国と比較しても優れた性能を誇るチハだったが、太平洋戦争末期には強敵M4が犇めき、中には新型戦車M26『パーシング』という、更なる怪物が出現した。この頃になれば――というより以前から、九七式中戦車は戦車として米軍に認められない存在になっていた。

 そしてチハがそれらの敵に勝つ唯一の方法は、ゲリラ戦法か特攻の二つに一つであった。

 

 

 これから陸軍が胸を張って流そうとしたであろう、チハの誇大妄想気味な性能の噂は――完全にお蔵入りとなった。それはチハの主砲、九七式57mm戦車砲を用いた射撃試験の事だった。エンジンが抜かれ、装甲の塊でしかなかった一台のM4が試験場に運ばれ、九七式57mm戦車砲の前に配置された。

 300m地点から放たれた最初の一発は、見事に跳ね返された。M4前面装甲は若干の傷を残しただけだった。その後、徐々に距離を縮めていけど、前面装甲を貫通するには至らなかった。結局の所、主力中戦車たるチハは至近距離側面から薄いエンジン部の側面装甲板をようやく撃ち抜く事に成功したのだが、そのお粗末な火力を見た陸軍上層部の人間達が拍手喝采を挙げる事は無かった。

 九七式57mm戦車砲が正面攻撃を仕掛けても勝てない理由の一つに、M4の前面装甲の形状がある。M4の前面装甲は傾斜していて、直撃を受けても弾を跳ね返してしまう。一方、チハの装甲は25mmと薄く、M4のように傾斜も付けられていない。結果、あらゆる角度から砲弾は貫通してしまうのだ。この為、M4も斜面や窪地を走行し、前面装甲が垂直になれば、チハの砲撃が貫通する事もあった。――但し、300m以下の至近距離からの攻撃だが。

 「先にM3を送るべきだったか」

 伊藤は唖然とする陸軍上層部の顔を見て呟いた。ただ、貫通力が向上した一式47mm戦車砲を搭載した改良型チハならともかく、旧式の九七式57mm戦車砲を搭載した初期型では、例えM3『スチュワート』軽戦車でも勝ち目は薄いのだが……。



 これら一連の試験を終えた後、伊藤が考えるのは――陸軍がその敗北を認めるか否かだった。高級戦車『チハ』さえこの有様の中、低価格で低性能の『チニ』では、勝機は破滅的だった。もし、この事に目を瞑り、M3やM4を主体とした新構造の戦車を造って貰えなければ、先の戦争は更なる敗北で幕を閉じる事だろう。

 それだけではない、これは『精神論』に凝り固まった大日本帝国陸軍の思想を変える為に用意した事でもあった。『チハ』や『チニ』という、一分野の問題を改善するだけのものではない。残酷な現実を見て、彼等がユリウス・カエサル――シーザー曰く「人は自分が見たいと思う現実しか見ない」という考えに傾倒した時、その目蓋を無理矢理にでも引っぺがしてやり、全てを見せてやる。そんな想いが伊藤にはあった。

 


 ――現実を見るか、盲目となるか。




 伊藤は前者を望んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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