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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第7章 戦時の大和~1943年
88/182

第86話 第一次帝都防空戦

 第86話『第一次帝都防空戦』



 1943年9月6日

 大日本帝国/東京府


 ソ連極東空軍の爆撃軍団を指揮するパーヴェル・A・アルシャーヴィン空軍少将にハバロフスクの総司令部から突然の指令が届いたのは、ほんの数時間前のことだった。ウラジオストクとハバロフスクに展開するB-17やPe-8といった4発戦略爆撃機からTu-2、Il-4といった双発爆撃機に至るまで、かき集められるだけの爆撃機が集められ、出撃態勢を整えている時のことだった。ソ連空軍の歴史的敗北で幕を閉じた『牡丹江航空戦』からはまだ5日と経っていない。

 しかしアルシャーヴィンは数日前、大勢の空軍士官がシベリア鉄道に乗せられ、シベリアの拘留地に送られていく光景を既に目撃していた。開戦からは1週間と経たずのことだった。陸海空軍の士官が延々とその列を築き、どこまでも続く列車の貨物コンテナに次々と押し込まれていく。そして列車は別れの汽笛を一つ上げ、ゆっくりと地平線の彼方に消えていった――。一歩間違えれば、あの列には自分の姿もあったかもしれない……いや、もしかするとハバロフスクの路上で銃殺刑という最期も考えられる。とにもかくにもアルシャーヴィンは、この大規模な航空作戦と自己の保身が成功するか否か、不安で仕方なかったのである。



 東京に居を構える『防衛総司令部』は、1941年7月に創設された陸海軍共同組織である。通称『衛総』と呼ばれ、内地・朝鮮・台湾といった大日本帝国領に存在する各軍を“防空”の見地から、一元指揮するための組織である。防衛総司令部は天皇直隷の組織であるが、同時に『大和会』の直隷組織でもあった。史実では陸軍のみだった防衛総司令部が、海軍との共同組織として誕生した経緯には、少なからず――というよりも全体的に『大和会』が絡んでいた。結果、防衛総司令部は名前だけの“張りぼて”組織として機能せず、『防空総司令部』としてその能力を存分に発揮していた。

 「新潟の電探網によると、索敵出来た敵機の数だけでも100を軽く超すと」

 帝国海軍海上護衛総隊司令長官の藤伊一中将は言った。「この状況が深刻且つ危機的状況の手前まで迫っておる事は無論、理解に難くないでしょう。何しろ連合艦隊と空母機動部隊は不在ですから。しかし、我々はその状況を打破すべく、早期に行動を起こさなければ……」

 藤伊の言葉に防衛総司令官兼軍事参議官の東久邇宮稔彦王陸軍大将は頷いた。「満州方面の悪化、EUの圧力、そして樺太侵略……。恥じる事はない、寧ろ“よくやった”と言うべきであろう。しかし事は明白、露助共はこの神聖なる帝都を汚さんとしておる。そこでだな、中将、如何にして露助共に厳正なる裁きを下すべきか――という問題を語るべきではないかね?」

 藤伊は頷いた。「戦況が芳しくないことは確かです。まずは陛下と皇族の方々を帝都から速やかに退避させ、次に東北と東海に展開する航空兵力を全て、帝都を中心に配備するのが先決かと」

 「では我々も逃げるべきかね」

 東久邇宮大将は右隣に座る伏見宮博泰王海軍大将を見て、笑みを浮かべた。

 「ええ……あの……それは……」

 「フフフ、冗談だよ。我々は帝国軍人だ。皇国臣民を守り、皇国の地を守り、陛下の御体を守り抜くのが務めというものだからね」

 東久邇宮大将がそう語ると、伏見宮大将も頷いた。

 「中将、例の“噴戦”はどうなっておるのかね?」

 「噴戦――『橘花』ですか」藤伊は言った。「1ヶ月前、試作機の3機がロールアウトしたばかりです。ドイツ空軍からジェットパイロットを招聘し、我が海軍航空隊のテストパイロットに指導を続けている段階ですが……」

 伏見宮大将は頷いた。「どうだ、好い機会だ。テストをしては?」

 「テスト……と言いますと……?」

 「皆まで言うまでもない、“実戦投入”をしては? ということだよ」

 帝国海軍が現在開発を進める次世代型戦闘機『橘花』は、心臓部ともいえる『ネ-20』ターボジェットエンジンの開発が難航しており、量産にはまだまだ時間が掛かる予定だった。機体設計自体は、元々の設計図とその設計者たる『大和会』の山崎技師の奮闘もあり、改良を加えて完成品に仕上がったのだが、ネ-20はやはり現時点の技術力では早期開発が難しい――との見解であった。何しろ、試作機の1機はエンジンが足りず、ドイツ製ジェットエンジンのBMW003を輸入して、搭載しているほどだ。それを考えると、試作機投入は非常に困難な話だった。

 「しかし……まだ不安要素がありまして……」藤伊は言い淀む。「ネ-20の推進テストは満足のいく成果を挙げておりません。それに、試作機を投入すると早い段階で敵に手の内を見せることに……」

 「確かに」

 それまで沈黙を貫いていた山本五十六海相は言った。「ソ連のバックに付いておるのは、アメリカです。もし『橘花』の存在がソ連を通じて内通されれば、アメリカが噴戦開発を推進、来たる対米戦では、多数の噴戦を配備して戦局の悪化に繋がりましょう」

 「では、皇国を蹂躙されても良いのか?」

 山本はかぶりを振った。「我々はソ連が切った“太平洋艦隊”という切り札に踊らされ、“連合艦隊”という切り札を切ってしまった。しかし、それは間違いだった。ソ連が切ったのはキングであって、ジョーカーではなかった。だからこそ我々は、隠したもう1つの切り札を出すべきなのでしょう」

 山本は藤伊と伏見宮を見据え、言った。「出しましょう。我々にとっての“ジョーカー”を」


 

 1943年9月6日

 東京府/調布

 

 迎撃戦闘機乗りにとっては、一瞬の躊躇さえも許されない。一瞬の足踏みも、一瞬の余裕も、一瞬の斟酌も。それがたとえ、たった1人のパイロットだけしか犯していなかったとしても、その行為が数百、数千の生命を危険に晒す行為であることに変わりはないのだ。だからこそ迎撃戦闘機乗りは疾風の如く地を駆け、空を駆ける。そして一抹の不安や恐怖も考えず、敵機に襲い掛かれる。いや、襲い掛からなくてはならないのだ。それが恐ろしい破壊から人々を救い、自らさえ救う。

 「総員、帽振れぇぇぇーーーッ!!」

 車輪に取り付けられていた錆だらけのチョークが外され、滑走路を疾駆していく三式戦闘機『飛燕』の姿を見て、整備隊長は叫んだ。その号令を聞いた基地要員達の手は頭上の帽の鍔に掛けられており、それを強引に振り下ろすと、飛び立って行く飛燕に向けて、必死になって帽を振り上げる。

 そんな姿を飛燕のパイロット達は、苦虫を噛み潰したような顔でコクピットから見ていた。帝都に接近する爆撃機大編隊の報を聞き、飛燕に乗るパイロット達の表情は一見険しそうに見えたが、実はそうではなかった。エリート意識の強い陸軍戦闘機乗り達の中でも、とりわけプライドが高いこの飛行第二四四戦隊の戦闘機乗り達としては、皇国――しかも帝都の空を守り切るという今回の任務は、自らを『近衛飛行隊』と名乗る飛行第二四四戦隊にしてみれば“上等”といえる任務だった訳である。

 この第二四四戦隊を始め、帝都防空戦に参加する航空戦力は陸海合わせて872機、この多くは『零戦』や一式戦闘機『隼』といった現行主力戦闘機が中核を成していた。第二四四戦隊が配備する三式戦闘機『飛燕』や海軍の次世代戦闘機『紫電』は、未だ生産規模が少なく、頭数も少なかった。しかしそれはソ連空軍にしても変わらない訳で、新型のYak-9といった戦闘機はまだ生産数が乏しく、満州戦線ではその配備が遅れていた。また日本本土空襲で爆撃部隊に随伴させられるだけの航続距離を持つ戦闘機自体を保有しておらず、今回の航空作戦も護衛戦闘機を殆ど抜きにしたというお粗末且つ人命を無視した作戦であった。それを補うべく、空母の配備が進められていたのだが、今回は陽動作戦のために1隻の空母を除き、全艦がオホーツク海に展開していた。

 ソ連空軍がその点を承知で立案した帝都空襲作戦では、爆撃機900機という戦力が用意されていた。これは現時点で帝国陸海軍が展開した迎撃戦力を上回るが、これに対抗する護衛戦闘機を全く用意していないので、勝敗は決していた。問題は、如何にして敵の爆撃に対処するか――である。

 飛行第二四四戦隊の迎撃部隊は、戦隊長の岡部優少佐が三式戦闘機『飛燕』で直率し、飛行長の小林照彦大尉がその後ろに付き、三式戦闘機16機と九七式戦闘機24機の計40機が続く。小林大尉は史実でも爆撃機5機を撃墜した迎撃のエースであり、24歳という若さで戦隊長に着任したという歴代最年少記録を持つ人物でもあった。この小林を始め、第二四四戦隊が誇る精鋭達がその中核を成しており、迎撃部隊は技量の高い構成となっていた。

 そして彼らが駆る三式戦闘機『飛燕』もまた、非常に高性能な戦闘機だった。これは史実の『五式戦闘機』に流れを汲んでおり、動力源には金星エンジンを用いている。運動性能、上昇力、速力、そして火力等、史実の三式戦闘機を凌駕する性能を誇り、陸軍からは大きな期待が寄せられていた。しかし実戦経験は無く――『冬戦争』に早期配備される予定だったが、7月の講和未遂に伴い、海上輸送中に頓挫――その機体値は事実上、未知数であった。

 一方、1945年の制式採用に向け、その開発が進んでいる今物語の『五式戦闘機』だが、B-29のような戦略爆撃機に対抗すべく、マーリンエンジンの国産品を用いた帝国陸軍版『P-51』の像が浮かび上がりつつあった。英側技術者の指導もあって、開発は順調に進んでいた。

 話は戻る。ソ連空軍爆撃機部隊の帝都侵入を阻止すべく、出撃した飛行第二四四戦隊は、総数40機の戦闘機をもってソ連空軍爆撃機と立ち向かおうとしていた。一〇〇式司令部偵察機による高高度偵察で敵機編隊の位置は明らかとなっていた。敵は埼玉と東京の県境上空、高度8000mを航行しているという。



 数分後、小林大尉ははっとして眼前に広がる光景を眺めた。攻め寄せてくる敵機の数、実に300機。その中で一際目立っているのが、B-17とPe-8の巨大な機影だ。全長20mを優に超すその巨体は、遭遇する者の度胆を抜く。4発の大馬力エンジンが奏でる怪物の雄叫びのような爆音が響き出せば、誰もが逃げ出さずにはいられないだろう。無論、対抗手段を持っていなければ――の話だが。

 『全機突撃!』

 岡部少佐が無線電話を通じて各機に命令を下したのは、B-17と遭遇して30秒も経たずのことだった。午前中に空にかかっていた暗雲は一掃され、輝くばかりの昼下がりのことだ。燦々と輝く太陽は、残夏の日本列島に溢れんばかりの陽光を湛えている。

 岡部機が先陣を切って、敵爆撃機編隊に飛び込んでいった。僅か300m足らずという至近距離で放たれた20mm機関砲2門の咆哮が、両者に戦いの火蓋を切らせた。刹那、驟雨の如く無数の閃光が降り注ぎ、九七式戦闘機2機が赤々と燃え上がった。

 小林は、その九七式戦闘機の最期を見届けていた。接近、射撃、撃墜の一連の結果を狙った2機の九七式戦闘機のパイロット達だが、B-17が誇るブローニングM2重機関銃の咆哮によって火達磨となったのだ。B-17の灰色の機体から放たれた12.7mm機銃弾が九七式戦闘機の胴体を貫き、燃料タンクに引火して誘爆させる光景を、小林はなんと肉眼ではっきりと確認していた。それは彼の――というより帝国軍パイロットの持つ、常人には考えられない卓越した動体視力の賜物だ。

 「射ッ!!」

 小林はB-17の背後に回り込み、20mm機関砲を咆哮させた。銃撃の応酬を味わいながらも放った20mm砲弾は、B-17の機体を撫で回した。両翼と胴体後方部には、ソ連の国籍マークである“赤星”が描かれているが、今や銃撃を雨霰と喰らった赤星には無数の穴が開き、みすぼらしく変形していた。刹那、B-17の右翼が爆発し、火を噴き始めると、業火に焼かれて灰塵と化してしまった。さしもの『天空の要塞』も、20mm機関砲の猛射撃の前には耐えられなかったのだ。

 しかし敵の戦力はこんなものではない。小林は、背後から無数の爆撃機が直進してくる音を聞いた。振り返ると、そこにはまたもや米国製の爆撃機B-17とソ連のPe-8の姿があった。そのあまりの多さは、敵は無限に存在するのではないかと考えてしまう程だった。

 「また来るぞッ!」

 刹那、飛燕の鼻先を12.7mm機銃弾が掠め飛ぶ。護衛戦闘機を欠いた爆撃機の迎撃射撃は不安と恐怖のあまり支離滅裂で、銃弾が放たれるのは目標がとっくに飛び去った後のことが多かった。しかしその数に任せた対空弾幕は、視界を覆うほど強烈であった。

 「くたばれッ!!」

 小林は照準器の照星をPe-8の骨太な主翼に合わせてダダダダダ、と連射で12.7mm弾をぶち込んだ。無数の銃弾がPe-8の右翼を横殴りに叩き、ジュラルミンの装甲を切り刻んだ。飛燕の猛攻に耐え切られなかったPe-8の右翼は爆発し、黒煙と火焔を噴き出し始めた。しかし、手負いのPe-8はその歩みを止めようとはしない。黒煙に包まれ、視界を失ったPe-8の機銃手達は、スラヴ魂で見えない敵相手に善戦していた。飛燕の1機が業火に包まれ、九七式戦闘機の1機は空中で爆散した。だが次の瞬間、黒煙の中から何かが炸裂するくぐもった音が聞こえ、Pe-8は錐揉み墜落を始めた。こうして4発の化物の命運は尽きたのである。

 「堪えろッ! ここが正念場、ここが決戦地だ!!」

 ここを通過されれば、敵は東京の空に到達し、帝都との距離は目と鼻の先になってしまう。その現実を理解していた岡部大佐は、何としてもここで阻止しようと心に決めていた。

 『――こちら小園1番。我、第三〇二海軍航空隊である』

 それは帝都防空を担うもう1つの部隊、帝国海軍の第三〇二航空隊からの無線連絡であった。零式艦上戦闘機を中核戦力と成し、新型局地戦闘機である『雷電』を配備する精鋭部隊だ。史実では1944年3月に創設される部隊だが、常設首都防衛部隊の必要性の機運が高まり、今年7月に創設された。司令官は史実でも務めた小園安名大佐である。元々は『第零特別海軍航空隊』の3代目副長を務めていたのだが、その功績を認められて1階級昇格、栄えある第三〇二海軍航空隊の初代司令官に抜擢されたのである。

 「第三〇二海軍航空隊、こちらは手一杯だ。貴隊の奮励努力に期待する」

 『了解』

 第三〇二海軍航空隊の雷電は、その心臓部たる火星エンジンの回転数を上げ、敵爆撃機編隊めがけて全力で突き進んでくる。速力差から言えば、雷電の方が飛燕よりも高性能なのは明白だ。1機の雷電がPe-8の右翼に回って狙いを付けると、右翼部付け根に対し、20mm機関砲4門による鋼鉄の洗礼を浴びせ掛けた。たちまちPe-8の強靭な翼は捥げ、機体は横真っ二つに引き裂かれてしまった。

 そんな光景を赤松貞明少尉は息を呑んで見守っていた。このPe-8に致命傷を負わせたのは、何を隠そう彼の功績であった。燃え盛る炎は赤松の搭乗する雷電を明瞭に映えらせ、その勇ましいシルエットを投影させた。徐々に焼かれ、崩れ落ちて行くB-17の遺骸を背に、赤松は拳を振り上げた。

 しかし、たかが重爆撃機1機の撃墜で喜んでいられる程、赤松はケチな男ではなかった。史実に名高い“雷電の撃墜王”の称号を冠する彼は、僚機である大山飛曹長と2機1組のロッテ編隊を編成し、次なる攻撃に打って出る気だった。彼が相手取るのは赤星を付けた『天空の要塞』B-17。手強い相手ではあるが、問題は無い。標的にしっかりと狙いを定め、準備万端。後はただぶっ放すだけだ。赤松は右腕を垂直に伸ばし、左翼の大山飛曹長にジェスチャーで合図を送った。

 ――“俺に続け”

 一閃、雷電はその銀翼を翻し、こんもりと積み上げられた雲の頂上へと、疾風の如く駆け上った。そして高度1万mの高みに到達する。しかし一転、上昇を続けていた2機の雷電は、青々と晴れ渡った蒼穹を滑るように下っていった。雲を突き破り、銀翼を唸らせる2機の雷電は、高度8000mの高みを行くB-17の頭上を取り、ありったけの銃弾を叩き込んだ。急転直下の一撃を喰らったB-17は悲鳴を上げた。天から降り注ぐ20mm弾の鋼鉄の雨と、2機の火星エンジンが織り成す重厚な協奏音が、B-17の肉体と精神を引き裂いたのである。どす黒い煙の筋が右翼から伸びてきたかと思いきや、次の瞬間には火を噴いた。炎に包まれたB-17はもうもうと黒煙を噴き出し、滑るようにして墜落を開始した。赤松と大山の勝利だ。



 『――大佐、横須賀からの救援はまだですか?』

 赤松は無線電話の受話器を手に取り、小園に訊いた。

 「到着は近いそうだ。だが、何故だ?」

 『弾切れです』赤松は言った。『1発も残っていません』

 小園は渋面を浮かべた。「そうか……俺もだ」そう言う小園は、キャノピーに広がる敵の大編隊を見張った。到着から十数分、壮絶な空戦は確かにソ連空軍側に大打撃を与えた筈だったが、未だ多数の爆撃機が生き残っていたのである。一旦、基地に帰還した飛行第二四四戦隊の再出撃までの時間稼ぎを心に誓っていた小園だが、この状況では困難と言えた。

 「このままでは撤――」

 小園が“撤退”の言葉を口に出そうとしたちょうどその時、戦闘空域の南端に、奇妙な機影が見えた。ロケット弾が射出されるのと同様の火を絶えず両翼から噴き出し、推進するその機体は、帝国海軍が誇る次世代型噴進戦闘機『橘花』に違いなかった。小園や第三〇二海軍航空隊の面々が歓喜を上げるよりも速く、その鼻先を駆け抜けて行った3機の橘花は轟然と吼え、甲高い発射音とともに翼下から次々と三式55mm噴進弾を解き放った。猛烈なバックブラストに橘花の姿は見えなくなったが、既に三〇二空の面々の視線は、大空に滑り出した複数の三式55mm噴進弾に注がれていた。碧空に白い軌跡を描きながら疾駆する計36発の三式55mm噴進弾は一閃、Pe-8とB-17が密集する編隊中央部に鮮やかな花火を散らせた。閃光と衝撃の後、そこには大きな穴がぽっかりと開いていた。

 「おぉぉぉぉッ!? なんという強さだ……」

 三式55mm噴進弾の威力に度胆を抜かれた小園は感嘆の声を上げた。

 目を覆うばかりの惨状を呈しているソ連空軍爆撃機編隊だが、それでも進撃の手を緩めなかった。帝都上空、千代田区は皇居直上のことである。遂にPe-8とB-17は重い積荷をこの神聖不可侵の地めがけて、解き放とうとしていた

 「させてなるものかぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 刹那、零戦を操っていた岩瀬一等飛曹は、『特攻』という恐るべき戦法を実行に移した。零戦の先鋭とした機体が宙に翻り、一直線にB-17の機首に突っ込んだのである。無論、この攻撃でB-17は爆散、炎上しながら皇居外苑へと墜落していった。

 「岩瀬の遺志を無駄にはするなぁぁぁぁぁッ!!」

 1機、また1機と特攻を敢行する帝国海軍戦闘機。弾薬が尽きた今、その身を弾丸として敵機を撃墜せんとする彼らの気迫は本物だった。遂に皇居に無数の爆弾と焼夷弾が解き放たれると、その爆弾や焼夷弾に狙いを定めて突撃せんとする機体まで現れる始末だった。しかし、現実には昭和天皇は敵機の進攻に備え、東京府内の地下鉄――対B-29空襲に備え、1940年のインフラ整備時に防空能力を補完した――へと避難し、皇国臣民を励ましていた。

 「各機、特攻止め! 繰り返す、特攻止めぇぇぇぇぇッ!! 陛下は皇居を脱し、ご健在である!」この事態に小園は特攻中止を命令した。昭和天皇が皇居を退避していることを知っていた小園としては、折角、数年の訓練を重ねて育ててきた精鋭達をみすみす失うのは、耐え難い損失だと考えたからである。それに何より、昭和天皇と山本五十六海相によって『特攻行為』自体が禁止されている――という事実もあった。

 『大佐、敵機が撤退を始めました』

 爆弾と焼夷弾を投下し終えたソ連空軍爆撃機は、順次旋回し、撤退を始めていた。先の特攻騒ぎにより、その機体数は数える程に削られていた。しかし炎上する皇居を目の当たりにしてしまうと、とても“勝利”とは言えない結果でもあった。

 

 

 こうして帝都防空戦は、後味の悪い結末を迎えたのである。





 

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