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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第7章 戦時の大和~1943年
81/182

第79話 国日共合作構想(後)

 第79話『国日共合作構想(後)』

 

 

 1943年8月21日

 満州国/奉天省


 日が明け始めて1時間、縦一列に編隊を組んで飛行する零式輸送機群は、東の丘陵の上で監視している電探防空網の索敵支援の下、安全に同空域を通過することができた。零式輸送機の右手座席に着く『東洋のリヒトホーフェン』こと篠原弘道少佐――冬戦争の戦果により、1階級特進――とその部下であり、『ノモンハン事件』からの戦友である『要塞花田』こと花田富男中尉は、飛来る敵機の風切り音が聞こえないものかと、身を震わせていた。武者震いである。彼らはフィンランド戦線で10機以上のソ連空軍機の撃墜記録を保持しており、この満州という始まりの地の空において再びソ連空軍機を撃墜できることを夢見ていたのだ。

 しかし2人の期待はどこへやら。飛行場が眼下に望める空域に到達しても何も聞こえず、ただただ奉天の近代発展を遂げた街々の景色が機体の丸窓に映っていた。

 その景色が映ると、沈黙が支配してきた機内からどっと話し声が響き始めた。神経質に笑いかける者もあり、驚くほど冷静に語る者もいた。終始無言の者もいる。第零特別航空隊の反応は様々なものだったが、いずれも対ソ戦に傾ける熱意と士気を十分に持つ者ばかりだった。

 満州有数の都市である奉天は同時に、日露戦争最後の会戦である『奉天会戦』や奉天軍閥の指導者であった張作霖を暗殺した『張作霖爆殺事件』の舞台としても有名な土地でもあった。機は、そんな奉天市街地の東方約20マイルに位置する奉天東飛行場を目指していた。

 奉天東飛行場は奉天市内に存在する幾つかの飛行場のうちの一つであり、東側を低く連なる丘陵とその麓を流れる河川に、西側は奉天市街地に面する。史実では1945年8月19日、満州国皇帝の愛新覚羅溥儀が脱出用にと用意された搭乗機の到着待ち時間中にソ連軍空挺部隊の襲撃を受け、捕虜となった飛行場としても有名である。

 

 

 米国のDC-3双発輸送機のライセンス生産機である零式輸送機はその銀翼を煌めかせながら奉天東飛行場に滑り込み、着陸した。此処、奉天の街は1937年の『盧溝橋事件』頓挫以降、満州国各地と同じように著しい発展を見せていた。重工業の取り入れによって航空産業が活発な発展を遂げ、現在では満州国内随一の戦闘機製造拠点の一つとなっている。奉天東飛行場からもそれは見受けられた。周辺地域が灰色の工場群によって囲まれ、戦闘機と思わしき物体の搬入がひっきりなしに続いていたのだ。市街地では軍用トラックやジープ、さらには民間の自動車などが走り、朝の渋滞が起こっていた。

 奉天からも分かるように、1937年以降発生しなかった『日中戦争』によって有り余った戦費をインフラ面の整備等に注ぎ込まれた満州国は、アジア随一の新興国としてその名を馳せていた。アメリカやソ連を倣った重工業中心の経済発展計画は功を奏し、軍需品を中核とした工業製品――しかも低価格・良品質――の製造を満州国独自で執り行うまでに成長していたのだ。そんな成功した満州国をソ連が狙うのも無理はない話といえる。

 「ぐずぐすするな! 降りろ、降りろ」

 つい最近、第零特別航空隊飛行長に就任した篠原は零式輸送機に搭乗していたエース・パイロット達を速やかに、そして規律正しく降ろすために気を引き締めた。この類の人間――飛行機乗り――がもっとも気を緩めるのは機体から降り立ち、地に着くまでの間の時間だ。軍での規律を第一とする帝国海軍においては、一瞬の気の緩みも許されない。だから篠原は急かすのだ。

 アスファルト舗装の滑走路の両端には大日本帝国海軍の最新鋭戦闘機『紫電』一一型が並んでおり、第零特別航空隊の飛行機乗り達ははっと息を呑んだ。『紫電』一一型――史実における『紫電改』に匹敵する性能を誇る帝国海軍の新鋭戦闘機は1943年5月に生産が開始され、20機近くが第零特別航空隊に配備されていた。今物語の紫電一一型は、史実の『紫電改』においてようやく採用された中翼から低翼への主翼配置に加え脆弱だった脚部の改良、腕比変更装置の搭載、高性能無線電話の配備(第零特別航空隊仕様として、徹底的な改良が施されて米軍機並の性能を有している)、さらに『自動空戦フラップ』が搭載などの改良が施されていた。この『自動空戦フラップ』は離着陸に利用されるフラップを応用した空戦戦法――速度を落としながら効率的に旋回する――を自動で行うという機械制御システムのことで、日本独自の技術だった。史実では1943年に川西飛行機によって実用化されるものだが、今物語では1937年から『夢幻の艦隊』に詰まれていた零戦等にこの自動空戦フラップが搭載されていたものがあり、そこから開発が進んで1941年には実用化されている。

 紫電一一型の猛々しいフォルムに感動して、搭乗員達はその機首と向き合った。

 その性能諸元は――。


 ■『三式艦上戦闘機紫電一一型』性能諸元

 

 全長:10.020m

 全幅:11.990m

 全高:3.98m

 主翼面積:23.5㎡

 主翼荷重:161.70kg/㎡

 自重:2,960kg

 最高速度:610km

 発動機:火星二五型(離昇2,000馬力)

 航続距離:2100km

 兵装

  翼内:九九式20mm機銃×4

  (携行弾数各200発)

  翼下:三式55mm噴進弾×6

    :60kg爆弾×4 250kg爆弾×2


 総合的な性能、外観、運用思想からも分かるように、今物語の『紫電』一一型は米海軍の主力艦上戦闘機であるF6F『ヘルキャット』に酷似していた。これは『夢幻の艦隊』から鹵獲したF6Fを基に各航空メーカーが開発を進めた結果である。川西飛行機はF6Fを反映させて練り直した設計で機体を、三菱重工業はプラットアンドホイットニー社製R-2800『ダブルワスプ』エンジンに酷似した性能の空冷複列星型18気筒エンジンの開発に成功し、紫電一一型はなるべくしてF6Fそっくりになっていた。

 また紫電一一型は史実の紫電改よりも優れ、F6Fに引けを取らぬ防弾性能を有していた。まず、主翼や胴体内に搭載された燃料タンクは全て防弾タンク――外装式の防漏被膜を施した――であり、炭酸ガス噴射式自動消火装置を搭載している。さらに風防には零戦とは比べ物にならない程厚い防弾ガラスが張られており、パイロットの生存性向上に務めることとなった。

 これらの技術的進化を遂げ、金星搭載型零戦や老朽化したF6F、F4Fといった第零特別航空隊機の後継を務めることとなった紫電一一型は、まさに新時代の戦闘機だった。最高速度では2200馬力のエンジンを持つ『烈風』には負けるが、それでも十分過ぎる性能を有していた。紫電一一型はこの奉天にある飛行機工場を始め、満州国・日本本土の各地で零戦の製造レーンに代替してその生産が始まっており、帝国海軍の試算によれば1944年度までに約1000機の配備を見込んでいた。

 「いいだろう? 紫電ってヤツは」

 突然、背後から語り掛けてきた声に篠原が振り向くと、そこには『大和会』メンバーにして満州国生みの親である石原莞爾陸軍大将の姿があった。朝陽の眩い逆光に思わず腕で目を覆った篠原は、その右腕をさっと額に押し当て、敬礼に繋げた。

 「おぅおぅ。そう硬くならんでいい」

 石原は笑いながら言い、続いて敬礼した淵田美津雄海軍大佐に視線を向けた。淵田は第零特別航空隊の司令として冬戦争を戦い抜き、ソ連空軍機12機を撃墜したエースである。

 「石原閣下、お待ち頂きまして恐縮です」

 「いいんだよ。俺にはたっぷり時間があるからな」

 石原はそう言い、紫電一一型の機体に手を触れた。

 「俺はね、淵田大佐。満州でこんな日が来るなんざぁ思わんかったね。それだけでも、生きてきた甲斐があったってもんだよ」

 重工業やEU加盟国(英・独・伊・仏等)による海外資本の進出、そしてユダヤ人自治区の誕生による技術躍進という複数の成長戦略で飛躍的発展を遂げた新興国家――満州国。その“日いずる国”の地下奥深くに膨大な『夢』が詰まっていることについては、この時点では石原を始めとして誰も知らない。

 「閣下、ご命令を」

 「おぅ。実はな、毛沢東と“麻雀”でもやろうかと思ってね」石原は笑みを漏らした。「護衛を頼みたいんだ……私と、第1挺進集団の」

 淵田は眉を顰めた。「毛沢東……。奴の居場所が分かったんですか?」

 「あぁ……簡単じゃなかったが」石原は頷いた。「共産党はソ連空軍から戦闘機を供与されているという噂もあれば、米軍から爆撃機を供与されているという噂まである。中にはドイツ軍からという話も。真偽が定かではないにせよ、これは由々しき問題だと考えておいてくれたまえ」

 「はッ、了解しました」

 石原は頷いた。「共産党の拠点は陝西省延安の洞孔だ。関東軍の1個挺進聯隊が空挺降下した後、洞穴内部に突入し、毛沢東とその一派を捕縛若しくは射殺する。それまで、君ら第零特別航空隊は上空警戒にあたってくれ。そして、周辺地域から接近する地上や上空の敵を排除して貰いたい」  

 「どうやってこの場所が分かったんです?」

 淵田は不思議に思いながら訊いた。

 「ここにいる共産党員の一人が寝返ったんだ」石原は言った。「きっと穴蔵生活に疲れたんだろう。彼は地上の日の光を朝起きてすぐに浴びたかったのさ」

 なるほどと思いながら淵田は頷いた。「いつ始めますか?」

 石原は淵田を見た。「いまからだ」

 「了解。出撃準備をすぐに済ませます」

 空は徐々に白みつつある。おそらく、今日までには決着はつくはずだろう。そうなれば、中国大陸における不毛な戦いにピリオドをつけることができ、新生共産党を絡めた『国日共合作』によって対ソ戦に向けた準備に全ての力を注ぐことができるだろう。石原はそんなことを考えながら、曙光に煌めく紫電一一型の機体を見据えた。


 

 1943年8月21日

 中華民国/陝西省

 

 3個挺進中隊計347名を載せた一〇〇式輸送機23機と一式貨物輸送機12機は縦一列になって長大な編隊を組み、中国大陸の内陸部、陝西省上空を驀進していた。しかしこの時、機内の室温は真夜中にも関わらず35度を記録しており、歴戦の挺進兵達も汗をかかずにはいられない程のムシムシした暑さだった。しかし挺進兵というのはエリート意識が強いだけにあらず、それに見合った精神力の持ち主達でもあった。整然と横一列に並んだ挺進兵達はものを言わず、ただただ沈黙を貫くばかりだった。いつしか、機の丸窓は中国大陸内陸部には特有の環境を形成する『黄土高原』によってその名の如く黄土色一色に染め上げられていた。

 「黄土高原……延安は近いぞ」

 挺進第一聯隊長、吉澤益男中佐は言った。

 数十分後、左右を計20機の紫電一一型戦闘機と12機の零戦五二型に護られた一〇〇式輸送機と一式貨物輸送機は、降下予定地点の上空に達した。

 「降下始めッ!」

 乗降扉が開かれ、猛烈な突風が機内を駆け抜けた。突風の風切り音と零式輸送機の金星五二型エンジンの轟音が響き渡る中、挺進兵達は次々と乗降扉を潜って空に飛び出した。そしてそれから数分後、一〇〇式輸送機と一式貨物輸送機は速やかに空域を離脱し、やがてその姿を消した。その航行路には幾つもの白い華が咲き誇っていた。挺進兵が背中に抱えていたパラシュートだ。パラシュートは螺旋を描くようにして降下していき、やがて延安の黄土色の大地と対面した。

 


 挺進第一聯隊の挺進兵達が空挺降下を成功させると、随伴していた第零特別航空隊はその半数の戦闘機を輸送機編隊の護衛に就かせ、半数が延安上空に残った。その居残り組の中には、飛行長篠原や花田中尉、『大空のサムライ』として幾多の死地を乗り越えてきた坂井三郎海軍上等飛行兵曹の姿があった。彼らはいずれもF4F『ワイルドキャット』やF6F『ヘルキャット』を操っていたので、それに近い性能を持つ新型戦闘機『紫電』一一型に比較的スムーズに乗り換えることができていた。

 『少佐、我々はここで待機ですか?』

 そう言ったのは、坂井だ。徹底的に改良が施された紫電の無線電話は、史実の帝国海軍が有することも出来ない程の高品質を実現しており、やや雑音が混じりつつも澄んだ声が響いていた。

 「そうだ……ここで待機だ」

 篠原は返答した。しかし味気が無い。『冬戦争』時のカレリア地峡戦線で歴戦のソ連空軍パイロット達と壮絶なる戦いを繰り広げてきた篠原はそう思った。

 『分かりました少……待ってください』坂井の声色が変わったのを、篠原は感じ取った。『……機影が1つ。右30度……いや、3機です。未確認機が3機。こちらに向けて接近中。距離3000』

 「安全装置解除」篠原は冷静な声で言った。

 篠原が戦闘の準備を命じていたちょうどその時、坂井の無線が割り込んできた。

 『少佐。機種が確認出来ました。Il-4です』

 その坂井の報告に篠原は、渋面を浮かべた。Il-4は航続距離4000km超の長距離爆撃機だ。もしやこの計画が敵側にばれ、挺進聯隊に向かっているのではないのかと、篠原は不安を覚えていた。しかし同時に、フィンランド戦線では爆撃機よりは長距離偵察機として運用されていたことを思い出し、余計不安を覚えていた。

 「Il-4か、その3機全ては?」

 『……はい。間違いありません』

 3機のIl-4。偵察機としては妙だ。やはり爆撃機か? 篠原はそんなことを考えながら、風防の外に広がる漆黒の世界を見据えていた。

 「篠原一番より全機、Il-4を撃墜する。突撃開始!」

 次の瞬間、13機の紫電は吼えた。2000馬力の火星二五型エンジンが轟音を放ち、黒煙が宙を漂ったかと思うと、紫電は猛スピードで延安上空を駆け抜けた。F6Fに匹敵するスピードだ。この時、特別任務と性能実験を兼ねて米国製の140オクタン価ガソリンを充填されていた紫電は、僅か数分で速度600kmを軽く超え、未知ともいえる速力を発揮していた。

 「670キロ……」

 速度計の針が指す先を見て、篠原は唖然とした。普段F6Fに搭乗していたとしても味わえない速度だ。それを帝国海軍の戦闘機が発揮しているのだから、目を見張るしかない。

 「Il-4と会敵、撃墜する!」

 『了解』

 各機からの返答を耳にした刹那、3機のIl-4が扇状に展開しながら、闇を引き裂くようにしてその姿を現した。双発のプロペラは鈍い音を立てながら回転し、何事もなく飛行を続けている。

 しかし次の瞬間、Il-4は木端微塵に粉砕された。紫電両翼下に搭載されていた三式55mm噴進弾が咆哮、6発の噴進弾が時間差を付けて空中で炸裂した。Il-4のジュラルミンの装甲が見るも無残に引き裂かれ、黒煙が立ち昇る。噴進弾の直撃を食らったその機体は、四肢を引き裂かれ、炎に焼かれながら空中分解していた。

 「1機撃墜。これで撃墜マークが1つ増えるな」

 逃げ惑うIl-4の2機を見つめながら、篠原は呟いた。このIl-4も数分後には友軍の紫電によって撃墜され、黄土高原へとバラバラになって降り注ぐこととなる。

 

 

 「……いつまで持つか分からんのか? もうすぐそこまで迫っているんだ!」

 延安。中国共産党の拠点がある窰洞(ヤオトン)では、中国共産党指導者の毛沢東が援軍の歩兵部隊及び飛行部隊と連絡を取り付け、その到着を待っている最中だった。旧式のソ連製無線機を手に握り締め、それら援軍部隊の指揮官に怒鳴りつける毛の耳には、挺進兵達が一式自動小銃(M1カービンの国産品)を炸裂させ、その凶弾に倒れる共産党兵士達の末期の悲鳴が響いていた。毛は無線機に向かって怒鳴ると、次は窰洞に共に潜伏していた共産党員達に向かって怒鳴るということを交互に繰り返していた。

 

 同時刻、飛行場から飛び立った23機のI-16は中国共産党空軍ではなく、『ソ連空軍志願隊』というソ連空軍の義勇部隊のものだった。そもそも大日本帝国軍と中国革命軍による徹底的な弾圧を受けた中国共産党に独力で空軍を持てる力も無く、またソ連の支援があっても自空軍として運用するだけの能力も無かったのだ。

 このソ連空軍志願隊は1941年のEU結成以降、中国共産党に送り込まれていた。部隊はI-16戦闘機40機からなる戦闘機大隊とSB双発爆撃機40機からなる爆撃機大隊によって編成されている。この志願隊は43年7月以降から徐々に撤退を始めており、本来は40機ほどあったI-16も23機しか残っていなかった。そして今、その23機の全てが延安上空にあがり、SB双発爆撃機を率いて毛沢東一派支援に向かっていた。

 「ソ連空軍の中国志願隊か……厄介だな」

 紫電の風防越しに映る大編隊を見て、篠原は呟いた。

 『しかしI-16程度では、この紫電の敵ではありますまい』花田は言った。

 「だが……爆撃機を1機でも通せば、地上に残る挺進隊が被害を被る」

 篠原はそう言い、顎を擦った。因みに、先ほど彼らが交戦したIl-4はモンゴル空軍の機体で、毛沢東を通じて日本軍の攻撃を知ったソ連空軍志願隊が要請した偵察機だった。 

 「篠原一番より全機、方位10度より敵機編隊接近。数は……約40!」

 機影が約40、黄土高原を南北に貫いた呂梁山脈の西縁からその姿を現したのは、全体的に白みがかった暁暗の頃のことだった。白い幕のように山脈の頭上を覆う暁空は、敵機の機影をぼんやりと投影している。

 「篠原一番より全機。決して敵機編隊の侵入を許すな!」

 こうして念を押すと、篠原はスロットル・レバーを前方に押し出し、紫電一一型の心臓部たる火星二五型空冷複列星型18気筒エンジンを吼え立たせた。

 1939年にこの第零特別航空隊に編入されるまで、篠原は訓練にと九七式戦闘機を操縦したことがあるが、その時のスロットル・レバーを手前に引くことによって加速していた。これは昔の帝国陸軍の戦闘機は殆どそうだったのだが、普通の人間は手前に押し込めばスピードが上がると思うものなので、今でもその意味が分からずにいた。その理由は、帝国陸軍はフランス軍から。帝国海軍はイギリス軍から航空機の技術を学んでいたからなのだが、それを考えると陸海軍の仲が悪かったのも頷ける。イギリスとフランスといえば、100年戦争・第二次100年戦争といった具合に中世から対立し、憎み続けてきた間柄であり、それは近代においても大きな禍根を残している。それが帝国陸海軍の仲にも少なからず反映しているのかもしれない。「陸海軍相争い、余力を持って米英と戦う」などとはよく言ったものだが、この帝国陸海軍の世界に類を見ない仲の悪さは、この2つの国の怨念でも乗り移ってしまっているのではないかと思ってしまう。

 話は戻り、ソ連空軍志願隊と帝国海軍第零特別航空隊の空戦は間近に迫っていた。刻一刻と時間は過ぎていく。篠原は操縦桿を握り締め、機銃発射スイッチを強く押し込んだ。刹那、九九式20mm機銃が咆哮し、4本の火箭が唸りを上げて、毛沢東の窰洞に向かわんとする敵を貫いた。20mmの圧倒的殺傷能力を見せ付けたその攻撃は、脆弱なI-16戦闘機を蜂の巣とした。

 しかし敵は怯まなかった。数に任せた弾幕を形成し、数に劣る紫電・零戦隊を圧倒したのだ。篠原は緩やかな右旋回で弾幕を避け、その大馬力エンジンを活かした速力をもって敵機編隊後方に回り込むことにした。その結果、後方へと回り込むことができつつあったのだが、そこで篠原は目を疑う光景を目の当たりにしてしまった。

 「び……B-17だと!?」

 突如として紫電の右翼側にB-17『フライングフォートレス』の巨大な機体が、けたたましい轟音を放ちながら現れ、ジュラルミンの巨体で黒い空を埋め尽くした。その数は6機。

 「石原閣下の話は本当だったのか……」

 それは、アメリカが中国共産党やソ連に介入している事実のことだ。民主・自由主義を唱えるアメリカが共産主義国家を援助するのは一見矛盾しているが、当時はそれほどまでに国内経済が逼迫していた。雇用低下、失業増大、負債倍増と負のスパイラルを繰り返し、国際的信用の欠如とEUによる『世界的ブロック経済政策』によって除け者にされたために輸出経済は壊滅的なダメージを受けていたのだ。ソ連のスターリンは『対EU戦争』と『アメリカ経済の救済』を口実にB-17の大量購入を申し入れ、ルーズベルト大統領はそれを容認した。それがこの結果だった。

 『驚きましたね、少佐。まさかソ連空軍が……』

 篠原は頷いた。「まぁ、B-29じゃなかっただけマシじゃないか」

 いくらか落ち着いた声で篠原は花田に言ったが、内心驚きを隠せずにいた。まさかB-17が出てくるだろうとは、夢にも思っていなかったのである。義勇航空隊にこれが配備されているとあれば、ソ連空軍の極東方面軍に配備されていない訳がない。来たる対ソ戦では、嫌という程この機体を目にするになるかと思うと、篠原はぞっとした。

 数秒足らずして先頭のB-17から鋼の洗礼が降り注いだ。12.7mmM2重機関銃13挺が一斉に火を噴き、闇夜にB-17の鈍重そうな機影を浮かび上がらせた。金色の線が四方八方を飛び交い、黒煙と火の粉と空薬莢が宙を舞う。4基の巨大なプロペラが空を切り裂き、ついでにM2重機関銃が高空より接近していた零戦1機を引き裂いた。刹那、零戦は真っ白な乳白色の光の玉となって爆発した。零戦の両翼は影も形もなくなっていた。が、胴体は真っ赤に燃え続けながら降下していた。それはまるで大日本帝国を象徴する――日の丸だ。大和魂を見せた零戦はB-17の巨大な右翼を掠め飛び、空中で爆発した。そしてその破片は、派手ではないが致命的なダメージをB-17の右翼部のレシプロエンジンに与えた。B-17は白煙を曳きながら、なおも驀進を続けている。

 「時間がない。畜生ッ!」

 悲鳴にも似た篠原の声とともに、B-17の搭載機銃が一斉に撃ち出された。両者との間は僅か500mの距離しかない。篠原は即座に機銃の固い引き金を引き、両翼に搭載された九九式20mm機銃4挺が金色の閃光を四方に巡らすと、B-17が火を噴いて堕ちることを祈った。

 刹那、篠原はB-17が強烈な閃光と炎によって乳白色に染め上げられる光景を見た。機体が黒煙に包まれて何も見えなくなり、轟音を立てながら右斜めに傾きながら落ちていった。

 そんな光景を目の当たりにした篠原は、B-17の初撃墜に興奮を隠し切れずにいたが、同時に不安も覚えていた。紫電は確かに優れた機動性を誇る新機軸の戦闘機足り得たが、武装の弱さが露呈したのだ。B-17のような重爆撃機に対し、20mm機銃では力不足だということだ。そのため、対重爆用の30mm機銃の搭載が急がれる。

 「次だ。奴らは怯んでない」

 篠原は操縦桿を握り締め、眼前を驀進するB-17編隊に再び照準を合わせた。



 「まだ制圧出来ないのか?」

 延安。中国共産党拠点の窰洞内部。徹底的な抗戦を唱える共産党兵士を前にして、挺進第一聯隊長の吉澤中佐は言った。出来れば明け方までには戦闘を終了させ、毛沢東をこの手に収めたい。それがたとえ亡骸であっても――だ。

 「待ってください。敵の抵抗が――」

 「もう待てんッ!」

 一式自動小銃を握り締め、吉澤は窰洞の通路に飛び出した。

 「“奴”だ。奴を発見した!」

 吉澤は叫び、窰洞を駆け抜ける毛沢東の姿を指した。一式自動小銃がカタカタと鈍い音を立て振動する。そして腰だめで狙いを定め、一閃した。刹那、吉澤の視界には、背中を嘗めるように銃火が迸り、その激痛で前のめりに倒れ込む毛沢東の姿があった。

 共産党員の屍の山を前に、毛は胸部を抱えて地面にへたり込んでいた。洞穴生活でこびり付いた汚れの上からも、毛が血の気を失い、雪のように真っ白くなっているのが分かる。胸を抱えている毛の指の間からは、紅い血が染み出していた。

 「手間取らせやがって……」

 喘ぎ喘ぎになりながら、吉澤は呟いた。

 「等……等一下……(ちょ……ちょっと待て……)」

 毛は声にならない声を上げた。

 「黙れ」

 「等――」

 

 ――パンッ!!


 

 「……中佐、敵は全滅しました」

 「ああ。いまはな」吉澤は毛沢東の側近、李国貴の屍を見下ろしながら言った。毛を助け出そうと拳銃片手に勇んで駆け付けた李だったが、歴戦の挺進兵たる吉澤の敵ではなく、呆気なく死を遂げていた。「すぐに撤退するぞ。外にジープは用意してあるな?」

 部下の挺進兵は頷いた。これは挺進聯隊の空挺降下時に投下されたものである。 

 「毛沢東は確保したが、出血が酷い。適切な処置を施さねば……」

 吉澤は拘束された毛を見て、首を振った。「間に合うかどうかは分からんが」


 

 1943年8月22日午後12時10分。中国共産党指導者の毛沢東は――この世を去った。享年49歳。史実よりも34歳若くしての死だった。同日、その報はアジア全土に伝えられ、共産党やソ連にも入ることとなった。

 


 それから1週間後、米内光政、蒋介石、王明、愛新覚羅溥儀の4名が満州国新京に一堂に介し、『国日共合作』が成立――正確には『国日共満合作』だが、後世の歴史書等では国日共合作と明記されることが多い――する。大日本帝国、中国国民党、中国共産党、満州国という中国大陸を席巻する4つの国は、北から迫る『ソビエト連邦』を共通の敵として定め、徹底抗戦と共同戦線の確立を誓ったのである。こうして中国は、限定的ではあるが――一つになった。

 

 

  

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