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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第7章 戦時の大和~1943年
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第77話 運命の女神は血の涙を流す(後)

 第77話『運命の女神は血の涙を流す(後)』

 

 

 1943年7月31日

 ソビエト社会主義共和国連邦/モスクワ


 クレムリン。ソ連の中枢たるその城塞の中では、今まさに世界の命運を左右する重大な会議が開かれていた。スターリンが『本物の戦争』――と称す、空前絶後な戦争の軍事計画会議である。カザコフ館の大会議室には、ソ連共産党の閣僚とともにソ連軍最高総司令部『スタフカ』の面々、そしてスタフカの常設顧問団が一堂に集められ、それぞれの椅子に座ってことの成り行きを見守っていた。そしてそんな彼らの視線は長机の最上部を陣取る男、ソ連赤軍最高総司令官でありソ連最高指導者でもあるヨシフ・スターリンに注がれていた。スターリンはイギリス製の高価なラジオの前に座り、腕組みしながらふんぞり返っていた。その顔は皺が深く入り、真っ赤に染まりつつあった。

 「おのれ……」スターリンは呟いた。「おのれおのれおのれぇぇぇぇぇぇぇぇええッ!!!!」スターリンはこの上ない憤りを爆発させ、ラジオを取っ掴んで思いっきり振り上げると、それを馬鹿力で机に叩き付けた。ラジオは鈍い風切り音を立てながら猛スピードで急降下し、机に直撃して木端微塵に吹き飛んだ。それでも鼻息荒いスターリンは、その怒りの発散を出来切らずにいた。

 「落ち着いて下さい。同志スターリン」

 ソ連軍参謀本部第一次長を務めるアレクセイ・I・アントーノフ中将は心配そうに言った。彼は史実の1945年2月、ソ連軍参謀の長たる参謀総長を歴任し、スタフカ入りする筈の男だ。

 「黙れぇぇぇぇッ! このベラルーシの田舎者が!! 儂に向かって命令するつもりか……ソ連赤軍最高総司令官の儂を……」スターリンは横柄極まりない口調で罵った。「ポーランド野郎とリトヴァク(ユダヤ人)の薄汚い血が混じったようなベラルーシの雑種は黙ってそこに突っ立っておれば良いのだ。全く……貴様は自分の血統を恥と思わんのか……? もう少し身分に見合った行動を慎め」

 人種平等、男女平等を唱える共産主義の権化たる男が、このような言葉を発するのは問題行為といわざるを得ない。そもそものスターリン自身も、複数の帝国に支配されて色んな血が入り混じったグルジア出身なのに――ということもある。しかし、この国ではスターリンこそが絶対的存在――“正義”なのだ。

 「同志スターリン。その助言も、ベラルーシの雑種には理解し難いことでしょうな」

 ソ連秘密警察、内務人民委員部(NKVD)長官のラヴレンチー・P・ベリヤは媚び諂うような表情を浮かべて言った。スターリンの粛清を支えてきたこの男は、ある意味スターリンよりも冷酷非道といえた。先日の『モロトフ旅客機撃墜事件』でマクシム・Z・サブーロフが死亡したため、現在、空席になっている人民委員会議副議長(副首相)とNKVD長官職を兼任している。

 「……同志スターリン。お許しください」

 アントーノフは怒りに満ちた表情を押し殺しながら言った。彼はその場の感情に負けて怒鳴り散らす程、馬鹿ではない。そんなことをしてスターリンを不快な気分にさせれば、次の日にはシベリアか処刑場へのチケットを渡されることになるからだ。

 「同志アントーノフ、説明を」

 ベリヤは不敵な笑みを浮かべて言った。

 「……本日、ドイツのフランクフルトにて我が空軍による爆撃がありました」アントーノフは言った。「しかし当の空軍は、そんなことは命に賭けてやっていないと言っておりまして……」

 「それは分かっておる」スターリンはきっぱりと言った。「問題は……何故、我が空軍のTB-3がドイツの――ヒトラーの手に渡っておるか、だ!」

 スターリンの怒気に押され、ソ連空軍総司令官のアレクサンドル・A・ノヴィコフ元帥はたじろいた。「ど……同志スターリン。それはおそらく、『冬戦争』でカレリア地峡の前線に展開していた急設飛行場に駐機してあったものだと推測されます。基地司令官のコバリョフ少将によると、TB-3を始めとする多数の機体がドイツ軍の手によって鹵獲されたと……」

 スターリンは渋面を浮かべた。「そのコバリョフだかいう男は……今どこにいる?」

 「極東軍管区のザバイカル方面軍です」

 「ではシベリアに近いな」

 冷徹に歪められたスターリンの表情を見て、アントーノフは悟った。コバリョフは間違いなく収容所行きだ。それか若しくは――処刑。

 「問題が1つ解決した」スターリンは言った。「続けたまえ、同志アントーノフ」

 ソ連共産党閣僚、軍幹部の射るような視線を浴びながら、アントーノフは話を続けた。「問題はTB-3の航続距離です。TB-3は旧式機で、燃料を満タンにしても1350km程度が限界なのです」

 「それの何が問題なのだ?」スターリンは首を傾げた。

 「EUの緊急決議でヒトラーが言いますように、このTB-3でフランクフルトを爆撃するとなると、バルト海ルートでのドイツ直接侵入は不可能です。燃料が足りません」ノヴィコフは言った。「するとTB-3がドイツを爆撃するには大陸ルートでの侵入以外は不可能となり、“中立地帯”のポーランドを通過しなければならないのです。つまり……」

 「つまり、我がソ連がポーランドの中立を破った――と?」

 スターリンは言った。

 「その通りです。同志スターリン」ノヴィコフは頷いた。「ヒトラーはこれによって大陸からの侵攻を企てています。先刻も、数機のドイツ空軍偵察機がウクライナ上空で確認されました」

 ヒトラーが画策した“第2プラン”の最大の狙いは、ポーランドという中立地帯を消し去り、大陸ルートでのソ連全面侵攻を成し得ることにあった。まさに史実での『バルバロッサ作戦』を画策していたのである。それも、イギリスやフランスを後方支援や側面防御に絡めたという、これまでにない規模の軍団によって――である。

 「やってくれたな、ヒトラー」

 スターリンは唸りながら言った。「肉を切らせて骨を断つとはよくいったもの。いや……この場合は肉を切って骨を断つか」

 「同志スターリン。如何いたしましょうか? やはり世界に向けて否定の――」

 「よい。何も言わんでよい」

 スターリンの言葉に、一同は唖然とした。スターリンは自ら冤罪を被るというのだ。「むしろ好都合だ。これで『バクラチオン作戦』もやり易くなったというものではないか」

 「しかし同志スターリン、『バグラチオン作戦』は来年の3月~4月を決行予定としています。その間に大陸側からEU軍に押し寄せられますと……」

 スターリンはかぶりを振った。「それは“スターリン・ライン”で対処すればよい。『バグラチオン作戦』の準備に支障を来さぬならば、いくらでも人員・資源の投入を許そうではないか。すぐにスターリン・ラインの強化とレニングラード方面軍の再建を進めたまえ」

 


 『バグラチオン作戦』――それはスターリンが『本物の戦争』と銘打って計画された、EUへの全面侵攻作戦の秘匿名称である。作戦名は、ロシア帝国時代におけるナポレオンとの『祖国戦争』で活躍したピョードル・バグラチオンに由来し、史実の1944年6月に行われたソ連赤軍の反撃作戦と同名だった。しかしこれは、そんな祖国戦争やドイツ軍への反撃攻勢よりもはるかに壮大で、未曾有ともいえる一大攻勢作戦だったのだ。

 予定総投入戦力は500個師団1500万名、戦車・自走砲50000輌、航空機70000機、火砲250000門。そのうち300個師団900万名が前線に投入、残り200個師団600万名が予備戦力として後方に温存配備される。そして前線に投入される300個師団のうち、200個師団600万名がヨーロッパ-フィンランド・ポーランド国境地域に、100個師団300万名が満州国国境地域に配備され、大規模な攻勢を掛けるのだ。『冬戦争』での敗北がEUに対する戦力不足だとばかり考えていたスターリンは、これだけの戦力を揃えれば圧勝出来るだろうと、考えていた。

 しかし、アントノーフを始めとする幕僚達は、この『バグラチオン作戦』が1950年以降――どれだけ早くても1945年までは開始されないことを望んでいた。何故なら、ソ連軍はこの時点でもまだ連邦国家の正規軍としての整備が完璧に整っておらず、どちらかというと“革命軍”の色の方が強かった。陸海空軍の区別は名称だけで、おしなべて言えば『ソビエト赤軍』であった。連邦軍ではなく、労働者のような雑兵と稚拙なドクトリンの下に運用されていた労働者・農民赤軍だったのだ。

 そんな言葉を証明するように、史実、赤軍が『ソビエト連邦軍』へと改変されたのは、戦後1946年2月のことだった。この頃には各赤色陸海空軍でも戦争上の経験から確固たるドクトリンが成立しており、充実しているとはいえないが、ある程度は軍の運用が可能になっていた。

 そこでアントーノフらの“不安”の話が出てくる。『人海戦術』とも言えないような稚拙な戦術上で多数の兵士を運用している赤軍は未熟で、1500万名もの兵員を投入するような今作戦には時期尚早と心配だったのだ。彼らは『冬戦争』規模の小規模戦争で経験を積み、スターリンによる粛清の嵐の傷が癒えた頃合いにこの作戦を実行するのが最善の策だと考えており、それが1950年だった。そもそもソ連赤軍は史実でもそうだが、1940年代は軍内の整備――すなわち近代化や再編成、ドクトリンの確立に注ぎ込み、戦争に突入するタイミングを50年代に見ていた。そのため史実でも、ドイツによって引き起こされた第二次世界大戦でも傍観を決め込むつもりだったようだが、結局は『バルバロッサ作戦』に伴う独ソ戦開戦によってその計画は頓挫した。

 「いいか諸君、儂はな……ドイツに憤りを覚えておるのではない。EUに……ドイツという国に肩入れして我がソ連を陥れんとするEUの全ての国に憤りを覚えておるのだ」スターリンは言った。「これは復讐ではない、報復ではない、反撃でもない。“解放”だ。ドイツやイタリアや日本のような帝国主義、フランスの共和主義、イギリスの民主主義という旗下に集う人民を解放するための『聖戦』――なのだ!」

 アントーノフはこの時、スターリンが何を成し得ようとしているのかが理解出来た。彼がやろうとしているのは、ドイツなどといった国への報復ではなく――“全ての支配”なのだ。そう、スターリンはヨーロッパ、アジア、中東といったEUに恭順する全てを制圧し、支配下に入れようとしている。これはEUとの戦争ではなく、いわば『ユーラシア大陸の全制圧』なのである。



 独裁者というのは派手で大きなものを好むというが、これはスターリンの肥大化し過ぎた“憎悪”と“妄想”によって生み出された――『醜い戦争』だった。

 



 

皆様、明けましておめでとうございます。


本年も更新が遅れるようなことが多々あると思いますが、精一杯頑張っていきたいと思いますので、今後もよろしくお願い致します。



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