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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第7章 戦時の大和~1943年
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第73話 オーロラ作戦(前)

 第73話『オーロラ作戦(前)』

 

 

 1943年6月24日

 ソビエト社会主義共和国連邦/レニングラード州


 ドイツ空軍による報復爆撃――『レニングラード空襲』が勃発した1942年12月1日以降、レニングラード市はEU軍の侵攻に備えて、市民の移動に制限を出し始めた。外出禁止時刻が設定され、党員や政治士官達から“特別許可証”を発布してもらった場合に限って市外への外出が認められた。しかし、そんな許可証を発布してもらうことは容易でないし、ソ連軍部が重要な前線労働力をみすみす失うことを許す筈も無かった。こうして1943年、約300万人以上のレニングラード市民は『冬戦争』におけるソ連軍フィンランド侵攻軍の橋頭堡に事実上、拘束された形になってしまう。

 1943年1月以降、EU(ヨーロッパ同盟)軍がソ連に対する攻勢を強化するにつれ、レニングラードの空気も以前に増して緊迫し、反愛国的な敵意を見せる市民団体も出てきた。保安上の問題から、一度でも反国家的な思想・行為を起こしたとする市民は国家反逆者とされ、その場で射殺されることもあれば、専用の収容所へと送られるケースもあった。大抵は大陸の鉄道網を駆使してソ連領の各方面に送られ、労働力として再利用する。ソビエト国民は母国のためにはその命を捧げ、母国に相反する敵のためには銃を向けることが当然の行為だと考えていたスターリンにしてみれば、何の変哲も無いプロセスだった。

 

 その一方、EU軍部内ではこのレニングラードに対する大規模な戦略爆撃作戦の準備を進めていた。これはソ連軍によって引き起こされた『冬戦争』におけるソ連軍がカレリア地峡に居住するフィンランド人・及びEU各国兵士に行った非人道的な行為――戦略爆撃、捕虜虐殺、暴行、強姦等――全般への報復処置であり、後にEU理事長であるアンソニー・イーデン英首相はこの作戦のことを「悪事を働いた奴らが報いを受けるべき時期だった」と語っている。

 この作戦に際して、イギリス空軍は本国や植民地に配備していた機体をかき集め、さらには練習機等も含めて1300機の爆撃機を用意した。ドイツ空軍もまた、生産の前倒しや練習機の利用という努力の末、1500機近い爆撃機の調達に成功していた。両国は当初から戦争への積極的参加を続けてきたため、当然の行為だといえる。

 しかし、同じように意欲的に爆撃機を集めたのは何もイギリスやドイツに限ったことではない。普段は消極的なフランス空軍・スペイン空軍・イタリア空軍でさえ、集められるだけの機体を集めた。これはそれぞれの国で色んな思惑があるからだったが、どの国も共通して『ソ連からの講和要求』を引き出したいという意図が含まれていた。大規模な空爆によってフィンランド侵攻の橋頭堡たるレニングラードを壊滅させ、ソ連側から『講和』という言葉を引き出したかったのだ。そうしてEU側に有利な条件を呑ませ、戦争を終結させようと各国は考えていた。これに反し、ドイツは今回の作戦を対ソ連本土への侵攻に備えた準備爆撃――という意図が思惑のウェイトを占めており、『講和』の2文字などは絶対にあり得なかった。彼らは第一次世界大戦、大恐慌を再生させるにあたって背負ったヨーロッパ諸国への負債をソ連国内の資産で補いたかったからだ。インフレを起こさず、蛇口か何かのように他国から資金を借りられ続けることができ、ドイツの復興――主に再軍備――に一役買った『メフォ手形』の償還期間はとっくに過ぎていて、43年以内にソ連への本格戦争に移行しなければ、戦争開始中に国庫が破産してしまうという事態になり兼ねなかった。その証拠として、既に負債償還のためにドイツ国内では通貨の増刷が進んでおり、インフレ気味になっていた。

 こうした経緯を経て、ヨーロッパ・アフリカ・中東・アジアから集められた航空機は――爆撃機4200機、急降下爆撃機638機、戦闘機2740機、嚮導機130機である。延べ航空機数7708機という途方もない量が集まり、史上類を見ないであろう未曾有の戦略爆撃作戦が遂行されようとしているのだ。また、イギリス海軍、フランス海軍、ドイツ海軍、大日本帝国海軍、イタリア海軍は計12隻の空母をバルト海域へと派遣し、延べ500機近い艦爆・艦戦・艦攻機を洋上航空戦力として提供する。これでEU側の総航空戦力は8000機を軽く超え、総爆弾搭載量は7000t以上に及ぶ。その規模は第二次大戦史上もっとも甚大な被害を出し、後のイギリス政府が『ドイツのヒロシマ』と呼ぶほどに悲惨だった――『ハンブルク空襲』を凌駕するのは間違いなかった。そしてそれは、レニングラードを『ソビエトのヒロシマ』に変えてしまうほどの悲惨な結果を生み出してしまいかねないことを暗にほのめかしていたのである。

 

 

 EU空軍の戦略爆撃機・戦闘機・偵察機・哨戒機の多くは北欧諸国の各飛行場に送られ、配備されていた。これはEU加盟国にしてソ連と面するポーランドがいまだに『オブザーバー国』として中立を守っているがための処置である。この弊害として、北欧諸国の貧弱な飛行場には運用範囲外の数の機体が溢れ、作戦開始時には燃料不足や弾薬不足によって飛び立てずにいる機体も少なくなかった。

 一方、EU海軍は12隻の空母からなる同盟機動艦隊を編成、スウェーデンはストックホルムで燃料補給を済ませた後、フィンランド湾口前で合流した。また、今作戦では戦艦による沿岸砲撃も実行されるため、各国海軍から計11隻の戦艦が一同に会していた。その中には、ドイツ海軍の戦艦『ビスマルク』やイタリア海軍の戦艦『ローマ』、そしてイギリス海軍からは最新鋭戦艦『キング・ジョージ5世』や改装を済ませた巡洋戦艦『フッド』の姿があった。装甲強化、機関強化、そして41cm主砲への換装による火力強化と史実よりも絶大な能力を得たフッドはまさに、『ロイヤル・ネイヴィー』を象徴するに相応しい戦艦といえた。これらの戦艦がレニングラード沖に展開し、市内に無差別な砲撃を仕掛けるのだ。

 

 

 ――《極秘 指令 M(EU空軍総司令部)よりA(アーサー)へ “ケイは剣(爆撃)を忘れなかった” “6月のオーロラ(爆撃作戦)は綺麗かい?” “円卓は埋められたよ(作戦開始符牒)” 》――

 

 イギリス空軍の4発戦略爆撃機『アブロ・ランカスター』の機内で、同戦略爆撃作戦を指揮するアーサー・ハリス中将は通信将校からこの電文を受け取り、瞠目していた。ついに賽は投げられた。このアブロ・ランカスターを始め、10ヶ国の空軍所属の航空機7000機超が動き出したのだ。本作戦名は――『オーロラ』。この6月という初夏の月からは連想し辛い気候現象だが、実際のオーロラは1年間を通じて存在する。そんなオーロラのようにレニングラードの空を覆い、その気になれば365日に渡って爆弾の雨を降らせてやる――という反共産主義への意志を作戦名に表わしていた。



 1943年6月24日1300時。史上最大の爆撃作戦は――開始された。

 

  



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