表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第7章 戦時の大和~1943年
74/182

第72話 5月決戦(後)

 第72話『5月決戦(後)』

 

 

 1943年5月12日

 フィンランド/カレリア地峡


 帝国陸軍戦車第一師団がソ連第7軍3個戦車旅団を相手に死力を尽くして戦っていた頃、第十八師団を基軸とするEU(ヨーロッパ同盟)軍左翼部隊は、敵本隊である2個狙撃兵師団の左側面を迂回しつつ半包囲作戦を展開しようとしていた。これに右側面からの迂回を成功させれば両翼からの包囲殲滅が狙えるため、右翼を担うドイツ軍第5軽師団とフィンランド軍第8師団も進軍を開始している。

 この戦術を発案したのは、フィンランド軍カレリア地峡軍司令官のレンナルト・オシュ中将であった。彼はソ連第7軍の主力部隊を機甲師団の堅陣によって釘付けにしておき、両翼の部隊が側面から後方に包囲網を展開して、一気に包囲殲滅しようというのである。成功すれば1個戦車師団、2個狙撃兵師団を完全に殲滅することが可能となり、敵は機甲戦力の3分の1、歩兵戦力の5分の1近くを喪失することとなる。先のEU空軍による空襲を含めると、ソ連第7軍は2個戦車師団近くと5個歩兵師団の喪失を覚悟しなければならない。そうなればソ連第7軍は機甲戦力の3分の2、歩兵戦力の半数を喪失してしまう。戦力5割の喪失は部隊の壊滅に等しいため、流石のソ連軍も戦線撤退を余儀なくされるだろう。その間に英仏伊西の主力部隊が到着すれば、EUの完全勝利となる訳だ。

 「第一砲兵隊の準備砲撃、始まりました!」

 そんな伝令兵の報告を聞き、帝国陸軍第十八師団の田中新一中将は静かに頷いた。精鋭師団を束ねるこの男は1928年から3年間に亘りソ連・ポーランド駐在経験を持ち、東欧に精通した人物であった。その経験値はこの第十八師団の運用状況からも垣間見え、『冬戦争』では東カレリア戦線で1個狙撃兵師団を壊滅させるという勲功を成し遂げた。

 「よし、このまま敵陣後方から総攻撃を掛ける。準備砲火の済み次第……だ。各員、準備を怠るなよ」田中はそう言うと、司令部で折り目正しく整列している聯隊長達の前に歩み寄った。「部下に支度をさせたまえ、諸君。その後にもう一度、この攻撃計画について話し合おう」

 「はッ!」

 

 

 ソ連兵達は飛来する砲弾の音を聞き、西と北側の丘陵の上に鮮やかな閃光を見た。EU軍の砲撃だ。彼らはそれが何を意味しているかを薄々悟っていた――戦火が自分達へと近付いている。砲撃に続きEU空軍の爆撃が始まると、ソ連軍は自然と密集隊形を取るようになった。各部隊の指揮官達は、司令部からの要望で1秒でも早く部隊をタリ-イハンタラ街道から抜けさせなければならず、よって隊列を組み直すことさえ時間の無駄として、躊躇しなければならなかった。司令部よろしくイハンタラまで前進し、そこで再編成をしようと考えた訳だ。結果ソ連軍は軍隊ともいえない、無法者の集団に近いものとなっていた。

 「この状態は危険だ……」

 第139狙撃兵師団長、ウラジーミル・V・ウラノフ大佐は呟いた。いまや統制も取れていない状況にあるソ連2個狙撃兵師団は恰好の標的とも言うべき存在だった。先ほどから続く砲撃と爆撃に加え、先の戦闘で指揮官を失い、敗走を続けていた3個戦車旅団が部隊の戦列に加わったため、その指揮系統はまさに混乱の極みにある。また雪解けで不安定な泥道は装甲車輛の従来によって軟弱化しており、何輌という戦車が擱座してしまっているため、行軍が思うように進んでいない。そのために部隊の密集が目立ってしまっていた。

 「後退しますか、大佐?」

 「駄目だ。司令部は――」

 「敵襲ーーーーッ!!」

 ウラノフがハッと振り向くと、濃緑の針葉樹林の中に無数の日本兵が潜んでいる光景が視界に飛び込んできた。彼らは九九式短歩兵銃を構え、発砲した。無数の閃光が左右の森林に迸ったかと思うと、周辺に居たソ連兵達が次々と地面に倒れ出した。先ほどウラノフと話していた筈の副官は脳天を狙撃され、くるくると身を捩じらせながら無様に倒れ込んだ。

 「くそッ、隊列を組み直せ! ヤポンスキーに好き勝手させるんじゃないッ!」

 しかしソ連兵は驚きのあまり思考停止状態に陥っており、武器も握らずにしどろもどろしていた。戦闘経験の浅い農民など徴兵するからこんなことになるんだ! やる気の無いウクライナ人など前線に送るからこんなことになるんだ! ウラノフはそんな愚痴を胸の中に吐き捨て、目をカッと見開いた。彼は地面に倒れたソ連兵の遺体からPPSh-41『バラライカ』短機関銃を拾い上げた。

 次の瞬間、九九式短歩兵銃を掲げ、日本兵の一人が突撃してくる。九九式短歩兵銃の銃身には三十年式銃剣が取り付けられており、暗い森の中でギラリと光り輝いていた。身長190cmを超す長身のウラノフはPPSh-41の銃身を握り締め、160cmもない身長の日本兵の顔めがけて木製ストックの打撃をお見舞いした。ウラノフは獣のような眼でただただ睨み付けながら、その日本兵の頭蓋骨が割けるまで繰り返し殴った。

 「大佐、敵兵です! ヤポンスキーがさらに侵入ッ!」

 部下の声を聞きつけて周りを見渡すと、銃を掲げて前進する日本兵の一団を目にした。ざっと20人。その奥から響く足音から察すると、さらに大勢の日本兵が森の深部に隠れている様だった。

 「隊列が乱れすぎだ。乱戦に持ち込まれてるぞッ!」ウラノフの叫び声に気付いたのか、2人の日本兵が銃剣を掲げて迫り来る。銃撃は間に合わない。ウラノフは一人目の顔面をPPSh-41の木製ストックで殴り倒し、2人目の日本兵には屈強な右足で対処した。ウラノフは右足を振り上げて日本兵の顔を蹴りつけ、泥だらけのブーツをぐいぐい押しつけて、ハンマーのように何度も何度も打ち付けたのだ。日本兵は仰向けに倒れ込んだ。

 「おのれ……ヤポンスキー共め……」

 流石のウラノフも年には勝てなかった。息を喘ぎ、苦しそうにするウラノフ。その光景を契機とみたのか、一度は倒された2人の日本兵が一挙に三十年式銃剣をウラノフの屈強な肉体に突き刺した。刃は脇腹を貫き、腸を引き裂いた。

 「く……くそッ……」

 腹を滴る血を見て、ウラノフは呟いた。そして彼は――倒れた。

 

 

 帝国陸軍第十八師団の総攻撃は大成功だった。後方からの奇襲に意表を突かれたソ連軍は成す術もなく倒され、第139狙撃兵師団だけでも師団長ウラノフを始めとして10000名の死傷者を記録した。他の2個狙撃兵師団でもそれは同様だった。結果として、EU軍による両翼からの包囲殲滅作戦は成功、3個狙撃兵師団は瞬く間に壊滅したのである。

 

 5月12日1800時。空は薄紅色に染まりつつある。ソ連第139狙撃兵師団壊滅の報は、同師団に所属する狙撃兵、ヴァシリ・G・ザイツェフ中尉の下にも届いていたが、彼は今、動けずにいた。フィンランド軍のスナイパーに狙われ、身動きが取れずにいたのだ。

 ザイツェフとその観測手、ニコライ・R・マシーン少尉は掩体の中で身じろきひとつせず、頬を銃身に押し当てて、自分の足元を睨んでいた。敵のスナイパーの姿を確認して以来、ずっとこの姿勢のまま、まだ1発も撃っていなかった。

 「中尉。奴らは何なんです? 俺達をずっと狙ってばかりじゃないですか」

 ザイツェフはマシーンに顔を向けた。

 「……黙れ」

 そう言うとザイツェフは再び俯き、身を丸くしてまだ火を噴かない銃を抱き込んだ。マシーンは呆れた様子でザイツェフを一瞥すると、口を開いた。

 「俺が見てきます」

 マシーンは言った。掩体の地面につけていた膝を上げ、顔を出すと、そこにはザイツェフやマシーンと同じようにモシン・ナガンM1891/30を持つ一人の狙撃兵の姿があった。フィンランド兵としては特徴的な軍服、スコープの付いていないモシン・ナガン・ライフル。そして――独特な顔。

 「……ヘイへ」マシーンは青ざめた表情を浮かべ、呟いた。「シモ……ヘイへ」

 ザイツェフは瞠目した。シモ・ヘイへ。『白い死神』の異名を持つフィンランド軍――いや、世界最強のスナイパー。それがシモ・ヘイへの正体だった。史実では505名のソ連兵を殺害、それもスコープを使用せず――スコープのレンズの反射で自分の位置を知られないため――、銃身に付いた鉄製の照星と照門のみで狙撃を行っていたという人智を超えた能力の持ち主だった。

 今物語でもそれは健在で、現在までにソ連兵300名の命を奪い、『ソ連人民の敵』として多額の賞金がその首に掛けられている。ヴァシリ・ザイツェフも史実では257名のドイツ兵の命を奪ったエース・スナイパーだが、彼自身、あのヘイへに勝てるとは思ってもいなかった。

 「最悪だ」

 「えぇ……最悪です」

 2人のソ連軍スナイパーは呟いた。ヘイへはソ連軍内でも伝説的な存在で、狙われたら最期、生きては帰れないといわれていた。そして今、ザイツェフとマシーンの2人はそのヘイへに狙われている。

 「どうします? 撤退しますか」

 ザイツェフは無言のままだった。

 「……いや、やってやろう」

 「本気ですか!?」マシーンは言った。「相手はあの――」

 「シモ・ヘイへ。分かってる。分かってるさ」ザイツェフは言った。「だが、ヘイへも俺達と同じ人間だぞ。死神じゃあない。それなら、奴を葬るチャンスはある」

 「……了解。でも、どうやって?」

 それはザイツェフも悩むべき問題だった。シモ・ヘイへを如何に出し抜くかで、勝敗が決する。しかし経験はあちらの方が上で、ここはヘイへの母国なのだから地の理もある。経験不足で地の理もないザイツェフとマシーンがヘイへに勝つのは、非常に難しい問題なのである。

 「そうだな……」ザイツェフは唸りつつ、マシーンの顔を見た。「そうだ。ヘルメットを囮にするのはどうだろう……。お前がモシン・ナガンのストックでヘルメットを上にあげて、囮の標的にするんだ。奴がそのヘルメットに狙いを定めてる間に、俺が一撃で決めれば……いいんじゃないか?」

 ザイツェフの案は、マシーンのヘルメットを彼の持つモシン・ナガンのストックに被せ、かかしのように人に見立てて、ヘイへの狙いをそちらにずらすというものだ。ヘイへの注意がそちらにいっているうちにザイツェフがヘイへを撃ち抜ければ、確かに勝利は掴めるだろう。

 「それでいきましょう……」

 マシーンは呟いた。彼はヘルメットを脱ぎ、モシン・ナガンのストックに被せて姿勢を整える。ヘルメットがストックから落ちて、ヘイへにばれないようにするためだ。

 「チャンスは一度きり。やってやりましょう」

 「おう、任せろ」

 ザイツェフはモシン・ナガンに弾薬を装填し、構えた。マシーンはモシン・ナガンの銃身を持ち、慎重に上へとあげていく。ここまでは順調。ザイツェフは確かな手ごたえを感じた。

 ――カァァーーーンッ!!

 ヘルメットを貫く鈍い音が轟いた。早い。早すぎる。

 「もっと時間が稼げると思ったのにッ!」

 ザイツェフは呟き、モシン・ナガンを構えながら慌てて周囲を見渡した。スコープ越しに見える新緑の森の奥に、小さな人影が見える。木の葉に覆われて築かれた森の天蓋から一際明るい光が差し込んできて、その人影が白日の下に晒された――シモ・ヘイへだ。

 刹那、ザイツェフの右肩に焼けるような痛みが迸った。狙撃された!? しかもこんなに早く!

 「ぐ……ぐあぁぁぁッ!?」

 時間がゆっくりと進む。ザイツェフの右肩からは紅い血が噴き出し、空中で飛散する。マシーンはそんな、背中から倒れ込むザイツェフの姿をまざまざと見せられた。ザイツェフの顔は恐怖と出血で青ざめ、苦悶の表情を浮かべている。

 「ち……中尉ッ!?」

 マシーンはその時、狙撃兵として最悪の愚行を犯してしまった。上官でありパートナーであるザイツェフを助けようと慌て、その倒れつつある身を支えようとして立ち上がったがために、僅かに掩体から自分の身を晒してしまったのだ。歴戦の狙撃兵、シモ・ヘイへがそれを見逃さない訳がない。次の瞬間、マシーンの脳天を一撃で撃ち抜かれ、右肩を貫かれたザイツェフの上に倒れ込んだ。



 「……潮時か」

 薄暮の空を仰いで、フィンランド陸軍第8師団のシモ・ヘイへ少尉は呟いた。昼も夜も彼には関係無かったが、人の居なくなった敵陣には留まるだけの興味を持たなかった。史実でなら、ソ連兵の遺体から弾薬等を鹵獲しようとしたかもしれない。だが、EUによる支援を受けたフィンランド軍の今作戦で必要分の物資を確保していたため、鹵獲の必要性が無かったのだ。彼は5月の森林地帯に対応したギリースーツを翻し、薄暗い森林の中に姿を消した。


 

 「……中尉! 中尉!」

 森の中から自然の明かりが消えかかる頃、第139狙撃兵師団の敗残兵の一団が、ザイツェフの掩体まで辿り着いていた。彼らが掩体の中を覗きこむと、2人のソ連軍狙撃兵の姿があり、そのうちの1人にはかすかに息があることが発覚する。

 「中尉!」

 「……誰だ」

 右肩を走る激痛に表情を歪めながら、ザイツェフは問う。泥まみれの軍服、赤い血を滴らせたナイフ、そして彼の顔を見下ろす、鷲鼻で赤ら顔の不細工なウクライナ人。――味方だ。待ち望んでいた救いの手が、ついにここでやっと差し伸べられたのだ。

 「俺は……いい。ニコを……」薄れゆく意識の中で、ザイツェフはパートナーのニコライ・R・マシーン少尉がシモ・ヘイへに狙撃された姿をその眼に焼き付いていた。「ニコ……は?」

 ウクライナ人は静かに首を振った。しかし、彼にはその意味が理解出来なかった。


 「……ニコを……」



 ザイツェフの意識はそこでまた――潰えた。


 

 


ご意見・ご感想等お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ