第70話 5月決戦(前)
第70話『5月決戦(前)』
1943年5月12日
フィンランド/カレリア地峡
心地良い初夏の一日は、ソ連軍の重砲が奏でる破滅の旋律によって終わりを告げる。帝国陸軍司令部が陣取るイハンタラ市街地の一角、戦前は雑貨店だったと思しき建物の2階からはイハンタラへと今まさに侵攻しようとするソ連軍の大軍勢の姿が一望できた。南東から北東までの森林地帯で蠢くその軍団は、カレリア地峡制圧を担うソ連陸軍第7軍だ。T-26やT-34といった軽中戦車を多数擁し、1000門の重砲と数千機の航空機を支援火力として使用出来る巨大な軍団だ。
その日の午前中は、何ごともなく過ぎていた。しかし、昼ごろにEU(ヨーロッパ同盟)北欧方面軍総司令部から届いた電信が、急な事態の変化を伝えてきた。ソ連軍が架橋作業を完遂し、タリで抵抗活動を続けてきたフィンランド第4軍団の第18師団が壊滅したという。タリの陥落はすなわち此処、イハンタラでの一大決戦勃発を意味する。ソ連軍は異常なスピードでポルティンホイッカ十字路を占領、このイハンタラを目指して驀進中だ。また、イハンタラ近郊の森林地帯で防衛を担っていたフィンランド・ドイツ軍部隊がソ連軍の猛攻を受け、後退中だという。再編成を済ませれば即座に防衛へと転じることは出来るだろう。だが、このまま2正面からの進撃を受け続ければ、ソ連軍によるEU軍包囲殲滅も有り得る。
激しい砲撃音が断続的に鳴り響く中、大日本帝国陸軍フィンランド派遣軍――通称『遣欧陸軍』司令部では、総司令官の山下奉文中将とその幕僚達が苦悶の表情を浮かべていた。第五師団も到着し、山下隷下の戦力は2個歩兵師団と1個戦車師団となったのだが、ソ連第7軍は6個歩兵師団と3個戦車師団、及び予備戦力として5個歩兵師団を有する大軍団である。イハンタラに集結するフィンランド軍は10個歩兵師団、1個戦車師団。ドイツ軍は2個歩兵師団と2個戦車師団、1個降下猟兵師団を保有しているが、フィンランド軍は民兵と旧式装備ばかりの雑兵集団で、ドイツ軍は雪解けによる道のぬかるみで思うような機動力を出せずにいた。
「こちら側の全体兵力は14個歩兵師団と4個戦車師団……」参謀長を務める武藤章少将は言った。「一方、ソ連軍は11個歩兵師団と3個戦車師団とほぼ互角の兵力を保有していますが、敵は既に攻勢限界点を越えています。補給がもたず、疲労困憊でろくに動けないでしょう。そこを付け込むべきだと小官は考えます」
山下は顎を擦った。「なるほど……ソ連軍のイハンタラの突出部を叩くか……」山下は言い、思い耽った。「暗号解読はどうなってる? ソ連軍の総攻撃はいつごろに始まるんだ?」
「傍受した無線からの内容によると、ソ連軍が総攻撃を仕掛けるのは1500と」
「確かか?」
疑心暗鬼な山下に対し、武藤は頷いた。「イギリス軍とフィンランド軍情報部からも同じような報告が届いています。それを考慮するとおそらく……確かかと」
山下は腕を組み、唸った。「全体戦力は相手の方が大きい。時機を一度でも見逃せば、後方の増援部隊が押し寄せて戦線を維持出来なくなる。だが同時に、一度でも時機を見逃さなければこの戦――勝てるぞ」
渋面を浮かべる山下の顔に笑みが綻ぶ。確かにEU軍は前線のみで言えばその戦力に勝っており、防衛態勢も盤石なのでそう易々と突破されることはないだろう。その上で攻守交代のタイミングを上手く掴められれば、攻勢限界点に陥っているソ連軍など容易に撃破出来るに違いない。
「第十八師団、第五師団、戦車第一師団、配置完了しました!」
幕僚の1人が告げ、円卓に敷かれたフィンランドの地図に3つの印を付けた。帝国陸軍の2個歩兵師団のうち、第五師団を森林地帯の防衛に。そして第十八師団を戦車第一師団とともに、ここから南東のタリ-イハンタラ街道に布陣してある。街道はソ連軍機甲部隊が唯一通行できる箇所であり、敵の密度がもっとも高い所でもあった。5個歩兵師団と2個戦車師団がこの街道を目指して殺到しており、下手に戦えば手痛い損失を受けることになり兼ねない。そこでフィンランド軍総司令部が考案したのが、無線傍受による敵の総攻撃時開始に伴う――“強襲作戦”だった。
「ソ連軍は5個歩兵師団と2個戦車師団を用いて、この狭い街道を一挙に突破しようとするだろう。街道は森林に囲まれていて、その森林にはフィンランド軍のスキー兵がウヨウヨいて堪ったものではないと、ソ連軍の将軍達が考えているからだ。そこで敵は、時機を見計らった総攻撃に転じてくる」
山下はヘルシンキとロヴァニエミに置かれた飛行機型の駒を手に取り、赤色の駒の前にドンと鈍い音を立たせながら置いた。「そこでEU空軍はフィンランド駐在の航空戦力の大部分を用い、大規模な航空作戦を展開する。戦闘機、爆撃機を含めた航空機1300機でイハンタラに総攻撃を仕掛けんとする敵部隊の先頭集団を集中的に攻撃、さらに後方のタリ川に架かる橋を落とし、後方部隊の到着を遅らせる。その間、フィンランドとドイツ軍が敵本隊を大きく迂回し、敵背後に展開、包囲殲滅するという筋書きだ」
この作戦の迂回戦術を担当するのは、フィンランド軍の“タルヴェラ戦闘団”やドイツ陸軍の“スコルツェニー戦闘旅団”だった。タルヴェラ戦闘団はパーヴォ・タルヴェラ少将を指揮官に約5000名の兵士からなる奇襲部隊で、同じくスコルツェニー戦闘旅団もドイツ陸軍のオットー・スコルツェニーSS中佐の下に編成された奇襲部隊だった。森林という地形を駆使した一撃離脱のゲリラ戦術――通称『モッティ戦術』を得意とし、たかだか1個歩兵旅団にも満たない予備戦力の――それも骨董品ような武器しか持たない――タルヴェラ戦闘団がソ連軍2個師団を足止めしたのは、有名な話である。移動には機動力のあるスキー用具を使用していて、史実においてもそうだがそのスキーのストックは日本製の竹を使用していたという。頑丈で柔軟性があり、フィンランドの劣悪な地形や数週間に及ぶ酷使にも耐えたため、非常に重宝されていた。
一方、スコルツェニー戦闘旅団は、第25機甲師団隷下の特別機甲旅団だった。これを指揮するのが、史実「ヨーロッパで最も危険な男」と称されたオットー・スコルツェニーSS中佐だ。彼はドイツ陸軍版の“コマンド部隊”設立や、失脚して幽閉されていたイタリア総帥ベニート・ムッソリーニを救出したという異例の経歴を史実に持っている。1944年にはユーゴスラビアのパルチザン指導者、チトーを潜伏していた洞窟から誘拐する作戦を企て実行する――しかし突入数分前にチトーは脱出していた――など、その大胆さと狡猾さは止まる気配が無かった。
そしてついに『バルジの戦い』では、自軍の兵士や戦闘車両をアメリカ軍風に偽装し、後方攪乱をやってのける。ドイツ軍兵士に米軍の軍服を着せ、完璧な英語を話せるように育成し、電話線を切断したり道路標識を置き換えたりするなどの攪乱工作を実施したのだ。また、鹵獲したジープやM-10駆逐戦車に偽装したパンター戦車で米軍本隊へ直接攻撃を仕掛けることも検討され、実行されたのだが、結局は渋滞で動けずにこれは頓挫している。しかし、実際にそれが成功していれば、バルジの戦いで更なる被害者が含まれていたのは間違いないだろう。
今回、スコルツェニーを旅団長とした戦闘旅団はタルヴェラ戦闘団と協同し、敵後方への攻撃を仕掛けることとなった。ロシア語を完璧に話せる兵士を育て、ソ連軍の貧相な軍服を着させ、さらにⅤ号戦車『パンター』をT-34へと偽装させたのだ。ただ、森林地帯は戦車の移動が困難である為、偽装パンターは後方待機か少数出動となる。
「我が帝国陸軍は、この2個旅団が左右翼から迂回し、敵背後に到達するまで敵の進攻を食い止める。戦車第一師団はドイツの第7戦車師団、及び2SS戦車師団と防衛陣地中央に布陣。第十八師団はフィンランド軍第4軍団の3個歩兵師団及び第2軍団の2個歩兵師団とともに左翼を担う。敵の攻撃が戦車部隊に集中している間に我々は敵陣側面に展開し、側面からの半包囲殲滅を狙うぞ!」
これは銃剣突撃や白兵戦等の近接戦闘に持ち込ませる為の布石だった。第十八師団を含め、帝国陸軍3個師団は物資、特に弾薬が乏しく、下手をすれば大規模な銃撃戦の最中に弾切れで部隊崩壊――という可能性が否めず、そうせざるを得なかったのだ。
1943年5月12日1450時。
ドイツ空軍第2急降下爆撃航空団第1飛行隊所属のハンス・ウルリッヒ・ルーデル中尉は、同隊第2中隊のJu87『シュトゥーカ』数十機を指揮し、カレリア地峡上空を飛行していた。5月の湿った空気の中で身体を揺らしながら、南東の地平線の方に目をやると、幾つもの赤い閃光がチラチラと迸っているのが見えた。進撃しているソ連第7軍だ。ロヴァニエミの第5航空艦隊司令部からの報告通り、20キロと離れていない。そしてその手前には、EU軍の歩兵や戦車が胡麻粒のようにイハンタラの大地の上を覆い尽くしていた。
「第2中隊、イワン共に一泡吹かせてやれ!」
ルーデルは無線越しに檄を飛ばす。第2中隊のシュトューカ乗り達はコクピットの風防を開け、拳を外に突き出して大きく振り上げた。その光景を横目で見ていたルーデルは笑みを漏らした。
第2中隊は成長した。フィンランド特有の厳寒の気候と戦うことになってから5ヶ月、彼らは延べ数千時間近くをフィンランドとソビエトの上空で過ごし、複数のソ連空軍機と対峙しつつも数多の赤軍戦車を撃破し続けてきた。今回の「イハンタラの戦い」では、その5ヶ月間の集大成とも言える成果を必ずや発揮してくれる。ルーデルはそう考え、上官を、部下を、そして日本やフィンランドの戦友たちに絶大な信頼をおいていた。イギリスとフランス空軍はなかなか充てには出来ないが、この1000機超の大編隊の主力は彼らなので、やはり信じるしか他にない。
この日・独・英・仏・西・芬・伊・蘭・諾・瑞、計10ヶ国の空軍が参加するEU空軍特別合同航空軍団は、延べ航空機数1300機近くが投入された一大航空軍団だった。『東洋のリヒトホーフェン』こと篠原弘道大尉やエーリヒ・ハルトマン中尉等、エース級パイロットの大半が護衛として戦闘機で参加しており、戦闘爆撃機にはルーデルを始め、Ju87で名を馳せるシュトゥーカ乗りが勢揃いだった。高速性を誇る軽爆撃機隊の主力はイギリス空軍のブリストルブレニムやフランス空軍のアミオ143、大日本帝国陸軍の九八式重爆撃機や海軍の九六式陸攻、そしてドイツ空軍のHe111等が務め、重軽単発全爆撃機をリードする“嚮導機”としての役割を果たすのが、イギリス空軍の傑作機『デ・ハビランド・モスキート』とその日本版『三式重爆撃機』である。三式重爆撃機は帝国陸軍のライセンス生産機で、本家に劣らぬ性能を整備員たちの血の滲むような努力が支えていた。
そして航空軍団の空爆の要となる四発爆撃機は、その大半をイギリス空軍が占めていた。ハンドレページハリファックス、アブロランカスターがそれである。これらの四発爆撃機は重厚な機体を震わせながら東進しており、その勢いを止めることは誰にも許されない。800t近い爆弾を搭載したこの鋼鉄の巨人達を指揮するのは、『“ボマー”・ハリス』や『ブッチ(屠殺者)』の渾名で史実に名を残す空軍将軍、アーサー・ハリス中将だった。カーチス・E・ルメイ少将と肩を並べる程、一般市民の頭上に整然と爆弾の雨を降り注がせることができたこの男は、最近イギリス空軍爆撃機兵団司令官のポストを手に入れたばかりで、実績作りのためにもソ連第7軍に対するこの戦略爆撃作戦を成功させようと躍起になっていた。そこでハリスは通常爆弾と焼夷弾をこの比類なきイギリス空軍の四発爆撃機に満載させ、フィンランド上空に飛ばしたのである。
また、ハリスには今作戦後の第2プランも存在した。ソ連空軍の防空網を1000機近いEU空軍の爆撃機で無理やりに突破させ、レニングラードにこれまでにない空襲を実行させようというものだった。これでレニングラードの軍事・工業・交通基盤を一掃し、敵の前線拠点を灰塵に帰そうと目論んでいたのだ。無論、そのプランは工場作業員や都市防衛戦力として市内に残留する数万のソ連市民を全く考慮していない。効率的で合理的なプランだが、人道的ではないプランでもあった。
アブロランカスター、ハンドレページハリファックス四発爆撃機計500機が参加する今作戦は、ソ連第7軍の突出部に200tの爆弾の雨を降り注がせるのが主な任務だった。その後、残りの600tを第7軍の前哨地である“タリ”と“ヴィープリ”に落とし、ロヴァニエミやヘルシンキ近郊の飛行場へと帰投する。
そして今まさに、それが実行されようとしていた。胴体下部の爆弾投下扉が鈍い音を立ててゆっくりと開き、やがて全開となった。各機、搭載スペースを埋め尽くす量の爆弾を搭載しており、それらが地上へと解き放たれれば、防空能力が皆無なソ連軍は成す術もないだろう。
『こちらEU北欧方面空軍司令部。攻撃を開始せよ』
時刻は1458を示している時だった。各機の無線に航空軍団の重爆撃機の総指揮官たるアーサー・ハリス中将の揺るぎない声が轟き、重爆撃機の機長達は頷いた。編隊中央部を占めるアブロランカスター四発爆撃機はアタック・ポジションに移行し、その鈍重な機体を前進させる。プロペラが風を切り裂く音と4基のロールス・ロイス・マーリンエンジンの咆哮がひたと重なり、共鳴した。そんな、地獄の底から漏れ出た亡霊の呻き声のような音を発しつつ、ランカスターはイハンタラ上空を――驀進する。
「後方に敵機! 方位1-9-0、距離2000。本機を目指して直進中!」
イギリス空軍第913爆撃隊に所属するアレン・パーカー伍長は言った。若干20歳の新米兵は眼前の空に蠢く敵機の姿を見て、怖気付くどころか興奮さえ覚えていた。何しろ、相手は数十機未満。1000機超のこの大編隊を相手取るのは、1匹の蟻がゾウに戦いを挑むようなものだ。
「気にするな。このまま前進して、防空網を突破する」
パイロットのカーリー・バウスフィールド中尉は言い、操縦桿をしかと握り締め直した。総重量3t超の鋼鉄の巨人を支えるその操縦桿は重い。また、彼はその背中に6名の搭乗員達の生命も背負っている。
「敵機の機種は?」
「I-16にYak-1。それに……」
パーカーは目を細め、敵機を見張る。「……P-40? アメリカの戦闘機です、中尉」
バウスフィールドは唸った。「ヤンキーめ。イワンに戦闘機を与えておいて、我々にはアップルパイの一切れもないのか」
P-40『ウォーホーク』は史実、枢軸国を相手に連合国各国で貸与・使用された米国製戦闘機だった。性能は凡庸だが、生産性に富んだ戦闘機だ。今物語では米ソ間の密約に則って300機近くが貸与されたが、ソ連側はあくまで『国産機』と言い張っていた。これは同じように貸与されたM3『スチュアート』軽戦車等にも該当する。
――ドドドドドドド……ッ!
「うわッ!?」
尾部銃手であるパーカーはP-40のドラムを叩いたかのような銃撃音に気圧され、思わず頭を尾部銃塔から機内に引っ込めた。顔を上げると、広々とした農地の明るい空を背景にして、2機のP-40が見えた。パーカーはその右側のP-40の機首部に照準を定め、引き金を引いた。
先ほどのP-40が織りなした銃撃音とは比べ物にならない爆音がランカスターの機内に轟いた。ナッシュ・アンド・トムソン社製動力式旋回銃塔に搭載された4挺の7.7mmM1919機関銃の咆哮だ。パーカーはこめかみにその振動が伝わるのを感じながら、毎分1600発の銃弾をP-40に浴びせ掛け続けた。黒い弾幕が綿のように空を漂っている。そしてその至るところで銃弾が炸裂し、P-40の機体をビリビリと切り裂く。敵機は混乱状態だ。
「火を噴いたぞ!」
パーカーは快哉を上げた。初戦果だ。当然のこととしてパイロットのバウスフィールドは笑みを浮かべ、何か声を掛けてやろうと思ったが、背部機銃手のエイブ・マイヤーズ曹長の叫び声がそれを掻き消した。
「まだだ! 敵が突っ込んでくるぞ!」
前方に漂う弾幕のせいで、パーカーには何も見えない。マイヤーズは1挺のM1919機関銃を握り締め、撃ち落とそうと躍起になっていた。しかし数が数だけに、火力が足りない。弾幕に切れ目が生じ始めたことに気付いたP-40のパイロットは、スロットル全開で一気にこちらへと突っ込んでくる。
「あいつ……まさか突っ込む気じゃ……」
マイヤーズの不安は的中していた。P-40の向う見ずで愛国心溢れるパイロットは、この機体そのものを“武器”にしようというのだ。
「冗談じゃないぞ!」バウスフィールドは叫んだ。「パーカー! マイヤーズ!」
「分かってます。分かってますって!」
パーカーは叫び、M1919を機関銃を咆哮させた。
「どうなってる? 状況を説明しろ!」
バウスフィールドは叫んだ。
「敵機はこちらに近付いています。距離800、方位1-7-0、直撃コース!」
M1919機関銃の7.7mm.303ブリティッシュ弾が敵機の後方数十メートルの地点で炸裂した。しかしP-40は無事だ。黒煙を上げながらも、こちらに迫ってきている。
「左、左だ、あいつは左に行った。俺の撃つ方向に撃てッ!」
マイヤーズはパーカーに叫んだ。刹那、曳光弾の鮮やかな軌跡が空に描かれ、P-40の右翼付近を駆け抜けた。「やれ! やれ! やれぇぇぇぇぇッ!」パーカーはその言葉に従い、曳光弾の軌道に合わせて銃撃した。銃弾の量は一気に増大し、ついに.303ブリティッシュ弾の数発がP-40の右翼を直撃、バラバラに引き裂いた。
「はぁはぁ、よし。よーし……」
荒い息を漏らしながら、マイヤーズは言った。P-40は爆炎に包まれ、白い炎の帯となりながら落ちてゆく。喉を痞える吐き気と必死になって闘いながら、彼はほっと胸を撫で下ろした。
「パーカー。敵は?」
「……ゼロです。背後はクリア」
バウスフィールドの問いにパーカーは答えた。I-16やP-40といった、ソ連空軍の戦闘機は行く手を遮られた鋼鉄の巨人達の怒りによって滅ぼされたらしい。M1919機関銃のマガジンは空っぽだ。パーカーは新しいマガジンを装填し、背後の空の監視に戻った。
『目標空域到達。1500時、作戦開始』
EU空軍の無線網を駆け巡るその報告は、ソ連第7軍の地上に居る兵士達は聞こえる筈もないものだった。それまで滞留していた分厚い雲が南に流れ、見通しの良くなった昼下がりの青空の下で、ソ連第7軍は性急すぎた進攻作戦のために崩れてしまった陣形を再編成している最中だった。士官と下士官達が歩き回り、T-34中戦車などが燃料補給を受け、暖を取ろうと薪を火に放り投げる。もうもうと立ち昇る焚き火の黒煙を目で追い掛けていた一人のウクライナ人兵士は、無数の飛行機雲と胡麻粒のような黒い点によって埋め尽くされたフィンランドの空を仰ぎ見て、絶叫した。
「空襲だぁぁぁぁぁッ!!」
男が叫び終えないうちに早くも、数十機のJu87急降下爆撃機が襲い掛かった。機体に搭載された機関砲の稲妻のような砲撃音を最初に敵地へ浴びせ掛けたのは――ドイツ空軍所属のハンス・ウルリッヒ・ルーデル中尉だった。
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