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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第1章 戦前の大和~1937年
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第7話 三羽烏の巣(後)

 第7話『三羽烏の巣(後)』

 

 

 1937年7月5日

 東京府/青山南町


 その日、海軍三羽烏の二羽、井上成美少将と米内光政大将が山本邸に姿を現したのは、晩遅くの事だった。山本と伊藤と原が玄関前で迎え、書斎に招き入れた。この時、伊藤の中では一つの明るい見通しが見えていた。それは、第一次近衛内閣の海軍大臣、米内が来てくれたからだった。米内は対独、親米英派、山本・井上と並んだ左派『海軍三羽烏』の一角にあった。しかし、日中戦争を強く推し、近衛総理に「国民政府を対手とせず」と言わしめた人物でもあった。伊藤は彼こそが歴史改変のキーパーソンであり、2日後に迫る盧溝橋事件の先の日中全面戦争の有無は、彼を如何に心変わりさせるかという所が焦点であると確信していた。

 山本が終始両名に説明し、伊藤は焦土と化した東京の街や、ミッドウェーの顛末。広島・長崎の悲劇について、証拠を織り交ぜながら延々と語った。二人は顔を見合わせ、望ましくない顔色を浮かばせていた。欺瞞であると、考えたのだろう。しかし、山本・伊藤・原の真剣な表層と、現在の海軍内で進行中の戦略を知り尽くしている点を見て、二人は静かに首を振った。

 

 

 「2日後、盧溝橋にて日中両軍の衝突があります」

 伊藤は先の事件、そして後に始まる日中間全面戦争。更に1940年の日独伊三国同盟の締結と、開戦の火蓋が切って落とされる太平洋戦争について、事細かに伝えた。この時、伊藤が最も心を悩ませている懸案事項は、叩き潰された都市や果たせなかった工業力増強、海上護衛戦略の顛末を話した後でも、盟友として握手を果たせるのと同じように、米内が簡単に日中講和に心を開けるかどうかということだった。相手は陸軍が推進した講和――ドイツのオスカー・P・トラウトマン駐華大使が間を割って試みた日中講和工作『トラウトマン工作』を断念させた人物である。ドイツによるアジア地域での策略を止めようとしたのかどうかはそれとして、泥沼化する日中戦争は二正面作戦を強い、戦力の低下、アメリカへの進攻を妨げる原因となったのは言うまでもない。

 「『大和』なる戦艦は私の耳にも届いておる」米内は言った。「我が海軍でも、既にその砲弾等の補給品は造り始めておるのだ。兵を育て、乗せ、中国沿岸部を火の海にせしめれば、彼奴等は恐れ戦いて自ら降伏を宣言するであろう……」

 戦艦『大和』の存在が、必ず海軍を有頂天にさせてその思考を妨げる事は、伊藤は始めから知っていた。かつてから、戦艦『大和』はそうであった。しかも、今回はタダで手に入れた『大和』である。国家予算の数%を注ぎ込んで造られたそれよりは、使い勝手も良いというものだ。更に伊藤が恐れたのは、この『大和』が中国戦線で成果を出す事により、海軍内に『大艦巨砲主義』が良しとされ、『航空主兵主義』が重要視される事なく蔑ろにされる風潮が生まれてしまう事だった。その風潮下では、歴史改変日本の最低目標、空母30隻を戦前中に完全建造(若しくは戦時も含め)という要求は、まず無理だ。

 「中華民国の国民は、幾多の渡洋爆撃にも侵略にも負けず、降伏は認めませんでした」伊藤は断固として言った。「日中間の戦争は米英諸国に対日思想を植え付け、アジア介入を付け込む大きな隙を生みます。そうなれば――」

 「敗戦が待っています」

 山本は言った。「考えがあります」

 「どうするつもりだ?」

 「『大和』を動かし、上海を火の海にするのです」山本は言った。「そしてその内に侵略を進め、南京を攻め落とす。そして早期に傀儡政府を樹立したら、さっさと中国から兵を撤退させる」

 山本の戦艦『大和』による上海砲撃案は、日本の戦艦の能力を世界に知らしめる事と、中国に恐怖の根を植え付ける事、そしてその後の外交を日本側が優位に進めさせる為のものだった。事前にビラを撒き、砲撃を知らせておく。更にそれを米英にも伝える。それにより、意図的に『大和』の存在と力を示し、尚且つ日本が野蛮な猿の国ではなく、紳士の国だと伝え、対日感情をドイツに向けさせる――というものだった。後に始まるオーストリア併合、そしてポーランド進攻と事が進む頃には、砲撃の事は風化し、焦点は日独間の軍事同盟締結に向けられる。その際には、この海軍三羽烏に十分頑張って貰う必要があるものの、上手く行けば対日感情を消し去る事が出来る。

 「自ら『大和』の存在を知らせる――というのか?」米内は言った。

 「そうです。それで米英に火を着け、不必要な戦艦を造らせてしまうのです」山本は言った。「そして、我々は大和型戦艦の建造を中止、高速戦艦や空母、駆逐艦にその予算を回します。

 「しかし、大和型に手を加えた『改大和型戦艦』は1、2隻ほど造る必要があるかと存じます」

 伊藤は言った。

 「『改大和型』……とな?」

 山本、井上、米内の三名は首を傾げた。改大和型戦艦はマル5計画時に打ち出された大和型戦艦2隻、第110号と第111号の改良型戦艦である。46cm砲対応という厚過ぎる装甲を薄くして機動性を向上、対空レーダー機器と高角砲、対空火器の増強等、対航空能力を重点とした新世代の戦艦だった。

 「敵はモンタナ級等、巨大戦艦を建造中止にしないでしょうが、航空母艦は予定通りに造るでしょう。仮に少ないにせよ、エセックス級は20隻以上建造する筈です」伊藤は言った。「ミッドウェーでの敗北を踏まえれば、先の戦争に空母のエスコート艦は必須です。ミッドウェー後の空母戦力比15対1等には嫌でもなりたくありませんからね」

 

 

 

 伊藤の計画の成否は、隠密性と工業力と戦術の要素に懸かっていた。そんな訳なので、工業力の強化は自然と話の中で議論される事となった。工業力の増強は、伊藤が最低目標とする『戦前に空母30隻を完全建造』に欠かせないとはいえ、次の大胆な一手がこの堅物達に認められるとは限らないだろうと、伊藤は不安を覚えながらも語り出した。

 「人的資源は重要ですが、戦争中は多くの技術者・科学者・職人が徴兵を与儀なくされました」聞く三名は頷き、唸った。「今回も同じ事でしょう。だからといって彼等を徴兵させないとしましょう。とはいえ、男の数は戦争の経過とともに減少するのは見えています。最終的には、行かせざるを得ない状況に至り、技術水準は低下するでしょう」

 「何か考えでも?」

 井上の問いに、伊藤は頷いた。

 「それら専門的な技術を女子に伝え、生産の要とするのです」

 その提案に対し、最初に顔を顰めたのは米内だった。

 「女子に出来る事等、たかが知れておる。家事に育児だ」

 「いえ、女子というのは器用なものですよ。裁縫仕事を見れば分かるでしょう」伊藤は言った。「洗濯、炊事……それに並行し、子の世話もする。繊細ですぐ泣きじゃくる赤子をあやすのも、女子の丁寧で繊細な感性の賜物というものです」

 訪米経験を持ち、十歳年下の妻を持つ伊藤は女性の秘めたる力をよく知っていた。米国では生産能力の向上の為、大量生産に当たっては本工場で部品を作り、それを各地の工場に送った。部品組立はその各工場で行われるが、その時は男女混合の作業チームが組まれ、男は体力を要する作業。女はその他の仕事という風に分ける事が多かった。女性は男性に比べ手先が器用で部品の組み立てを任される事が多かった。また、機械化の進んだ米国であれば十分活躍出来る環境が整っていた。

 一方、日本は戦時中、女子学生の多くが軍需製品の製造を強制させられていた。その環境はお世辞にも良いというものではなかった。機械化も進んでいない為、肉体を使った過酷な重労働を強いられる事となる。伊藤はこれらの環境を改善、女性の熟練技術工を育てる事こそが、戦争経過によって勃発する日本国内の産業の空洞化――生産能力の衰退と、技術水準の低下を阻止する最善の策であると考えていた。

 「手始めに、女子工業学校を各地に設立。周辺は工業地帯である事が望ましいです。そこで熟年の技術工を教師として招き寄せ、時には実地学習として工場に向かわせる。生徒達は座学や理論とともに、肌で技術を学べる」伊藤は更に続けた。「各生徒の錬度を見て、優秀な者は陸海軍に直接関連した事業に活躍の場をやり、中間点の者は実習先の工場に優先的に入社、悪かった者に関しても救済策を講じればよいかと思います。また、卒業生をそのまま教師として迎える等すれば、更に専門技術を伝えられ易くなるでしょう」伊藤は言った。「まぁその前に、統一した品質基準を設けておく事が必要でしょうが……」

 「うむ、大胆な案ですな」山本は言った。「だが問題は、昔気質の人間がそれを許すか……という所だな」

 それは伊藤の中にも少なからずあった不安な点だった。軍人、政治家のみならず、男性至上の世論がそれを許すとは考え難かった。教師となる技術者――町工場で働く頑固親父達もそれを認めず、「女は家事でもやってろ」という具合の気持ちにあった場合、生半可な技術しか教えなければ意味もないし、生徒もやりがいを感じないというものだ。

 「私としては、将来的には海軍内の航空機パイロットとしても、女子を採用して頂きたく願います」

 「それは絶対に……許されんでしょうな」

 山本は言い、井上も頷いた。米内は渋面を浮かべている。裏方ならともかく、戦争に直接関与する事は、面子に傷が付くと海軍は考えるだろう。海軍は山本・井上・米内の三名で動いている訳ではない。それならば、日独伊三国同盟に海軍は全員、一貫して最後まで反対し、同盟を破棄するようにと発し続けた筈だ。しかし、現実はそう甘くない。ポーランドを征服し、ヨーロッパ各所を手中に収めていくドイツに対し、誰が同盟は不利益になるというだろうか?ヒトラーの魔術に魅了された者は、誰一人として信用出来ないのだ。

 仮にアメリカを信用することにしても、同様の危険がある。フランクリン・D・ルーズベルト大統領は狡猾で人種差別意識を持った男である。『全ての人間は平等に造られている』と書かれた独立宣言書から成り立つアメリカ合衆国だが、この『全ての人間』とは13州の白人、英国から移住してきたアングロサクソン人であり、人間以下とみなされた奴隷やインディアン、黄色人種は例外であり、基本的人権など認められてはいない。しかし、恒久の平和を望むには、米英諸国からの国家としての同意が必要だった。さもないと、計画は成功しない。

 「しかし、形振り構ってはいられない世は迫っている」山本は言った。「男女と言ってられる場合じゃありますまい。誰にでもチャンスはあり、優れた者は成功する。それが仮想敵国の夢――『アメリカンドリーム』……というものですからな」

 「そんな考えを大日本帝国に持ち込む気かね?」米内は言った。

 「無論、そのままでは入れますまい。彼等も少なからず、ドイツと同じ考えを持った者ですからな。ヒトラーほどではありませんが……」

 

 

 

 それから話は3年後に迫る日独伊三国同盟に移った。これには一同、全員一致して破棄を望んだ。しかし、伊藤は一つの案を代案とし出し、締結するべきだと語った。

 「日独伊三国科学・技術協定?」山本は言った。

 「そうです。技術面において、双方の利益となる物を交換・提供し合い、技術革新を進めていく――という協定です。ナチスドイツは驚異的な科学力を誇っており、我々には必要だと思います」

 「米英から批判が来るのではないでしょうか?」

 井上の問いに、伊藤は頷いた。「えぇ、恐らく。しかし、三国同盟よりはマシでしょう」

 「しかし、我々から提供出来るものなどあるだろうか?」山本は言った。

 「幾つもあります。魚雷技術、水偵、そして――『大和』」

 「『大和』?設計図を送るのか?」米内は顔を顰めた。

 「最終的に言えば、ドイツは敵です」伊藤は言った。「造れるとは思えませんが、建造を進める工程で多くの軍事資源を浪費させる原因を作り出せます。それに大きな恩も作れるでしょう」

 「敵とはいえ、英国を屈服させ、米国を掻き回す為には、ドイツには空母を造らせた方が良いのではないか?」山本は言った。「今からなら、まだ間に合うだろう」

 「失礼ながら閣下」沈黙を守ってきた原は口を開いた。「英国を我が帝国と同盟関係にすれば、そのような心配もありますまい。それにヒトラーにみすみす至高の知恵を与えるのは、個人的には許せないのであります」

 原は我に帰り、申し訳なさそうに山本の顔を見た。「失言でした」

 山本は笑みを浮かべた。「言いますな。しかし、英国をどう同盟に引き入れるのか?」

 「策はあります」伊藤は言った。「しかしそれは後ほど。ドイツとの接触時に」

 山本は顔を顰めた。「何?ドイツとは親交を深めぬのではなかったのですか?」

 「無論です。しかし、それは一時的なものですのであしからず」

 

 

 「しかし、我々はドイツから何を貰うべきか?」米内は言った。魚雷技術・水偵。果ては『大和』までも提出する以上、貰う物は貰わなければならない。「対空レーダー、暗号機、そしてジェットエンジンか?」

 「はい、大半はそれらですね」伊藤は言った。「しかし、工業力の増強に於いては、工作機械や資材、人造石油の製造技術等を頂戴する必要があります。他にも、陸軍の戦力増強の為にも、戦車やトラックの類の技術、対戦車ロケット砲も」

 「しかし――ジェットは要りません」伊藤は言った。

 「何故?」山本は言った。「将来を率先するならば……」

 伊藤は三人の顔を見据え、原の顔を見た。原は後ずさり、一本の長細い容器を取り出した。やや色褪せ、傷が付いたそれを原は開け、中から一枚の図面用紙を取り出した。



 「心配なく。ジェット戦闘機の設計図は既に持っていますよ」


 

 

 【――それは『橘花』。私と『大和』を守ってくれた救世主だ】


 (伊藤整一口述回顧録-第8部第1章『橘花』より抜粋)








 

 


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