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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第7章 戦時の大和~1943年
63/182

第61話 バルト海の死闘(前)

 第61話『バルト海の死闘(前)』

 

 

 1943年1月18日

 フィンランド沖/バルト海域

 

 北岸にヘルシンキ、南岸にタリン、湾の奥にはレニングラードと、フィンランドとエストニアとソ連という3つの国にとって重要な価値を持つフィンランド湾の入り口で、第三航空戦隊司令官の角田覚治海軍少将は艦橋の壁に凭れ掛かっていた。もう一度、懐中時計を確認してから、ソ連海軍の潜水艦が現れるのをもう5時間も待っているのか、と胸の内に吐き出した。これ以上は無理だった。貴重な時間を大井に無駄にしたなと、角田はやはり胸の内に呟くしかなかった。

 このフィンランド湾OR-16区画は、EU海軍の制定区画ではもっとも最前線に位置する区画のひとつだった。その区画防衛と通商破壊任務に着くのは、何を隠そう帝国海軍第三航空戦隊――通称『角田機動艦隊』である。

 空母『鳳翔』を旗艦とし、睦月型駆逐艦『菊月』、『三日月』、『夕月』の計3隻からなる第七駆逐隊を随伴戦力とする第三航空戦隊は山口多聞中将(戦時特例)を司令長官とする『遣欧艦隊』の一部隊であった。史実、軽空母2隻と駆逐艦3隻から編成された第三戦隊は、『赤城』や『加賀』が所属する第一航空戦隊のような主力航空部隊を集結させ、『第一航空艦隊』として航空戦力の大艦隊化を図る計画の下に生まれた戦隊であった。帝国海軍は第一航空艦隊の編成によって航空戦力が欠如する『第一艦隊』の補佐的役割としてこの第三航空戦隊を編成し、そしてがら空きとなるであろう本土近海や主力艦隊の航空防衛の為の貴重な戦力となった。

 しかし、今物語ではまた異なった歴史を迎えた。カタパルト等の近代改装を受け、対潜・対空戦力を拡充させた2隻の軽空母を持つに至った第三航空戦隊は、通商路防衛の要となったのである。この遣欧作戦においても、第三航空戦隊の主要任務はバルト艦隊との直接対決ではなく、EU艦隊の補佐や通商路防衛であった。

 「北方艦隊司令部より入電!」通信兵は透き通った声を上げた。

 「どうした」角田は素気なく言った。「また異状なしの定時連絡か?」

 通信兵はかぶりを振った。「いえ、敵艦発見の報告です!」

 

 

 ――航空戦艦『ミハイル・フルンゼ』

 ガングート級戦艦第3番艦『ポルタワ』を改造した装甲航空母艦であり、ソ連海軍初の航空母艦であるこの艦は、25mmの飛行甲板装甲と76mmの主甲板装甲による防御能力と、55口径15cm単装速射砲のような対巡洋艦戦闘を想定した砲戦能力を併せ持った艦であった。20~40機程度の艦載量を備え、高角砲や対空機銃も比較的充実していた。これまでは機雷封鎖に伴いフィンランド湾の奥部に潜んでいた同艦だが、EU海軍に所属するFw200『コンドル』長距離哨戒機からの報告により、その存在が確認されたのだ。

 「ソ連海軍の空母はミハイル・フルンゼ1隻のみだ。奴を倒せば、ソ連海軍は洋上機動戦力を失う」角田は言った。「報告された位置情報から、このミハイル・フルンゼにもっとも近いのは我々第三航空戦隊だ。これは帝国海軍の誉れである。この機を見逃す訳にはいかんぞ!」

 角田は拳を振り上げ、甲高い声で叫んだ。居るか居ないかも分からない潜水艦など相手とするよりも、戦艦と空母のキメラ的存在である『航空戦艦』を撃破する方がよっぽど良い。角田はそう考え、東を指差して艦隊の出撃を促した。


 ――1時間後。Fw200からの逐次報告を頼りに、第三航空戦隊はその足を進めた。駆逐艦『夕月』を先導に湾口を越えてフィンランド湾内に侵入したが、そこで角田の脳裏に一抹が過った。

 「敵は我々を湾内に誘い込もうとしているのではないか?」

 そんな角田の問いに、参謀長の飯島一志海軍中佐は首をかしげた。「と、言いますと?」

 「敵は潜水艦と偵察機による索敵線をこの狭いフィンランド湾内に張り巡らしている。敵の艦隊運動がそうだ。既に輪形陣を敷き、対空戦闘に懸命になっているとドイツ空軍からの報告もあった」角田は渋面を浮かべた。「奴らは速力の問題から……いや、ここでEU海軍に一糸報いるが為、敢えて我々と海戦を仕掛ける気かもしれん。そうなると、性能と数に劣る艦載機よりも陸上の航空戦力に頼る気なのだろう」

 「閣下。ならば零戦や彗星の出番ですぞ」

 飯島は意気揚々と言った。「I-16やSu-2の行動限界範囲はせいぜい350kmと聞いております。零戦や彗星の航続距離であれば、十分に凌駕出来る範囲です」

 「だが、もう少し飛行隊の連中を満足させる環境を作ってやりたい」角田は言った。「出来る所まで敵艦隊に近付き、肉薄するのだ。それで航続距離を短縮してやれる」そう告げる角田の視線は、徐々に灰色の雲が立ち込めつつあったフィンランド湾の空に向けられていた。

 

 

 空母『鳳翔』の艦戦・艦爆隊が着々と発艦準備を進める中、航空戦艦『ミハイル・フルンゼ』を中核とした小艦隊は出せる限界以上の速力で猛進、第三航空戦隊と一騎打ちに臨もうとしていた。ミハイル・フルンゼ艦長であり、同小艦隊の司令官であるイワン・N・ホロストロフスキー大佐は艦橋に仁王立ちし、極寒のフィンランド湾の鼠色の海をみはった。

 「この戦闘は血を見る」

 ホロストロフスキーはぽつりと呟いた。「どちらかが一方的にな」

 青年参謀、セルゲイ・サハロフ少佐がゴクリと唾を飲み込んでから告げた。「それは勿論、奴らですね」若き青年参謀の言葉は熱を帯びていた。「我々は過酷なソ連赤色海軍の中でも、更に過酷な環境で日々を生き長らえてきました。西ヨーロッパでぬくぬくと育ってきた奴らとは乗り越えてきた苦労が違い過ぎます」

 ホロストロフスキーは何かに悩み始めたように頬の内側を噛みながら、少しの間黙り込んだ。

 「クロンシュタットの海軍司令部を通じて、ソ連軍最高司令部(スタフカ)より下命が届いた。『敵艦隊を殲滅せよ。撤退は許さない。そしてくれぐれも気を付けろ――』と」

 サハロフは歯軋りを立てた。「全く、モスクワは何を考えているんですか。何に気を付けろと言うんですか」サハロフは渋面を浮かべた。「あぁ、海は濡れているから気を付けろということですか」

 「“足掻いて死ぬか、足掻かずに死ぬか”俺の座右の銘だ」ホロストロフスキーは言った。「同じような言葉がある。『生か死か、それが問題だ』……ウィリアム・シェイクスピアは生きるか死ぬかをまるで今後のタイムスケジュールのように言葉で表現した。それほどまでに、死とは平等なものなのだ。我々のような空母乗りであれ、イギリス人であれ、スタフカの高官であれ……な」ホロストロフスキーは言った。「残念ながら、我が海軍の艦上航空機はEU諸国のどの海軍機よりも貧弱だ。通常の空戦では万に一つの勝利も望めんだろう。だからこそ、対潜空母としての任務をこれまで担ってきた」

 「では――」参謀の脳裏に1つの戦法が駆け巡った。

 「そうだ」ホロストロフスキーは言った。「“砲戦”だ」

 

 

 「Fw200からの定時連絡です。『敵艦隊ヨリ艦載機発艦セリ、1300。数25――』」飯島は電信文を読み上げた。「敵は質より量で立ち向かってくる筈です。更に、ソ連・エストニア領内に配備された海軍航空隊は多数の陸上航空機を発進させた……との報告も入っております。一方で、我が方の零戦は6機。敵の艦載戦闘機は恐らくI-16でしょうが、最低でも1機が2機以上の敵を相手にせねばなりません」

 角田は頷いた。

 「海軍航空隊はドイツ軍と陸軍の連中に任せるとして、だ。問題は目前の航空戦艦だ」角田は言った。「飯島、貴様があの機動部隊の指揮官だとして、艦載機を全て失ったらどうする?」

 「全滅――ですか」飯島は片眉を上げて呟いた。「それは母港に帰投し、新たな艦載機を受領して戦線復帰するでしょう。この戦争はまだまだ始まったばかりですから」

 「そりゃあ正論だな。まぁ、俺はちょっと違うが」角田は言った。「ソ連の空母は戦艦でもある。15cmの艦砲も7、8基ぐらいは備えてる。それを使わない手は無い。俺なら、最高速力でこの艦隊に接近し、駆逐艦と合わせた砲戦で一糸報いる筈だ」

 「空母対空母の砲戦……」飯島は唸った。

 「戦艦とまではいかなくても、軽巡洋艦並の戦力だからな」角田は言った。「もしその砲戦が現実のものとなるなら、この戦いは一変する。攻守の戦いだ。我々にとっての戦いは『攻撃こそ最大の防御』となり、奴らにとっては『防御こそ最大の攻撃』になるだろう」

 元々が戦艦であり、それを改装して誕生した航空戦艦『ミハイル・フルンゼ』の装甲は強靭であった。一方、空母『鳳翔』は純粋な空母設計の下に誕生した航空母艦であった為、その防御性能は貧弱である。仮に空戦を諦め、砲戦と水雷戦をソ連艦隊が繰り広げてくれば、非常に過酷な状況に鳳翔は引き込まれることだろう。敵は駆逐艦4隻と軽巡洋艦並の砲戦能力を持った艦艇1隻を有する。しかし第三戦隊は駆逐艦3隻に貧弱で小規模な小型空母1隻である。

 「要は間合いの問題だ」角田は言った。「砲戦範囲内に入らせなければ砲弾は飛んでこないが、航空機はそれ以上の攻撃範囲を持っている。そして、爆弾だろうが魚雷だろうが、搭載出来うる兵器の全てを近距離から直撃させることが可能なのだ」

 角田は従来の航空戦によって決着を着けることを決意したが、本懐ではなかった。彼は機動部隊を指揮する立場には居るが、大艦巨砲主義者なのだ。史実、角田は戦艦、駆逐艦、巡洋艦の乗組を繰り返し、1923年には巡洋艦『夕張』の砲術長に任命されるなど、典型的な『鉄砲屋』の道を歩んでいた。そんな男が航空屋になったのは、1929年の第一航空戦隊に転属したのがきっかけである。その後、重巡洋艦『古鷹』や戦艦『長門』の艦長職を担うなどして再び鉄砲屋の道を歩んでいたが、1940年には第三航空戦隊司令官となり、再度航空屋となった。

 1941年から始まった太平洋戦争中も、角田は第四航空戦隊司令官、第一航空艦隊司令長官を歴任と、航空屋の道を歩んでいた。山口多聞に並ぶ『闘将』であった彼は「見敵必勝」を前提とし、空母を縦横無尽に走らせ、強引な用兵手腕で戦った。時には付属の駆逐艦などのことを考えず、最大戦力で空母を突出させたこともある。また、空母の高角砲で艦艇や基地を攻撃したこともあった。しかしこれらの戦法は結果的には成功し、多大な戦果を挙げる所となった。

 しかし一方で典型的な大艦巨砲主義者である彼にとって、機動部隊の司令官という職は不本意でならなかったことだろう。闘将で知られる山口多聞は独自の航空研究を行い、また同じように闘将であったウィリアム・F・ハルゼーは自らパイロットとなった。そんな航空分野に情熱的である2人に比べれば、角田はその戦闘手腕も未熟で、知識も乏しい。彼が勝利した理由は空母を失うという恐怖を覚えず、損失を顧みない戦法によるものだったのだろう。



 「出来れば砲戦で決着を着けたかった」

 角田は静かに呟いた。

 

 

 

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