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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第6章 戦前の大和~1942年
61/182

第60話 ヘルシンキは燃えているか?

 第60話『ヘルシンキは燃えているか?』

 

 

 1942年11月30日

 フィンランド/ラップランド州

 

 ――雪、忍びやかに降り続く。

 そんな白銀に包まれたロヴァニエミはフィンランド北部ラップランド州都――つまり言い換えれば北国の厳寒地、辺境の中の辺境だった。北極圏の入口に位置する都市で、非常に厳寒な地方に属している。そんなロヴァニエミが今日まで発展したのは、1800年頃から始まった“資源開発”の賜物と言えよう。

 ドイツ空軍第2急降下爆撃航空団第1飛行隊所属のハンス・ウルリッヒ・ルーデル中尉は、愛機であるJu87『シュトューカ』とともに『EU空軍-ロヴァニエミ空軍基地』に着任していた。ロヴァニエミ空軍基地に降り積もった雪を蹴散らしながら、けたたましく鳴り響く警報音に従って滑走路を駆け抜けた。急降下爆撃航空団のJu-87急降下爆撃機、戦闘航空団及び駆逐航空団のMe109駆逐戦闘機、そしてフィンランド国民に対して今回の報復を約束した爆撃航空団のHe111双発爆撃機が飛行場内を縦横無尽に駆け回っていた。

 フィンランド北部、ラップランド州に位置するロヴァニエミ空軍基地は、EUによる技術・経済支援によって完成した飛行場である。北欧では最大規模の空軍基地で、長距離爆撃機対応の大型滑走路や優れた整備用設備は、300機に満たない航空機を保有している程度のフィンランド空軍には贅沢過ぎるものだった。

 オブザーバー国のフィンランドにとって、空軍基地は欠かせない要素であった。EU加盟の1941年、フィンランド政府はソ連との戦争を危惧し、正規加盟国や準加盟国ではないオブザーバー国となった。しかし、それは同時に常備軍の欠如を意味する。万が一ソ連と戦争となり、領内へと侵攻された場合を想定するフィンランド軍はソ連との戦争に備え、ラップランド地方の国境防衛――ということを名目とし、EUの駐留軍を要請すべきだと政府に促した。これはEU加盟国のスウェーデン軍と両国間の国境線を相互防衛していく――というのを口実に、事実上ラップランド地方にEU軍を置こうという考えであった。

 しかし政府は納得しなかった。そんなことをすればソ連への刺激となり、戦争になりかねないと考えたからだ。そこで双方は議論を続け、折衷案として採用されたのがこの『ロヴァニエミ空軍基地』であった。

 ロヴァニエミ空軍基地は多数のEU加盟国によって資金が用意され、建造された軍事拠点である。しかし当初、その建造の折に加盟国の大半は、1930年代から尾を引く経済不況を背景に乗り気では無かった。そこで政府は資金提供の見返りとして、フィンランドは戦争時にはこの基地を加盟国に貸与することを提案した。平時はフィンランド空軍の拠点の1つだが、戦時には他国へと貸与され、EUの戦略航空拠点として機能するという訳である。そしてフィンランドの為に物資流入の拠点として、航空迎撃の要として、そしてフィンランド空軍が持たない“戦略爆撃部隊”――の前進基地として活動する。それがフィンランド側の思惑であった。

 

 

 その日の午後、宿舎の談話室に居たルーデルは出撃命令の有無が頭から離れず、第1飛行隊の同僚達との談話もすっかり上の空だった。どうにも落ち着かず、自分の部屋にも居たくない気分だったので、地上待機の暇な時間を同じ急降下爆撃機乗りとの談話で潰そうと思ったのだ。彼らの談話は基地内の食事の話から始まり、8歳の頃にやらかした無謀な少年物語で盛り上がった。それでいつもならそれなりに幸せで満足出来るのだが、その日はどうも心ここにあらずといった様子であった。

 「各員集合!」

 それは第1飛行隊長、フレデリック・ビンデバルト大尉の声だった。

 「第200爆撃航空団の偵察部隊から連絡があった。ソ連軍がフィンランド国境を突破し、領内に侵攻してきた――とのことだ」

 「それは本当ですか!」ルーデルは訊いた。

 ビンデバルトは額に皺を寄せて、重苦しく頷いた。

 「嬉しくもあり、残念でもあるが事実だ。既に国境沿いのフィンランド軍部隊が全滅して、多数の死傷者が報告されている。遺族のことを思うとやりきれん話だよ」

 「今回の戦争の原因……」第1飛行大隊の同僚、オイレ少尉は言った。「今回の戦争の原因について言及するのは時期尚早だとは思いますが、大尉は何か見解をお持ちで?」

 「さてね。さっぱりだ。お手上げだよ。ロシア人の考える事は、俺にはよく分からん」ビンデバルトは言った。「だが、1つだけ言えることがあるぞ。お前達が1輌でも多くのソ連軍戦車を破壊すれば、その分だけ早く戦争は終わりに近付く……」そう言って、彼は窓の外に降り止まぬ雪景色を見た。

 このところビンデバルトは、第1飛行隊の中に、戦いを望んでいるとは言うがこの北方の地から早く抜け出したいと考えている隊員が増えていることに気付き始めていた。人間観察癖のあるビンデバルトは、その隊員の多くが目前に迫る“敵”ではなく、間近に存在する“寒さ”にせいせいしているに違いないとふんでいた。

 人間の皮膚には温点――即ち暑さを感じる感覚センサーが3万個存在する。しかしその一方で、冷点は約25万個も存在する。これは元々、人間というのはアフリカという温暖な地で誕生し、進化したことに起因しており、同時に人間が寒さに弱いことを示唆している。

 ロヴァニエミは北極圏から8キロ程度の地点にある街であった。11月の平均最低気温は-8度に達し、最高気温も-3度と、零度を抜けない。早急な出征で寒さ対策もろくに出来ず、祖国ドイツと全く異なる体感温度に大きなギャップを感じ、鬱となるのは仕方がないことである。

 「空軍最高司令部(OKL)の通達を伝える。『第5航空艦隊一下、所属する各航空団は奮励努力せよ』」ビンデバルトは読み上げた。「その第5航空艦隊司令部より命令だ。第2急降下爆撃航空団は第2航空軍団と協同して、カレリア地峡方面空域に展開する。そこでソ連第7軍に対地攻撃を実施、撤退中のフィンランド軍を援護し、後方からの補給線を断つのが我々に課せられた任務である。なお、ソ連空軍は第2戦闘機集団が対処するが、各員とも覚悟しておけ!」

 

 

 1942年11月30日

 フィンランド/南スオミ州

 

 TB-7――ソ連空軍の次世代型戦略爆撃機は、旧式機のTB-3と護衛のI-16戦闘機を伴い、ヘルシンキ上空を爆進していた。まるで絵に描いたような、戦略爆撃隊の行進である。ヘルシンキ市内では断続的な、それでいて4発爆撃機にはちっぽけな小抵抗が繰り広げられてはいたが、それはソ連長距離航空軍に淡い自信を与えるに過ぎなかった。

 「“電波管制”は解けないのか?」

 TB-7の1機で、同戦略爆撃機部隊を指揮するドミトリー・アクショネンコ大佐は部下の通信兵に訊いた。

 「ダー(はい)」通信兵は言った。「ヘルシンキ市内、及び各都市で同様のジャミングが実施されているようです。これではラジオ放送を利用した情報の受信は困難となりますが――」

 「構わん。これだけの大軍を前に、フィンランド空軍が対処出来る筈が無い」

 アクショネンコの考えは甘かった。ヘルシンキ付近には既にロヴァニエミを出発していた第7教導航空団が展開していたのである。

 第7教導航空団は、ヒトラーの勅命により編成された人員・技術実験部隊である。『大和会』より提示された“未来のエース・パイロット”――を招集して育成させ、Me262『シュヴァルべ』やAr234『ブリッツ』といった新型ジェット航空機を運用させる。それが第7教導航空団の正体だった。即ち――『未来』の航空部隊である。

 1942年11月時点で、Me262は試験用機が3機開発され、その内2機が実戦投入可能であった。そしてその1機に、かのアドルフ・ガーランド中佐の姿はあった。ガーランドは史実、総撃墜機数104機のエース・パイロットで、ジェット戦闘機部隊として名高い『第44戦闘団』の指揮官でもあった。この時、編成の自由を与えられたガーランドは名だたるエース達に声を掛け、ゲルハルト・バルクホルン(301機撃墜)やヴァルター・クルピンスキー(197機撃墜)といった隊員の編入を成功させた。

 今物語で第7教導航空団司令を務めるガーランドは、ヘルシンキ防衛の重責を担っていた。指先で操縦桿を転がすとMe262はスムーズに、且つ緩やかに旋回した。それからすぐ前にあるレヴィ12D照準器の輝点をTB-7の機首辺りに定めた。

 「やぁ、ヘルシンキにようこそ」

 ガーランドは晴れやかに言うと、Me262機首部に備えられたMk108機関銃6門が30×90RBmm弾を一斉に放った。そしてTB-3は一斉射で完全に爆砕し、Mk108は予想通りの性能を見せ付けた。

 このMe262に搭載されたMk108機関銃は非常に優れた重機関銃である。史実、ラインメタル社のベンチャー企画として誕生したこの兵器は第2次世界大戦中盤から登場し、Me109を始めとする多種の空軍戦闘機に搭載された。このMe262も例外ではない。平均4発でアメリカ陸軍航空軍の『空飛ぶ要塞』、B-17を撃墜出来るというその破壊力は、Me262の高速性と合間って活躍した。

 「やれやれ、弱過ぎて張り合いが感じられん……」

 ガーランドは肩をすくめた。ちらりと目をやれば、どこそこかしこでMe109とFw190が飛び交い、まるで性能が違い過ぎるI-16を追い立てている。護衛を失ったTB-3、TB-7戦略爆撃機は慌てて爆弾を投下し、一目散に退散を始めた。しかし一方で、後続の爆撃部隊が市内に侵入し、まるで第7教導航空団をせせら笑うように、爆弾投下ポイントに前進していたのである。



 「先遣隊を殺ったのはフィンランドの豚野郎共じゃない。ヒトラーの子飼い共だ!」

 アクショネンコは無線機越しに叫んだ。「護衛戦闘機を全機、奴らの迎撃に回せ。爆撃本隊を攻撃されないよう、鋼の壁を築くのだ!」

 ヘルシンキ上空が激震する。ソ連長距離航空軍の戦略爆撃機編隊は爆音を轟かせ、長太い白い尾を曳きながら突き進んだ。砲金色の閃光が迸り、無数の胡麻粒のようなものが落ちたかと思うと、ヘルシンキ近郊の森林地帯は一瞬の内に鮮紅に包まれてしまった。

 「まるで煉獄だ」

 驚きと不安が入り混じった声で、エーリヒ・アルフレート・ハルトマン中尉は言った。このドイツ空軍第7教導航空団所属の中尉は、ご存知だと思うが未来のドイツ空軍のトップ・エースとなる男である。受領機のMe109に搭乗し、第1飛行隊第3中隊指揮官となった彼は今、ヘルシンキ上空にて司令官ガーランド中佐の指示に従い、右翼防衛に務めている。

 ハルトマンは空の幾筋にも入った飛行機雲を見張り、それが戦略爆撃隊本隊のものであると分かった。しかし、その爆撃隊の前にはI-16戦闘機の大群が待ち構えているのだ。その数は実戦経験の無い者にとっては、恐怖を感じざるを得ない。彼は密かに、これが準備不足なこの自身の戦争の、終わりになるのかもしれないとさえ考えた。

 しかし『ハルトマン』はその名のごとく、“不屈の男”――であった。ハルトマンは旋回して、I-16編隊の後方に着いた。そして急上昇、高空を目指す。そして――急降下。

 その時、I-16のパイロット達は、背後から微かな震動とダダダダという轟音が響いていることに気付いた。刹那、編隊のI-16の1機の両翼に穴が開き、機体が黒煙を噴き上げた。その機体はミシミシと鈍い悲鳴を上げながら、錐揉みして堕ちていく。続いて1機が爆散し、更に被害は続出した。計5機のI-16がそれで再起不能となり、4機が壊滅的打撃を受けて帰投を余儀無くされた。そして、I-16の編隊には、ぽっかりと大きな穴が開いていた。

 ハルトマンは第3中隊の僚機を率いて、そんな敵戦闘機の編隊の下を潜り抜けた。液冷エンジンによって尖った機首に、翼端が丸みを帯びた主翼を持つスマートな戦闘機が、赤き戦闘機の足元を駆け抜ける。ハルトマンは操縦桿をぎゅっと掴んで、頭上に広がる敵機の大群に見入りながら、ぶるっと身震いした。一歩間違えればシュートアウト(銃撃していた敵機の前に出てしまうこと)してしまう。そうなれば、さしものMe109も只では済まないだろう。上空の鉄の空間に注視しつつ、加速してI-16の編隊から離脱した。

 「やったぞ!」

 興奮が抑え切れずに叫ぶようにハルトマンは言った。

 「第3中隊、初陣にしては中々だったぞ」ハルトマンは息を整え、無線越しに第3中隊隊員達を労った。「だがこれではまだ駄目だ。再度、奴らを叩くぞ!」

 

 

 1942年11月30日

 フィンランド/カレリア地峡


 ハルトマン率いる第3中隊が再度、敵戦闘機編隊の高空を制そうと行動を起こしている時、第2急降下爆撃航空団はカレリア地峡上空に展開していた。フィンランド軍最高司令部の諜報部の手柄により、敵の第1攻撃目標は『ラウツ』と呼ばれるカレリア地峡の都市であることが分かったからだ。ドイツ空軍第5航空艦隊司令部はこの都市を囮に敵を引き寄せ、多数の航空戦力をもってソ連第7軍に甚大な損害を与えようと目論んでいた。

 He111が空を覆い尽くす。滑らかな曲線を描く楕円翼と、ほっそりとした胴体が特徴的なこの双発爆撃機はドイツ空軍の主力爆撃機で、史実では大戦を通じて生産された機体であった。爆弾を垂直に搭載するという特殊な爆弾倉を持ち、爆弾搭載量は2500kg。圧倒的な破壊力と高速性で、大戦中は空軍力に劣るソ連に大損害を与えていた。

 そんなHe111は新たな歴史の中で、輝かしい1ページを捲ろうとしていた。爆弾倉の扉が低い呻き声を立てて開き、250kg爆弾が落とされたのである。1機、また1機と同調するように落ちていく爆弾は無数となり、数キロメートルに渡る爆撃を実現した。

 「空襲だ!」

 つい先程まで、ラウツへ凱旋パレードでもしているように無血侵攻を果たしていたソ連第7軍第70狙撃師団と、第40戦車旅団は戦慄した。空から降り注ぐ爆弾への対処手段を彼等は殆ど有していない。ソ連軍上層部とスターリンが、近接航空防御の何たるかを理解しようとはせず、胡坐をかいた結果である。

 空からゆらめくように落ちてくる爆弾が、舐めるように1個狙撃師団と1個戦車旅団を倒し続けた。ラウツ周辺の森林が燃え出し、右から左までひだのように波打つ炎の壁が形成された。これに退路を失われたソ連第7軍は成す術もなく、Ju87による急降下対地攻撃に晒されることとなる。

 「退け、退け!」第40戦車旅団長、ユーリー・バタノフ大佐は悲鳴に似た声を上げた。He111の第1波が過ぎ、これが部隊後退の好機だと考えたからである。しかし、第40戦車旅団は先の爆撃で指揮系統が混乱し、大急ぎでこの忌々しいラウツを脱したかったバタノフの想いは届かなかった。その内、急降下爆撃航空団のJu87が低空飛行で近付き、MG151/20mm機関砲と250kg爆弾による鋼鉄の洗礼を戦車部隊に浴びせ始めた。

 そして、その中にはハンス・ウルリッヒ・ルーデルのJu87の姿もあった。ルーデルの放つ20mm弾は厚さ15mmしかないT-26軽戦車の装甲をいとも簡単に穿ち、撃破した。続いてBA-20軽装甲車のエンジン部を20mm弾が貫き、爆散しながら宙を舞う。そして旋回し、再度攻撃を仕掛けてくるというルーデルの銃撃の往来は、地上のソ連軍戦車兵にとってはまさに悪夢そのものだった。

 「くそッ、堕ちやがれ!」バタノフは拳を握り締め、低空を飛来するJu87に呪詛の言葉を吐いた。しかしJu87は一向に墜ちる気配が無く、それどころか数を増やしていた。そして、いつの間にか装甲列車からの砲撃と、背後からフィンランド軍ラウツ防衛大隊の反撃を受け、包囲殲滅されようとしていた。

 「分が悪すぎる。負傷者に構わず、とにかく後ろを目指せ!」

 バタノフは遂に旅団撤退を決断した。数では圧倒的優勢な筈なのにと、彼は胸の中で愚痴るしかなかった。戦車が後退を始め、爆撃と銃撃にうちのめされたソ連兵は見殺しにされた。既に第2波のHe111爆撃編隊が迫っており、実際に彼等を救う時間的猶予は残されていなかった。

 「ソ連空軍だ!」

 急降下爆撃機乗り達は叫んだ。ソ連空軍の戦闘機編隊が遂に到着したのである。その大半はI-153――『究極の複葉戦闘機』――とI-16、そして新型機のYak-1から構成されていて、対地攻撃を実施するHe111やJu87を撃墜するのが任務であった。I-153やI-16はともかく、Yak-1の機動性・火力は十分な脅威と言えた。

 『第1飛行隊、撤退せよ!』

 ビンデバルトの声が響き、ルーデルを始めとするJu87は帰投を開始した。


 そしてその一方、突撃する戦闘機部隊の姿もあった。第2戦闘機集団の第52戦闘航空団である。ラウツ上空に並べられたMe109の中には後の『アフリカの星』――ハンス・ヨアヒム・マルセイユ中尉の姿もあった。

 

 

 「ぐあぁぁッ!!」

 白、白、目が眩むような白で瞳の中がいっぱいになり、ピリピリと突き刺すような痛みと、身を焦がす真っ白な光を前に、I-16のパイロットは絶叫した。彼は、自身が白い虚空に浮かぶちっぽけな点になるのを感じた。それから白い光は視界全体を包み込み、焼けつくような感覚も次第に薄れて、まるで全宇宙が消滅したかのような真っ暗な静寂が訪れた。

 その時、鉛色のカレリア地峡上空で1機のI-16が爆散した。と、同時に1機のMe109が空を駆け抜け、パイロットであるハンス・ヨアヒム・マルセイユ中尉は初勝利に歓喜していた。史実、ドイツ空軍最年少の大尉となるこの22歳の青年は本来、2ヶ月前に死を迎える筈であった。

 しかし今、彼は一歩間違えれば死を迎える戦場でだが――生きていた。

 『Yak-1!』

 「あれが……」

 無線機から響き渡る、悲鳴に似た声からマルセイユは自身の眼前に居る敵の正体を知った。Yak-1戦闘機、ドイツ空軍最高司令部や第5航空艦隊も注意を促す難敵である。

 体勢を立て直して背筋を伸ばすと、マルセイユはMe109を加速させた。Yak-1も同様である。双方は接触し、刹那銃撃戦を繰り広げた。Me109のMG151/20mm機関砲とYak-1のShVAK20mm機関砲が咆哮し、両モーターカノン砲から放たれた砲弾が空中で交差する。そして両機は旋回を始めた。

 『マルセイユ中尉、殺れるか?』第2戦闘機集団の上官が無線で訊いた。

 マルセイユは答える代わりに肩をすくめた。Gの衝撃を肌で実感し、身を捩じらせながら敵機の未来位置を予測する。

 そして――一斉射。

 Me109のMG151/20mm機関砲の威力とマルセイユの偏差射撃能力は完璧だった。Yak-1の機体に大穴が開き、瞬く間に火が付いた。Yak-1はコントロールを失い、墜落した。

 

 

 1942年12月1日

 ソビエト社会主義共和国連邦/モスクワ


 カザコフ館、冬戦争勃発の張本人であるヨシフ・スターリンは嬉々として、昨日からのソ連軍の戦果を聞いていた。その全てがソ連側の勝利を示しているが、実際50万の大軍で30万足らずの雑兵を叩いたのだから、当然と言えば当然のことであった。しかしそれでも、スターリンは数字と統計には喜びを隠し切れなかった。

 事件が起こったのはそんな報告の最中、ソ連空軍の戦果報告でのことだった。

 「どうだ、同志モロトフ。ヘルシンキは燃えているか?」

 スターリンの片腕、外交の長たるヴャチェスラフ・モロトフは渋面を浮かべ、かぶりを振った。


 「ニェット(いいえ)、レニングラードが燃えています」



 1942年12月1日、ドイツ空軍はフィンランドに対するソ連の行為の報復策として、戦略爆撃機による『レニングラード空襲』を決行した。軍需工場、飛行場、鉄道、弾薬補給廠、物資集積所といった軍事目標が壊滅的被害を受け、民間人にも1000名の死傷者を出した。



 これを機にソ連空軍はベルリンへの報復空襲を計画し始めた。

 

 

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