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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第6章 戦前の大和~1942年
55/182

第54話 戦車は踊る

 第54話『戦車は踊る』

 

 

 1942年7月15日

 ドイツ/ベルリン

 

 信じられない思いで目をパチパチさせながら、すっと立ち上がった。周囲を取り巻く幕僚達などは視界に無く、眼前の光景に心を奪われ、知識への飽くなき探求心が全ての不安を吹き飛ばしてしまった。それと同時に快哉を叫ぶ声が漏れ、見学者アドルフ・ヒトラーは再び独裁者に立ち戻った。史実の1942年中期、この頃にはソ連軍は新型中戦車『T-34』を戦線に逐日投入し、ドイツ軍は恐怖に怯えていた。そんな未来を知っていたヒトラーは同様の感情を抱いていたが、眼に刻まれた光景はそんな恐怖も、あるいはT-34への対抗心も、みんなまとめて忘れさせるものであった。

 「やったぞ!」彼は叫んだ。

 ベルリン郊外はツォッセンの『クンマースドルフ戦車実験場』は、ドイツ陸軍によって建設された戦車の性能試験場だった。主に戦車実験場では、『ティーガー』、『パンター』といった主力戦車の試作車試験や英仏等鹵獲戦車の性能調査を執り行っていた。また、超重戦車『マウス』の試験が行われていたことでも有名である。因みに、ツォッセンにはドイツ陸軍の総司令部や『V2』等ロケット試験場もあった。

 「こいつは凄い!」ヒトラーは腕を高く掲げながら叫んだ。彼の眼前には一面の野原が広がり、T-34を模した標的戦車と、ドイツ陸軍の新型中戦車Ⅴ号――『パンターA型』が向かい合っている。鈍い輝きを放つ、70口径75mm戦車砲は既に吼えた後で、標的戦車の45mm前面傾斜装甲を深く貫いていた。

 「『T-34ショック』の前に、『パンターショック』を起こしてやれるな。北方の蛮族共はさぞ驚くだろう」彼はぶつぶつ言いながら、ゲッベルス宣伝相の隣に歩み寄った。「その時はゲッベルス、君の力が必要となる。戦う前に敵の気力を奪ってしまうのだ」

 ゲッベルスは頷いた。『西の壁』計画の決定後、ゲッベルスの影響力は強まっていた。手を組んでいたトートも同様である。

 T-34の擬似前面装甲を見事撃ち抜いたパンター戦車の主砲をしげしげと眺めながら、ヒトラーは独り言を言った。

 「ふむ、お前はもっと強くなる必要がある。まずは史実のアキレス腱となった駆動系、次は装甲、最後は――“眼”だな。で、だ……お前を世界に広めてやる……まずは『イタリア』と『日本』だ」目をぐっと凝らし、腕を組んでヒトラーはパンター戦車を見据えた。

 史実、パンター戦車の登場は早かった。開発開始は1938年で、当初は20t級の計画だった。要は『Ⅲ号』の後継戦車である。しかし、実際に計画が本格化したのはそれから3年後の1941年のことで、しかも突然登場したソ連軍の『T-34』新型中戦車に対抗すべく30~35t級に引き上げられていた。T-34は前面装甲厚45mmと決して分厚い装甲を備えていた訳ではないが、傾斜が施されていて、当時のドイツ軍主力の37mm対戦車砲は全く歯が立たず――一方で、生産初期の鋳造砲塔は脆弱なもので37mm砲弾にも貫通されたという話もある――叩くだけで貫くことが出来ないことから『ドア・ノッカー』の蔑称が付けられた。また、主力戦車の『Ⅲ号』戦車はブリキの玩具同然に叩き潰され、75mmの砲を誇る『Ⅳ号』戦車でさえ、側面に回り込んで後部のエンジン部を狙い撃ちするという、こずるかしい戦法に頼らざるを得なかった。もっとも、これは主砲が歩兵支援用の短砲身砲であったⅣ号戦車なら仕方のないことでもある。

 独ソ戦での登場当初、この強大無比な中戦車に対抗する手段は88mm高射砲や野砲、新型の対戦車砲、Ju87『シュトゥーカ』が主力であったが、これらの多くは欠如していた。88mm高射砲や野砲は長大な東部戦線をカバーするためにその数がばらけてしまい、新型の対戦車砲は数が少なく、空軍の急降下爆撃機の多くはソ連各地の軍事基地や物資集積場を襲わなければならないので、単体の戦車部隊を相手にする暇は無かった。

 1942年に移ると、その恐怖は更に増した。西側の連合国軍によるヨーロッパ爆撃でドイツ国内の生産力は低下し、一方で東側の連合国軍――ソ連軍はT-34を逐日生産し、戦線に送り込みつつあった。この危機的状況でソ連深奥に侵攻し過ぎたドイツ軍は補給線が伸び切ってしまい、そこをソ連軍に分断されてしまって物資不足に喘いでいた。ドイツ空軍は空輸でこの問題を解決しようとしたが、多数の高射砲と戦闘機の前に輸送機は軒並み撃墜されていた。この状況下で多数のT-34に対抗するべき手段が限定化され、おいそれと使えなくなりつつあったドイツ軍だが、その猛攻を彼らは耐え抜いた。

 その理由は多くあるが、もっとも大きな要因は――『ソ連軍の未熟さ』にあった。独ソ戦初期の大損害を克服して膨大なT-34を生産したソ連軍だが、1年ばかりで『熟練兵士』を取り戻せる訳ではない。いくら性能の良い兵器があったとしても兵士の多くは農民出が大半を占めており、しかも僅か数ヶ月の訓練のみで戦場に送られていた。更に、スターリンが行ってきた『粛清』もまた、ソ連軍の足枷となる。ろくな戦術を持たず、集団で、そして雑兵で、とにかく何も考えず突撃してくるソ連軍はこれまで数の劣勢を戦術によって補ってきたドイツ軍にとっては、恰好のカモといえた。その結果、本来地の理をもっている筈のソ連軍はドイツ軍に地形戦で敗北し、巧妙に配置された対戦車砲によってT-34も側面から撃破されることがしばしばだった。

 しかし一方で、ドイツ陸軍上層部はT-34に対抗出来る新型中戦車の必要性を信じていた。対戦車砲では限界があり、また少しずつ経験を積んでいるソ連軍がいつまでも人海戦術に頼ることはないだろうと考えていたからである。それに何より、体裁が立たない。

 こうした経緯から誕生したのが『Ⅴ号』戦車だった。後に『パンター』との制式名称を授かるこの中戦車は、総重量45tという計画時点での要求重量を大きく上回るものとなっているのだが、それにはヒトラーが起因している。

 最初の量産型である『D型』が生産体制に移行する前、ヒトラーはパンター戦車の装甲厚の強化を強く望んでいた。これはヒトラー個人の判断に基くもので、将来登場するであろう連合国軍の主力戦車に対抗する為には、60mmの前面装甲厚では十分でないという考えがあったからである。更に戦争の推移後、前面装甲厚はヒトラーの一声により、80mmから100mmに増加された。

 実際、米英軍の戦車はともかくソ連軍の戦車は強力な火砲にはパンターも危うかった。T-34は85mm戦車砲を搭載し、ついには80mmを大きく上回る122mm戦車砲を搭載したIS-2『スターリン』重戦車も登場し始めた。これらはドイツ軍の『ティーガー』、『パンター』等新型戦車への対抗手段だが、資源不足で戦車もろくに動かせなくなりつつあったドイツ軍にしてみれば十分過ぎる程だった。

 とはいえ、ヒトラーの判断は正しくもあり、同時に間違いでもあった。装甲厚の増大は確かに中戦車T-34に十分対応し、M4『シャーマン』はかつてのⅣ号戦車のように、パンターの側面に回り込んで動力部を狙い撃ちするという戦法に頼るしかなかった。M4は4輌1組のチームを作り、これを実行した。しかし、この時点でパンター戦車は45tという重量過多で、これは重戦車級の重量だった。結果的にパンターは最高速力が計画値60キロから5キロも落ちた55キロとなり、その機動力を失ってしまったのである。更に駆動系にも負担が掛かり、ただでさえ精度が落ちている部品類で造られたパンターの駆動系は軒並み悲鳴を上げることとなる。

 また、側面装甲を増加しなかった判断も、問題点だった。M4、そしてT-34は正面戦闘ではパンター戦車には敵わないが、側面からの攻撃ではパンターを粉砕出来た。M4は前述したように4輌1組のチームで側面攻撃を仕掛け――米陸軍の統計ではパンター1輌に対し、M4は平均5輌の損失を出していた――、T-34の場合は2つの部隊に分け、その機動性を活かして側面に回り込み、90度の角度を付けて半包囲、斜めの角度から側面装甲を攻撃した。どちらも物量に頼った戦術から成り立っており、パンター1輌に2輌以上の損失は覚悟しなければならなかった。しかしこれがドイツ軍の新型戦車を撃破する確実な方法であり、米ソの国力をもってすれば痛くも痒くもないものであった。でなければ、5輌と言わず10輌以上の損失もあり得るからだ。

 

 

 1942年に移り、EU――ヨーロッパ同盟軍では標準兵器の制式採用に各国が意欲を示していた。一早くボフォース社の40mm機関砲が採用され、残る主力兵器の採用を別の国々、企業は狙っていた。その中でも加熱していたのが、『戦車』である。

 EUモデルの主力戦車開発は、EU加盟各国軍の急題であった。採用されれば各国の標準戦車として、輸出品の生産やライセンス生産権から多大な利益を得る所となる。対ソ戦が迫り、実際に即戦力も必要だった。

 「『パンター』は非常に優れた戦車だ」ヒトラーは言った。「イタリアや日本は既にこの開発競争から外れ、これのライセンス権を得た。残るはイギリスとフランスだが、あの2国がこれ以上の性能の戦車を造り出せるとは、到底思えん」

 ドイツが出品する戦車は『パンター』だった。パンターは中戦車にあって、中戦車にない戦車だが、主力戦車としては世界最高水準を誇るものといえた。長砲身の75mm戦車砲はT-34を容易に破壊し、前面の80mm傾斜装甲は中戦車による一切の攻撃を受け付けず、その機動性は若干低下しながらも許容範囲といえる。攻防速という戦車の3つの重点でバランスが取れ、駆動系や砲に改良の余地が十分にあるパンターは戦後の主力戦車――MBTに通じるものがあり、EUの主力戦車としては申し分ない存在だった。

 唯一の問題は――整備性と価格である。当初、パンター戦車の試作車開発にはダイムラーベンツ、MAN、そしてクルップの3社が加わっていた。この内、クルップ社は早々と脱落し、ダイムラーベンツ社とMAN社が軍に開発案を提示した。ダイムラーベンツ社は独自に開発していた20t級戦車を拡大設計し直したもので、斬新な設計だった。足回りが保守的なもので、外見はT-34に酷似している。一方、MAN社はT-34にも採用された傾斜装甲に加え、新型のサスペンションを採用していた。ダイムラーベンツ社の方がヒトラーの趣向に合っていた、斬新なもので有力だったが、結局MAN社の案が採用された。

 その理由は――整備性の良さである。



 人類史史上、ヒトラーは稀に見る独裁者だった。特に、軍隊を私物化することにおいて、彼以上に強欲な人間は居なかっただろう。派手好きで、巨大且つ強いものが好きだった彼は、軍の兵器開発にも度々介入していた。80cm列車砲『ドーラ』、『グスタフ』。巨大輸送機Me323『ギガント』。報復兵器『V1』、『V2』ロケット。動くトーチカ――超重戦車『マウス』、新旧技術の入り混じった中途半端な戦艦『ビスマルク』等がその代表格といえる。マウスなどは完全にヒトラーの趣向に合ったもので、実用性など二の次のものだったと言わざるを得ない。

 まるで『おもちゃの兵隊』でも操っているかのようにドイツ軍を動かし続けてきたヒトラーだが、相次ぐ敗北は彼の判断力を鍛え上げた。整備性に優れたMAN社の案が採用されたのも、その為といえる。

 ただ、整備性や量産性に優れていたのは事実だが、MAN社のパンターは足回りが非常に劣悪なものであった。今物語ではその問題が『大和会』の駐独武官であった原から伝えられており、1939年の開発本格開始からその改良が進められていた。そしてその見返りとして、ヒトラーは日本に向けたパンター戦車や88mm高射砲のライセンス生産権の売却を約束した。

 史実の1937年、日中戦争の折、88mm高射砲は南京にて鹵獲され、『克式八糎高射砲』として使用された。1939年にはデッドコピー品が国産化されたが、日本はクルップ社に対し無断で進められていた。しかし、日独伊三国同盟の締結後にはライセンス料が支払われた。

 だが『盧溝橋事件』が解決し、日中戦争の頓挫によって、帝国陸軍が88mm高射砲を鹵獲する歴史が訪れなかった。他のドイツ製兵器も同様である。1939年のヒトラー・ムッソリーニ訪日の折、88mm高射砲のライセンス生産権の日本側購入が提案され、ヒトラーは快く同意した。

 一方、パンター戦車のライセンス権購入は1942年に入ってからである。傾斜装甲を要し、ようやく75mmの戦車砲を搭載した『一式中戦車』を量産化させつつあった帝国陸軍だが、一式中戦車はM4に対抗出来るだけで圧倒することは容易ではないと判断していた。そこでドイツの新型中戦車であるパンターのライセンス権を買い、国産化しようと模索していたのである。史実でも、帝国陸軍はティーガー戦車をライセンス生産しようと画策していた訳で、645,000ライヒスマルクを用意し――ティーガー1輌が300,000ライヒスマルク――ドイツ側もティーガー戦車1輌を用意していたが、結局その計画は頓挫した。当時の帝国陸軍の技術錬度、財政、そして主戦場を考えれば、無謀な計画であった。

 だが、冶金技術の発達や五輪の成功による経済の発展、史実以上のインフラの拡充をもってすれば、パンター戦車の国産化は必ずしも不可能という訳では無かった。一式中戦車のことを考えればパンターの性能は破格であり、ティーガー戦車1輌が300,000ライヒスマルクなのに対し、125,000ライヒスマルクなのでティーガーよりは現実的といえる。日本は20万ライヒスマルク――当時の日本円にして340,000円弱――を払い、試作のパンター戦車1輌輸入と技術者の招聘を実現させた。帝国陸軍はこれを国産化させ、平均20万円で生産しようと画策している。かつての主力戦車である九七式中戦車『チハ』と比べれば高いのは確かだが、少なくともチハのようにM4に成す術も無く屠られることは先ずないだろう。

 

 

 

 

 

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