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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第6章 戦前の大和~1942年
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第53話 電兎のごとく

 第53話『電兎のごとく』

 

 

 1942年6月21日

 フランス/フォンテーヌブロー

 

 蛍光灯の弱々しい光が何メートルも続く通路を照らし出す。EU第3軍団第1緊急即応集団司令官のエルヴィン・ロンメル中将は欧州同盟(EU)軍最高司令部の薄暗い地下通路を進んだ。自分が息をする音がやたらに大きく、そして近くに聞こえる。えもいわれぬ圧迫感に気分が悪くなりそうだ。まるで猟犬に追い立てられ、巣穴に閉じ込められた狐じゃないか。ロンメルはそうひとりごちつつも、先を急いだ。

 「さながら、ここは臆病者の巣……って所か」彼は思わずそう口にした。フォンテーヌブローのEU軍最高司令部は主要加盟国の陸軍将軍達が集まる首脳部であり、20ヶ国を超える加盟国合同軍の根拠地でもある。ロンメルの居る地下施設は英軍の5t爆弾『トールボーイ』によってようやく打撃を与えられる強度を備え、分厚いコンクリートに覆われている。更に司令部は完全な自給自足型の施設で、12基からなる発電機、1年間は耐えられそうな程の物資を保管出来る食糧庫、雨水や地下水を蓄えて蒸留する設備、英独製の最新鋭無線機等が備わっている。毒ガスや焼夷弾に備えて、空気浄化装置もあった。これらを設計、建設したのは『西の壁』構想でも中核を担う『トート機関』である。

 ともあれロンメルは前へ進み続けた。通路はどこまでも続いているように思えた。地下に溜まる淀んだ空気を取り除く為、ファンが絶え間なく唸りを上げている。その間、やはりロンメルは進む。

 それからロンメルは進むのを止め、立ち止った。1つの扉が暗闇の中から抜き出てきて、彼の前に立ちはだかった。扉からは物音が聞こえる。人の声らしい。どうやら終点のようだ。

 彼は、ドアノブを開けると空気が変わったのが直感で分かった。口の字型の机には、EU軍最高司令官であるフランス陸軍のフィリップ・ペタン元帥を始め、副司令官のアラン・ブルック英陸軍元帥、参謀総長のヴァルター・フォン・ブラウヒッチュ独陸軍上級大将と各国陸軍の層々たる面々が軒を連ねていた。そしてその3人の間を大将、中将が固め、少将や大佐クラスの幕僚達が仰ぎ見る。まるで3人を防御するかのような席配置だ。

 「遅れて申し訳ありません」ロンメルは“ハイル・ヒトラー”を省略し、EU軍式に折り目正しく敬礼した。「第1集団の訓練期間が長引いたものですから……」

 ブラウヒッチュは頷いた。「新兵を育てるのは大変な苦労だろう。まぁ、座れ」

 ロンメルは言われるがままに席に着いた。何の因果か、右隣から3席目には史実の宿敵バーナード・モントゴメリー中将が座っていた。北アフリカ方面を管轄とする“第8軍団”の司令官でロンメルとは面識はなかったが、遅刻したロンメルに対する彼の視線は厳しいものだった。

 「我が軍の試作ジェット偵察機『Ar234』による昨日の偵察だが……」ブラウヒッチュは言った。「レニングラード方面でのソ連軍の活動の活発化が確認された。多数の軍用列車が『KV-1』重戦車の荷下ろしを続け、多くのトラックが市内近郊の仮設キャンプに向かっている。バルト艦隊は潜水艦による哨戒を増やし、駆逐艦や巡洋艦の入港が多数確認された」

 誰もがその真意を理解し、Ar234の搭乗員が撮影した高高度写真を見張った。そこには途方もなく巨大なソ連軍キャンプや航空戦艦『ミハイル・フルンゼ』の姿が焼き付けられていた。レニングラードは何もかも赤軍色に染められている。そして1番危機感を覚えさせるのは、その後に続く兵士の長大な隊列や無数の軍艦、そして血管のごとく戦車や自動車という血液を供給し続けているシベリア鉄道の光景にあった。レニングラードに集結するのは本隊ではなく、先遣隊なのだ。

 この非常に有用な写真を収めるのに成功したのは、Ar234の働きが大きい。Ar234『ブリッツ』は世界初のジェット偵察機であり、爆撃機でもあった。2基のユンカース製『Jumo004』エンジンは途方もない推進力を生み出し、最高速度700km以上を実現している。また主翼には後退翼と同じ効果を持たせる為の工夫が施されていた。その高速性から名付けられた『ブリッツ』――“稲妻”の意は伊達ではなく、Ar234はまさにその愛称通りの性能を備え、それによって危険な任務でも有益な情報を持ち帰ることが出来ていた。

 やがて戦局の悪化に伴い、Ar234は爆撃機としての能力が付加されると、『高速偵察機』から『高速爆撃機』へと生まれ変わり、ヨーロッパの空を飛び始める。Me262『シュヴァルベ』同様、連合国軍はその速さに圧倒され、完全な制空権下でも爆弾の雨が降るようになった。しかし物資不足や工場の破壊によってAr234は生産が出来なくなり、やがてドイツは降伏する。

 史実では初飛行が1943年6月だったAr234だが、『大和会』よりもたらされた『ネ20』の設計図が歴史を変えた。これによってBMW社は史実よりも格段に早く『BMW003』の完成に漕ぎ着け、ユンカース社もJumo004エンジンの開発を早期に進められた。1年近い開発期間の短縮を果たしたAr234は今年4月に初飛行、5月には生産ラインの整備が進められ、量産機第1号が今月初の実戦に投入された。(因みにMe262は1942年2月、『橘花』は同年3月に初飛行を果たしている)この試作機に対してソ連空軍は成す術もなく、ドイツ空軍機の侵入を許した。そして、Ar234は第3帝国の威光を知らしめたのである。



 「諸君」ペタン元帥は言った。「これは危惧すべき問題だ。同盟国――それも“オブザーバー国”への攻撃が間近に迫っているのだ。つまり、敵に侵攻されるまで主戦場となる同盟国に対応戦力を送れない」ペタンはそう説明すると、一言付け加えた。「まだ同盟国――だったらな」

 ペタンが危惧するのは、圧倒的な兵力によってフィンランドが侵攻され、EUが介入する前に降伏して同盟を脱退してしまうことだった。フィンランドの軍隊が徹底抗戦を唱えても、政府が根を上げれば元も子もない。

 「その場合、必要となるのは『緊急即応集団』だと私は考えております」ロンメルは言った。「同軍団はこれらの問題に対処すべく、編成された緊急展開戦力で、軽装の機械化部隊ならばノルウェーからの陸路や空輸によって可及的速やかに戦地へと展開出来ます。私の第1集団とイギリス海兵隊基幹の第2軍団第3集団、そしてノルウェーの第6集団を第1波として、次に第2、第3軍団の予備即応集団と主力の機甲師団を送り込めば、十分だと思います」

 彼が言う緊急即応集団とは、緊急展開能力に特化した軽装歩兵中心の部隊である。これはEUに所属するオブザーバー国やヨーロッパ本土から離れた地域へ可及的速やかに送り込める戦力を求めた結果であり、派兵地域での戦争初期段階における対応を主任務とし、とにかく緊急展開力と機動力に重点を置いていた。その為、補給や打撃力に難があるのが特徴的で、戦術上の運用には主力の機械化及び機甲部隊の支援が不可欠で単独での運用は不可能である。

 ロンメル指揮下の第3軍団第1緊急即応集団は、この即応集団の中でも大規模な戦力を備えた集団といえた。その概要はドイツ陸軍第7装甲師団と第5軽師団からなり、2個戦車連隊・1個戦車大隊・2個狙撃兵旅団・1個砲兵連隊・1個オートバイ狙撃兵連隊を戦力として保有する。

 また、合同戦力として第2降下猟兵師団も加わっているのだが、降下猟兵は空軍管轄なので、ロンメルに実質的指揮権は存在しない。これはEU軍緊急即応集団の中でも特殊なケースであり、ゲーリングのわがままが成就した結果といえた。

 「ロンメル中将、君の考えは正しい」ブルックは言った。「基本的な初期戦略はそれで行くべきだと、私は思う。ペタン元帥閣下、貴方は如何ですか?」

 ペタンは頷いた。「私も同様だ。だが、補給や敵の戦力の問題もある」ペタンは言った。「中途半端な兵力の派兵は、その部隊の壊滅さえ招きかねない。十分な対抗戦力をその後、すぐに送り込めるような態勢を整えておく必要があるだろう」

 

 

 史実、『幽霊』(ゴースト)であり『砂漠の狐』(デザート・フォックス)でもあったロンメルは、今度は『稲妻』(ライトニング)になろうとしていた。その冬、ロンメルは圧倒的な速度で展開し、フィンランドに1番乗りする。そしてフィンランド軍の精鋭とマンネルヘイム元帥とともに共闘し、ゲリラ戦法や次世代兵器をもって、少数の戦力で強大なソ連軍を打ち破る。北アフリカで『砂漠の狐』になり損ねた彼は、フィンランドで『雪原の狐』というもう1つの渾名を冠することになるのだ。

 

 

 


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